【2023年度版】決済ビジネスの現状課題と将来展望 ~近年のトレンド動向(ポイント経済圏・手数料透明化・不正利用防止・企業間決済)の要諦と勝ち筋~


近年「キャッシュレス」という言葉を耳にする機会が増えている。国内のキャッシュレス比率は年々高まっており、生活の中に浸透しつつある。本稿では、キャッシュレス決済をめぐる近年のトレンドを紹介するとともに、決済業界の今後を展望し決済ビジネスに求められる方向性を示す。

目次

はじめに

2018年に経済産業省が「キャッシュレスビジョン」を打ち出して以降、日本におけるキャッシュレス決済は拡大を続けており、同省の発表によれば2019年のキャッシュレス比率は26.8%だったものが、2022年は36.0%に達し、初めて100兆円の大台を超えた。「決済」は、個人でも企業でも、日常的に発生する様々な取引において、その「取引を完了させる」ために用いられるものであり、皆さんにとっても馴染みが深いものと思われる。
このようなキャッシュレス決済に関して、本稿では、近年のトレンドを紹介ながら、業界全体の今後の展望について述べていきたい。

  1. 近年のトレンド
    (1)デジタル化されたサービスへの決済機能の組み込み
    (2)経済圏を有する決済事業者の躍進
    (3)不正利用の増加
    (4)手数料構造の透明化
    (5)企業間決済の伸び
  2. 決済業界の将来展望
  3. 決済ビジネスに求められる方向性
    (1)消費者向け決済ビジネス
    (2)企業向け決済ビジネス
    (3)決済データの利活用

近年のトレンド

キャッシュレス決済に関する近年のトレンドとして、1)デジタル化されたサービスへの決済機能の組み込み、2)経済圏を有する決済事業者の躍進、3)不正利用の増加、4)手数料構造の透明化、5)企業間決済の伸び、の5つの点について紹介する。

(1)デジタル化されたサービスへの決済機能の組み込み

キャッシュレス決済により、店舗やネットでの買い物の場面で、「支払行為を意識しなくても支払いができる」サービスが広がっている。リアル店舗では、物理的な紙幣や硬貨のやり取りが不要になり、オンライン決済では、販売サイトに自分のカード情報を登録しておけば決済のたびにカード番号を入力する手間なく買い物ができることが多い。
さらに、モバイルアプリやモバイルウォレットなど様々なデジタルサービスのなかに決済機能が組み込まれ、利用者が購入したいと思ったその時に、面倒な操作が必要なく取引を完了させることができるようなサービスが広がっている。

(2)経済圏を有する決済事業者の躍進

弊社の分析では、直近5年間でのクレジットカードの会員数の伸びは日本全体では年率平均で4%程度であるのに対して、「ポイント経済圏」(いわゆる「エコシステム」)に組み込まれた決済手段は平均よりも大きく伸びている。
ここでいう「ポイント経済圏」としては、中心となるポイントの名称別に、楽天ポイント、dポイント、au WALLETポイント、PayPayポイント、WAONポイント、そして昨年統合が発表されたTポイントとVポイントという6つが主要なものして挙げられるが、それ以外にも様々なポイント経済圏が存在する。

(3)不正利用の増加

キャッシュレス決済の増加にともない、不正利用の被害も増加している。特に、近年はフィッシング詐欺等によって流出したカード番号を不正利用した、非対面取引(オンライン決済)での不正利用被害が増加している。
日本クレジット協会の発表によればクレジットカードによる2022年の不正利用被害額は436億円となり、クレジットカードの取扱総額の約0.05%と割合は少なく見えるものの、前年の330億円の1.3倍近くに急増した。クレジットカードのセキュリティ対策はカード会社などの決済事業者に一定のコスト負担を強いるものとなるが、キャッシュレス利用が広がるに従って不正利用額も広がっている今、抜本的な不正利用対策を行うことは、カード会社にとって必要な取り組みだと考える。

(4)手数料構造の透明化

公正取引員会及び経済産業書の主導により、2022年11月に一部国際ブランドのインターチェンジ標準料率(以降、IRFとする)が公開された。IRFは、「フォーパーティーモデル」と言われるクレジットカードの決済スキームにおいて、アクワイアラからイシュアに支払われる手数料率を指しており、アクワイアラが加盟店に付加する加盟店手数料の「原価」に相当するものである。日本では長らくIRFは非公開であったが、業界全体の手数料率の透明性を高める目的で実施され、日本のクレジットカードの歴史に残る施策となった。
ただし、IRFが公開されれば加盟店手数料が下がるかというと、そう単純なストーリーではないことに留意が必要である。IRFは事業者間の複雑な利害関係を考慮しつつ、国際ブランドが「イシュアとアクワイアラ間の収益配分のルール」として慎重に決定するものである。その将来的な動向を注視しておく必要がある。

(5)企業間決済の伸び

従来、企業間決済におけるクレジットカード決済については、大企業を中心にコーポレートカードが導入され、社員の旅費や飲食代等の経費の決済に使われてきた。近年では企業向けのクラウドサービスの増加により、これらの支払に法人向けカードを利用する機会が増えてきたところである。
さらに、従来の商習慣にあわせて買い手側が決済手数料負担を行う取引スキームが国際ブランドから近年提唱されたり、スタートアップ中小企業に特化してオンラインの申込み手続のみで法人カードを発行する企業が登場したりするなど、新たな動きも見られている。

決済業界の将来展望

これまで述べたトレンドをふまえて、決済業界に将来起こりうると考えられることを3つ述べたい。

1つ目は、「決済のコストセンター化」と「経済圏を持つ事業者の独り勝ち」である。IRFの公開に端を発して手数料の引き下げがどの程度進むかは不透明であるが、将来的には、カード決済のトランザクションからは、カード事業者が大きな収益を得ることができなくなると考える。そうすると、決済は利益を生まない「コストセンター」となり、決済単独では事業として成立しなくなる。
一方で、「経済圏」に組み込まれた決済は、ポイント発行の原資やカード発行費用のコストを経済圏全体で負担することが可能となる。結果として経済圏を持つ決済事業者の競争優位性がさらに高まり、カード会社の淘汰や合従連衡が一気に進むと考えられる。

2つ目は、「自社の得意領域に特化した水平分業モデルの拡大」である。現状は多くのカード会社が顧客接点・商品開発・オペレーション・基幹システムなどの全ての機能を自社で保有する、いわゆる「垂直統合型」の事業モデルを採用している。
ところが、今後取扱額の成長が鈍化し収益性が低下する局面では、コスト負担の大きい垂直統合的な事業モデルの維持が難しくなることが想定される。数社のカード会社が連携してシステムを共同利用する取り組みが既に一部では行われているが、今後そのような動きが加速すると思われる。
さらに、自社ではカード発行を行わずシステムを他社に提供する、いわゆる「BINスポンサー」に特化する企業も現れると思われる。
事業環境や収益性が悪化した場合、自社の事業領域やポジションニングを再定義することは、事業トランスフォーメーションの重要な手法である。もちろん、それにより必要となる組織能力が変化し、企業内での人員の再配置や企業間での機能レベルでの譲渡や統合も必要となるが、そのような一定の改革を伴いながら、自社の強みや特徴を生かした様々な形態の「カード会社」が現れてくると考えられる。

3つ目は「企業間決済におけるカード支払のさらなる拡大」である。カード会社各社とも、カード決済における「ラストフロンティア」と呼ばれる企業間決済に着目している。企業間決済においては、決済からの手数料収入そのもので儲けるという発想ではなく、決済から得られるデータを活用しながら、決済を組み込んだファイナンス(融資)ソリューションあるいは業務改善ソリューションとして提供し、収益性を確保する考え方が重要となる。

決済ビジネスに求められる方向性

前節で述べた現在のトレンドと将来展望をふまえて、消費者向け決済、企業向け決済、及び両者にまたがるテーマとしてデータ利活用の3つの領域について、今後求められる方向性を示したい。

(1)消費者向け決済ビジネス

消費者向け決済については、先述のように決済からの収益化が困難となると予想される中で、決済を組み込んだ経済圏を構築して経済圏全体で収益を確保すること、また経済圏の中で決済の役割を再定義しその役割を磨き上げることが必要となる。
なお、「経済圏」は不特定多数のマス向けに設計されていることが多いが、決済機能を活用することで顧客ターゲットを絞り込んだニッチな経済圏を構築することも可能である。このような経済圏では、より多く決済をしてくれた人に、ポイント等の経済的なメリットではなく、その特定の顧客層にとって価値のある「特別体験」の提供が重要となる。例えば、クレジットカードを活用したファンエコノミーを形成し、カードを利用するほど「推し」の相手を応援できるような仕組みを提供している事業者も存在する。
なお、経済圏を構築することが難しい事業者については、業界全体が成長し自社事業の収益性が確保できている間に、事業売却や特定領域/機能に特化した事業への転換など、ビジネスモデルの再構築を検討する必要があると考える。自社の強みがどこにあるかを見極めながら、その経営判断を行うことが必要である。

(2)企業向け決済ビジネス

法人向け決済では、これまでは大企業を中心に社員の経費支出用途で法人カードが利用されてきたが、今後は法人カードを「利用する企業」及び「利用できる用途」を両輪として広げていく必要がある。
「利用する企業」に関しては、大企業だけでなく、中小企業やスタートアップ企業に対しても法人カードを広めることが必要である。その際に課題となるのは与信である。個人向けカードの与信限度額はせいぜい数百万円だが、企業取引を対象とした法人カードであれば、数千万円~数億円の与信限度額が必要となる。つまり、限られた企業情報と取引データを基に、動的に与信額をコントロールするノウハウが必要となる。
また、「利用できる用途」を増やすためには、売り手にとってのカード導入のメリットを訴求しつつ、法人国際ブランドが提唱する新たなモデル(VISAのBPSPやMastercardのBPAP)を活用したサービスにより、手数料を買い手負担として、まずは法人カードが使える取引を増やすことも重要である。
企業間決済は、業種ごとに商習慣などが大きく異なる。今後法人カードを拡大するにあたっては、それら業種ごとの個別課題を理解し、それに応じたソリューションを提供することが必要であり、個人向けカードの提供とは異なる組織能力が決済事業者に求められるようになると想定している。

(3)決済データの利活用

決済はコマース(商取引)を支える大事な社会インフラである。決済のデジタル化(=キャッシュレス)を進め、取引から得られるデータを社会全体で活用することは、消費者向け決済でも法人向け決済でも、今後ますます重要となる。
決済データは本来、消費者の行動を理解するために最も役に立つデータとなる。なぜなら、こうしたいという「将来の意思」ではなく「過去の行動」の結果だからである。さらに、決済データはマーケティング活動における「ゴール」、すなわちモノやサービスの「購入(=コンバージョン)」を測定できるものである。
このように、決済データはマーケティング観点では非常に重要なデータとなるはずのものが、現状では様々な課題から十分に利活用できていない。これら課題を解決するうえでは、決済データをどのようにマネタイズしていくかという議論を深める必要がある。
決済データの儲けの道筋を考える上では、「お金の出どころ(=誰がお金を払うか)」を考えることが重要である。例えばデジタル広告(インターネット広告)には年間3兆円を超えるお金が動いており(出所:電通「2022年 日本の広告費)、さらに企業の販促/マーケティング活動にはその何倍ものお金が動いていると言われている。これらの活動に決済データを用いて広告のターゲティングの効率を高めることができれば、あるいは企業の販促/マーケティングの施策精度を高めることができれば、その価値の対価としてマネタイズも可能になると考える。
最後となったが、マーケティング用途以外でも、決済データをマクロ統計として捉えて社会全体で活用する方向性もある。例えば、決済データを統計処理することで、準リアルタイムで社会全体の消費動向捉えることが可能となる。このような形での決済データ利活用が広がれば、国や地方公共団体による政策実施効果を定量的にかつ短いリードタイムで評価することが可能であり、決済が実効性の高い政策立案に寄与できる可能性がある。

▼著者登壇のセミナー
国内におけるキャッシュレス決済の実態と今後の展望
~決済業界の将来シナリオからみる課題とビジネスチャンス~

開催日時:2023-06-23(金) 13:30~16:30
(会場受講またはオンライン受講/いずれもアーカイブ配信付き)
講 師 :デロイト トーマツ コンサルティング合同会社
     池田 貴宣 氏 シニアマネジャー
     三由 優一 氏 ディレクター
     建部 恭久 氏 マネジャー
     生川 貴一 氏 コンサルタント
池田 貴宣 氏
寄稿
モニター デロイト/
デロイト トーマツ コンサルティング合同会社
シニアマネジャー
池田 貴宣 氏
米国系戦略コンサルティング会社、米国系グローバル決済事業者(国際ブランド)を経て現職。主に金融業、通信業、製造業における、成長戦略策定支援、マーケティング支援等の経験を有する。モニター デロイトの”Future of Finance”のオファリングにおいて主にペイメント領域をリードする。
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