銀行勘定系システムのモダナイゼーションを成功させるには


レガシー化した銀行勘定系システムの一部はブラックボックス化している。一方で、変化する外部環境に対して攻め、守りの双方から対応するために、銀行勘定系システムの「モダナイゼーション」が重要である。ブラックボックス化したシステムの「モダナイゼーション」を実施する上で、経営・業務・システムの観点から重要なポイントを考察する。


目次

銀行勘定系システムの現状

多様なサービスを提供する銀行のITシステムは巨大かつ多岐にわたる。大きく3つのシステム群に分けられ、経営管理や営業支援を行う情報系システム群、営業店事務や各種チャネル情報を取り扱う周辺系システム群、そして銀行ビジネスの根幹を担う基幹系システム群がある。銀行の勘定系システムは、そのうち基幹系システム群に位置し、例えば残高管理や利息計算、預貯金の出し入れなどの、勘定処理を実行する中核のシステムであり、銀行の3大業務(預金・融資・為替)を支えている。

経済産業省が2018年に発表したDXレポート(デジタルトランスフォーメーションに向けた研究会報告書)において指摘されているように、多くの日本企業が基幹システムのレガシー化の問題を抱えており、DXを実行していくにあたって足かせとなっている。レガシー化とは、システムが老朽化し、業務プロセスを含め全体像や機能の意義が不明確になった状態を指しており、本稿ではシステムがブラックボックス化していることと定義する。現状の銀行勘定系システムの多くは1980年代の第3次オンラインシステムの時代に作られており、システムのブラックボックス化=レガシー化に直面している。

<参照>
伊藤忠テクノソリューションズ(株)コラム「銀行のITシステムと市場系システム」
経済産業省『DXレポート ~ITシステム「2025年の崖」克服とDXの本格的な展開~』
JUAS「デジタル化の取り組みに関する調査」
日本アイ・ビー・エム株式会社「若手が知らないメインフレームと銀行系システムの歴史&基礎知識:FinTech時代、銀行系システムはどうあるべきか」

静岡銀行の取組

レガシー化に対する近年の金融機関の取組として、勘定系システムの全面刷新を行った静岡銀行の事例を紹介する。静岡銀行と日立製作所が共同開発を行った「OpenStage」は次世代オープン勘定系システムとして2021年から本稼働を開始、2024年からAWS上への移行を目指し、パブリッククラウド上でのシステム構築を開始した。本勘定系システムは、「記帳決済システム」(基幹業務の機能について、個々の業務の特性や重要度に合わせ柔軟に最適配置を実現)と「バンキングハブシステム」(営業店システムやインターネットバンキングなどのチャネルサービスとの柔軟な接続を実現)を中核とし、これらは業務機能を部品化し組み合わせるコンポーネント化した構成であり、シンプルなプログラム構造とすることでブラックボックス化の抑止につながるものとなった。また開発手法だけでなく、運用・保守面においては、ドキュメントの明確化やブラックボックス化の解消を実践した。

<参照>
日立製作所ニュースリリース「静岡銀行の次世代オープン勘定系システムが稼働開始」
日立製作所 「株式会社静岡銀行 レガシーシステム脱却とその効果」

銀行を取り巻く外部環境

企業の資金調達手段の多様化やネット銀行などの競合会社の台頭、非金融企業による金融業界への参入、金利上昇など、銀行を取り巻く外部環境は目まぐるしく変化しており、銀行は積極的に攻めの姿勢を打ち出していく必要に迫られている。例えばBaas(Banking as a Service)のように、銀行が提供するサービスや機能がAPIを利用してクラウドサービスとして提供され、銀行は他企業と連携し、自行の利用者獲得が期待できる。

また攻め同様に、守りの戦略も銀行業務において重要であり、毎年の制度や規制の変化に柔軟に対応できる体制を築く必要がある。例えば、2024年4月に施行された「口座管理法」(正式名称:預貯金者の意思に基づく個人番号の利用による預貯金口座の管理等に関する法律)により、預貯金者は本人が希望する申し出を行った場合、自身の複数の預金口座とマイナンバーを紐づけることが出来るようになった。銀行内部の対応としては、預貯金情報とマイナンバーを組み合わせて管理する体制を築くこと、預金保険機構に個人情報を提供する体制を築くこと、マイナンバー含めて個人情報漏洩防止策を更新し続けることなど、行内でのさまざまな体制作りに相応のリソースを割く必要が生じている。

銀行は外部環境の変化により攻め・守りの両面において迅速かつ柔軟に対応する必要があり、対応ができない場合、生き残りが難しくなっている。

<参照>
The Finance記事「BaaSとは?初心者向けにわかりやすく解説
ファミトラ「マイナンバーと銀行口座の紐づけは強制?口座管理法を分かりやすく解説」

モダナイゼーション

モダナイゼーションとは

モダナイゼーションとは、現代に合わせた技術刷新やシステムの可視化など複数の意味合いを持っているが、本稿では保守性の高いシステムへ置き換え、ブラックボックス化したシステムを可視化することと定義する。モダナイゼーション手法の具体的な手法についての記載は本稿では省略し、モダナイゼーションの意義、難点について紹介する。

モダナイゼーションがなぜ必要なのか

システムがブラックボックス化してしまう原因としては、システム開発プロセスにおいてドキュメントが十分に整備されていないこと、大規模なシステムで各ドキュメントの整合性が取れていないこと、ドキュメントが改修時にアップデートされていないこと、ドキュメントは最新だが担当者独自の手法で開発、運用・保守が行われることなどが考えられる。この状態にある場合、障害が発生しても原因がすぐにわからない状況となり、問題の判別から修復までに相当の時間・工数がかかり、ビジネスに深刻な影響を及ぼすリスクがある。また制度改正や商品開発などを受けてシステム再構築または拡張を行おうとしても、改修の影響特定を迅速に行えない、現行システムの仕様が再現できないといった問題が生じるリスクがある。

目まぐるしく変化する外部環境に対し、柔軟な体制を築くためには勘定系システムのモダナイゼーションが必要となる。

モダナイゼーションの難しさ

勘定系システムのモダナイゼーションの難しさは、システムが非常に重要で、大規模かつ複雑であることに起因する。経営、業務、システムの3つの観点で紹介をしていきたい。

経営面
勘定系システムは銀行業務の中核をなし、投資額が極めて大きくなる(システム経費はメガバンクで業務粗利益の10%~15%程度、地銀先進行で業務粗利益の10%~20%程度)。にもかかわらず、システム導入後の利益増加を定量的に定めることが難しく、投資判断の根拠を経営陣が把握しづらい状況がある。ROIがすぐには期待できないため、経済合理性だけでシステム投資を判断することが難しいと言える。
また、モダナイゼーションはさまざまな経営リスクを抱えている。長期にわたるシステムの開発期間において、内外部の環境変化に対応するためにコストが増加し続けるリスクや、移行および安定稼働までシステム障害の影響が極めて大きくなるリスクが考えられる。

業務面
勘定系システムは利用者・開発者共に多岐にわたり、利害関係者が多くなることから、業務面の要件定義や調整に時間を要す。
また、長期にわたるシステム開発期間においては、制度変更や業務戦略の方針変更の発生がつきもので、都度システム設計の見直しが必要となるが、それに対する備えが十分でないことが多い。
さらに業務を行う実務者にとってはモダナイゼーション実施後に変更される業務のトレーニング負担が大きくなり、日々の業務に影響を及ぼすことが考えられる。

システム面
既存の勘定系システムは、大規模かつ複雑でブラックボックス化しており、システム仕様を十分に把握することが難しい。モダナイゼーションを行おうとした際の要件定義での定義漏れや曖昧さが発生しやすい状況にある。

<参照>
JUAS「デジタル化の取り組みに関する調査」
iS Technoport「システムがブラックボックス化している」
金融庁「金融機関のITガバナンス等に関する 調査結果レポート」
コンサル&システム発注依頼.COM「大規模システム開発とは?流れやポイント・運用保守まで解説」
accenture 「勘定系モダナイゼーション~経営判断における本質的な問い」

モダナイゼーションを成功させるためのポイント 

モダナイゼーションを進める上でのポイントについて、難しさと同様に経営、業務、システムの3つの観点で紹介する。

経営面
経営陣は、経済合理性のみで投資判断をするのではなく、中長期の経営戦略に沿った投資になっているのかを検討する。また定量的な判断軸以外の観点(市場競争力の向上や顧客満足度の向上、ブランド価値の向上など)について検討することが重要である。
さまざまな経営リスクについては、経営陣が先頭に立つプロジェクト推進の体制を構築し、リスクへの適切な対応を行う。

業務面
各要件の実現優先度付けを徹底し、方針変更時の意思決定の長期化を防止する。また業務戦略策定時には経営陣とのオーソライズを徹底する。
また、多数存在する利害関係者を可視化してワーキンググループを設置することで、円滑な連携と推進体制を確立し、意思決定権者を明確にする。
モダナイゼーション後のトレーニングについては、事務現場の業務量を把握し、計画的・段階的な教育スケジュールを策定することで業務への影響を最小限に抑える。また、教育時の事務マニュアル制定の徹底も重要である。

システム面
既存のブラックボックス化したシステムに対しては、現物のドキュメントのみならず、ソースコードの確認により実態把握を適切に行う。また、モダナイゼーションを行うシステムがブラックボックス化しないよう、開発手続きや成果物ドキュメントの作成基準を再評価し、継続的にドキュメントが可視化されるような運用基準を確立する。
開発期日に追われてドキュメント作成は劣後に成りがちであるが、ドキュメントファーストの精神を持つことが重要である。

まとめ(モダナイゼーションを成功させた先に何があるのか)

事業継続のために各社のシステム開発、更新は引き続き行われていく。システムモダナイゼーションにより、将来のシステム開発の土壌を整えることができる。1度のモダナイゼーションで終わりではなく、継続して可視化を行い続けることが、銀行の中核業務を担う勘定系システムの開発において重要となり得る。本稿がモダナイゼーション検討時の参考となれば幸いである。

著者写真
寄稿
株式会社クニエ
諸杉 聡恵 氏
大学卒業後、政府系金融機関を経てクニエに入社。政府系金融機関では、法人融資部門・信用保険部門に従事し、クニエでは金融領域を専門に業務プロセス改革の支援に関するプロジェクトに従事。
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