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モンテカルロシミュレーションや最適化計算、 リテール分野のCX高次化への応用

量子の不思議なふるまいを利用して圧倒的な計算速度を可能にする量子コンピュータ(=量子計算機)は、海外の金融機関も熱い眼差しを注ぐ。金融業界での活用の展望について有識者に話を聞いた。

モンテカルロシミュレーションや最適化計算、 リテール分野のCX高次化への応用
  1. 量子技術は“まだ1段目”産業界を巻き込み加速狙う
  2. AIや機械学習、統計と相性が良い
  3. コンピュータサイエンスの専門人材でも難しい

量子技術は“まだ1段目”産業界を巻き込み加速狙う

電子など1つの微小な粒子は2つの箱に同時に存在しうる…。こうした量子レベルの物理法則に今さら驚いていては、すでに世界のトレンドから遅れているかもしれない。日本政府も、次世代コンピュータとして世界中で研究・開発が進む量子コンピュータに代表される量子技術のイノベーション促進に動き出している。

「我が国も総合的に量子技術を促進できる体制が整ってきた」と力を込めるのは、内閣府政策統括官(科学技術・イノベーション担当)付政策企画調査官の登内敏夫氏。内閣府は2020年1月、「量子技術イノベーション戦略」を発表し、金融や材料化学などの分野で応用が期待される量子技術の研究・開発、産業化・事業化の促進を加速していく方針を明記した。

金融業界が注目を寄せる量子コンピュータも、この戦略の下でイノベーションの加速が期待される。登内氏は、「日本はもともと超電導量子コンピュータで世界に先んじて量子ビットを開発していた」と前置きした上で、「今までは個々の研究者の才能と努力に頼る点があった。量子コンピュータのようなアーキテクチャの組み上げには、産学連携や投資の呼び込みなど総合力が必須だ。国としてここをしっかりサポートすることで、イノベーションを加速できると考えている」と気を引き締める。

足元の量子技術研究・開発は、米国やEU(欧州連合)、カナダ、中国が先行する。「現状は、実現の可能性が見えなかったゼロ段目からやっと1段目に立った状態。量子技術はこれから大きな発展が期待できる段階であり、今後どの分野が勢いづいてくるか分からない」(登内氏)。現状出遅れている日本にもチャンスがある。

もちろん楽観は禁物だ。日本の量子技術イノベーションの促進には越えるべきハードルが山積する。同戦略ではこうした課題を克服し、量子技術で世界に伍ごしていくための3つの柱を提示した(図表1)。

IEA(国際エネルギー機関)のシナリオでは、パリ協定の目標達成に向けて、2040年までに世界全体が約58兆8,000億ドル(約6,500兆円)~約71兆3,300億ドル(約7,900兆円)の投資が必要だという。現実感が湧きづらい金額ではあるが、ESGをめぐる民間資金の状況を見てみると、日本は欧州・米国に次ぐ世界第3位のESG投資残高国となっている。グリーンボンドの発行額も2017年から大幅に伸びている。

特に、①限られたリソースを効率的に配分するため、日本が強みとする分野を「重点技術課題」として注力しつつ、長期的視点で期待できる分野を「基礎基盤技術課題」としてサポートする「重点領域の設定」、②海外から人材やナレッジ、投資を呼び込むための“日本の顔”を作る「量子拠点の形成」、③産業・安全保障の観点から、欧米との連携を図る「国際協力の推進」である。

登内氏は、「一番重要なのは、いかに産業界を巻き込んで、発展する量子技術を社会実装に繋げていけるかという点」と、研究機関やメーカーだけでなく将来のユーザーとなる一般企業へも協力を呼びかける。「金融機関にもコンソーシアムへの参加などを通じて、量子コンピュータに対する実務家の意見を聞かせてほしい」

金融業界は、材料化学と並んで量子技術の活用が期待されている一大産業だ。現場のニーズや期待感の発信は、大いに日本の量子技術イノベーションを盛り上げるに違いない。

AIや機械学習、統計と相性が良い

金融業務に量子コンピュータはどのように関わってくるのか。「現時点では黎明期の技術だが、近い将来実用化できた際には、量子コンピュータを使いこなす金融機関とそうでない金融機関では、業務の精度や収益機会という点で、大きな差が出るだろう」と語るのは、日本IBM東京基礎研究所副所長技術理事の小野寺民也氏だ。

小野寺氏によれば、金融機関で量子コンピュータ活用が期待されるのは、リスク計算、デリバティブやオプション取引のプライシングなど「現在はスーパーコンピュータで大量の計算を回しているような業務」だという。こうした業務の計算には、「モンテカルロシミュレーション」という大量の計算を必要とする手法がよく用いられるからだ。モンテカルロシミュレーションは未来の変動を伴うモデルに対し、乱数を用いて何万回も計算してシミュレーションを行うことで、確率的に結果を出す手法だ。あまりに計算回数が多く、スーパーコンピュータでも結果が出るまで数時間かかる。

量子コンピュータで行う量子計算は、1メートルの10億分の1以下という小さな量子が持つ「重ね合わせ=1個の量子は異なる2つの状態を同時に取ることが出来る」という性質を利用する計算だ。従来型コンピュータの計算は、簡単に言えば何億個ものスイッチを入れたり切ったりして、オン/オフの組み合わせパターンで表現を作っていく。例えば、10個のスイッチのオン/オフで1,024通りの表現を作るには、1,024回それぞれのスイッチを切り替えなければいけない。しかしここで、10個のスイッチを量子に置き換え、重ね合わせでオンとオフの2状態を同時に取ることのできる“量子スイッチ”とすると、なんと1回スイッチを入れただけで同時に1,024通りの表現が可能になる。これこそ、量子計算が驚異的な計算スピードを出せると言われる理由だ。「モンテカルロシミュレーションを加速させる量子アルゴリズム(=量子計算の設計図)が知られており、量子コンピュータがある程度の規模になれば、実問題に適用できるのではないかと期待している」(小野寺氏)

超高速かつ大量の計算を可能にする期待から「夢のコンピュータ」とも呼ばれる量子コンピュータだが、「実用化しても新たな計算手法ができるわけではないことに注意したい。さらに、単純に計算量が多ければ量子コンピュータが力を発揮できるわけではない」と注意を促すのは、量子コンピュータ用アプリケーション開発を手がけるblueqat CEOの湊雄一郎氏だ。湊氏によれば、「量子計算が得意な計算はかなり限られる。金融業務に関連するところでは、今のところ『モンテカルロシミュレーション』と、ポートフォリオ最適化や様々な取引の最適化に用いる『最適化計算』の一部で計算ステップ数が減るという認識だ」と指摘する。

将来的な可能性としては、金融方面への活用の研究はあまり進んでいないものの、量子計算とAI(人工知能)とを結びつける研究も出てきている。量子アルゴリズムはAIや機械学習、統計と相性が良く、データ分析のレベルが上がる可能性がある。「リテール分野では、顧客ごとのレコメンデーションなどCX(カスタマー・エクスペリエンス)の高次化に応用することもできるのではないか」とIBMの小野寺氏は展望する(図表2)。

コンピュータサイエンスの専門人材でも難しい

「2015年あたりから盛り上がってきたばかりで、全然実用の段階ではない」(blueqatの湊氏)という量子コンピュータだが、いつ頃社会実装されそうなのか。IBMの小野寺氏によれば、「やっと量子コンピュータの実機が作られるようになったが、まだ小規模かつエラーがある。将来的にはエラーを訂正し、数百万〜数億量子ビット(=量子スイッチの数)のものが登場すると考えられているが、少なくとも30年から40年くらいはかかるというのが大方の見立てだ」という(図表3)。

しかし、実装までに時間があるからといって油断はできない。すでに金融業界でも競争が始まっている。blueqatの湊氏は「投資銀行業務などは計算が利益に直結する。2、3手先の将来を見据えた努力として、JPモルガンやゴールドマンサックス、バークレイズなどの海外大手銀行は量子コンピュータへの積極的な関与や専門人材確保に向けた動きを見せている。日本の金融機関が今から追随するのは至難の業だ」と警鐘を鳴らす。加えて湊氏は、「日本は人材に関して厳しい」と不安を口にする。

人材教育では、IBMが教材の提供に力を入れている。同社は2016年5月から「Qiskit」というオープンソースの量子コンピュータ用ソフトウェア開発環境を公開している(図表4)。今や理工学界隈で広く親しまれるプログラミング言語「python」で学べ、コードに関するチュートリアルやテキストも充実している。金融関連でも、ポートフォリオ最適化やオプションプライシングなどの計算ソフトの解説を公開している。

こうした教材の整備が現在進行形で進む状況を踏まえた上で小野寺氏は、「量子コンピュータの難しいところは、従来型のコンピュータと動作原理がまったく違うので、コンピュータサイエンスの専門家がすぐに習得できるということはなく、現段階では量子コンピュータの理解にはある程度の量子力学のバックグラウンドが必要」という。小野寺氏は金融機関に、物理人材あるいは応用数学や統計に強い人材を集め、量子計算の金融実務への活用を探る専門部署の設立を勧める。

ただ、量子技術分野の人材は「日本の理系のトップ学生でも欧米や中国から見たら周回遅れなのが現状」(blueqatの湊氏)という。その中で、世界のトップ理系を採用しなければ意味がないのが量子人材のレベル感だ。取材中、湊氏はベンチャー企業創業者としての経験から「ベンチャーでも人が集まるところとそうでないところの格差が如実に出てしまう」と語った。優秀な人材のところへさらに優秀な人材が集まるテック業界の現状を見ると、量子人材戦略にも早急な対応が必要なのは明らかだ。

解釈をめぐりボーアと激しく論争するなど、かのアインシュタインをも翻弄した量子力学。その不思議な法則が支配する超ミクロの世界も、気が付けばビジネスへの応用を目指すエンジニアリングの領域になった。量子コンピュータも今まだ実用化に遠い技術ではあるが、そう遠くないうちに社会実装される日が来るはずだ。金融業界関係者も他業界の話と思わず、動向の注視と先読みでの対策が欠かせない。

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【 インタビュー 】
内閣府
政策統括官
(科学技術・イノベーション担当)付
政策企画調査官

登内 敏夫 氏

【 インタビュー 】
日本IBM
東京基礎研究所
副所長
技術理事

小野寺 民也 氏

【 インタビュー 】
blueqat(元MDR)
設立者
兼 CEO

湊 雄一郎 氏

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