- シンギュラリティとは
- IT先端技術の「破壊的」なインパクト
- 「加速度的」「革命的」な進化・変化への対応
- 法曹業界の遅れ
- 「法務」のあり方の変化
- 法務サービスの「再定義」が必要
- コンサバなコストセンターからプロアクティブなプロフィットセンターへ
シンギュラリティとは
「シンギュラリティ」の定義は、「人工知能が人智を越える」ことではない。多くの分野で、すでに人工知能は人智を超えているからだ。囲碁、チェス、将棋、オセロ、診察、画像認識、判例検索…。
シンギュラリティが「何」であって、それが「いつ」来るかは、実は重要ではない。大事なのは、我々の生きているうちに、我々の生活が「革命的」に変わる、その認識を強く持つことだ。
なぜ「革命的」な変化が起こるのか?科学技術(IT)が、「加速度的(エクスポネンシャル)」に進化しているからだ。半導体の集積率は、18か月で倍増している(ムーアの法則)。加速度的な進化は、特異点(シンギュラリティ)を越えると、「革命的」な変化をもたらす。
▼筆者:中山達樹弁護士の関連著書
『アジア労働法の実務Q&A』
IT先端技術の「破壊的」なインパクト
また、加速度的なITの進化は、「破壊的(disruptive)」な影響を持つ。1分300円もする高額な国際電話は、LINE等の無料通話アプリに「破壊」された。UBERやAirbnbがタクシーやホテルの「業界」そのものを破壊しつつある。
生活に必要なコストはどんどん減少し、限界費用ゼロ社会は近づいている。理想郷・桃源郷の出現だ。ベーシック・インカムの到来も間近かもしれない。
このような時代、我々自身が旧来的思考を「破壊」しなければ、新興勢力により破壊されてしまいかねない。
「加速度的」「革命的」な進化・変化への対応
しかし、我々は「加速度的」な思考には慣れていない。我々が日常で認識する変化は「直線的」であるからだ。
例えば、直線的な進歩をした場合、我々は、30歩では30メートルしか進めない。一方、「加速度的」に進むことができれば、30歩で地球を12周でき、月まで届く! ITの進歩は、文字どおり、日進「月歩」なのだ。
そこで、我々の旧来的・直線的思考自体を、「加速度的」に進化・変化させる必要がある。さもなければ、「革命的」な変化に対応できない。旧世代の遺物として死すのみである。デジカメ出現でフィルムカメラは死んだ。
ゲーム・パラダイムが変わったのだ。子どものサッカーなら、ボールを追いかけていてもなんとかなる。しかし、アイスホッケーで、パックを追いかける選手はいない。時代の先を読む「洞察力」が必要になる。旧来の思考の「枠」を飛び出し(think out of the box)、先回りして「補助線」を引かねばならない。ITやプログラミングの重要性は言うまでもない。
法曹業界の遅れ
ところが、特に日本の法曹業界は、大きく遅れを取っている。例えば、このご時世に、日本の裁判所は、裁判書面を「郵送」か「FAX」でしか受け取らない。メールやデータでの提出すら、原則としてできないのだ。また、特に地方では、メールすら利用しない弁護士も稀にいる。
そのため、法曹界に生息するだけで、「加速度的」に進化する時代に取り残されるおそれがある。業界自体が危機感を持つ必要があるのだ。
「法務」のあり方の変化
そんな今、我々に必要なのは「直線的」思考の「破壊」だ。いわば、自己破壊である。企業がカンニバル(共食い)を恐れていては生き残れないように、我々自身も、旧価値観を「破壊」する必要がある。
今、手元のスマホで検索するだけで、相当の法的知識を無料で即時に得られる。AIが法令確認や判例調査を行える日も近いだろう。しかも、クラウドソーシングにより、何でも安く外注できる時代だ。
この「加速度的」に進歩する時代に、企業がいつまでも旧来的な法務部を抱えておくだろうか?
利益は産まないくせに、コストばかり掛かって、コンサバな意見を言って、ビジネス展開の揚げ足を取る…。このようなネガティブなイメージを持たれがちの法務は、「革命的」な変化を先読みしなければ、生き残れない。
法務サービスの「再定義」が必要
では、どう対応するか。革命的な変化に対応するためには、イノベーションが必要だ。イノベーションは、10%の「修正」からは生まれない。小手先の戦術を変えてもパラダイム変化には対応できない。
パラダイムシフトに備えてイノベーションを起こすためには、10倍の成長を期す「再定義」が必要だ。
例えば、100年前の馬車の時代、「10%」の成長を目指して顧客の要望を吸い上げていれば、もっと早い馬を探すという「修正」戦略が取られただろう。
ヘンリー・フォードは違った。「10倍」の成長を期して、移動手段を「再定義」したのだ。車の発明である。自動車産業の成長は10倍どころではなかった。
コンサバなコストセンターからプロアクティブなプロフィットセンターへ
シンギュラリティの時代、法務自体にも、「再定義」が必要である。今の時代、法務がいつまでも「コンサバな(保守的な)コストセンター」であってはいけない。「プロアクティブな(先見力ある)、プロフィットセンター」に「再定義」するときが来ている。
この「再定義」に必要な要素は何だろうか。以下の3つが挙げられる。
戦略的思考
シンギュラリティ時代には、「先例のない」事例への対処が求められる。それゆえ、今後は、先例を探して解を探すのではなく、むしろ、グレーゾーンに既成事実を積み上げ、先例を創り出す思考も必要になるかもしれない。
いずれにせよ、先見力、洞察力、そしてビジネス理解の重要性は高まっているといえよう。
このような、時代の先読みをして「戦略的」にリスクを取りつつスピーディーにビジネスを進める新手法を、Googleでは「カウボーイ・ルール」と呼んでいる。カウボーイが、いちいち馬から降りずに周囲を確認して先に進むことから来た用語だ。
(帰納的)思考力・質問力
出された問いを分析して「回答する」力は、シンギュラリティ時代、もはやAIには敵わない。つまり、与えられた大前提に事実を当てはめて演繹的に「回答する」能力のみでは、法務の存在意義を見出だすことは難しくなってきている。
一方、何が問題であるのか、を「質問する」力は、まだAIに代替されにくい。つまり、なぜその規制があるのか?という法の趣旨を帰納的に「問いかける」能力も必要になってくる。
例えば、新規サービスの展開に伴う業法規制。その趣旨の多くは、サービスの質を確保して、消費者の安全を守るためにある。
そのような趣旨なら、サービスの質が確保できる「代替手段」があれば、業法規制の存在価値はなくなる。UBERやAirbnb が「レーティングシステム(ドライバーや宿の提供者を評価する制度)」を採用しているのはこのためである。
シェアリングエコノミーの普及も、このレーティングシステムの実効性が鍵になるだろう。
ITへの知識・好奇心
IT知識も不可欠だ。例えば、世界中で、今、天文学的な量のアプリが開発されている。多くは無料である。簡単に様々なアプリを試すことができる時代であるが、法曹業界の方の多くは、気軽にアプリを試すことすらしない。
自分の今までのやり方・考え方に安住している人が非常に多いのだ。まさに、「みんなが世界を変えたいと思っているが、自ら変わろうとする人はいない」(トルストイ)。
しかし、シンギュラリティ時代、そのような悠長な考えでは「ぬるま湯の茹で蛙」になりかねない。それゆえ、知識よりも大事なのは、新しいことを試す好奇心、勇気とチャレンジ精神かもしれない。
このシンギュラリティ時代に対応するためには、まず自分が変わらなければならない。「世界を変えたいのなら、まず自分がその先駆けとならなければならない(You should be the change that you wish to see in the world)」(ガンジー)。
次世代に生き残るためには、「自らを変える!」という気概がまずは重要である。
▼筆者:中山達樹弁護士の関連著書
『アジア労働法の実務Q&A』
- 寄稿
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中山国際法律事務所中山 達樹 氏
代表弁護士