はじめに
ロボットが業務・事務を遂行するような金融ビジネスを想像できるだろうか。1990年代にパソコンが大量導入され、さらにIT革命を経てオフィスワークは大幅に効率化された。しかしながら、いまだ手作業が残る事務処理も多く、既存システムの制約による単純操作や重複処理も山積みであろう。
この状況を打破するテクノロジーとして、「人工知能(AI)」や「RPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)」が本邦金融機関においても注目を浴び、中でもRPAは2016年から急速に普及してきた。RPAとは、この後に述べるが、人が端末上で行う定型作業を自動化するものであり、これまで自動化が困難とされてきた作業を代替する仕組みのことだ。
RPAが普及する背景として、まずRPAには大規模なシステム開発を伴わないことが挙げられる。つまり、突き抜けた費用対効果を実現できる可能性を秘めている。次に、RPAならではの特徴として、人に代わり24時間365日稼働し、かつ指示したオペレーション以外は行わない(事務リスク低減)といった複合的な効果が期待できることも要因の一つであろう。
筆者が所属するアクセンチュアでも、これまで支援してきた数十の金融機関向けRPAプロジェクトにおいて、大幅な事務量削減を実現、あるいは見込んでいるという状況だ。
この様に先行してRPAを導入した企業では、既にその効果が見え始めている。しかしながら、RPAを導入すれば、必ずその効果を得られるわけではない。RPAの導入効果をより多く享受するために留意すべき点は何か。
RPA本来の可能性を、いかに引き出すことができるか――――。
その足掛かりをつかみ、実用化を加速してもらうことを期待したい。
RPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)とは
RPAは、人が端末で行う定型作業(ルール化できる入力、クリック、コピー、ペーストなどの作業)を、ソフトウェアに設定(命令)することで、人のオペレーションを代替してくれるものである。関連する複数の操作、手順、命令などを記録、実行する「マクロ」と類似している。
その概要や特徴を簡単にまとめると、以下の様に言える。
- 定型的なルールに基づいた判断を伴った入力オペレーション技術であり、イベントドリブンでアプリケーションを操作
- 複数のアプリケーションにまたがったワークフロー上で稼働
- コーディングが不要(ただし、ソフトウェア上での業務プロセス定義や各プロセスでの操作設定の定義付けは必要)
- 24時間365日、常時稼働が可能
RPAの導入にはRPAソフトウェアの利用が前提となるが、昨今の技術革新により、OCR技術や既存アプリケーションのAPI(アプリケーション・プログラミング・インターフェイス)との直接連動、そしてRPAソフトウェアの一元的なモニタリングやメンテナンスも可能となった。
これによりRPAソフトウェアがシミュレート可能な業務バリエーションは劇的に増えたと言えるだろう。
また導入にあたり、既存の業務アプリケーションへの改修が不要であることから、大規模なIT投資なしに早期に業務プロセスの自動化が可能となることが大きなメリットである。
また、RPAの導入により、大幅な事務量の削減や事務品質の向上、事務処理スピードの向上が期待できるが、具体的に適用可能となる主な業務をまとめたものが図①である。
RPAの適用パターンとしては、登録・参照系業務、審査・判定系業務、レポーティング系業務などが想定され、業務の省略や人的関与の縮小・完全排除が可能となる。
RPA導入による期待効果
RPA導入による期待効果としては、主に「事務コストの削減」「ミスのない高品質なオペレーションの実現」「生産性の飛躍的向上」「簡易なシステム化」の4点が挙げられる。
また、図②については、これまで国内外においてアクセンチュアが支援してきた金融機関向けプロジェクトの結果を基に算定しているが、この様に大きな効果が期待できる。
RPAでは、人間が行っている業務をロボットに代行させることで、劇的な処理スピードの向上や稼働時間の延長が見込めるほか、ミスのないオペレーションが実現される。業務の自動化が進めば、既存の人的リソースをロボットが実行した結果をチェックする役割や、人間でしかできない非定型かつ付加価値の高い役割に配置転換することも可能である。
加えて、RPAでは対象業務を行うロボットを容易に増員できることから、繁忙期や突発的な業務量変動に対しても柔軟かつ迅速に対応できることも導入のメリットと言えるだろう。
RPA導入において留意すべきポイント
上述の通り、その分かりやすい効果とシステム導入の容易さから、本邦金融機関においても既にRPA導入の取り組みが本格化しつつあるが、中には想定効果を享受できていない事例も散見され始めている。
その様な状況を鑑み、RPA導入において陥りやすいと思われるポイントについて、以下の通りまとめた。
① 会社としてのミッションが曖昧
RPAソフトウェアを、エンドユーザーのオペレーションを支援するソフトウェアの類いとして位置付けた場合、導入推進はユーザー部門やIT部門の担当者のみで主導することが想定される。その結果、コスト削減や業務品質改善といった本来の狙いや経営目線でのKPI設定が曖昧となり、効果創出に至らないケースもあるだろう。
② ばらまき型によるライセンス展開
IT部門からエンドユーザーへRPAライセンスをばらまいて利用促進を図ることだ。ITリテラシーの高いエンドユーザーであれば、おのおのが自分専用にルールを設定していくであろう。しかし目線を変えると、エンドユーザーごとに設定や適用範囲が属人化しているとも言えよう。
RPAソフトウェアが操作する業務アプリケーションへの大幅な改変や業務プロセスの変更時には、RPAソフトウェアの設定にも一定のメンテナンスが生じるが、属人化した設定内容をメンテナンスする作業は極めて煩雑化してしまうのである。場合によっては、RPAを利用したのは導入当初のみにとどまり、数か月後には一切稼働させていないといったことにもつながってしまうのだ。その一方で、ITリテラシーの低いエンドユーザーは一切利用しないといったことは、言うまでもない。
③ 極端なボトムアップアプローチ
ユーザー部門の担当者によって手元の業務オペレーションを一覧化したうえで、RPA適用業務の識別を試みる場合、些末なものばかりが洗い出され、単体では効果の薄いものが多数を占めているといった話を聞く。
また、RPAへの警戒感(≒ロボットに仕事を奪われる)から、現場からは正しい情報が得られず、そもそもRPA適用対象を網羅的に洗い出しきれなかったという事例もあるようだ。
④ 現行業務を踏襲した適用範囲の検討
定型化されているように見えても、目視や電話確認といったパソコンなどの端末を使用しない情報処理は日常的に行っている。そのため、現在の業務手順・ルールを完全に踏襲する形でRPAを適用すると、人の介在する部分が諸所に残存するような結果に陥りやすい。
例えば、ロボットが作業しやすくなるように人間がExcelファイルを加工するといった作業を追加する等、ロボットのオペレーションをひとつなぎにする工夫が必要になるが、そこまで至らないケースは多数存在する。結果として、業務処理の正確性は高まるものの、生産性向上や高付加価値業務への要員シフトは達成できないといったことが起こるのである。
⑤ 安易な製品選定
昨今、RPA製品の多様化が進んでおり、製品ベンダは差別化を図るため、様々な機能や料金体系で製品を提供している。
当然ながら利用目的や業務特性にあった製品は存在するものの、例えば初期導入コストの観点のみで単一の製品を採択した結果、機能の制約によって自動化の範囲が中途半端になる、または、既存のIT環境では動作しきれないといった状況も発生しているようだ。
RPA導入を成功させるための要諦
では、RPA導入を確実に成功させるためには、何が必要だろうか。
まず、経営レベルでのRPA導入ビジョンを明確にすることが必須である。そして、RPAを単なる自動化ソフトウェアと捉えるのではなく、抜本的なオペレーション改革を実現する手段として捉えるべきである。
データの突合といったチェック機能の自動化によるリスク管理・ガバナンスの高度化だけでなく、コア業務への人的リソース移転による競争力強化や新たな収益機会の創出、そして収益向上まで含めた「全社変革プログラム」を企図した取り組みとすることが肝要だ。
さらに言えば、現行の業務プロセスと業務アプリケーション、およびRPAや他の最新テクノロジーにも精通したプロジェクトメンバーを選抜し、チームを組成して推進することが望ましい。
RPAはあくまで変革を牽引する一つの手段であり、業務アプリケーションへの改修やEUC(エンドユーザーコンピューティング)ツールの開発、簡易AI等の適用といった他のソリューションが最適解となるケースもあり、バランス感覚も非常に重要である。
また、RPAに特化した導入から運用に至るガバナンスやルールを設定することも必要だろう。
- トップマネジメントによる積極関与と、全社的なゴール/KPIの明確化・評価
- RPA前提での業務プロセス再構築と、RPAのみにこだわり過ぎないシステム化計画
- 既存組織に依存しない導入・運用体制の構築
(業務サイドの協力体制構築、RPA専属部隊の発足、等)
最後に
世界各国においてRPAの取り組みはこの1年間で急拡大し、一部の金融機関では既に実用化と効果創出に至っている。RPAソフトウェアにおいても、その製品ラインナップが拡充されるとともに、各機能についてもレベルアップが続き、技術的にも成熟化しつつある状況だ。
これまで述べた通り、RPA導入による期待効果はオペレーティングコスト削減や生産性向上、業務品質向上などが挙げられるが、早期着手が功を奏する。ただし、RPAに対する捉え方や導入・運用に係るアプローチは正しく組み立てていかなければいけない。何事も、簡単そうに見えるものほど大きな落とし穴が待ち受けている。
着実かつ早期に効果創出を図るためには、ビジネス・業務・テクノロジーのエキスパートも必要になるだろう。また、自社の人的リソースだけで推進するのではなく、外部委託の活用も推奨される。
筆者が所属するアクセンチュアでは、国内外における多数の導入実績から培われた業界屈指のノウハウを活用し、各金融機関の経営・業務・ITの状況に即したRPA導入を支援している。本稿については、概要を述べるにとどまっているが、RPAの導入・運用を考えるうえでの一助となれば幸甚である。
- 寄稿
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アクセンチュア株式会社信方 章吾 氏
金融サービス本部
シニア・マネジャー