※本稿は株式会社アクセンチュアの許可を得て、転載・編集しています。
はじめに
テクノロジー革命が世界に破壊的影響を及ぼす中、デジタルトランスフォーメーションの実現は、どの国・産業にとっても緊要の課題となっている。もちろん日本も例外ではない。
例えば昨年9月には、経済産業省がデジタルトランスフォーメーションに関するレポートを発表。2025年までに既存システムを刷新しない場合、現在の約3倍に当たる年間最大12兆円の経済損失が生じると警鐘を鳴らしている。
同省が直近の対応策として推奨するのは、①維持保守業務からデジタル技術活用への人材・資金シフト、②事業のデジタル化を実現できる人材の育成という2点である。
つまり、デジタル人材の育成を最重要課題として挙げているのである(※)。
経済産業省『DXレポート 〜 ITシステム「2025年の崖」の克服とDXの本格的な展開』 2018年9月7日 詳細についてはリンク先を参照:https://meti.go.jp/press/2018/09/20180907010/20180907010-3.pdf
特に今後の金融業界では、テクノロジーの進展や顧客のデジタル化、市場環境の急激な変化に伴い、AIをはじめとする先進デジタルツールの開発自体が主な仕事になると言われている。
またAIと働き方の未来に関するアクセンチュアのグローバル調査によると、金融機関がAI導入や人との連携推進に向けて投資を行えば、2022年までに32%の収益向上と9%の雇用拡大を実現可能とされている(※)。
アクセンチュア『Future Workforce : Reworking the Revolution』より計量経済モデルによる推計
デジタルトランスフォーメーションは不可避な流れであると同時に、収益力・人材力強化の重要な機会を金融機関にもたらす契機になる。
しかしその一方で、AIと人の連携推進は、人材戦略という面で大きなチャレンジを生む可能性があり、ビジネスのデジタル化に伴い、既存の価値観が通用しなくなり、新たなアプローチが求められるからである。
ポストデジタル時代におけるデジタル人材の姿
新たな時代に求められるデジタル人材は、これまでとどう違うのだろうか。
そのヒントとなるのが、アクセンチュアが今年4月に発表した『Technology Vision2019』(※)で最新トレンドの1つとして紹介された “ヒューマン+としての労働者”という考え方である。
アクセンチュア『Technology Vision2019』:https://accenture.com/_acnmedia/pdf-76/accenture-techvision-2019-exec-summary-japan.pdf#zoom=50
デジタルトランスフォーメーションが進むにつれ、テクノロジーが現実世界に溶け込むポストデジタル時代への移行が加速していき、そこでは、個々の労働者が持つ既存の知識・スキルに加え、テクノロジーを使いこなす能力やテクノロジーの活用を通じて新たなスキルを獲得する能力が求められている。
また金融機関は、環境・制度面でこうした取り組みのサポート体制を整え、デジタルソリューションを構築・運用する人材、そして開発されたデジタルソリューションを駆使して業務を推進する人材の両方を育成・強化することが不可欠になる。
しかし日本の金融機関を見ると、これらの変化を見据えた取り組みが必ずしもできていない。欧米の先進金融機関では、投資銀行部門を対象にプログラミング(Python)の教育を始めるなど、人材育成戦略の抜本的改革を進めているが、国内においてはこのような取り組みがあまり見られない。
また日本では、AIをはじめとする先進デジタルツールの活用に必須となる従業員の意識改革も遅れている。
例えばアクセンチュアによる前述グローバル調査の結果を見ると、AIとの協働の重要性を理解し、具体的な取り組みを行っている日本の労働者の割合はグローバル平均の半分程度である(※)。
アクセンチュア『Future Workforce : Reworking the Revolution』より計量経済モデルによる推計
また、AIに対してポジティブな感情を持ち、自らの仕事に及ぶ影響をイメージできる労働者の割合もグローバル平均を大きく下回っているのが実情である(※)。
アクセンチュア『Future Workforce : Reworking the Revolution』より計量経済モデルによる推計
こうした現状を打破するために、金融機関が実践すべき具体的アプローチが2つある。
現状打開策① テクノロジーを駆使した人材の見極め
1つ目は、テクノロジーを駆使した人材の見極めである。
人事部門による従業員の一括採用という既存手法では、人材それぞれの能力・適性を理解するという意味で限界があり、テクノロジーを活用した評価を行い、適材適所に配置することでポテンシャルを最大限引き出していくことが重要である。
現状打開策② デジタル活用をつうじたスキル拡大により採用した人材の能力を高めること
2つ目は、デジタル活用をつうじたスキル拡大により採用した人材の能力を高めることである。
テクノロジーによって今持つ知識・スキルを強化し、デジタル時代に求められる多様な業務を迅速かつ効率的にこなせる“ヒューマン+”人材に育てていくことも必要になる。
今回のウェビナーの中で動画を交えて紹介した通り、先進的な取り組みをつうじてこれらのアプローチを実践する企業は、すでに日本でも出始めている。
デジタル人材へ転換するためのリスキル
ポストデジタル時代への対応に向け、今後の人材戦略の中で特に重要な位置を占めるのが、既存社員のデジタル人材へ転換するためのリスキルである。
これまでとは全く異なる資質・スキルセットが求められる中、社員に期待される成長について“言わなくてもわかる”時代は終わりを告げようとしている。
金融機関は次の3点について明確に定義・文書化し、社員目線の丁寧かつ継続的なコミュニケーションをつうじてリスキルの取り組みを推進する必要がある。
- 自社のあるべき姿と目標・理念 ― デジタル化とビジネス環境の変化を前に会社はどう変わろうとしているのか。何を大事にし、何を達成したいのか。
- リスキル計画 ― 社員にどんな人材に成長して欲しいのか。組織・カルチャー・働き方はどのように変わるのか。
- リスキル支援の仕組み・環境 ― 成長に必要な経験。研修・セミナー・資格取得。進捗モニタリングの仕組み。
全社員に対して同じメッセージを打ち出すのではなく、職層ごとにコミュニケーションの内容やチャネルを工夫することも重要になる。
またリスキル・プログラムを実行する際には、3つの点に留意する必要がある。
留意点① 優秀な人材を厳選しチェンジエージェント役として育成する
単に“時間のある人材”をリスキル担当として選んだために十分な推進力が生まれず、取り組みが失敗に終わるというケースが見られる。
プログラムを成功へ導くためには、ロールモデルとなる優れた人材を抜擢することで改革へのモチベーションを保ち、リスキルを“うねり”として組織全体に波及させることが重要である。
留意点② いきなり新しいデジタル技術を内製化しない
よくあるのは、成長途上の先端技術を早期に内製化しようとし、マニュアルだけで対応が難しいエラーへ対処できずに挫折するケースである。
段階を踏み、OJTをつうじたエキスパートからのスキル移転を行い、現場に経験と納得感を醸成しながら取り組みを進めることが求められる。
留意点③ デジタルへの不安感を払拭するための評価・インセンティブ制度を設ける
前述の通り、日本ではデジタルに仕事を奪われるという不安感を持つ従業員が多く見られ、取り組みの足かせになる恐れがある。
デジタルは能力向上を助けてくれる相棒だという認識を醸成するため、デジタルスキルの認定や評価、報酬といったインセンティブを取り入れ、従業員が自らのキャリアパスやゴールを明確化できる環境を作ることも重要となる。
デジタルトランスフォーメーションの実行からポストデジタル時代に向けた体制づくりまで、数千・数万人規模の社員の意識・行動を変え、デジタル人材を育成していくのは決して容易ではない。
しかし事業のデジタル化、そしてその推進役となる人材育成を今進めないことで生じるリスクは、冒頭に紹介した経済産業省の予測からも明らかである。
日本の金融機関には今、迅速なアクションが求められている。
伊予銀行におけるデジタル変革とリスキルに向けた取り組み
テクノロジー変革の実現には、デジタルツールを構築・運用できる人材の育成が欠かせない。愛媛県を拠点とする伊予銀行は、まさに今こうした取り組みを全組織レベルで進めている。
同行がコアビジョンとして掲げるのは、デジタルと人がそれぞれの得意分野を活かし協働を実現する「デジタルヒューマンデジタル(DHD)」。タッチポイントとオペレーションはデジタル化し、創造力を求められるコンサルティングなどの部分は人が担うという形で、 “ヒューマン+”人材の育成を進めている。
伊予銀行はこのビジョンを実現するためのステップとして、まず営業店人員と本部人員のリスキルという2つの取り組みを行なっている。
営業店人員へのリスキル
営業店人員については、今年2月から“エージェント”と呼ばれるタブレットを順次導入し、紙ベースの業務をチャット形式のユーザー インターフェイス(UI)を使ってデジタル化している。
今後は大幅な業務の省力化によって捻出された時間を、顧客の課題解決などの業務に振り向ける予定。
本部人員へのリスキル
部人員については、企画・業務部門で社員のデジタル習熟の1ステップとしてRPA人材を育成。またシステム部門では、従来のウォーターフォールから新たなITをリードできる人材への転換を図るためにクラウドスキルを強化。ビジネス・デザイン・ITを跨ぐアジャイルな人材の育成を目指した取り組みを行なっている。
リスキルの体系的な推進には、大きな労力と時間だけでなく優れた専門知識と知見が求められる。
伊予銀行では、プロジェクトのパートナーであるアクセンチュアの東京拠点にシステム部門担当者を数ヶ月間常駐させ、エキスパートとともにOJTを行うことでスキルを習得した。今後はこの担当者をロールモデルとし、行内の様々な分野でシステム内製化を進めていく。
アクセンチュア金融サービス本部では、より早く最新の動向や弊社のインサイトをご紹介するために、金 融業界向けの「金融ウェビナー」を継続的に開催している。ウェブを使ったバーチャルな1時間のライブセッションで、パソコンやモバイルから簡単に参加でき、 匿名で質問することも可能。詳しくはこちら。
- 寄稿
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アクセンチュア株式会社田隝 政芳 氏
金融サービス本部 組織・人材マネジメントグループ
シニア・マネジャー
- 寄稿
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アクセンチュア株式会社成尾 明久 氏
金融サービス本部 組織・人材マネジメントグループ
マネジャー