デジタル給与のメリット
(1)企業側のメリット
企業側のメリットとしては、以下のようなものが挙げられます。
- 振込手数料の削減
- 従業員満足度の向上
- 外国人労働者の労働環境向上
まず「振込手数料の削減」では、資金移動業者の振込手数料が銀行よりも低い、あるいは手数料が発生しないこともあります。従業員の数が多ければ多いほど、振込手数料のコストは高くなっていくため、デジタル給与に切り替えることで、コスト削減につながります。
デジタル給与が解禁される背景・理由の章で解説した通り、デジタル給与へのニーズは一定数あります。そのため従業員の中から、デジタル給与への要望が上がってくることもあるでしょう。そうした場合に、きちんと対応ができる環境を整えることは、従業員満足度の向上につながっていきます。従業員満足度が高い企業は、離職率の低下や定着率の向上にもつながります。加えて採用活動のアピールポイントにもなり、優秀な人材を確保する可能性も高まるでしょう。
また、株式会社Works Human Intelligenceが行った、「給与デジタル払いに関するアンケート調査」によれば、給与デジタル払いの検討も利用の予定もないと回答した企業が72.9%と多数を占めています。そのため、デジタル給与への対応を行えれば、他社との差別化アピールにもつながります。
デジタル給与を導入することで、銀行口座を持たなくても給与の支払いが可能になります。日本では、外国人労働者が銀行口座を開設しづらい環境にあるため、資金移動業者が提供するサービスを活用する外国人は多くいます。
こうした外国人に対しても、雇用の受け入れがしやすくなり、企業側は労働力の向上となり、外国人も働きやすい環境になります。
(2)従業員側のメリット
従業員側のメリットとしては、以下のようなものが挙げられます。
- 現金化の手間がなくなる
- 給与を受け取る選択肢が増える
キャッシュレス決済が少しずつ浸透してきた現在、普段は現金を持たないという人も少なくありません。キャッシュレス決済を利用しているのであれば、電子マネーへのチャージをする手間などがなくなり、利便性が高まります。また電子マネーに一本化することで、銀行口座の残高を気にすることなく、支出管理をアプリ上で行うことが可能です。
また、現在は銀行振込による給与の受け取りを行い、デジタル給与へのメリットを感じていない従業員の場合でも、将来的にキャッシュレス決済が増えてきた際に、即座に対応が可能になります。給与は必ず、銀行口座に振り込まれなくてはいけないということはなくなり、自身の生活スタイルに合わせて選択できます。こうした給与を受け取る選択肢が増えるのも、メリットと言えるでしょう。
デジタル給与のデメリット
(1)企業側のデメリット
企業側のデメリットとしては、以下のようなものが挙げられます。
- 担当部門の負担が増加する
- 従業員のキーの担保が困難
- システムの改修が必要
まず挙げられるのが、担当部門の負担が増加することです。デジタル給与がスタートすることで、デジタルと現金の二重運用が開始されます。そのため、必然的に担当部門の管理項目や運用項目は増加し、負担は従来よりも増加します。他にも、デジタル給与を実施するためのフローを作成する、社内で適切な運用を行うための周知も必要になってくるでしょう。
適切な運用を行うために、担当部門の負担増加は避けられません。
デジタル給与では適切な支払いを行うために、アカウントのID情報なども必要になるため、適切な管理体制も求められます。こうした情報は、デジタル給与を支払うための「キー」と呼ばれるもので、欠かすことはできません。キーは従業員から取集する必要がありますが、その正当性を、どのように担保するかも重要な課題です。
デジタル給与に対応することで、既存システムの改修が必要になるケースもあるでしょう。その場合、改修コストがかかってきます。またシステムの改修が行われなければ、デジタル給与への対応ができなくなってしまい、従業員の不満につながってしまう恐れもあります。
(2)従業員側のデメリット
従業員側のデメリットとしては、以下のようなものが挙げられます。
- 資金移動業者が破綻した場合の安全性の担保
- 個人情報流出の懸念
厚生労働省では、資金移動業者に対して破産等による債務の履行が困難になった際に、速やかな保証する仕組みを求めています。この条件をクリアしなければ、厚生労働大臣の認可は下りません。しかし、実際に破綻が起こった場合にきちんと保証がされるかの懸念があります。
実際に2020年9月、株式NTTドコモが提供している電子決済サービス「ドコモ口座」で、不正送金の事件が起こっています。こうした事件によって、資金移動業者の破綻につながってしまうと、資金がないため、迅速な保証は難しいのではとも考えられます。
また、資金移動業者への不正アクセスによる個人情報流出の懸念も考えられます。前述した「ドコモ口座」の事件のみならず、他の資金移動業者でも同様な事件は起きています。こうしたセキュリティ面について利用する従業員は、十分に認識する必要があるでしょう。
給与のデジタル払いの始め方
使用者が給与のデジタル払いを始めるためには、以下の手順が必要になります。
- 事業場の労働組合、もしくは労働者の過半数を代表する者と、デジタル給与に対する労使協定を締結
- 希望の労働者との間で、同意書を交わす
- 給与システムとの中間連携を行う事業会社を選定
- 事業会社への出力データの要件を決定
- 従業員と連携するためのキー情報の収集、および給与システムへの登録
- 給与システムから給与デジタル用の出力データと、中間システムへの連携
なお現時点(2023年2月9日)では、十分な情報は揃っていないのが現状です。今後、4月に向けて詳細な情報が追加されると考えられるため、厚生労働省のサイトを随時確認するとよいでしょう。また、本記事にも適宜情報を追加していきます。
デジタル給与のよくある誤解
(1)デジタル払いが義務化されて銀行振込で給与を受け取れなくなる?
デジタル払いは、あくまでも給与を受け取る選択肢の一つです。使用者は労働者に対して、デジタル払いを強制させることはできないため、銀行振込での給与受け取りも引き続き可能になります。
また、給与をデジタル払いと銀行振込の両方で受け取ることも可能です。たとえば、家賃や光熱費など銀行口座からの引き落としなのであれば、引き落とし分だけ銀行口座に入金し、残りを普段利用する「PayPay」などの、決済サービスで受け取るなどです。
(2)ポイントや仮想通貨などでも給与を受け取れる?
デジタル給与では、現金化できないポイントや仮想通貨での賃金支払いを認めていません。そのため、ポイントやビットコイン等の仮想通貨での受け取りを希望しても、受理はされません。
(3)今後は給与を受け取るために銀行口座は不要になる?
現在、使用者が労働者に対してデジタル給与を賃金受取方法として提示する際は、銀行口座か証券総合口座を選択肢として提示する必要があります。
またデジタル給与は、口座残高の上限額を100万円に設定しています。100万円以上の残高は残せないため、貯蓄等を行うのには向いていないとも言えます。そのため、銀行口座は必ずしも不要になるとは限りません。
(4)資金移動業者が破綻したら貯まっていた給与が消えてしまう?
万が一、自身がデジタル給与を受け取っている資金移動業者が破綻してしまった場合は、残っていた残高への保証が保証機関より行われることとなっています。
しかし具体的な方法は、利用している資金移動業者によって変わってくるため、事前に確認しておくことが大切です。
海外のデジタル給与の成功事例
(1)アメリカ – ペイロールカードでの給与支払い
アメリカでは、銀行振込、小切手に続く第三の支払い方法として「ペイロールカード」を用いたデジタル給与が普及し始めています。
ペイロールカードとは、支払い機能が備わったプリペイドカード式の口座です。ペイロールカードを利用すれば、給与の受け取りから店舗での買い物、ATMからの現金引き出しも可能ため、銀行口座の代わりとしても利用できます。このペイロールカードは、銀行口座を持てない人であっても作成が簡単にできるメリットに加え、送金手数料も低く設定されているため、企業側も振込手数料を抑えられるメリットがあります。
2020年の時点で約880万枚が発行されており、今後もさらに拡大していくことが予想されます。また拡大する施策として、一部のコンビニやスーパーでは、ペイロールカードの利用者に対してのキャッシュバックキャンペーンなども展開しています。
(2)中国 – デジタル人民元での給与支払い
中国では、中国人民銀行が発行している「法定デジタル通貨」であるデジタル人民元の流通をスタートしています。
なお、デジタル人民元については、以下の記事で詳細を解説しているため、合わせてご確認ください。
参考:デジタル人民元とは?現状・影響・問題点を解説【2022年版】
このデジタル人民元をさらに普及するために、従業員の給与をデジタル人民元で行えるプラットフォームである「デジタル人民元企業アシスタント」を立ち上げました。
すでにデジタル人民元は、多くの実証実験を重ねており、取引額は2021年末で875億6500万元(約1兆7863億円)に達しています。さらなるデジタル人民元の浸透を図るため、デジタル人民元での給与支払いを進めていく狙いがあります。
まとめ
デジタル給与を活用することで、企業側、従業員の双方にメリット・デメリットがあります。一定のニーズもあるため、初めは爆発的に普及しなくても、新たな給与支払い方法として浸透していくことも考えられるでしょう。
来春解禁の動向に注目が集まります。
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株式会社セミナーインフォTheFinance編集部