<後半>金融業界におけるAI・データ活用の課題と業界横断でのアプローチ

(1)金融業界のAI・データ活用推進上の課題

2023年度は金融業界でAI・データ活用が一気に進む。今年度に入り、ChatGPTに代表される言語AI・生成AIが空前のブームを呼び、多くの人が新しい時代の到来を実感しているのではないか。これまで金融業界におけるAI・データ活用は、2010年代の第3次AIブームで注目はされたものの、多くの金融機関ではPoC(proof of concept―実証実験)止まりで大きな成功を実現できなかった。それでも、データサイエンスを専門にする部署を立上げ存続させたり、DX部門の中にデータサイエンティストを配置したり、各金融機関が工夫をしながらAI・データ活用の可能性を信じてきた。それが、今回の技術革新によって、一気にブレークスルーを引き起こそうとしている。
一方で、明るい話ばかりではない。金融業界でAI・データ活用を推進していくには、いくつか課題がある。それは、①前例・横並び主義からの脱却、②人材発掘・育成、③組織作り・ガバナンスと整理される。これら課題の解決のために金融業界横断で立ち上げた組織が、一般社団法人金融データ活用推進協会(以下、FDUA)である。

(2)金融データ活用推進協会が取組む「業界横断のAI・データ活用」

FDUAは、「金融データで人と組織の可能性をアップデートしよう」をミッションに掲げ、金融機関の実務者目線に立ち、金融データ・AIの活用を推進するために2022年4月に登記、2022年6月から活動を開始した。3メガバンクや保険、カード等業界大手各社から理事が参加し、業界やAIの有識者が顧問に就任した。現在会員が136社(2023年3月末)で、金融機関である一般会員と、パートナーの特別会員、非営利団体・官公庁・大学法人による賛助会員により構成されている。
発足の問題意識は、金融業界のデータ活用は、2010年代の第3次AIブームの盛り上がりで過度に注目され、多くのPoCが実施される一方で、金融実務から乖離してしまった結果、業界としてAI・データ活用、DXへの乗り遅れが起こっていることだ。これにより業界に優秀な人材が参画し難くなり、大学生の新卒採用競争でも戦略コンサルティングやベンチャーに負けて、業界の衰退に繋がりかねないと考えた。

FDUAは主に、金融AIの教科書作り、人材育成、組織標準化の3つを掲げて活動している。設立当初から3メガバンクや大手保険会社、カード、リース、証券等の業界横断で幅広い会員に支持されたことは、業界におけるニーズとマッチしたと言えるだろう。これらの活動を通じて、どのように金融業界におけるAI・データ活用の課題解決に取り組んでいるかを述べていきたい。

活動の3本柱
1:金融AIの教科書作り
2:金融データコンペティション開催によるデジタル人材の育成
3:金融データ活用の在るべき組織の標準化

(3)前例・横並び主義からの脱却

前例・横並び主義は、規制業種である金融機関が急激な変化を避けることから生じがちな事象である。これに対抗する有効な術は、金融AI・データ活用の事例を極力オープンにしていくことであろう。
業界の競争力において、AI・データ活用の事例をオープンにしていくことは、業界全体の底上げに繋がり、先行企業はネットワーク効果を活かして自らの競争優位性の強化につなげることができる。まずは非競争分野から積極的に事例を公開し、業界の活用度合いの底上げを行い、業界外の人材が金融業界でどのような活用が行われているかを知り、業界に参画しやすくしていく必要がある。

FDUAは発足当初からの目標として、金融AI・データ活用の教科書となる書籍の出版を掲げていた。メガバンク、大手保険会社、カード、リース、パートナー企業の第一線の実務者を執筆陣として2023年2月に日経BP社より『金融AI成功パターン』を出版した。金融実務者によりボランティアで執筆した本書は、AI・データ活用を最初に手掛けるべき成功パターンを「ターゲティングAI」「価値算出AI」「審査AI」「不正検知AI」など7つの基本パターンにまとめ、最初のステップにおいてどのように進めると成功するのかを示している。

これらの初期段階の成功パターンを「非競争領域」と定義して、ノウハウの共有を目標にした。これにより初期段階で立ち止まる事無く、活用を進めていく各企業において活用のスタートをよりスムーズに進めることを期待している。先行している企業においては、本書でオープンにした「非競争領域」ではもう競争をしないという宣言でもある。基本的な成功パターンはオープンになっているので、具体的なプロダクトに落とし込まれた実践的な領域での競争や、より最先端なテクノロジ領域で競争をしていくことになる。

出版にあたって多くの業界の有識者から推薦を頂いた本書であるが、出版直後に増刷が決まり、業界関係者等を中心に支持を頂けていることに大変感謝している。2023年度の活動においては、金融AIの成功パターンを多くの企業や大学等の教育機関において広めていく活動を行っていく。文章だけでは伝わりづらい部分を、執筆者が動画などで説明することで、理解しやすいものにしていく。更には、大学などの教育機関、教育者・研究者、文化施設等に積極的に献本活動を行うことで、活用事例をよりオープンにしていく。
企画出版委員会の次の目標として金融業界の代表的な活用事例を100パターン集めて公開していくことを目指す。「非競争領域」を徹底的にオープンにしていくことにより、これから取り組む企業の底上げを行い、先進企業においてはより実践的な領域での競争を促していきたい。金融業界における前例・横並び主義から脱却の第一歩になると考えている。

(4)人材発掘・育成

人材育成は多くの業界において課題になっている中でも、とりわけ金融業界は伝統的な業界であり、ジェネラリストを中心とする人材育成・組織設計を前提としてきたため、他業界比でより大きな課題となっていると言える。長期的な人材への体制が組まれているからこそ、コロナ禍を通じて劇的にデジタル社会へ変化した状況に柔軟に対応していくには多くの労力を有する。
そこで、FDUAの人材発掘・育成として、最大の取り組みは国内初の金融業界横断コンペティション「第1回 金融データ活用チャレンジ」である。FDUAが主催するこのコンペは、国内を代表する金融機関と共催で実施し(開催期間:2023年1月20日~3月5日)、「住宅ローンの延滞予測」という家計に直結する身近な内容をテーマとして設定した。実践的なスキル習得ができるように、入出金や預金残高など金融業界特有のデータ項目で構成し作成した架空の人工的なデータと、AI構築・分析のシステム環境を提供した。2月末で1,658名が参加した。

本コンペティションでは、計12,286回の回答の提出があり、参加者のコミュニティでは活発な交流がある。SNSやブログでの活動報告が頻繁にされ、参加者がお互いに切磋琢磨して支え合って競技を楽しみ、スキル向上に取り組んでいることが伺える。コンペティションでは、テクノロジだけを競うのではなく、ビジネス上の有用な提案についての特別賞も用意しており、専門的なテクノロジを有しない参加者の育成につながると考えている。
2023年3月27日の表彰式には、金融庁中島長官、三菱UFJフィナンシャル・グループ大澤執行役常務、みずほ第一フィナンシャルテクノロジー安原代表取締役社長、三井住友信託銀行益井常務執行役員はじめ、豪華来賓が金融業界の”New Hero”の誕生を祝った。
人材は長期的な課題であり、一朝一夕では解決しない課題である。一方で、従業員の中には、今回のデジタル化の波をチャンスと捉えて積極的にリスキリングに取り組んでいる事例も多く見られる。若手だけでなく、ベテランを始め、様々な経歴の方が挑戦をしている姿というのは、コンペティションといったような場面だけでなく、多くの現場で起こっている。それらを長期的に活かしていくには、人材戦略としてのマネジメント層のコミットメントと一貫性が必要であり、それらが確保されれば、多くの人材は安心して主体的に取り組むことができるだろう。FDUAとしても、多くの金融機関で人材の発掘・育成を実践できるようにサポートしていきたい。

(5)組織作り・ガバナンス

金融機関がAI・データ活用として、何をしていきたいのかが明らかになり、人材の発掘・育成ができたとしても、長期的に実践していくには、まだ多くの課題がある。そこには組織構築の課題があがってくる。
組織を構築していくためには、何をどのようなステップで行うのが良いのか、どのようなガバナンスが必要でどこまで実施するのがよいのか、自社の立ち位置は業界の中、同規模・近隣の他社と比べてどのような状況なのか、といった悩みは尽きない。
確かにあまりに多くの情報があふれる中で、取捨選択をして判断をしていくことは非常に難しい。一方で、外部のコンサルティング等を活用するにも、長期間となるとコストが膨らみ、自社に適しているかを見極められない場合がある。

FDUAの標準化委員会は、金融データ活用の在るべき組織のアップデートの最初に実施すべき内容を各企業が簡単にチェックできるように「データ活用組織チェックシート(仮称)」を作成している。目的は、各金融機関が自社のデータ活用レベルの現在地を確認し、今後のレベルアップ方針を検討できるようにすること、国内金融機関のデータ活用進捗度を可視化し、ひいては業界全体のデータ活用レベルの向上を推進することである。
標準化委員会もFDUA発足当初から活動していたが、まとめていく範囲の大きさと業界全体の意見を取りまとめるために体制強化を実施し、2022年12月に金融業界を代表する有識者および高度な専門知識を持つ有識者により構成される検討メンバーが中心に推進することになった。先進的企業においては、データマネジメントオフィス(DMO)の設置が近年進んでおり、その過程での課題やノウハウを含めて標準化の検討が進んでいる。
標準化の項目は、「ビジネス効果」、「組織」、「利用データ」、「人材育成」、「データ基盤」、「ガバナンス」の6つに分類した。2023年6月の「データ活用組織チェックシート(仮称)」公表に向けて、各社が活発な意見を出し合っている。

金融業界のAI・データ活用のための組織構築においては、チェックシートをぜひとも活用してもらいたい。活用するだけでなく、積極的に情報の共有と意見をフィードバックしてもらいたい。FDUAにて収集した情報については、統計的情報として公開していくが、個別情報を公開することはない。したがって、国内の金融機関の成熟度指標として経年で測っていくことができるだけでなく、自社がどのような状況なのかを把握して、次に何を進めていくべきなのかが明確になってくるだろう。
もちろん、現在は金融機関における個別業種を考慮しているわけでもなく、具体的な実践方法についての標準化まではたどり着いていないが、こちらについては今後の展開として進めていく内容となる。
またこういった取り組みが進むことによって、実際の金融データ自体の標準化や、国内金融機関が連携した金融AIの構築など新たな取組に挑戦できる可能性が増してくるだろう。まずは、標準化により効率的に組織・ガバナンスの構築を実践し、オープンに議論を進めることが重要になる。

(6)後半:まとめ

金融機関におけるAI・データ活用の推進のための課題として、①前例・横並び主義からの脱却、②人材発掘・育成、③組織作り・ガバナンスの3つをあげて議論してきた。どの課題への施策についても共通するのがオープン化と業界横断で連携である。今後、デジタル化は更に進展し、海外から卓越したテクノロジが断続的に流入してくることは確実で、デジタル社会の競争環境においては、一企業で単独で立ち向かっていくのは、体力やノウハウ等あらゆる面において充分でない。金融業界として非競争領域を明確にし、積極的に共有してAI・データ活用の底上げを行い、業界としてのネットワーク効果を高め、個社の競争力を高めていかなければならない。結果として、業界の魅力も向上し、将来にわたって優秀な人材が参画していくことにもつながるだろう。
これから活動の2年目を迎えるFDUAは、オープンで横のつながりを重視して金融業界におけるAI・データ活用の課題解決に向けた取り組みを推進する。デジタルやAIが社会に浸透していく中で、倫理的な問題等社会的影響が大きくなり、金融業界として新しい課題に対応していかなければならなくなる。そのような環境において、FDUAは金融業界におけるAI倫理やガバナンス等での適切な対応の確立や、新しい連携を用いたAI・データ活用の解決策を構築して、金融業界の発展に貢献していきたい。

岡田 拓郎 氏
寄稿
一般社団法人 金融データ活用推進協会
代表理事
岡田 拓郎 氏
金融データ活用推進協会代表、デジタル庁プロジェクトマネージャー、スタートアップ社外取締役を務めるパラレルワーカー。
東北大学工学部卒業。七十七銀行、全国銀行協会、三菱UFJ信託銀行で一貫して金融デジタル分野に従事。三菱UFJ信託銀行では、経営企画部門にてAI・データ活用組織の立上げ、スタートアップとのアライアンス等を所管。
金融データ活用推進協会の前身組織である「金融事業×人工知能コミュニティ」の発起人。2022年4月に金融データ活用推進協会を設立し、代表理事に就任。「金融データで人と組織をアップデートしよう」をミッションに掲げ、金融業界のデータ活用を推進。
2022年からデジタル庁に民間専門人材として勤務し、金融デジタル分野に従事、現職。編著に「金融AI成功パターン」がある。
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