アート思考はMS&ADの事業創出に何をもたらすか~エンタメ系スタートアップrecriから学ぶ金融×アートの可能性


金融機関は法令やマニュアルに基づき「正解通りに遂行する力」が重視される業界です。一方で、不確実性の高い時代においては、既存の成功パターンやロジックだけでは新たな事業を生み出すことが難しくなっています。MS&ADインシュアランスグループでは、この課題を乗り越えるため、社員一人ひとりが自ら問いを立て、自分の言葉で語れる力を育む「アート思考」に着目しました。 本記事では、金融業界においてなぜ今「アート思考」が重要なのか、そしてアートを通じた体験がどのように組織の変革につながったのかを、当事者の声とともに紹介します。

金融機関は法令やマニュアルに基づき「正解通りに遂行する力」が重視される業界です。一方で、不確実性の高い時代においては、既存の成功パターンやロジックだけでは新たな事業を生み出すことが難しくなっています。MS&ADインシュアランスグループでは、この課題を乗り越えるため、社員一人ひとりが自ら問いを立て、自分の言葉で語れる力を育む「アート思考」に着目しました。
本記事では、金融業界においてなぜ今「アート思考」が重要なのか、そしてアートを通じた体験がどのように組織の変革につながったのかを、当事者の声とともに紹介します。

目次

プロフィール

井上 太翔 氏
MS&ADインシュアランスグループホールディングス株式会社
イノベーション企画部 グループ事業創出チーム
MS&ADインシュアランスグループホールディングス イノベーション企画部 事業創出チーム

三井住友海上で4年間、法人営業に従事後、現職へ。現場経験を活かしながらMS&ADグループの新規事業開発を、傘下事業会社と連携しつつ牽引するとともに、論理に感性を掛け合わせた「アート思考」の導入を通じて、チームメンバーの事業創出スキルと価値観の醸成に取り組んでいる。

宮田 綾乃 氏
株式会社recri
広報PR担当

新卒で金融機関に入社し、法人営業に従事。現在は、2023年に日本サブスクリプションビジネス大賞の特別賞を受賞した「チケットのサブスクrecri」の広報PRを担当。金融業界特有の課題と無形商材における「人間力」の重要性を熟知しており、その知見を活かして、今回のMS&ADインシュアランスグループホールディングスのイノベーション企画部向け「アート思考育成プログラム」を提供した。

アート思考で培われる事業創出に必要な「自分ごと化力」

―MS&ADインシュアランスグループにおけるアート思考とは
井上氏:私たちが考える「アート思考」とは、自分の感情や意志を軸に表現し、価値を創出していくことです。これは、チーム全体が大切にしている考え方となります。
社会課題起点や経営方針に即した、いわゆる「正解」がある中での新規事業創出だけでなく、いかに自分ごととして取り組めるかという「自分ごと化力」や、自分なりの取組意義といった「色」を乗せることが重要だと考えています。

アート思考はデザイン思考やロジカル思考と比較されますが、優劣の問題ではありません。大切なのは、三つの思考を組み合わせて機能させる仕組みをつくることです。論理や理性だけでは大企業の事業開発は思うように進まないことが多いからこそ、自身の体験や感情を踏まえ、社会を変える事業へと昇華させる「自分ごと化」が重要だと考えています。

―なぜ人材戦略の一つの施策として、アート思考が重要なのか
井上氏:企画部門、そして事業創出という立場にいるからこそ、私たちは「超論理的なアクセント」が必要だと感じています。保険会社は金融機関ですので、業法に則り、現場ではマニュアル通りに業務を遂行することが正とされます。それは重要な姿勢ですが、同時に「正解に当てにいく思考」が強く染み付く環境でもあります。
事業開発を行うメンバーも、元々現場を経験してきた社員が多く、私もその一人です。しかし、新規事業創出において、正解なものをつくるだけでは課題に直面した際に突破できないと感じました。
経営層も日々意思決定をしていますから、「会社のために必要です」というロジックやデザイン思考での正論は当たり前であり、それだけでは動きません。なぜお客さまのためになるのか、社会課題の解決に繋がるのか、自分がなぜそれをやるのか、その案件にどんな思いを持っているのかを自分の言葉で語れなければ、上司を説得できませんし、壁にぶつかったときに立ち上がれません。だからこそ、自らの意思を生み出し、自分ごと化するために「アート思考」に着目しました。

―「アート思考」はチームにどのように広まったのか
井上氏:
私自身もそうですが、自分ごと化して事業を進めるにあたり、どのように「思い」を培うのかという点で、従来の方法ではなかなか見つけられずにいました。そのような中でrecriさんとお会いする機会があり、この話をしていたところ、事業開発担当者とアーティストには通じるものがあると気づきました。

宮田氏:弊社は、人生を豊かにする文化芸術鑑賞を、誰もが簡単に続けられる仕組みとして、チケットのサブスクリプションサービスを提供しています。このサービスの特徴は、事前のアンケート・診断結果を通じてお客様の価値観や好みを把握し、それに合ったおすすめの舞台作品をご提案できるところにあります。
井上さんから「アート思考を養いたい」とご相談いただいた際、我々のこのおすすめ機能が非常にマッチすると感じました。というのも、自分の好きな作品を自由に選んで観るのではなく、あえて「おすすめされた、普段なら自分では絶対に選ばない作品」を観ることで、これまでのバイアス(偏見や思い込み)にとらわれない、自分なりの新たな解釈や気づきが生まれるからです。

井上氏:recriさんのサービスを発展させ、チームメンバーに対し、自分はその作品から何を感じ、どう解釈したのか、正解のないものに自分なりの答えを見いだす研修としてコラボさせていただきました。その結果、徐々にチーム内でも「アート思考」への理解が広まってきたと感じています。

組織変革への期待と、VUCA時代に求められる「問い」の力

―実際に舞台芸術の鑑賞プログラムを導入して、組織にどのような変化を期待していましたか?
井上氏:普段馴染みのないアートに触れることで、自分の価値観や意思決定の軸を定め、起業家の集まりのような組織づくりを行うことが目的でした。多くの研修は「参加者全員が同じことを学ぶ」形式ですが、今回は「気づきや感覚は人それぞれでいい」という趣旨です。
さらに、自分好みではなく、おすすめの作品に触れることにも意味があります。自分なりの解釈やバイアスがないものを見ることで、自分ならではの解釈が生まれる。それを狙いとしており、recriさんのサービスが当てはまりました。

宮田氏:「アート思考」は世界的にも注目されており、MS&ADインシュアランスグループ様をはじめ、大企業やコンサルティング会社など多くの企業で関心が高まっています。一方で、定義が十分に浸透していないのが現状です。よく比較されるのが「デザイン思考」で、顕在化した課題に対して筋道を立てて解決する手法です。優秀な人材が多い大企業が得意とする領域でもあります。
一方、アート思考は「そもそもの問いを見つける思考」と言われます。例えば、ヨーロッパで馬車が使われていた時代に、馬が遅いという課題に対し「より速い馬をどう育てるか」と考えるのがデザイン思考であり、「人を運ぶのは馬でなくてもいいのではないか」と問い直し、自動車を発想するのがアート思考です。不確実な時代に革新を起こすには、この視点が不可欠だと考えています。
しかし、日々の論理的な業務の中だけでこの思考を養うのは困難です。今回は、弊社の「自分の枠組みを広げる体験の提供」が、イノベーション企画部の皆様の求める「アート思考の育成」と合致したのだと思います。

「同じ作品を見ても解釈が違う」。正解のない問いが生み出した、チーム内の新たな「対話」

―研修後、チーム内からはどのような反響やフィードバックがありましたか?
井上氏:
アート思考はすぐに身につくものや可視化できるものではありませんが、多くの前向きなフィードバックがありました。
「論理だけでは人の心は動かないと気づいた」「新規事業特有の、正解がない中で自分が正解を作ることへの不安が少し緩和された」「普段目にしないものに触れ、現地で実際に見ることが、自身の意思や意思決定に柔軟性をもたらす」など、さまざまな声をいただきました。
新規事業には正解がなく、一定の工数・時間等の投資が必要になる以上「失敗したくない」という不安が常に付きまといます。そのような中、正解のないアートに触れ、自分の解釈を自由に表現する体験を通じ、「自分で正解を作っていくしかない」と前向きに捉えられたのだと思います。
また、同じ作品を見ても「自分はこう解釈した」と感覚の違いを議論する対話が組織内に生まれたことは、大きな一歩でした。これまで見えなかったメンバーの視点や価値観を知り、互いへの理解も深まったと感じています。

ー宮田さんは、そうしたMS&ADインシュアランスグループの皆さんの反響を受けていかがでしたか?
宮田氏:
「普段だったら観に行かない作品に出会えた」というお声が、何より嬉しかったです。まさに、視野が広がりアート思考が養われるきっかけの価値提供につながったのではないかと感じています。
今回の体験には、大きく2つの効果があったと考えています。
1つは文化教養としての側面です。お客様との会話のきっかけになる点や、自身の経験値として学びになる点など、比較的わかりやすい体験価値があったと思います。
2つ目は、ビジネスに活かす「アート思考」の側面です。舞台などの作品は同じ題材であっても、作家によって表現や構成が大きく異なります。そこには、固定概念にとらわれない柔軟な価値観と、「新たな問い」を立て続ける姿勢があります。そうした作り手の問いに触発され、参加者の皆さんが作品を自分ごととして捉えていた点が印象的であり、アンケートからも、優秀なビジネスパーソンならではの気づきや化学反応が生まれていたことを感じました。

ー忙しいビジネスパーソンにとって、アートの時間を確保するのはハードルが高い印象もありますが?
宮田氏:
おっしゃる通りです。しかし、視座が高い経営層や起業家ほど、既存のロジックやデザイン思考だけでは突破できない壁を感じています。だからこそ、「強制的にでも視野を広げるアートの時間」を確保し、理屈ではない付加価値を得ようとする動きは確実に広がっていますね。

金融業界だからこそ問われる「人間力」。AI時代における自分ならではの付加価値とは

―金融業界における「アート思考」の重要性について、お二人はどのようにお考えですか?
宮田氏:
私が金融業界で働いていた経験から感じるのは、金融商品、特に保険は「無形商材」であり、目に見えないからこそ、お客様の不安を解消し、信頼や安心といった抽象的な価値を掴む必要があるということです。「あなたから申し込みます」「あなたに任せます」と言っていただけるような“人間力”が試される業界だと思います。
例えば保険業界では、「契約獲得のために割引を設ける」「手続きをオンラインで完結させる」といったデザイン思考による課題解決を重ねてきました。しかし近年は、「保険は何かあった時だけ発動するものなのか」と根本から問い直し、事故前のソリューションを提供する発想も生まれています。安定した業界だからこそ、不確実な時代に向けて「事業そのものへの問い」を立て直す力が求められ、そこにアート思考の重要性を感じます。

井上氏:先述の通り、特に金融機関は法で縛られた業務が多く、ゆえに正解があり、その通りにやることが求められることが多いかと思います。極端な話、正しいことをやるだけなら、もはや人間ではなくともできてしまいます。
正しくやることは前提とした上で、これからのビジネスパーソンに求められるのは、そこに「いかに自己実現をするか」「いかに自分の色をつけるか」が大事になってくると考えています。

MS&ADにおける「アート思考」の活用展望

―最後に、今後の展望をお聞かせください。
井上氏:
今後このような言語化しがたい人間にしかできないスキルも評価される必要があり、ましてや事業開発をはじめとするさまざまな企画部門の仕事においては必要不可欠だろうと考えます。この取組を継続し、常に吸収できるような仕組みにしたいと考えています。
また、アップルやウォルトディズニーのような世界的に大きな成功を収めている先進企業を見ても、ロジックとデザイン、そしてアートのバランスがうまく回って成長してきました。このような背景から、アート思考は教育現場にも浸透しており、ヘルシンキ工科大学、経済大学、美術大学が統合されてできたAalto大学(フィンランド)は、起業家育成や産官学連携のイノベーション推進において世界的に定評のある学術機関となっています。こういった機関との提携も今後の検討課題です。
繰り返しになりますが、課題解決のための論理的、分析的思考は人間でなくてもできますので、いかに自己実現をするか、自分ならではの付加価値を生み出すか、ここが人間にしかできないことであり、新しいものを生み出すチャンスと考えています。今後も、「アート思考」の獲得に注力していきたいと考えています。

宮田氏: 今回の反響を受けて、弊社としても、単に舞台作品を観て終わりではなく、その後の多様な解釈や感情を共有し合える、鑑賞後のワークショップのような場を提供できたらと考えています。
こうした取り組みは、会社のプログラムとして強制されるとどうしても受動的になってしまうため、あくまで個人の好奇心に寄り添う形を大切にしたいと考えています。
同じ作品を観て自由に感想を言い合う対話の場は、普段の「正解を求める業務」では見えにくい同僚の思考や価値観を知るきっかけになり、結果としてチームの結束を高めることにもつながります。そうした機会を創出しながら、イノベーションに向けた組織のマインドセット変革を継続的に伴走支援していきたいです。

【本記事に関するお問い合わせ先】
MS&ADインシュアランスグループホールディングス株式会社
お問合せ: innovation@ms-ad-hd.com
株式会社recri
企業サイト: https://corp.recri.jp/
サービスサイト: https://subscription.recri.jp/
お問合せ: https://recri.jp/contact
寄稿
The Finance編集部
 
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