量子コンピュータ革命で金融分野の取引多角化に期待

量子コンピュータ革命で金融分野の取引多角化に期待

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近年、量子コンピュータが朝刊の一面を飾るなど、大きな注目を集めており、金融機関も量子コンピュータの金融分野への応用先の検討を行っている。本稿では、量子コンピュータにおける金融機関の取組動向から今後のビジネス活用についての可能性を解説する。

  1. 金融機関は応用先を検討
  2. 価格決定やリスク評価の計算
  3. 急速開発でビジネス活用へ

金融機関は応用先を検討

近年、量子コンピュータが朝刊の一面を飾るなど、大きな注目を集めている。IBMは2016年から量子コンピュータをクラウド上で公開しており、誰でも量子コンピュータの動作を簡単に試すことが可能となっている。

量子コンピュータは、既存のコンピュータと全く異なる原理で動作し、既存のコンピュータでは膨大な時間がかかっていた計算を指数関数的に高速に計算できる可能性を秘めている。実際、素因数分解などについて、量子コンピュータのほうが既存のコンピュータよりはるかに効率的に計算できるアルゴリズムが知られており、ビジネスにおける実問題への活用が期待されている。

ただし、現在の量子コンピュータは周辺環境の影響などにより計算結果に非常に高い確率で誤りが生じるため、これらのアルゴリズムを用いて、既存のコンピュータより高速な計算を行うことができない。近い将来、既存のコンピュータを凌りょう駕がするような有用な計算を量子コンピュータが行うことが可能かどうかは未知数である。

量子コンピュータの将来性を見据え、金融機関では応用先の検討を開始している。海外では、JP Morgan Chase、Goldman Sachs、Barclaysをはじめとした世界の名だたる金融機関が、デリバティブ価格評価や機械学習などへの応用に向けて研究・投資活動を開始している。

また、国内でも筆者の所属するみずほフィナンシャルグループおよび三菱UFJフィナンシャル・グループが、慶應義塾大学に設置された研究拠点「IBMQネットワークハブ」に参画している。IBMや大学の研究者とともに産学連携により、量子コンピュータの金融分野への応用先の検討を行っている。

価格決定やリスク評価の計算

量子コンピュータを使うことですべての計算が高速化するというわけではなく、適用可能な問題は限られている。例えば、既存のコンピュータで既に高速に計算できるものや、データへのアクセスや通信がボトルネックになるようなものは、量子コンピュータでも高速化することは難しい。よって、既存のコンピュータで「計算」部分に特に時間がかかるものが量子コンピュータの適用先の候補として検討が進められている。

現在金融機関では数時間以上の時間をかけて計算を行っているが、量子コンピュータを使うことで、2乗加速するようなアルゴリズムが知られている(例えば、既存のコンピュータで数百万回シナリオ計算が必要であった場合に、量子コンピュータでは数千回のシナリオ計算で済ませられる)。量子コンピュータによる高速化が実現されれば、リアルタイムでの金融商品の価格決定やリスク評価を行うことが可能となることで、取引の選択肢が大きく広がる可能性がある。

また、より複雑な制約条件のついた大規模ポートフォリオ最適化への応用も期待されており、リアルタイムに、より多角的な取引が実現できる可能性がある。さらに、機械学習への応用として、時系列解析や資産の分類や相関の把握などが想定されている。

急速開発でビジネス活用へ

量子コンピュータのハードウェアはまだ生まれたての状態であるが、現在急速に開発が進められており、今後数年から10年程度で性能が大きく変化し、ビジネスにも大きな影響をおよぼす可能性があると考えられている。

金融分野への量子コンピュータ適用の検討は始まったばかりであり、まだアルゴリズム開発や量子コンピュータ実機での検証段階である。現在提案されている量子アルゴリズムの多くは、既存の業務でボトルネックとなる計算の高速化を目指すものであるが、今後、桁違いの高速計算ができるようになれば、全く新しい計算業務分野が創出される可能性がある。

寄稿
みずほ情報総研
サイエンスソリューション部
チーフコンサルタン
宇野 隼平 氏
みずほ情報総研において、
金融業務における量子コンピュータの
活用に向けた研究活動に従事。
名古屋大学理学部の博士課程を修める。
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