はじめに
300社超にイノベーションを提供
我々Plug and Play は、世界中の革新的な技術やアイディアを持つスタートアップを支援している。毎年50を超えるアクセラレーションプログラムを実施し、300社超の企業へイノベーションを提供している。また、投資件数において世界で最も活発なベンチャーキャピタルだ。
アクセラレーションプログラムでは、2018年は米国本社では560社以上の、グローバルでは1100社を超えるスタートアップを支援。2019年11月14日現在、世界14カ国30拠点以上に拡大し、Plugand Play Japan はその日本支社として、2017年7月に設立された。現在日本ではFinTech、InsurTechを始めとして6つのテーマ別のアクセラレーションプログラムを展開し、200社以上の国内外のスタートアップを支援している。
FinTechの動向
「競争」から「共創」へ
2013年、FinTechという言葉が世の中に出始めたころは、既存金融ビジネスを破壊(Disrupt)する意味合いが非常に強かった。リーマン・ショック、金融危機、LIBOR(ロンドン銀行間取引金利)問題など、倫理的・機能的に金融機関の信用が失墜し、消費者の不安・不満を解消すべくしてFinTechスタートアップが続々と誕生。従来の金融機関からエンドユーザーを獲得してきた。例えば、2013年までに創業したスタートアップ企業を挙げるとRobinhood(手数料無料株取引プラットフォーム)、Kickstarter(クラウドファンディング)、Transferwise(格安国際送金アプリ)などがある。
B2C領域においてはもはや枚挙に暇がなく、スタートアップの飽和状態といえるだろう。最近ではよりB2B向けのサービスや、一業務機能のみに焦点を当てたよりニッチな業界においてもスタートアップの進出が著しい。B2Bサービスはユーザーが金融機関や大企業となることが多いが、例えば、ロンドンに本社を置くCygnetise社では署名リスト管理をブロックチェーンで行うサービスを展開している。既存の業界構造を破壊するというよりは、署名リスト管理という特定の業務改善ソリューションを大企業と共に創っているといえるだろう。これまで以上に双方の知見や技術を連携して事業を構築する、「共創」をより意識する時代への潮流が見られる。
「顧客」から「個客」へ
当社発行のトレンドレポートのテーマの一つに「Financial Services for Generation Z」が挙げられている。ミレニアム世代(1980年代〜1990年代初頭生まれ)はGeneration Y。その次の世代(1990年代半ば〜2000年代初頭生まれ)がGeneration Zとされる。なぜこの世代が注目かというと、彼らが大学生、社会人になる時期に差しかかっており、初めて銀行口座を開設したり、収入を得たりするタイミングに重なるからだ。この年代は幼少期からスマホ・タブレットに触れているデジタルネイティブとして、モバイル起点のサービスやパーソナライゼーションに非常に強い関心を寄せている。
欧州では新しい形の銀行が続出しており、ベルリン発のモバイルバンクN26は「最高の顧客体験」を理念の一つに掲げ、スマホ一つで全ての銀行業務を完結、非常に優れたUI/UX(ユーザーインターフェース/ユーザーエクスペリエンス)が若い世代広く支持されている。競合のRevolutも同様に顧客の行動データを基にさらなる顧客体験の向上に努めている。今後は「顧客」をどこまで「個客」として捉えることができるかが、次世代の顧客層を掴むための鍵となるだろう。
FinTechは「スマートファイナンス」へ
実はFinTechは非常に定義が難しい。語源は「ファイナンス」× 「テクノロジー」の造語だが、「テクノロジー」が「ファイナンス」に入ってきたと考える方が自然だろう。つまりテクノロジーの力を使って、金融に関するあらゆる課題を解決・改善していくという意味合いである。決済、送金、会計財務、資産運用など、旧来の金融システムの改善や再編を掲げるサービスに加えて、認証、セキュリティ、チャットボット、OCR(光学文字認識)、VR/AR(仮想現実/拡張現実)技術などを活用し、バックオフィス業務全般において汎用性の高いサービスもFinTechにカテゴライズされる場合がある。
このようなサービスの利用対象は金融業界に限定されない。そもそも金融は経済活動における「血液」と称されてきた背景がある。お金の流通なくして、経済は成り立たない。世の中がIoT(モノのインターネット化)や5G(次世代通信)などで繋がり、よりスマートに発展していく未来において、フィンテックは社会全体を最適化する一つの手段としてその役割を担っていくであろう。
ロンドンのスタートアップの集積地Level 39においても、設立時は金融テクノロジーに特化したスタートアップのハブというイメージが強かったが、最近ではエネルギー、ヘルスケア、MaaS(次世代移動サービス)関連のスタートアップも集まってきているという変化が見られる。FinTechが他分野・業界と連携を深めながら実社会へ浸透していくこと、そのような社会インフラ化となった「FinTech」のあり方は、今後「スマートファイナンス」という言葉で再定義したい。
InsurTechの動向
不透明な世界経済の中でも強気
米中貿易戦争などの影響で経済の行き先が不透明である背景の中でも、InsurTech分野の成長スピードが強気である。2019年第3四半期に世界のM&A(合併・買収)総額は四半期ベースで2016年以降最低となった一方で、同9月に米プルデンシャル・ファイナンシャルがアシュアランスIQというInsurTech分野のスタートアップを約2400億円で買収し、InsurTech分野初のユニコーンM&Aが誕生した。Willis Towers Watsonの調査によると、2018年のInsurTech分野のスタートアップへの投資額はグローバルでは約4000億円(対前年比プラス73%)となった。
InsurTechでは最も早く展開し始めた販売チャネル、CRM(顧客管理)ソリューションから、ビッグデータやマシンラーニングを活用したプライシング、アンダーライティング、支払いの自動化・効率化までグローバル市場における幅広い展開に注目が集まっている。
ヒューマンファクターの大切さ
保険は元々相互扶助の精神でできている仕組みである。「保険ビジネスやイノベーションに注目する際に、常にヒューマンファクターを忘れてはいけない。」と世界最大級のInsurTechイベント「Insurtech Connect(ITC)2019」では、ITCのCEO、Caribou氏がオープニングスピーチで語った。
10年、20年前から保険販売がオンラインへの移行が議論されつつも、今でも対人チャネルに大幅な縮小は見られておらず、今後とも大切なチャネルとして続くと思われる中、営業職員とブローカーの進化が求められている。販売チャネルにおけるイノベーションは単純なオンライン販売への移行ではなく、対人チャネルとオンラインチャネルをいかにうまく融合できるかが問われる。
クロスボーダー、M&A、他業界の参入
先述の通り、ここ数年間で保険業界では様々なイノベーションが起こっている。保険と他業界のクロスボーダーの提携でいえば、AirbnbやAmazon、Uberといった新しいサービスの普及に伴って生まれた新たなリスクの保障が挙げられる。
また、プルデンシャルをはじめ、今後も増えると予想される保険会社によるスタートアップの買収に関しては、ポストM&Aの統合に注目すべきである。保険会社とスタートアップのカルチャーは大きく異なるが、お互いのカルチャーの中で共存できることが、統合の成功には不可欠である。そのためにはスタートアップが保険会社の傘下にある形ではなく、母体である保険会社の一部の権限をスタートアップに譲渡するなどの工夫が求められる。InsurTechを文化として保険会社全体に推進・普及させることがさらに求められる。
一方で、他業界による保険業界への参入が加速している。2019年6月にポルシェ社はMile Autoと提携し、ポルシェファイナンシャルサービス社(PFS)が独自の自動車保険をイリノイ州とオレゴン州のポルシェドライバーに提供し、今後アメリカ全州で販売する予定だ。当該保険は、「ポルシェのドライバーに対し低いベースの保険料+実際に運転したマイル数に合わせた保険料」という仕組みで、完全にカスタマイズされたサービスを提供する。また利用者のプライバシーも配慮している。PFSのPresident&CEO、Ross氏は「イノベーションはポルシェの過去70年の成功ストーリーのコアであり、ポルシェ自動車保険のローンチはこれから70年の成功に加わったマークである」と語った。
ヘルスケアとP2P保険
Plug and PlayのInsurtech Platformは世界に6以上の拠点を持ち、80社以上の保険会社のイノベーションを支援。グローバルでは保険会社が最も関心を寄せる分野が「アンダーライティング」、「保険金支払い」、「販売チャネル」に対し、日本では「疾病の早期発見・予防」、「シニアサービス」、「販売チャネル」というキーワードに注目が高まっている。高齢者の増加やライフスタイルの変化により、従来の死亡保障へのニーズが低下し、保険会社が第三分野の商品に注力していることが一つの要因だと考えられる。
日本ではInsurTech分野のスタートアップはまだ少ないが、成長が見られる。海外ではLemonadeやFriendsuranceが代表するP2P保険が注目を寄せている中で、日本ではJustIncaseは日本国内初のP2P保険(がん保険「わりかん保険」)として2019年10月に金融庁よりサンドボックス認定を取得。また、FrichはP2P保険の販売チャネルやシステムを提供する仕組みを開発している。資金調達が最も進んでいるスマートドライブは走行時のデータを収集、運転操作を診断することにより、安全運転している被保険者にポイントを付与、将来的な保険料割引の実現も検討する仕組みに取り組んでいる。同社は2018年ラウンドCを調達、日本でInsurTechユニコーンが生まれる日も近いかもしれない。
- 講師
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Plug and Play Japan
Director, Fintech
貴志 優紀 氏外資系金融機関やコンサルファームを経て、2018年5月に
Plug and Play Japanへ入社。
英ロンドン大経済卒。英ケンブリッジ大MBA取得。
- 講師
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Plug and Play Japan
Director, Insurtech
李 暢(リー・チャン) 氏大手生保会社にて資産運用やクロスボーダーM&Aに従事。
香港大学MBA取得後、2018年12月にPlug and Play Japanへ入社。