「最新の国内投資信託業界の動向とデジタルドキュメントの重要性」
- 【基調講演|講演者】
- 三菱UFJ国際投信株式会社
執行役員 商品ディスクロージャー部長委嘱
堀口 一郎 氏
<三菱UFJ国際投信とは>
弊社は、約90兆円の運用資産を誇るMUFGグループにおいて約21兆3,552億円の運用資産残高を誇り、資産運用ビジネスの中核を担っている。また、弊社ファンドの取扱販売会社数は690社に上る。また、1959年に設立された日本最古の資産運用会社の一つである山一証券投資信託委託株式会社など合併・統合を繰り返し現在の三菱UFJ国際投信至っているが、銀行系および証券系双方のルーツを持ち合わせていることも大きな特徴と言える。
また「『あなた』と『社会』の豊かな未来に貢献する」という経営ビジョンを掲げ、投資信託でお客様の資産形成・資産運用、また持続可能な社会の実現に貢献するために業務に励んでいる。商品ディスクロージャー部は、営業機能と商品開発機能を持ち合わせた商品マーケティング部門の所属であり、投信における法定開示書面作成に加え、月報なども管轄しており、年間で約9,346本の書面を作成している。
<投信業界の移り変わり>
従来「投資信託」は世間一般には浸透していなかったのも事実であるが、近年メディアに取り上げられるようになったことから認知度が高まっている。特に2018年1月から始まったつみたてNISA口座開設は、2022年3月末時点で586万口座を超える。つみたてNISA口座の約半数にあたる約283万口座は、20歳代および30歳代によるもので、若い世代の投資への関心は確実に高まっていると言える。また、インターネット取引口座の口座数は約2,300万口座にのぼり、2017年以降新たにオンラインサービスの利用を開始した人の取引方法はスマートフォンが主体であることもわかっている。
また、弊社商品の中では購入時手数料が無料となるノーロードファンドの需要が拡大している。主力ノーロードファンド・シリーズ(計13ファンド)の合計純資産総額は、2022年8月に3兆円を突破した。設定から1兆円を超えるまでに4年かかったが、それ以降は8ヶ月ごとに1兆円の流入が続いている状況だ。その大半がネット販社を通じて購入されていることから、つみたてNISAを通じて初めて投資した20歳代および30歳代のいわゆるZ世代が大勢いると推測しており、スマホを通じてノーロードファンドを購入するという潜在的なニーズはまだ大いにあると考えている。
<法定開示書面の作成現場の現状>
ディスクロージャーとは、主に投資家保護の観点で商品の内容や運用実績を広く一般に公開する事である。投資は自己責任の原則に鑑み、投資家が正しい理解と判断を行うための情報提供が法律で規定されており、「網羅性」「適格性」「適時性」「公平性」の4つが求められる。
作成現場ではこれら4つの要素を遵守すべく、最新の注意を払い、厳重なチェック体制を確立し、膨大な量の開示書面を作成しており、文字情報の変更など書面の更新をほぼ毎日目視にてチェックしている。
コロナ禍以前は、開示書面を印刷しチェック者に回付するという紙出力を前提とした業務フローに慣れており、在宅勤務には抵抗感をもった人が多い状況だった。しかし現在では、PDF化したドキュメントをPC上で比較するなど印刷を前提としないチェックに代わり、在宅での対応が可能となった。その結果、当部においては年間約24万枚のペーパーレス化、会社全体では約50%減を実現し、文書保存に係るコストも削減できた。
<印刷物のCO2排出>
資産運用業界で注目されているESGのうち、環境面から見た印刷物のCO2排出への取り組みの現状として、運用会社としてのCO2削減実現のグローバルな枠組みであるNZAM(Net Zero Asset Managers initiative)に、 日本の多くの運用会社が参画している。投資先の企業に2050年までにCO2などの温室効果ガス排出量のネット・ゼロを目指すものであるが、運用会社自身のCO2排出量や交付資料等の印刷物に係るCO2削減を推進していくことも運用会社に課せられた課題と認識している。また、有効期限のある交付目論見書などは、相応な部数が廃棄ロスとなっている可能性があり、廃棄ロスを削減する方策の検討も必要性が高まっている。
近年では、印刷業界共通DBおよびCO2排出量算出ソフトが整備され、排出計算が可能となっている。その結果、CO2排出量のおよそ7割が用紙製造工程で排出されており、印刷物そのものを減らすことがCO2削減に最も効果があると判明している。弊社の法定開示書類における年間CO2排出量を試算したところ、約1,700tにもおよび、NZAMやネット・ゼロ達成を果たすべく選択されるカーボン・オフセット(CO2排出権の購入)において、弊社排出量の場合年間約1,200〜2,600万円の追加コストが必要という試算結果となった。
昨今の印刷用紙代の高騰や、記載内容充実による頁数増加、ネット・ゼロ達成に向けた追加コストによって開示コストが上昇している一方で、信託報酬引き下げの潮流や各種ライセンス料金の増加による収益低下も厳しい状況になっている。交付書面のペーパーレス化は、コスト削減と合わせてCO2の削減に大きく寄与すると考えている。
これらペーパーレス化の推進には販売会社の協力無しには実現出来ない。その為には、紛失や漏洩、交付漏れ等のリスク回避だけでなく、 気候変動等の事業リスク等の開示義務に向けた温室効果ガス削減への取り組みを実績化できるといった、販売会社のメリットを伝える等の運用会社からの情報還元の活動が重要となる。
<開示ドキュメントの将来像と課題>
書面交付から電子交付への流れは、金融審議会(市場制度WG)において電子交付を原則とする議論が本格化するなど、法令面の整備が着実に進んでいる。落丁、配送先・部数相違、有効期限漏れ、受益者への交付漏れ等の紙面媒体に係るリスクは法令等違反に直結するリスクが大きいが、電子交付工程においては、紙面の廃棄にかかるコスト抑制、保管による紛失や漏洩等のリスクを回避でき、人手を介さずに投資家の元へ交付書面をデリバリーすることも可能だ。
電子交付を進める最大の理由はサステナビリティへの課題である。CO2削減は、社会全体の課題と認識する必要があり、パリ協定を起点とした国際的な枠組みへの対応がもとめられている。
また、対面販売中心からオンライン販売へと移り変わり、スマホやタブレットなど様々なデバイスを媒介とした販売となっている。スマホ等の小さな画面では、商品説明・情報が記載されたPDFの表示は限界があり、開示書面をレスポンシブ対応にすることで販売チャネルの多様化へ対応する必要がある。
弊社では2021年8月よりレスポンシブ対応を目的として、PDFに加えてネット販売専用ファンドシリーズ2本のHTML月報の掲載を開始した。SNSを利用した告知により閲覧数は約2,000件を大きく上回り、倍以上のアクセス件数になるまで広がっている。ただし、HTML変換の完全自動化は困難であることや、Chromeブラウザではソースコードが表示されてしまうことから改ざん等のリスクが排除できないといった課題がある。
<アドビ社に期待すること>
前述した課題を踏まえ、アドビ社には「リキッドモードの日本語対応」「Acrobat Proの機能アップ」などの改善を期待したい。
モバイルデバイスでの閲覧を最適化するPDFリーダーの追加機能「リキッドモード」 が2020年9月に公表されたが、日本語には未対応である。作り手側も既存の業務フローで対応可能であることからHTMLの課題解決に繋がると考える為、タグ付けなど日本語固有の規格統一を期待している。
また作成現場の声として、RPAを利用せずに大量の書類の新旧比較を一括処理できるようにならないかや、AI等を活用し、PDF変換時の文字切れや行ズレを自動検知できないか、など要望があがっている。これらが実現されれば作業効率は各段に向上することが期待され、アドビ社には今後の機能アップにも期待している。
<最後に>
資産形成のツールとして「投資信託」の需要の潜在ニーズは大きいと考えている。また、開示書面のペーパーレス化を進めることは、CO2削減に大きく貢献し、様々なメリットも多い。潜在ニーズが高いと思われるZ世代向けには、スマホを介したマーケット拡大が予想されていることから、法定開示書面のレスポンシブ対応が不可欠である。それを実現するためにも、アドビ社にはリキッドモードの日本語版開発の優先度を是非加速化して頂きたい。