- 量子コンピュータ登場の背景
- 量子コンピュータとは
- 量子コンピュータの先進企業とその取組事例
- 金融分野における量子コンピュータ活用の最新動向 (2018.10.03 時点)
- 業界最新動向 (2018.10.03 時点)
量子コンピュータ登場の背景
量子コンピュータ(Quantum Computer)は1980年代に科学計算の用途で考案されたのが始まりで、理論的には明確なのにも関わらず計算機の能力が追いつかない分野を中心とした活用が期待されていた。ただ、技術的にも理論的にも難解で数々の研究者や開発者が全世界で日々切磋琢磨しながらようやく実用化の芽が出てきている状況である。その間にもハードウェア不在のまま暗号解読や検索、量子化学シミュレーション(Chemistry Simulations)などの多くのキラーアプリが考案され登場したことで、ますます大きな期待がかけられてきた。
2012年にカナダのD-wave社が商用化を行なった量子アニーリング(Quantum Annealing)という方式のマシンはこれまで考えられていた量子コンピュータとは異なる方式ではあったが、そのマシンの動作原理に一部量子効果が見られるのではないかと話題になった。2015年にGoogleとNASAが共同でその技術を使用したアプリケーションに既存計算機との比較で1億倍程度の高速化の効果が見出されたと発表したため、全世界で大きな話題となり、量子アニーリング方式だけでなく従来の量子ゲートモデルと呼ばれる方式の開発競争が再燃し、現在に至っている。
量子コンピュータの発展はめざましいものがあり、主に動作が不安定で外部環境に左右されるため、現在は開発各社が量子コンピュータを研究室に配置したままクラウド技術を使って全世界に自宅から量子コンピュータを使用できる環境を提供している。これらのクラウド技術との親和性もあり、急速に量子コンピュータアプリケーション関連の開発や研究が進んでおり、全世界で多くの企業が採用を決めている。
量子コンピュータとは
量子コンピュータとして話題に上がっているマシンは大きく分けて2方式あり、量子ゲートモデルと量子アニーリングモデルと呼ばれるものである。量子アニーリングモデルは現在では専用機として認識され始めており、ここではより汎用性の高い量子ゲートモデルを取り上げて解説したい。
原理
量子コンピュータは物理の量子力学と呼ばれる学術分野の理論をもとに組み立てられている。
最も特徴的な性質として現在のコンピュータでは実現できない0と1の重ね合わせ計算を行うことができる。物理現象を利用することで、より少ない資源で多くの計算を行うことができ、高速化も期待されている。
量子ビット
量子コンピュータは現在のコンピュータと対応する形で量子ビットと呼ばれるものが用意されている。
量子ビットは0か1の値をとるのは同じだが、計算を行う過程で0でも1でもないあいまいな状態を取るように操作でき、その状態で計算を行うことで通常では順番に行わないといけない計算を一度に行うことができる。
量子計算
量子計算は主に上記の量子ビットに対して量子ゲートと呼ばれる論理演算を行う。量子ゲートは量子コンピュータ特有の演算で、ルールが決められており、それら新しいルールに沿って計算を行うことで通常の方法では計算時間がかかってしまう問題を高速に解くことが期待されている。
量子アルゴリズム
上記量子ゲートの演算を連続で行うことにより、量子アルゴリズムを作ることができる。量子アルゴリズムは既存アルゴリズムの流用ではなく新規に考案する必要があり、暗号解読や検索システム、組み合わせ最適化問題などの新しいアルゴリズムが日々開発されており、理論的に既存のコンピュータよりも高速なことが証明されているなど期待が高い。
量子コンピュータの先進企業とその取組事例
Google(グーグル)
米Google社は業界最高の72量子ビットの超電導量子ビットの最新チップBristleconeを発表し、現在量子超越性(Quantum Supremacy)と呼ばれる量子コンピュータが既存スパコンを明確に計算量で超えるという議論に向かって49量子ビットの開発と測定を行なっている。
この量子超越性が明確に示されれば以降スパコンを含めた既存の計算機は特定領域での計算において量子コンピュータを上回ることができなくなり、さらに量子コンピュータの開発が加速される見込みである。
また、近い将来米Google社のクラウド計算サービスへの量子コンピュータの提供が発表された。
また、非公式に量子化学計算用のライブラリであるOpenFermionまた、BristleconeをGoogle Cloud Platfrom上で動かすためのライブラリCirqを発表し、実機の稼働に向けて順調に開発を進めている。
IBM(アイ・ビー・エム)
米IBMは早くから量子コンピュータの開発を進めてきた企業で、現在唯一米Googleと量子超越性を含めた議論で量子コンピュータ開発のしのぎを削っている。
彼らの特徴はすでにクラウド経由で全世界から量子コンピュータを使用できる状態にあることで、登録することで個人で5量子ビットのマシンを無料で使用し、計算を行うことができる。
また、世界中で企業や大学を巻き込んだ量子コンピュータのネットワークを構成し、企業向けのプランなどで商用化を進めている。
MicroSoft(マイクロソフト)
米MicroSoft社は現在量子コンピュータ本体は開発中だが、世界中に抱える膨大なWindowsの開発者向けに量子コンピュータをプログラミングできる新しいQ#言語が人気だ。
Visual Studioと呼ばれる開発環境にインストールすることで自分で量子コンピュータ向けのプログラミングを行い、シミュレータと呼ばれる量子コンピュータの挙動を再現した仕組みによって実際の量子コンピュータと同様の計算を行うことができる。
また、実機はトポロジカル量子コンピュータと呼ばれる特殊な方式を開発しており、実機の提供に向けて開発を進めている。
Intel(インテル)
半導体大手の米Intel社も最近量子コンピュータに力を入れている。ヨーロッパのデルフト工科大学と組み、超電導方式の量子コンピュータのチップの開発を加速させている。
現在49量子ビットの試作を行なったとアナウンスしており、より動作の検証や周辺開発アプリケーション環境の整備とともに市販を行うなどの可能性も捨てられない。
Rigetti(リゲッティ)
カリフォルニアの米Rigetti社は注目のベンチャー企業の一つだ。IBMの量子コンピュータ開発出身の研究者が米国の最大手企業を相手にシリコンバレー方式で開発を行なっており、ITベンチャー企業らしく洗練され使いやすいソフトウェア環境が話題だったが、最近急速に技術力をつけている。
最近追加調達をし新しいアーキテクチャで128量子ビットに挑戦すると話題になっている。
D-Wave(ディー・ウェイブ)
カナダのD-wave社は現在の量子コンピュータ開発競争に火をつけたベンチャー企業で、その他の企業とは異なる方式での開発や商用化を進めている。主に組合せ最適化問題と呼ばれる問題を得意とし、他の方式よりも消費電力が大幅に少ないのも特徴となっている。
米Goldman sachs社なども出資しており、金融や機械学習、創薬への応用が期待されている。クラウド経由だけではなく本体の販売も行なっており、価格は10億から17億と言われている。最近では素材系のシミュレーションなどに強みを示している。
Alibaba(アリババ)
今後本格的に量子コンピュータ開発に参入してくるのが中国勢だ。その中でも先陣を切って話題となっているのが中Alibaba社で上海に中国科学院と共同で量子コンピュータの研究所を開くという。
alibaba cloud上で量子コンピュータ回路を再現した開発ツールTaizhangが今後発表予定となっている。
Accenture(アクセンチュア)
アプリケーション開発においても多くの企業がしのぎを削り始めている。Accenture社はカナダのベンチャーで量子コンピュータソフトウェア企業の1qbit社と共同で量子コンピュータ向けのアプリケーション活用領域を研究しており、既存の量子コンピュータ向けのアプリケーションを大幅に拡大し、顧客の要望に応えられるように準備を進めている。
金融分野における量子コンピュータ活用の最新動向 (2018.10.03 時点)
野村證券と東北大学が量子コンピュータで提携
野村ホールディングスと東北大学がカナダの量子コンピュータベンチャーであるD-wave社のマシンを活用してフィンテック分野の実証実験を行うという。現在想定されている実証実験は、ポートフォリオ選定の最適化と株価予測であるという。
主にD-wave社はイジングマシンというGoogleやIBMとは異なる組み合わせ最適化問題に適した専用マシンを使用していて、ポートフォリオ最適化問題の時間発展では、個別銘柄のリターンと銘柄間の相関係数Jijを考慮したリスクアバースを想定し、そこにトランザクションコストを導入して計算を行い、最適なアセットを導き出す計算をアナログマシンを利用して行う。
株価の変動予測では、与信評価などで使用される財務諸表の数値やテキストデータの特徴量を導入したクラスタリングなどの手法も使用することができる。どちらにしろ実証実験はこれから行われ、国内で本格的な金融への大規模な導入は珍しいので動向を期待して見守っていきたい。
モンテカルロシミュレーションの高速化
GSが期待しているモンテカルロシミュレーションの高速化は主にイジング型の量子コンピュータに期待される機能だ。イジング型の量子コンピュータはハードウェアとしてネットワーク構造を構成し、現在の高速計算やスパコンで使用されるモンテカルロシミュレーションと呼ばれるモデルを、アナログに実現し高速化するという特徴を持っている。
モンテカルロシミュレーションはリスク計算などで使用される乱数を使用した計算機のシミュレーション方法であるが、量子コンピュータのもともと持っている乱数性や探索性がこれらのシミュレーション手法を消費電力と速度の観点で大きく更新する可能性を持っていると考えられる。
量子アニーリングによる為替アービトラージ
量子イジングマシン、量子アニーリングを使用して為替のアービトラージ計算を行う手法も開発されている。量子イジングマシンでは、「コスト関数」や「制約条件」と呼ばれる初期条件を複数用意し、それを数式で接続して計算を行う。為替のアービトラージでは、最大利益かつアービトラージを構成するループを作り出す制約条件と呼ばれる数式をプログラミングし、計算を行う。
ただ、アービトラージ計算はトランザクションを考慮しても微小な数値を拾う必要があり、現状では量子コンピュータの揺らぎやエラーが比較的多い状態で、精度の良い計算を行うのは多少厳しい状態ではあるため理論やハードウェアのさらなる高速化や高精度化が期待される。
ポートフォリオ最適化問題
量子イジングマシン、量子アニーリングで最も有名な金融計算の一つがポートフォリオ最適化問題である。銘柄の個別のリターンの他に、銘柄間の相関係数を考慮したリスク計算を導入し、組み合わせ最適化問題として問題を解く。通常の離散ポートフォリオ最適化問題、時間発展を考慮したモデルや、木構造をとって銘柄間の相関を考慮するQuantum Hierarchical Risk Parityなど、さまざまな手法が提案されている。
特徴選択アルゴリズムと与信評価、機械学習
量子イジングマシン、量子アニーリングでは{0,1}の2値を活用した分類問題も多く提案されている。特徴量を活用し、複数の特徴量同士の相関関係を考慮した組み合わせ最適化問題としての機械学習での分類アルゴリズムも有望なエリアである。また、最近ではより機械学習の活用を行うためにサンプリングモデルと呼ばれる確率分布を活用したモデルが広く使われており、より深層学習との統合などを目指したモデル作りなども進んでいる。
MUFG Digitalアクセラレータ
2018年3月16日、株式会社三菱UFJフィナンシャル・グループとその子会社である株式会社三菱東京UFJ銀行から新事業の取り組みとして、アクセラレータ・プログラム「MUFG Digitalアクセラレータ」の第3期に弊社MDR株式会社が「量子コンピュータアプリケーション及びハードウェア開発」の事業内容として採択されたことが正式リリースされた。詳細はこれから順次明らかになっていくと思われるが、4ヶ月間の事業化前提のプログラムなので量子コンピュータを活用したビジネス応用の実例として経過を見守ってほしい。
MUFG Digitalアクセラレータの結果
2018年7月27日、MUFG Digitalアクセラレータの最終プレゼンテーションがあり、MDR株式会社がおかげさまで準グランプリを獲得した。期間中の成果として銀行業務、投資銀行業務、投資信託業務など各種銀行業務を横断的に評価を行い、各種量子コンピュータの形式に合わせた活用を行うことができた。
今後は株式会社三菱東京UFJ銀行との共同研究契約を元に、慶應義塾大学のIBMQにおける金融計算の研究を継続していく予定だ。
業界最新動向 (2018.10.03 時点)
近況として量子イジング・量子アニーリング方式と量子ゲート方式の両方式に大きな進展がある。量子イジング・量子アニーリング方式は着々とビジネスへの応用が進み、国内各社の事例が出始めているため今後は導入の垣根が大幅に下がりそうだ。
また、一方量子ゲート方式は米国、中国で大幅に投資が進み各国には数学、量子化学計算などを巻き込み大きな産業へと発展し始めている。特に量子ゲート方式は汎用方式と呼ばれており、現在のコンピュータで行える計算を原理的に行うことができるため、世界的な著名大学研究者が続々と起業を行い新しいアプリケーションや仕組みの提案が日進月歩で加速している。
現在の期待されている主要アプリケーションは量子化学計算で、主に原理的に現在の計算機では難しいと言われていた分野を計算することが期待されており、機械学習などの既存技術と合わせて発展目覚ましい。今後、実験科学や材料化学などの分野で計算による解析が進み、知財の確保などを計算機で行うなどのゲームチェンジがおこることが予想されている。
また、量子ゲート方式は暗号分野においても大きな発展を行なっており、量子コンピュータが完成すると脅威になると言われている公開鍵暗号方式などの暗号分野においても耐量子コンピュータ暗号の開発が世界的に進んでいるなど、大きな動きもある。
- 寄稿
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MDR Inc.湊 雄一郎 氏
CEO
ソフトウェアエンジニア