はじめに
スマートフォンの普及は著しい。日本国内では、2017年時点でスマートフォンの普及率が75%を超えている(※)。 スマートフォンは「電話」という枠を超え、日々の生活必需品の購入や読書、エンターテイメントや移動にも深く関わるようになってきている。
モバイルでのサービス提供が当たり前になってきている現在、銀行サービスにおいてもモバイルを介した提供をする必要が年々強まっている。「銀行のサービスをスマートフォン上でわかりやすく紹介する」というレベルに留まることなく、モバイルを活用することでスムーズに銀行サービスが受けられる工夫をする必要がある。
アメリカではすでにモバイルバンキングの流れは本格化しており、大手銀行のひとつであるバンク・オブ・アメリカは2007年に最初のモバイルバンキングソリューションを導入している。彼らは定期的に顧客視点からプラットフォームの設計や機能について大幅に見直し、より顧客にとってメリットのあるモバイルソリューションの提供に注力している。
2018年にも、モバイルアプリケーションを活用したショッピングの適用範囲を拡大したり、チャット機能を拡充してよりきめ細やかなソリューション提供をするなどのアクションを取っている。
モバイルによって顧客は「場所」から解放される
スマートフォンという強力なツールを手に入れた人々は、「場所」という概念から徐々に解放されてきている。最新の漫画や本はAmazonからダウンロードできるし、不要になった日用品はメルカリで出品して現金化できる。映画が見たいときにはNetflixで興味のある映画を探すだけだ。
「特定の場所に行く必要がある」というサービスは徐々に数を減らしており、「いつでもどこでもサービスを受けられる」というのが一般的になっている。出金や入金、口座間の資金移動や借り入れなど、現在店舗にいく必要がある、もしくはWebブラウザを介したインターネットバンキングでしかできないソリューションを、スマートフォンでも自由にできるようにする必要があるだろう。
先述のバンク・オブ・アメリカは、下記のソリューションをモバイル上で提供している。
- 口座情報の詳細確認
- グラフィカルな資産状況把握
- 銀行カードの交換リクエスト
- デビットカードのロック / アンロック
- 月次でのFICO Score(個人向け格付けスコア)の提供
- 使い過ぎた際の警告機能
- 銀行のフィナンシャルアドバイザーとの打ち合わせスケジューリング
- 収入&支出分析
バンク・オブ・アメリカのようなモバイルアプリケーションを提供しているかどうかは、銀行選択時の重要な基準となっていくだろう。
これまでは、「近くに支店があるから」という、ロケーションの充実度がひとつの選択基準だったが、銀行サービスにおいて「場所」の概念が希薄化するに伴い、モバイルアプリケーションの充実度はひとつの競合優位性になる。
もちろんこれらのサービスの設計や実装にはコストがかかるが、これをひとつの機会と見て「場所から機能への転換」を図るべきだろう。多数ある支店の運用を徐々に取りやめていき、場所にとらわれないモバイルソリューションの提供に舵を切っていくことで、競合優位性を構築するべきだ。
モバイルバンキングの具体例3選
具体例① 「Atom Bank」
「場所から機能へ」という方針をより突き詰めているのが、イギリス発のスタートアップである「Atom Bank」だ。Atom Bankは、物理的な支店を一切持たず、Webブラウザ上でのソリューション提供すら行わない。郵送やWeb上での口座開設もできない。モバイルアプリケーションに特化しているという意味で、「場所から機能へ」を体現しているといえるだろう。
彼らのWebサイトでのFAQページでも、彼らの方針は非常に明確に定義されている。「Atom Bankの場所はどこですか?」という質問に対して、「あなたにとってもっとも便利な場所にいます。自宅、電車の中、スーパーマーケットで並んでいる間・・・スマートフォンやタブレットがそこにある限り、私たちはあなたのそばにいます。物理的なオフィスは、ダラムとロンドンにあります。」
Atom Bankは普通預金や住宅ローンなどの一般的な個人向け銀行サービスを提供しているが、徐々に機能を拡充し、企業向け貸し出しにも進出し始めている。セキュリティ面の対策として、音声認識や顔認証を組み合わせて活用しており、新世代の銀行としても注目すべき存在だ。
具体例② 「じぶん銀行」
三菱UFJ銀行とKDDIが共同出資する「じぶん銀行」が運用するモバイルアプリ「AI外貨予測」と「AI外貨自動積立」も注目に値する。当アプリは「MCPC award 2018」においてユーザー部門モバイルビジネス賞を受賞するなど高い評価を得ている。このサービスではAIが外貨の変動を予測し、顧客の代わりに外貨の積立タイミングを判断し外貨自動積立まで行う。
このアプリは金融商品価格向け共通予測基盤「AlpacaForecast」を提供するAlpacaJapanとの共同開発である。同予測基盤はAmazon Web ServiceやMicrosoft Azureなど様々なクラウド上で動作する仕様となっている。本サービスが提供するAIは定期的に最新の為替・市況データに基づく深層学習を行うことで予測モデルの精度を保っている。
具体例③ 「Luvo」
ビックデータ利用において注目すべき例として挙げられるのが、スコットランドロイヤル銀行がIBMを通じて導入したAI基盤チャットボット「Luvo」である。
仮に銀行カードの再発行を行いたいという顧客が現れたとする。「Luvo」はその顧客の声のトーンや顔の表情から、単にカードを紛失して再発行を行いたいのか、それとも窃盗などの不測の事態のために慌てているのか等の状況判断を行うことができる。
そして状況判断に基づいてその場で人工知能自身が処理したり、より複雑な対応に特化した人間と顧客を繋ぐことが可能となる。
モバイル時代が本格化する際に重要なポイント
ポイント① 「ハイテク」にとらわれすぎず「ハイタッチ」を意識する
モバイルソリューションを導入する際に、つい「どのような先進的ソリューションを導入すべきか」という議論になりがちである。もちろん先進テクノロジーを導入することは重要だが、それが顧客体験の最大化につながらなければ意味はない。
目的は、顧客との接点の質および量を増やすことで、顧客と安定的かつ長期的な関係を築くことだ。いくら素晴らしいテクノロジーを使っていたとしても、複数の機能を使うときに再ログインが必要になったり、アプリとWebブラウザを併用しないといけない等の機能制限がある場合、顧客が離れていく原因になる可能性がある。
単に「ハイテクを活用する」のではなく、「ハイタッチ(顧客との接点の質量拡大)」を目指してソリューション導入を進めていくべきだろう。
ポイント② 積極的なパートナーシップの推進
IT投資を積極的に推進しているバンク・オブ・アメリカでさえ、すべてを自前で賄おうとはしていない。フィンテックベンチャーへの出資や定期的な情報交換を通じて独自のエコシステムを構築し、必要な技術や人材がいない場合は、彼らの助けを得ながら迅速にソリューションの開発や導入を実施している。
もちろん自行のノウハウが外部に流出する危険性もあるが、それを認識したうえでもよりメリットが大きいと考え、パートナーシップの推進を実施していると考えられる。コスト視点でも、人材・技術視点でも、開発期間視点でも、すべてを内製で実施するのはかなり無理があるといわざるを得ない。
各行は、行内の基幹システムの構築を依頼してきたITベンダーのみならず、モバイルアプリケーション領域でさまざまな取り組みをしているフィンテックスタートアップとの関係をより強めることが必要になっていくだろう。
ポイント③レガシーシステムの抜本的更改
銀行のシステムは、多くの統廃合の結果、非常に複雑なものとなってしまった。モバイルアプリケーションの導入は、今までの銀行関連システムの導入に比べてより迅速に進める必要があり、そのためにも使いやすいシステムプラットフォームへの移行が望まれる。
前回の記事「活用が進むクラウドコンピューティングにおける今後のバンキングサービスの行方」にも記載したように、日本でも徐々にクラウド化の流れが本格化してきている。過去の遺産を一気に捨て去るのは困難であるのはもっともだが、過去と現在では活用できるテクノロジーもエンドユーザの要望もまったく違ったものになる。それに対応できるプラットフォームの開発は急務と言えるだろう。
- 寄稿
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フロスト&サリバン ジャパン伊藤 祐 氏