「AIの全社活用が進まない理由の考察」
- 【講演者】
- 株式会社セールスフォース・ジャパン
Tableau事業統括 Business Value Services ディレクター
嶋 ピーター 氏
<データを活用する上で、AIの活用が進まない理由>
データとAIの時代と言われている。データはもはや貴重な資源ではなく、水や酸素と同じ様に必須なものとなる時代になっている。そんな時代において、AIの活用が進まない課題をお客様より伺っている。紹介してみたい。
<データカルチャーが定着しない>
教育プログラムやツールを提供しているのに、活用が定着がしないと多く伺う。しかし、Googleを初めとするビッグテックがもたらした「データの民主化」を考えて欲しい。欲しい情報は検索により手に入り、あるいはAIが提案し、その情報を元に判断し行動できる。そして、それは得た情報を加工して新たな情報とし、個人が発信できるカルチャーの変革を促した。
しかし、経営陣の考える「データの民主化」とはどうであろうか?一部のチームが提供するダッシュボードを参照して、決められたプロセスを実行することではないだろうか?
データカルチャーとは、全社でデータを活用できることであり、それは分析することによりインサイトを得て、また全社に戻すカルチャーである。では、その定着を阻害するものは何か?
まず、新しいやり方を阻害するキャズムがある。最初は新しいやり方やツールで効果がでる。それは良いと採用するのだが、業務に応用していくと、壁にぶち当たる。活用のブレイクスルーをするための経験やツールの使い方の知識が不足しており、生産性が一時的に下がる。しかし、業務の締め切りなどがあるから、前に進んでキャズムを渡るか、後戻りして元のやり方に戻るか、判断してしまうのである。
画一的な教育プログラムを実行した事により満足してしまう。あるいは、生産性が一時的に下がる余裕を定着化プログラムに入れないと、従業員はこのキャズムを渡れない。そして、業務によって異なるキャズムに到達するタイミングに合わせてサポートする教育プログラムが必要である。
また、成熟した市場においては、プロセスの改善が重要であるため、全ての業務をプロセスの観点で見てしまう。現在のDXやオートメーションが良い例だ。しかし、変化する顧客・従業員のニーズに対する企業が必要としているのは、データを活用した判断の質向上であり、それが目標となっていないことが多い。
また、データカルチャーを中間管理職も理解することが必要。現場が分析により得られたインサイトによる判断を行った場合、データソースの確認やロジックの確認ができることが必要。
<どこから手をつけたら良いかわからない>
どこから手をつけたら良いかわからないから、とりあえずPOCとしてAIに手を付けてみるが、その後の戦略が無いまま進めていることを聞く。
AIを活用する前に、まず全社BI(ビジネスインテリジェンス)が行えることが重要である。そして、BIによって、どの業務にどのAIを活用したら、どのくらいメリットがあるのかを検証。また、データ分析能力は、AIの学習に必要なデータニーズの確認、データ間の相関関係などの分析、及び、結果の検証にも必要となる。AIの質は、与えられたデータの質によるので、データ分析力がまず必要だ。
また、データを利用するカルチャーに変革するためには、トップとボトム(現場)の双方が力を合わせる必要がある。リーダーはカルチャー変革をした組織像を具体的に宣言し、そして、データカルチャーを実践するチームをロールモデルとし、活躍をサポートする。活躍したチームや事例は、他のチームが経営陣が求める方向の理解を深める手助けともなる。
この様に、誰が何のためにAIやデータを使うのかを決めることが大事で、データを使うことを目的としては逆だ。
<うちにはビッグデータが無い>
AI導入にはビッグデータが必要と思われているが、活用するAIの種類によっては必要ではない。また、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)パンデミックや、ウクライナ侵攻の前後では、世界情勢が大きく変化しており、過去10年、20年の時系列データがもはや有効ではなくなっている例もある。現在求められているのは、現在のトレンドだ。
そして、社内を見渡すと、業務にデータを活用しており、AIに活用できるデータはある。社内で、プログラミングの本や、スプレッドシート、データベース活用の本が見られるということは、その担当者はデータを扱っているということだ。
社内にあるデータとオープンデータを活用してAIを開発することはできる。
<AI導入のROIが出せない・十分な予算が貰えない>
AI導入やBI導入の際にROIの算出に課題があると伺うことが多い。
問題は、そもそも現在のデータ分析やデータによる判断がもたらすビジネスへのKPI(主要パフォーマンス指標)との関連性を把握していないことだ。ROI(投資に対するリターン)とは、現在のビジネスKPIと、データ分析やAIを導入後に予測されるビジネスKPIの2点間の比較である。
そして、このビジネスKPIとの関連が把握できると、どのAI導入がビジネスにどう貢献するかが明確となり、またそのAIにどのデータが必要であるかも明確となるため、DWH(データウェアハウス)の構築も、必要なデータから始めることができる。
また、独自のデータ活用戦略は重要だ。本業から得るデータによるROIに比べて、加工したデータの方がビジネス価値は高くROIも高い。顧客にカスタマイズされたサービスはより高い。その全体像からAI活用などの戦略があることが重要だ。
<人材がいない>
AIの利活用はまだ始まったばかり。ここ5年くらい爆発的に応用が広がったものである。つまり、同じスタートラインにいる。汎用AIモデルはまだなく、ビジネスに必要なAIを自社データを活用し、独自に開発を始めた方が良い。
「うちは文系ばかりだから」と伺うことがある。しかし、それは人の適正の話ではなく、選択した学問の話である。つまり、理系・文系の尺度でデータを活用するツールを従業員に提供するのではなく、使いたいという従業員にツールを提供した方が利活用される。社内に人材がいない訳ではない。
また、産学連携する際も、自社におけるAI導入の際の課題を把握していることが重要である。専門的な課題の解決は、大学やベンチャー企業にサポートして貰うが、その課題を理解と経験をしていなければ、人材及び課題解決知識を自社に戻すことができない。このような活用の戦略も必要だ。
<まとめ>
AIの全社活用をする上で、まずデータ分析カルチャーの変革を全社で醸成する。その為に、より良いプロセスに繋がる判断の質向上を目的とし、また、その判断の仕組みがビジネスにどう貢献するのか、KPIとの関連性を棚卸する。
分析結果やAI活用のアイデアは、年齢・社歴に関わらず、横断的なコミュニティを育て、共有する。
データ(情報)の民主化は、データ参照の民主化ではなく、複数のデータを分析して得られたインサイトやAIにより作成された分析アプローチを全社に共有、そして、そのインサイトを元に判断して行動をすることの民主化である。
ぜひ、テクノロジーがもたらすカルチャー変革に取り組んで欲しい。