事務リスク管理態勢の強化に向けた事務ミス要因の理解と未然防止・再発防止への活用


金融機関における事務領域ではDX化が加速的に進んでいるものの、いまだマニュアル作業による事務領域は残されている部分がある。こうした中、ヒューマンエラーに起因する事務ミス・事務事故(本稿では「事務ミス」とする)は依然として発生しており、深度ある要因分析がなされないまま、未然防止・早期発見・再発防止の3対策が講じられているケースが少なくないのが実情である。
宇宙産業、航空産業、医療産業、原子力産業といった4産業界におけるヒューマンエラーによる事務ミスは、人命にかかわる大惨事に繋がる虞れのある極限リスク(Extreme Risk)・サプライズリスク(Surprise Risk)を孕んでいるため、その要因分析や未然防止・再発防止の基本的考え方と手法は、学術的、先進的であり、また示唆に富んでいるため、金融機関において参考とすることは有用である。本稿では、先進的な上記4産業界における事務ミスの要因分析や未然防止・再発防止策の事例を紹介する。

尚、この事務ミスにおける「チェック」態勢については、筆者の寄稿「事務リスク管理における事務ミス「チェック」態勢の落とし穴と効果的な予防策」を参照されたい。

脚注
金融庁ディスカッションペーパー「オペレーショナル・レジリエンス確保に向けた基本的な考え方」(令和5年4月)の中でリスク管理文化の醸成として『実務上、航空、鉄道、医療のリスク管理文化を参考にしている動きも見られる』と記載している。

  1. ヒューマンエラーに起因する事務ミスの種類
  2. ヒューマンエラーによる事務ミスに至るまでのプロセス
  3. ヒューマンエラーを起こす事務ミス要因の種別
  4. 具体的な事務ミス要因の事例
  5. 事務ミスの未然防止・再発防止に向けた基本的考え方と7つのチェックポイント
目次

ヒューマンエラーに起因する事務ミスの種類

事務ミスは、大別して2種類4タイプに分類できる。一般的な事務ミスは下表のいずれかに該当する。

種類 タイプ 内容
行為失敗型事務ミス 誤確信型事務ミス 誤った事務処理・作業を正しい処理・作業と思い込んでしまったことによるミス・エラー
未達成型事務ミス スキル・能力・リソース不足により、そもそも期待された、あるいは定められたマニュアル・ルールに基づく事務処理・作業ができなかったことによるミス・エラー
リスク過小評価型事務ミス 効率優先型事務ミス 事務効率や事務課題を優先させてしまい、やるべき事務処理・作業の範囲を拡大・縮小させるなど、行うべきでない事務リスクの高い事務処理・作業をすることによるミス・エラー
安全行動省略型事務ミス 事務ミスの発生可能性が小さいなど、過信から点検・チェックなどの確認を怠ることにより、エラー・ミスを見逃してしまう、あるいは気づかないことによるミス・エラー

ヒューマンエラーによる事務ミスに至るまでのプロセス

ヒューマンエラーが単独で、重大な事務ミスに繋がることは少ない。ヒューマンエラーの前後の段階において、様々な形で適切でない事象が重なった結果、重大な事務ミスが発生する。言うなれば、大きな事務ミスの背景には、不適切な事象要因の連鎖が関係している。

ヒューマンエラーを起こす事務ミス要因の種別

一般的にはヒューマンエラーによる事務ミスは、その大半が多種多様な要因が関わって発生する。したがって、事務ミスの根本原因を追究し、識別し、抽出していくためには、可能な限り、体系的かつ順序立てて分析できるよう、要因の種別を分類しておくことが有用かつ効率的である。

要因の種別 要因例
システム要因 作業要因 困難性 事務ルールに関する解釈の困難性、予測の困難性、判断の困難性、作業精度の厳格性
ワークロード 事務量の力技作業、同種反復、姿勢の制約
並行/突破的事務 並行事務、予定外事務、突発的事務
MMI(マン・マシン・インターフェース) 表示・表記の不備、動産・備品の不備、システム操舵の不備、レイアウトの不備、設備の不備
環境要因 空間 手狭な執務室・フロアーレイアウト
特殊装備 安全装備の不具合
音熱等 事務オフィスの照明不足/高、高温/低温、騒音
組織要因 職場要因 チーム編成 事務チーム構成の不備、指揮命令系統の不備、不明確な役割分担・職務分掌・職務権限
コミュニケーション 不適切な報告・連絡、不適切な指示・指導、不十分な引継ぎ・申し送り、情報連携・共有不足
管理要因 モラル ポリシー・ミッション・バリュー・価値観の偏り・曲解、ヒューマンエラー防止への無関心
教育・訓練 職場での事務リスク・事務マニュアル・事務ルール等の教育・研修・訓練・OJTの不備
管理規程類 マニュアル・手順書の不備、帳票の不備、不適切な事務計画の不備、管理規程類の不備、不適切な文書管理、不適切な事務計画の変更
個人要因 個人要因 心理的負担 対顧客・契約者に係る時間的制約、期限接近の焦り、単調感、事務ミスへの怖れ、心的飽和、注意力の散逸、一点集中的状況
生理的負担 ストレス、疲労、残業
作業遂行能力 不慣れな事務、経験不足、知識・技能不足、作業意欲

具体的な事務ミス要因の事例

新規事務や事務改定に起因する事務ミス要因

新たな事業・業務の展開・進出に伴い生じる事務の発生および既存事務の改定に伴い、ヒューマンエラーによる事務ミスが起こるケースも少なくない。以下は、このようなケースにおける主な事務ミス発生要因の具体例である。事務ミス発生の未然防止の観点からも、予め要因を洗い出し、対策を講じておくことが適切である。

  • 頻繁な事務設計・仕様の変更
  • 曖昧な事務設計・仕様
  • 想定されていない事務工程の発生
  • 時間的余裕不足と焦燥感
  • 変更情報の伝達漏れ・文書への反映漏れ
  • 「過去経験(実績)の過信」に伴う検証作業・テスト省略(不足)
  • 事務設計者の途中交代といった人の入れ替わり(担当者の異動)や時間の長期経過による、引継不足や必要情報の漏れ・失念、必要な記録の紛失といった情報伝達上の不備

身体面・心理面に起因する事務ミス要因

人間の身体的あるいは心理面などにおける特性を予め知っておけば、事務処理・作業において、自身が事務ミスを起こしやすい状況にあるかを意識することができ、事務ミスに対する気づき力を向上することもできるうえ、自身で事務ミスを起こしやすい状況であることが認識できれば、事務ミスの未然防止や早期発見に役立てることもできる。

【認知的特性】
特性 内容
注意
  • 選択的注意
    注意には選択性がある。目や耳に入る情報のうち、必要なものや関心のあるものだけを選択して処理する
  • 分割的注意
    注意には容量がある。非常に注意が必要なことを複数並行して行うことは、注意の容量の限界を超え、困難となる
  • 持続的注意
    注意は続かない。何かをモニタリングしているときの警戒的な注意力は30分程度しか持たないとされており、次第に漫然化してくる
ゲシュタルト
  • 人間の知覚には、多くの対象が同時に存在する場合、「まとまり」で知覚する特性があり、見誤り・見逃しといったヒューマンエラーによる事務ミス等を引き起こすことがある
視覚による認知
  • 人間は、不明確な情報や曖昧な情報があると、前後の刺激や周りの環境から、それらの情報を自分なりに勝手に解釈する傾向がある。これにより、表示・表記の見誤り・見落としなどのヒューマンエラーによる事務ミス等を引き起こすことがある
聴覚による認知
  • 人間は、物理的な音声をそのまま聞いているわけではなく、自分が期待しているように都合よく聞いてしまう傾向がある(期待聴取:wishful hearing)。周辺の雑音や会話の声が大きかったり、自分が慌てていたりすると、特に聞き間違いや聞き逃しによるヒューマンエラーによる事務ミス等を引き起こすことがある
正常性バイアス(偏見)
  • 人間は、ある範囲までの異常予兆は、異常だと感じずに、正常の範囲内(リスクはない)のものとして本能的に判断してしまう傾向がある
認知的不協和・こじつけ解釈
  • 人間は、相互に矛盾した情報があると不安になる。その不安を解消するために、矛盾を自分なりに納得できるように解釈して安心する傾向がある。そのため、思い込み、先入観や誤解に起因するヒューマンエラーによる事務ミス等を引き起こすことがある
記憶
  • 人間の記憶は、忘却しやすく、非常に脆弱であるため、情報は15~30秒程度しか蓄積できない
  • 記憶は変容するものであり、実際に見聞きした事実と、後から入ってきた情報とを区別することが難しくなり、記憶は容易に歪んでしまう
  • 以前に覚えた古い、あるいは改定前のルール、手順、知識が忘れられず、逆に事務処理・作業の妨げになることもある
情報処理能力
  • 視覚や聴覚等の感覚器から入ってくる情報には限界があり、デュアルタスク(2つの事務処理・作業を同時に行うこと)や、「ながら事務」は、人間の情報処理能力に反する場合がある
行為の時間的変容
  • 人間は、時間的圧迫・制約を受けたり、逆に過度にゆとりが生じたりすると、行動が変容する傾向がある
【生理的身体的特性】
特性 内容
疲労
  • 疲労により、事務処理・作業の効率や集中力の低下、注意力の衰え、意欲減退等が起こる
  • 事務処理・作業に関する一連続作業時間の実験的研究では、それが50分間を超すと急激に事務ミス・エラーが増加するとされている
睡眠
  • 眠気を感じているときに、対処行動が必要な場面になると、通常であれば取れたはずのリスク回避措置が取れない、あるいは本来であればリスク対処可能な状態なのに、リスク対処不能に陥るというヒューマンエラーに起因する事務ミスが起きやすくなる
加齢
  • 加齢に伴う事務処理機能低下の現状が自覚されなくなる。若手社員の頃のようにできると思っていても、現実の身体機能が追い付かないという状況が、ヒューマンエラーによる事務ミスに繋がる虞れがあり注意が必要である
体躯
  • 狭い作業スペースや執務フロアで事務処理・作業をすることによって、事務処理・作業効率の低下や誤処理による事務ミスの発生が懸念される
【集団的心理特性】
特性 内容
権威勾配
  • 人間は権威を持ったヒトには弱い(上司に逆らえない/潜在的目上迎合性等)
同調行動
  • 人間は周りに合わせることで安心する(多数派が正しいと思う/組織の和を乱したくないから合わせる)
社会的手抜き
  • 一次担当者は自分が事務ミスをしても後続のチェック者(再鑑者・再査者)で発見してくれるだろうと思い、後続のチェック者は一次担当者は適切に事務処理してくれているだろうと思い、結果として両者が手を抜く事態となる
集団浅慮(グループシンク)
  • 事務部門の集団内の多数意見や事務管理者やベテラン担当者の意見に同調せよという圧力がかかり、客観的な正しい事務処理・作業の判断や決裁・承認ができなくなる
集団凝習性
  • 事務部門の組織としてのまとまり、強い結びつきといった凝習性が高すぎると、それが事務担当者の圧力となることもある
リスキーシフト
  • 事務部門の組織としての決定が、個人の決定よりも、よりリスクの高い選択をしてしまうことがある

事務マニュアル・手順書に起因する事務ミス要因

事務処理・作業に係るマニュアルや手順書は、「正しく伝えること」「確実に伝えること」が重要であり、事務マニュアル類を作成・改訂する場合は、常にこの観点を念頭に置いて立案することで、事務マニュアル類に起因するヒューマンエラーによる事務ミスの防止に役立つ。

チェックポイント 注意点
専門用語を無造作に使用していないか
  • 略語、業界用語、新用語、社内用語、事務部門特有の組織言葉を可能な限り使用しない
  • 使用する場合は、マニュアル内で定義を説明しておく、注書き等で補足説明をしておく
文章だけに偏重していないか
  • 国の法令・施行令・施行規則のような難解な表現、社内の方針・規程・規則・基準のような文字ばかりで固い文章に偏った記載振りにならないようにする
  • イラストや写真等によるビジュアル表現も効果的に盛り込む
場所の示し方は適切か
  • 図表を用いる場合は、全体と部分の関係が同時に理解できるようにレイアウトする
一つの言葉で多くの事務を言い過ぎていないか
  • 事務手順に「包括的な作業・処理」が含まれていないか注意する(例:「・・・をセットする」「・・・の準備をする」)
  • 事務担当者の知識・経験に配慮する(ベテラン担当者であれば「包括的」な書き振りの手順でも問題ないが、新人、初心者、異動後に引き継いだ担当者にとっては理解が困難となるケースがある)
一つの文章で多くの事務を言い過ぎていないか
  • 一文一義とする(一つの文章には一つの事務作業・処理)
  • 一文は短くする
「注意喚起」になっていない「注意書き」になっていないか
  • 「注書き」が多くなり過ぎていないか
  • 注意すべき内容の優先度や重要度がわかるような書き振り、識別方法を意識する
めくらまし表現になっていないか
  • 抽象的で曖昧で理解困難な事務作業・処理の表現になっていないか(例:「コンパクトなプロフェッショナルディシジョンによる決裁」)
曖昧さのある文章を使っていないか
  • わかりにくい表現になっていないか注意する
  • 文章表現技法に則った書き振りとする(修飾語を重ねるときは長い修飾語を前にする、一文章内で接続詞を二回使わない、否定表現は使わない等)
「手順主義」ではなく「概念定義主義」になっていないか
  • 「まずこうする、次にこうする」と順を追って事務処理・作業を説明する書き振りになっているか(手順主義)
  • 「課長は契約書類を決裁できる」など、事務処理・作業に関係するものごとの役割分担や性質を定義することで全体を説明しようとしていないか(概念定義主義:規程・規定・規則に適している書き振りの考え方)

3Hに起因する事務ミス要因

3Hとは、「初めて」「久しぶり」「変更」の3つの頭文字をとったものである。これらが該当する事務処理・作業ケースでは、ヒューマンエラーによる事務ミスが発生しやすいとされている。特に、当初の事務処理・作業後の再鑑・再査や自己点検の際に留意してチェックする必要がある。

その他の留意すべき事務ミス要因

  • バスタブカーブ理論
    事務ミスと習慣化には相関関係があるとされており、下図はそれを示す「バスタブカーブ理論」である。初心者が事務ミスを連発するフェーズA、慣れてきて事務ミスが発生しない安定フェーズB、慣れ過ぎて油断・過信し、事務ミスが発生するフェーズCがある。フェーズABに比してフェーズC(ベテラン事務担当者による事務処理・作業など)の事務リスク防止対策は疎かになりがちなので留意する必要がある。
  • 組織管理者の管理スパン
    マネジメントの限界は、組織の生産性の低下を招き、事務ミスを誘発させる環境に発展するリスクを孕んでいる。軍事の世界においては、軍隊の一個小隊は30名レベルとされており、一人の中間管理職のマネジメントは30名程度が限界とされていることからも、事務サービス部門の中間管理職(課長クラス)がマネジメントする規模は事務担当者30名程度が適していると言えるだろう。
組織単位 事務主任クラス 事務課長クラス 事務部長クラス
軍の組織単位 分隊長クラス 小隊長クラス 中隊長クラス
管理スパン 5~10名レベル 20~30名レベル 100~200名レベル

事務ミスの未然防止・再発防止に向けた基本的考え方と7つのチェックポイント

ヒューマンエラーに起因する事務ミスの未然防止・再発防止に向けた方策を講じるに際しては、段階的に考えていくことが有用である。下図は、事務プロセスにおける段階的留意点である。

上記の段階的留意点に基づき、事務ミスの未然防止・再発防止の対策を講じた際は、採用した対策案が機能発揮するのか、実効性が期待できるのか、といった観点からの妥当性を検証しておく必要がある。以下は、妥当性検証にあたっての7つのチェックポイントである。

検証の観点 チェックポイント
確実性
  • 根本原因への適切な対処となっているか
継続性
  • 一過性の弥縫策になっていないか
具体性
  • 具体的な内容になっているか(「徹底する」「注意喚起する」など、抽象的や精神的な対策になっていないか)
整合性
  • 従来の事務処理・作業のプロセスや趣旨・基本的考え方と整合しているか
経済性
  • コストパフォーマンス等の制約を意識したものとなっているか
転用可能性
  • 他の同種同根の事務ミスも未然防止・早期発見可能なものとなっているか
即効性
  • 再発防止策としての即効性があるか

【参考文献】
・ヒューマンファクター分析ハンドブック(宇宙航空研究開発機構)
・ヒューマンエラー防止のための外的手がかり利用の動機づけモデル(松尾太加志)
・入力ミスの特性とその対応(日本経営工学会誌 Vo.41 No.1)
・事務ミス発生予知方式の開発(日本経営工学会誌 Vol.38 No.6)
・ヒューマンエラー抑止のための理論と実践(安全工学会誌 Vol.52 No.2)

著者写真
寄稿
藤田 直哉 氏
大手監査法人、監査法人系コンサルティング会社及び保険会社での勤務経験を有する。金融機関におけるガバナンス、リスクマネジメント、コンプライアンス、内部監査、内部統制、不正防止、金融監督検査行政に精通。30年以上の内部監査実務経験を有する。
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