「企業買収における行動指針」をやさしく解説【初心者向け】


2023年8月31日に経済産業省から「企業買収における行動指針―企業価値の向上と株主利益の確保に向けて―」が公表されました。本指針は、「公正な買収の在り方に関する研究会」における審議を踏まえ策定されています。本稿では、「企業買収における行動指針」をその背景や目的から具体的内容の要点をわかりやすく解説します。

目次

要約「第3章 買収提案を巡る取締役・取締役会の行動規範」

「企業買収における行動指針―企業価値の向上と株主利益の確保に向けて―」では、経営支配権を取得する買収提案を巡る取締役・取締役会の行動規範について、以下の検討フローを挙げています。

前提として会社の取締役会等は、買収提案を受けていない平時の段階から企業価値を高める努力が必要です。社外取締役の比率が過半数を超える取締役会の構成にする、定期的に事業ポートフォリオを見直す、投資家とのコミュニケーションを欠かさないなどが挙げられます。
こうした平時から企業価値を上げる取り組みを行うことで、買収提案を受けた際には現経営陣の取り組みと買収提案の内容のどちらが企業価値の向上につながるかを比較検討できます。

買収提案を受領した場合、経営陣又は取締役は速やかに取締役会への付議・報告を行うことが最初の原則です。買収提案を取締役会において付議とするか報告に留めるかの判断は、買収提案が具体性を伴ったものかどうか、買収者のトラックレコードなどの信用力も考慮して判断していきます。
買収提案を検討する取締役・取締役会は、「『真摯な買収提案』に対しては『真摯な検討』をすること」を基本姿勢とすることと、「企業買収における行動指針」において示されています。

具体的には、以下の要素を考慮して真摯な買収提案であるかを判断するとしています。

  1.  具体性が合理的に疑われる場合
    ➢ 買収対価や取引の主要条件が具体的に明示されない買収提案
  2.  目的の正当性が合理的に疑われる場合
    ➢ 経営支配権を取得した後の経営方針が示されない買収提案
    ➢(他の買収者がいる状況において)買収価格を吊り上げる目的で行われる買収提案
    ➢ 競合他社により情報収集等を行う目的で行われる買収提案
  3.  実現可能性が合理的に疑われる場合
    ➢ 買収資金の裏付けのない買収提案
    ➢ 当局の許認可など買収実施の前提条件が得られる蓋然性が低く、客観的に見て実施に至ることが期待できない買収提案
    ➢ 支配株主が保有する支配的持分を第三者に売却する意思がないことが判明している中における支配的持分の買収提案

引用:「企業買収における行動指針―企業価値の向上と株主利益の確保に向けて―」

取締役会は真摯な検討を行い、買収価格等の取引条件に妥当性はあるか、買収の実現可能性等はあるか、企業価値向上に資するかなどの観点から買収についての是非を問いていきます。
多くの買収では、買収価格が直前の株価よりも高く、買収提案に賛同しない場合には、なぜ買収に応じなかったのかの説明も求められます。

取締役会において買収に応じる場合には、自社の企業価値を向上させるものであるかどうかの判断に加え、自社の株主がきちんと利益を確保できる条件となっているかを確認し、場合によっては交渉することも必要です。さらに株主に対しての説明責任もより強くなります。

交渉では株主にとって有利な条件を目指して、真摯に交渉することが大切です。具体的には以下のような取り組みを提示しています。

  • 企業価値に見合った買収価格に引き上げるための交渉を尽くす
  • 競合提案があることを利用して競合提案に匹敵する程度に価格引き上げを求める
  • 部分買収であることによる問題が大きいと考える場合には全部買収への変更も含めて交渉する

引用:「企業買収における行動指針―企業価値の向上と株主利益の確保に向けて―」

さらに買収条件の合理性を改善するために、買収公表後に他の潜在的な買収者が対抗提案を行うことが可能な環境を構築した上で買収を実施すること(間接的なマーケット・チェック)や、株主の利益に資する買収候補を模索すること(積極的なマーケット・チェック)も有効としています。

買収などの取引の公正性を担保することも重要です。公正性の担保するためには、特別委員会の設置や外部アドバイザーの助言等の公正な手続(公正性担保措置)を講じるなどが有効としています。これらの設置は個々の事案ごとに考えるべきものとしており、以下のようなケースが例として挙げられています。

➢ キャッシュ・アウトの提案であることから、取引条件の適正さが株主利益にとってとりわけ重要であると考えられる場合
➢ 買収への対応方針・対抗措置を用いようとする場合
➢ その他、市場における説明責任が高いと考えられる場合(例えば、複数の公知の買収提案がある場合等)
※上記類型とは別に、MBOや支配株主による従属会社の買収等の構造的な利益相反の問題が存在する取引の場合には、特別委員会の設置が望ましい(公正M&A指針参照)。

引用:「企業買収における行動指針―企業価値の向上と株主利益の確保に向けて―」

要約「第4章 買収に関する透明性の向上」

第4章では、買収に関する第2原則及び第3原則(株主意思の原則・透明性の原則)の実現のために、買収社及び対象会社の両方の視点から買収に関する透明性の向上における在り方を提示しています。

買収者側は、株主の適切な判断(インフォームド・ジャッジメント)が行えるように段階に応じた情報開示をしていくことが求められます。たとえば公開買い付けを予告する場合には、買収のために要する資力等、合理的な根拠を示した上で公開買付を実施する条件や開始予定時期など市場の判断に資する具体的な情報を開示することが望ましくなります。
他にも買収後にステークホルダーとの関係に重要な変化を想定している場合には、株主などにも重要な情報となるため、買収後の戦略などの情報を開示・提供するなどが挙げられます。
さらに株主等に買収に関する判断を検討する時間を十分に与えるスキームやスケジュールを提供し、合理的に進めることも求めています。

対象会社側も買収に関する重要な判断材料を株主に提供することで、透明性は確保されるとしています。具体的には「買収が実施される段階での開示」と「買収提案の検討中で報道がされた場合の開示」です。
「買収が実施される段階での開示」では、金融商品取引所の適時開示規制による開示制度を遵守することに加え、自主的な取締役会や検討委員会の検討経緯、買収者との取引条件の交渉過程などを開示するのが望ましいとしています。
一方で「買収提案の検討中で報道がされた場合の開示」では、買収者との秘密保持契約等に留意しながら、情報を開示することが必要です。なお、買収検討中の段階で報道がなされてないにも関わらず、情報が開示されてしまうと誤った憶測を招く恐れもあるため、徹底した情報管理を行うなどが求められます。

また「企業買収における行動指針」では、株主が買収に対する判断を行う際には、必要な情報提供を受け、合理的な意思決定が阻害されない状況が重要だとしています。買収者が株主の意思決定を阻害する行為として、以下が挙げられています。

  1. 強圧的二段階買収等の強度の強圧性を有する買収手法を行うこと
  2. 不正確な情報開示や株主を誤導するような情報開示・情報提供を行うこと
  3. 買収の意図があるにも関わらず、それを隠して買付けを進めること
  4. 買収のために要する資力など、公開買付けを実際に行う合理的な根拠なく、公開買付けの実施を予告すること
  5. 取引先株主等への優越的な地位に乗じた働きかけを行うこと
  6. 議決権行使や委任状の勧誘を行う際に、金品・財物の交付を行うこと

引用:「企業買収における行動指針―企業価値の向上と株主利益の確保に向けて―」

②⑤⑥に関しては対象会社側も株主の意思決定を阻害する行為として望ましくないとしています。
なお、公開買付制度や大量保有報告制度、実質株主の透明性のあり方については、金融庁の金融審議会「公開買付制度・大量保有報告制度等ワーキング・グループ」において議論されており、2023年12月25日に報告が取りまとめられ、公表されています。
参照:金融審議会「公開買付制度・大量保有報告制度等ワーキング・グループ」報告の公表について

要約「第5章 買収への対応方針・対抗措置」

買収に関して買収者及び対象会社からの情報提供が十分に提供され、透明性・公正性が確保された上で買収者の株式取得に応じるか否かの判断することが、買収の本来の姿です。また、買収者が適切な情報提供などを行わず、企業価値や株主共同の利益を損なう可能性がある場合には、法制度の対応に加えて、買収への対抗措置を発動することも重要です。

買収における対応方針を示すメリットとして、「株主に検討のための十分な情報や時間を提供するとともに、取締役会に買収者に対する交渉力を付与し、買収者や第三者からより良い買収条件を引き出すことを通じて、株主共同の利益や透明性の確保に寄与する可能性」が挙げられています。
一方で望ましい買収提案をすることへの躊躇や、買収提案に対する真摯な検討の阻害、経営陣の保身に悪用されてしまう可能性もあり、これらのデメリットを払拭する努力が必要であるとしています。

なお「買収への対応方針」が肯定的に認められる前提としては、以下が挙げられています。

  • 株主意思の尊重
  • 必要性・妥当性の確保
  • 事前の開示
  • 資本市場との対話

「株主意思の尊重」では、対応方針に基づく対抗措置の発動を株主の合理的な意思に依拠すべきとしています。過去の裁判例でも株主総会における決議を経ることで、対抗措置の発動の適法性が相対的に認められやすくなるものと考えられています。
「必要性・妥当性の確保」は、対応方針に基づく対抗措置の発動について、株主平等の原則、財産権の保護、経営陣の保身のための濫用防止等に配慮し、必要かつ相当な方法によるべきであるとしています。
「事前の開示」は、対応方針を平時に導入し、開示することによって、一定以上の株式を取得する場合には対抗措置が用いられ得ることについて、買収者、株主等の事前の予見可能性の観点から重要としています。しかし、事前に開示されることで、潜在的な買収先候補から除外され、経営への外部からの規律が弱まるという指摘もあります。
「資本市場との対話」は、平時から企業価値が高める合理的な努力を行うとともに、会社の規模や状況によって対応方針の要否は異なるため、中長期的な視点から対象会社と機関投資家との間で建設的な対話がされることが、本来望ましい姿であるとしています。

また、資本市場との対話において、対応方針を対象会社と機関投資家の目線を合わせる方策の例示として、以下が挙げられています。

➢ 対抗措置の発動時に必ず株主総会に諮る設計とすること
➢ 発動要件を限定した設計とすること
➢ 特殊な状況下の時限的な措置として設計すること

まとめ

「企業買収における行動指針―企業価値の向上と株主利益の確保に向けて―」が公表されたことにより、買収提案に対して当事者の行動の原則や基本的視点、ベストプラティクスが示されました公正なM&A市場の確立に向けたルールとして、今後日本の経済社会に定着していくと考えられます。

寄稿
株式会社セミナーインフォ
TheFinance編集部
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