「自社サービスと受注サービス開発の違いから地域金融機関にとっての理想の開発スタイルを模索する」
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【講演者】
株式会社マネーフォワード
エックスカンパニー カンパニー執行役員 兼 カンパニーCOO
亥子 友基 氏
<マネーフォワードが提唱するTech&Design>
マネーフォワードの3つの事業領域は、法人向けサービスと個人向けサービス、さらに金融機関向けサービス。そのうち、金融機関向けサービスを担っているのが、マネーフォワードXカンパニー(MFX)だ。
MFXは新たな金融サービスの創出をミッションとして掲げ、金融機関向けにFintech推進やDX支援など149のサービスを提供(共同開発担当含む)。アカウントアグリケーション基盤を活用し、個人や法人向けのSaaS形式のサービスと、金融機関とタッグを組んで新たなサービスを受託開発で共創していく形式のサービスを提供している。
マネーフォワード全社が大事にしているValuesの一つが「Tech&Design」。テクノロジーだけでなく、デザインが世界を変えることができるという認識のもと、デザインテクノロジーとデザインの力を掛け合わせて、新しい体験を創出することを目指している。
<UXデザインの5段階モデル>
デザインで届けたい体験は、使えなかったものが使えるようになる、これまで体験したことのなかった新しい体験ができるなどの「うれしい体験」。うれしいと感じてもらえる体験を増やすために、サービスに関わるメンバー全てが、UXデザインを意識した思考を持つことを大事にしている。
UXデザインに関しては、印象を左右する「Surface(表層)」、ユーザーが触れる骨組みとなる「Skelton(骨格)」、情報やデータを組み合わせる「Structure(構造)」、必要な機能の仕様に関わる「Scope(要件)」、どのような価値を誰に届けるのか狙いを定める「Strategy(戦略)」という5段階のモデルが重視されている。
デザインという言葉からは、見た目の綺麗さやスタイリッシュさなどの表層の部分を指していると思われやすいが、それはあくまでもデザインの一部。しかし、実際にはエンドユーザーの使い勝手を考えて、全体の枠組みや仕様、情報やデータの構造などを考えるところまでがデザインだ。
デザインは大別すると、UIユーザーインターフェースのデザインとUXユーザーエクスペリエンスのデザインに分かれる。より重視するのはUXの方であること、それをデザイナーだけが意識するのではなく、関わる全てのメンバーが理解してはじめて、サービス向上につながる。全員がデザインへの理解を深めれば、より良いプロダクトを生み出す環境が整うので、組織としても強化されるだろう。
<求められるデザイン人材>
デザイン人材のレベルは、個人が持っているスキル要件に応じて上がっていく。MFXではスキル要件に応じて4段階のレベルを定義している。
まず、最初のレベルは、一般的な社会人経験や論理的思考を持つ「ビジネスパーソン」。デザイン思考やUXデザインの概要を理解できるようになり、主要なUXデザイン活動を補助できるようになったら「サポートメンバー」。サポートメンバーを束ね、一人で主要なUXデザインの成果物を作れるようになれば、次の段階の「ファシリテーター」となり、最高レベルは、未知のテーマに対しても適切なUXデザインアプローチを推進できる「エバンジェリスト」だ。
ファシリテーターやエバンジェリストレベルの人がメンバー内にいれば、それだけデザイン性能が高まることは言うまでもないだろう。
マネーフォワードでは、企画・プロトタイピング・実装・運用の各フェーズで、MFSD(Money Forward Service Design)というデザインの進め方をベースにしている。ポイントはプロトタイピングフェーズで、調査、分析、アイディア展開、要件定義、評価を繰り返して、有益なサービスとして成立するかどうかを判断してから、開発に入る流れになっている。
<デザイン人材育成を支援>
こうしたデザインスキルの向上やデザイン人材育成のノウハウを活用して、マネーフォワードXではデザイン人材をどのように組織に定着化させるか、開発に役立てるかに主眼を置いて、人材育成の支援も手掛けている。
実案件のテーマを設定し、参加者を集めてチームを編成。講義形式で全体の概要を説明するブートキャンプに始まり、プロトタイピングフェーズを一緒に回しながら、一緒に手を動かしていく。最初は見本を見せながら協力して取り組み、やがては、支援がなくても自発的にデザインについて考えられるように成長を促していく仕組みだ。
3~4ヵ月ほどかけてサイクルを一回転させる頃には、全体を把握できるようになるので、「サポートメンバー」のレベルには達する。さらに3、4回サイクルを回すことで「ファシリテーター」へとレベルアップできると見込んでいる。
<デザイン人材がいる組織に起こる変化>
金融機関が社外向け、顧客向けに提供しているシステムを作成する際も、エンドユーザーとディスカッションして検討したり、フィードバックを得たりする機会は少ないが、UXのアプローチを導入することによって、仮説の正しさをユーザーとの対話で確認することができる。何が必要で何が大事なのか、リリース前の予想との答え合わせをすることで、デザインセンスが磨かれるし、楽しさを感じるようになる。
また、顧客側の理解も進み、改めて潜在ニーズの発掘や提供したサービスの価値や真価に気づくことで、次の新たなサービスやビジネスにつながる可能性も生まれる。
<自社サービスと受注サービスとの開発体制の違い>
マネーフォワードXでは、自分たちのプロダクトをSaaSとして提供すると同時に、受託開発の形式で金融機関とタッグを組んだ共創サービスも展開している。自社SaaSの開発はマネーフォワードが主体で、共創サービスの方は主にタッグを組んだ金融機関が主体となってプロジェクトを進めていく。そのため、開発体制にも違いが見られる。
一番違いの大きいところは意志決定にかける時間で、自社SaaSの開発であれば、基本的にチーム内で実装やリリースまでの意思決定を行っていく。これに対して、共創サービスの方はプロダクトメンバーが所属する組織の上長など、周辺に多くの関係者が存在するため、意思決定を下すまでに多くの時間をかけることが多い。その上でリリース頻度を高めるためには、テクノロジー面での効率化を意識する必要があるだろう。
<より早く価値を届けるためのテクノロジー>
リリース頻度を高めるためのインフラとして、アジャイル開発とコンテナの活用は欠かせない要素だ。コンテナを活用しない場合と、本番リリース後の不具合が出る可能性も大きくなり、環境づくりの工数などにも影響が出るので、コンテナ化が果たす役割は大きい。
コンテナを活用できれば、コンテナイメージを作成して配布して実行すれば、運用環境が出来上がってサービスが利用できる状態になるので、実装に向けてのデプロイメントの手間も少なくなる。特に、開発環境と本番環境との差異があっても、コンテナでラッピングすれば本番でも同じような状態でテストして提供できるので、有効な開発手法の一つだろう。
新しいプロダクトの開発には、新しい技術を積極的に取り入れることも心掛けたい。組織として、新しい技術に寛容だと、スキルの強化、リリース頻度の改善、サービスの進化につながる。パートナーを含めて優秀なメンバーが集まりやすいので、サービスやシステムのパフォーマンス効率が向上し、新たなサービス価値が生まれる可能性にも期待できる。
さらに、地域のシステム会社やフリーランスとの協働に理解があるほうが、より良いプロダクトチームを作ることができる。
ただ、金融機関のシステム開発や運用は、環境制約などで他業界と比較すると複雑な要素が多い。金融機関ならではのルールに慣れていない場合は、思わぬ障害の発生や要件定義の段階やシステム開発時の手戻りによる遅延が発生する可能性もある。それを踏まえて、地域のパートナー企業やフリーランスの方々と仕事をする際には、成果物責任を伴った請負契約ではなく、ワンチームで契約する方式にすることも重要だと考える。
リリース頻度を改善するためには開発力を高める必要がある。一方で日本では、エンジニアの採用が難しくなってきているのが実情だ。グローバルな視野で日本語はうまく話せないが、英語は使えるメンバーに間口を広げると採用効率があがる。英語でコミュニケーションをとるのは難しいところもあるが、その課題を乗り越えるとエンジニアのチームづくりは進みやすくなるかもしれない。
このように柔軟な視点でデザインとテクノロジーを開発に取り入れてくことで、より良いサービス提供につながることを願っている。