前編の振り返り
前編では、地方創生に取り組む上で、人口減少の抑制、地域内経済循環の実現、情報交換や相互扶助の3つの観点でコミュニティの果たす役割は大きい事を述べた。
また、将来の不確実性が高まっていく中で、地域に安心を提供してきた金融業界に対する社会的な期待の高まりつつある。金融機関の持つステークホルダーとの接点を活用し、コミュニティで顕在化するニーズに対する新たな商品・サービスの提供といった事業機会を期待できるので、地域と金融機関の互恵関係を生み出す事ができるコミュニティビジネスに取り組む意義は大きい。
具体的な事例紹介に先立ち、改めて事業化に向けた3つの要諦を確認したい。
1つ目はパートナー連携を通じたコミュニティへのアクセスのしやすさだ。団体や企業とコミュニティの互恵関係を構築することで、コミュニティ拡大を促進できるからだ。2つ目は、コミュニティに対する参加者の能動的な関与だ。参加者が自ら能動的に働きかけることで、コミュニティの動向を肌身で感じ取り、コミュニティのニーズにいち早く対応できるからだ。3つ目は、コミュニティにおける示唆の蓄積だ。コミュニティの最前線の動きや見通しに関する示唆を積み重ねることで、それらの示唆を基にしたサービスの提供も含め、新たな事業の可能性が見えてくるからだ。
後編のポイント
本稿では、コミュニティビジネスを成功させる上での3つの要諦を体現している事例として、A)米国のコミュニティ開発金融機関(CDFI)のキャピタル・インパクト・パートナーズ(CIP)、B)前橋市のスーパースマートシティ構想、C)静岡銀行の産学連携コミュニティを紹介する。
コミュニティビジネスに金融機関が関与し、地域活性化に取り組んでいる事例*1
事例A)|コミュニティ開発金融機関(CDFI)
● コミュニティ開発金融機関(CDFI)とは
貸付における信用評価や採算を踏まえると、地域課題を解決するプロジェクトや取組みに対して十分な資金供給されているとは言いにくい。特に、1980年以降の米国では急速に経済が衰退し、貧困や都市消滅の潜在的な要因が放置され、貧困地域が急速に広まった。そこで、地域をコミュニティ単位で捉え、地域の活性化に資する取り組みを優遇する制度の必要性が叫ばれた。
そのような背景があり、1994年にコミュニティ開発金融機関(CDFI)として制度化され、課題を抱えた地方の都市や区域(コミュニティ)の資金ニーズに応える銀行や信用組合などが財務省のCDFIファンドとしての認定を受ける事ができるようになった。
代表的なCDFIであるキャピタル・インパクト・パートナーズ(CIP)は1982年に設立され、現在では米国内の最も大きな認定CDFIのひとつとして数えられている。
同社は、まず、共通した社会課題を抱える地域でコミュニティ(Community)を組成する。コミュニティ中で解決すべきテーマに応じて組成された協同組合(Cooperatives)などに対し投融資を行う事で、地域が抱える社会課題の解決を目指している。
● CDFIがコミュニティに着目する意図
CIPがコミュニティに着目する背景には、コミュニティを通じた地域の課題発見のしやすさがあると考えられる。同社は構造的な貧困への対処をミッションに掲げ、金融サービスを活用する事が難しいマイノリティや社会課題に対しサービスを提供する事で、社会構造そのものを変えていく事を掲げている。
金融サービスの提供においては、地域が健全な発展を目指す上で必要な事業であるかを客観的に見極めた上で投融資の判断を行っている。地域の課題を探索し解決すべき方法を模索する際に、俯瞰的に課題を捉える事ができる単位として、コミュニティや協同組合に着目したと考える事ができる。
同社の金融サービスの提供は融資を中心に行われているが、事業運営のハンズオン支援、社会インパクトに照らし合わせた条件の変更といったサービスの提供を行う事で、持続可能な資金支援の実現を可能にしている。
● コミュニティビジネスを成功させる3つの要諦に関する特徴
- パートナー連携を通じたコミュニティへのアクセス:コミュニティの協同組合や地元企業、連保政府や大学と連携している。例えば、ニューヨーク市では地元の小規模診療所を束ねる医療認定センターやタクシードライバーの独立労働組合等の支援を必要とする地元組織に対し、著名大学の教授や全米組織と連携し、課題の洗い出しに加え、ベストプラクティスや研究論文を踏まえた解決策を検討・実行している。
- 参加者の能動的な関与:課題を抱える個人の声だけでは注目されにくいが、コミュニティ参加により同じ課題を抱える人を束ねる事で、課題解決に向けた事業機会を生み出す事ができる。同じような課題を抱える仲間を見つける事で、課題解決のきっかけを作る事ができるので、自発的な行動を促す事ができる。
- 示唆の蓄積:コミュニティを通じた地域課題の明確化、および、解決策の実行と成果の蓄積を通じて、金融サービスのベストプラクティスを横展開している。実際にカリフォルニア州においては、地域医療の課題を特定し、セーフティーネットや医療へのアクセス改善等の課題解決に向けた金融サービスを展開し、同州の半数以上の医療機関に金融サービスを提供している。
● 地域活性化に向けたコミュニティと金融機関が果たす役割
コミュニティの役割は、コミュニティに地域の課題を集約し、検討を行う場の提供にある。
地域課題を抱える組織と接点を持ち、有識者の支援も得ながら課題解決を実現している点は、日本の地域活性化の検討でも参考になる。
金融機関が果たす役割は、地域課題の解決に必要となる資金提供と実行に向けた伴走支援にある。CIPは、課題テーマに応じたコミュニティや協同組合の組成支援も行っている。
事例B)|前橋市のスーパースマートシティ構想
● 概要
同構想では、2016年に前橋市が策定した「前橋ビジョン」の実行施策として、IDやデジタル基盤の拡充し、公共サービスを軸としたコミュニティ形成を図っている。
デジタル技術の活用と規制緩和の恩恵を取り込み、これまでの生活の中で障壁になっていた行政サービスの利用しにくさなどの課題を改善する事で、住みやすい地域社会の実現を目指している。
● コミュニティビジネスを成功させる3つの要諦に関する特徴
- パートナー連携を通じたコミュニティへのアクセス:都市デザインや市の保有するビッグデータの活用機会の提供に加え、街づくりの投資家や金融機関といった様々なステークホルダーを巻き込める点に注目できる。多様な参加者を巻き込む事で間口が広がりコミュニティの活動が活発になる事で、徐々にアクセスしやすくなっていくと考える事ができる。
- 参加者の能動的な関与:同構想の「デジタル市民権」の取組みが注目できる。IDとともに投票できる機能(デジタル市民権)を市民に付与し、デジタル市民権の行使により街づくりに必要なサービスを市民が決定し、行政や民間企業のサービス供給者に対し注文できるという点に注目できる。従来の行政では、行政が提供するサービスを一方的に享受するだけであったが、必要なサービスを市民が自ら問う働きかけを行う事で、市民の能動的な市政参加を促す事ができる。
- 示唆の蓄積:ID活用を通じて市民のサービス利用傾向や活動が可視化され、市民が求めているサービスの示唆を得る事で、サービスの改善につなげられる点が挙げられる。めぶくIDでは、医療等の行政サービスの提供に加え、顔認証を通じた認証サービスの提供も想定している。IDと様々なサービスを紐づけ、コミュニティ全体のサービス利用傾向を集計することで、将来的には行政サービスの品質向上や必要となるサービスの示唆を得る事ができる。
● 地域活性化に向けたコミュニティと金融機関が果たす役割
コミュニティとして担う地域活性化の役割としては、デジタル市民権の活用により、市民が必要とするサービスを具体化させる役割が考えられる。
金融機関が果たす役割は、コミュニティで可決されたサービスを迅速に実現させる旗振り役として役割が期待される。地元企業や自治体と密接な関係を構築し、デジタル市民権を行使しやすい環境を予め整えておくことも将来的には期待されるのではないか。
事例C)|しずおか産学連携コミュニティ(Joint U Labo)
● 概要
この産学連携コミュニティでは、公的支援機関の支援情報や地域金融機関からの投融資機会を得られるだけでなく、仲間同士のコミュニティを形成する事で、相互の交流を促す環境づくりに取り組んでいる。
● コミュニティビジネスを成功させる3つの要諦に関する特徴
- パートナー連携を通じたコミュニティへのアクセス:コミュニティへのアクセス金融機関が主体となって運営している点に注目ができる。地元企業や行政に幅広いネットワークを有する金融機関が中心となる事で、コミュニティメンバーだけでは実行が難しい場合においても、金融機関のネットワークを活用し、新たな参加を巻き込むといったコミュニティ拡大を促進させる効果が期待できる。
- 参加者の能動的な関与:人材会社や金融機関、大学や行政、起業家などの参加者を巻き込んだコミュニティ形成を行う事で、すぐにビジネスを始めやすくする環境づくりを行っている点に注目できる。思いついたらすぐ形にできる環境を整え、参加者が活動する際のフットワークが軽くなる事で、自発的な行動を促せる仕組みになっている。
- 示唆の蓄積:大学発ベンチャーに的を絞り、研究成果の事業化に的を絞っている点に注目できる。研究成果の事業化では、技術の活用や施設の問題、技術を理解できる起業家の調達、収益性の見込めるビジネスモデルの構築といった様々な課題を抱えている。コミュニティを通じて、成功裏に研究を事業化させるノウハウを集めていく事により、事業化させる上での要諦や筋のよい研究テーマを導き出すための示唆を得る事ができるだろう。
● 地域活性化に向けたコミュニティと金融機関が果たす役割
コミュニティとして担う地域活性化の役割としては、大学の研究テーマ事業化地域産業の育成が挙げられる。また、研究テーマを事業化しやすくする場を提供する事で、研究の促進やアイデアのハブになる事で、産業振興を促進させる役割も期待できる。
金融機関が果たす役割は、投融資の資金提供と共に、地域への販売促進や地域外への販路開拓といった地域の総合商社としての役目も必要とされるだろう。
脚注
*1)各種事例は公表資料を基にした当社の考察であり、各社の見解を確認したものではない
コミュニティビジネスを通じた事業機会と未来の金融の姿
もう一歩踏み込み、技術発展や外部環境の変化をかけ合わせた時に、コミュニティビジネスが創造する事業機会や未来の金融の姿についても考察したい。
- 組み合わせ例1:「スマートシティ」と「メタバース」
スマートシティとメタバースを組み合わせる事で、場所にとらわれず価値創造できる可能性について考察したい。スマートシティとメタバースをかけ合わせることにより、物理的な制約を排除し、地域に居住しない人の関与を促すことが期待できる。
その理由としては、スマートシティを通じた地域活動のデジタル化を行うことで、アプリサービスやメタバースなどのオンラインサービスとの連携を図りやすくなることが挙げられる。
また、メタバース上に構築した仮想空間と地域活動を連携する事で、関係人口を増やすきっかけを作る事ができると考えられる。関係人口を増やす事で遠方の関係者を巻き込み、コミュニティの拡大ペースを加速させる事ができる。
地方創生を考える上で、地域と関係が全くない人との接点構築は非常に難しい。デジタルを通じて地域との接点がない人と関係を構築することで、特産品の購入や観光訪問といった消費喚起に加え、中長期的には移住や産業誘致なども期待する事ができる。 - 組み合わせ例2:「フリーランス」と「DAO」
フリーランスとDAOを組み合わせたコミュニティビジネスにも注目できる。
活発なコミュニティビジネスの運営には、参加者の能動的な活動を促す仕組みが必要となる。様々な経験を持ったフリーランスをコミュニティに呼び込むには、貢献を可視化し、貢献に応じた透明性の高い評価が必要だ。透明性の高い評価ができるDAOを導入する事で、国内外のタレントを呼び込む事ができる。
様々なタレントを引き付ける事は、地方創生における労働力不足を解決する糸口になるかもしれない。透明度の高い評価が可能となり、地方創生における貢献が可視化されることで、注目されにくかったタレントも適正に評価される様になるからだ。
適正な評価がフリーランスの自発的な参加や貢献を促し、様々な経験に基づく発想を持ち寄る事で、地方創生を加速させる可能性を秘めているのではないか。
実際に、技術を活用して地方創生に取り組むコミュニティ形成は萌芽しつつある。
紫波町では、DAO通じて地域の課題を共有し、課題解決する事で地域通貨を付与する取り組みを行っている。高齢者の支援や空き地活用のアイデア提供など地域の課題は多岐にわたるが、コミュニティ形成により関係人口を増やし、DAOの活用により課題解決のインセンティブを設ける事で、地域の課題を解決に導いている。
そう遠くない将来、自治体においてDAOの活用が一層浸透し、町内外の参加者がコミュニティを通じて意見交換し、地域の課題を解決する事が当たり前になっているかもしれない。
おわりに
本稿では、事例に基づき、地方創生においてコミュニティがどの様に貢献できるのかを論じた。特筆すべきは、個人や企業単位では発掘できない地域課題が、コミュニティ化することにより初めて課題を探索できる点にある。また、地域行政や学術機関とスクラムを組む事で、他地域の課題やベストプラクティスの共有の促進や、課題解決に向けて必要となる規制の見直し等の環境整備も重要だ。
前編・後編を通じて、コミュニティビジネスが果たす地域活性化の役割と地域金融機関ができる貢献について論じたが、地方創生に向けた一助となれば幸甚である。
- 寄稿
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<著者>
デロイト トーマツ コンサルティング合同会社/ モニター デロイト
シニアコンサルタント
齋藤 亮 氏大手金融機関にてフィンテック領域を中心に、国内外の事業会社および投資先の経営管理、成長戦略の立案、価値向上施策の実行を経験。
- 寄稿
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<共著>
デロイト トーマツ コンサルティング合同会社/ モニター デロイト
ディレクター
三由 優一 氏SIer、米系コンサルティングを経て現職。金融機関の全社/事業変革や、異業種の金融参入・強化に強み。現在は、Future of Finance OfferingをLeadしており、中長期視点での金融の在り方や、Gen-AI等を切り口とした金融の将来像を追求している。
- 寄稿
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<共著>
デロイト トーマツ コンサルティング合同会社/ モニター デロイト
シニアマネジャー
建部 恭久 氏日系Sierおよび米系コンサルティング会社を経て現職。金融機関向け戦略立案~実行支援や、非金融の事業会社向けに金融をイネーブラーとした経済圏構築の構想立案・実行支援を軸に多数のPJTを経験。
- 寄稿
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<共著>
デロイト トーマツ コンサルティング合同会社/ モニター デロイト
マネジャー
坂下 真規 氏電機業界を経て現職。新規事業立案を中心にクロスボーダー案件や戦略策定プロジェクトに従事しており、大企業における下流から上流までの幅広い経験やマルチナショナルな経験に基づいた提言に強みを持つ。近年は、金融業界での新規事業立案や、DAOなどを活用したサービスの検討にも取り組んでいる。