事務リスク管理における事務ミス「チェック」態勢の落とし穴と効果的な予防策


昨今の金融機関では、事務の効率化や事務リスク管理態勢(*1)の強化に向けて、事務プロセス面でのAI、DX、RPAなどのIT化が進展している。しかしながら、その一方で、ハンド作業が残っている事務領域における第三者による確認・点検・検証等とされる、いわゆる「チェック」態勢の形骸化により、「ヒューマンエラー(*2)の事務ミス・事務事故」(以下、本稿では総称して「事務ミス」と呼ぶこととする)が依然として多くみられている。本稿では、この事務「チェック」態勢の落とし穴について、学術的観点も交えながら解説する。

脚注
(*1)本稿では、「役職員が正確な事務を怠る、あるいは事故・不正等を起こすことにより金融機関が損失を被るリスク」を事務リスクと定義することとする。
(*2)「達成しようとした目標から、意図せずに逸脱することとなった、期待に反した人間の行動」(JIS Z81152000信頼性用語/日本損害保険協会)

  1. 金融庁による事務ミスに関する課題認識
  2. 事務ミスは必ず起こる
  3. 事務ミスは注意力では防げない
  4. 事務ミスは教育・研修では防げない
  5. 最後の砦:事務ミス予防策 「チェック」態勢の落とし穴
目次

金融庁による事務ミスに関する課題認識

金融庁は、以下に紹介するレポート等を通じて、金融機関における種々の業務について、システム化が進展しているものの、ヒューマンエラーの可能性について課題が残されている点に言及している。

  • 『・・・等の業務は、システム化が進展しているものの、担当者等が関与・判断する領域が少なからず残っていることから、ヒューマンエラーが発生する余地を極小化し、業務プロセスの最適化を図っていくことが課題である。』『担当者の入力ミス等にエラーチェック等がかかる仕様となっていないなど、ヒューマンエラーの回避を念頭においたシステムを構築できていない。』(「保険会社による保険金等支払管理態勢」金融庁 金融モニタリングレポート 2017年10月)
  • 『金融機関は実務上、ヒューマンエラーの可能性という課題を抱える。』『ヒューマンエラーの可能性:アイデンティティエビデンスの偽造を目視等により検証しているため、担当者の主観的判断や経験不足による誤判定の可能性を排除できない。』(「ブロックチェーン技術等を用いたデジタルアイデンティティの活用に関する研究」金融庁/野村総研 2021年3月)
  • 『設定ミス・操作ミス等の管理面・人的要因によるシステム障害事例が挙げられている。』(「金融機関のシステム障害に関する分析レポート」金融庁 2022年6月)

事務ミスは必ず起こる

下表は、人間工学に基づいたヒューマンエラーの発生確率のデータである。人はこんなにも間違えるのである。この数値を見ても、ヒューマンエラーによる事務ミスも必ず起こり得るであろうことが再認識できる。

ヒューマンエラーの発生確率(*3)(*4)
メーターの読み取りミス
  • アナログメーターの場合
  • デジタルメーターの場合
  •  
  • 1,000回に3回
  • 1,000回に1回
  • ラベル表示のみの同型の操作器の中から誤って選択 1,000回に3回
    誤った方向に回転させる
  • 常識的回転方向
  • 常識と逆の回転方向
  •  
  • 10,000回に5回
  • 100回に5回
  • 2つ以上の隣り合ったバルブから誤ったバルブを選択 1,000回に5回
    4桁以上の数字を誤って記録 1,000回に1回
    単純な計算ミス 100回に3回
    表示灯の警報の見逃し 10,000回に1回
    口頭で与えられた指示を忘れる 1,000回に1回
    電話でのダイヤルプッシュミス 20回に1回
    単純作業(繰り返し)のエラー 100回に1回

    脚注
    (*3)作業者のストレスもヒューマンエラーの発生確率に影響することに留意する必要がある。
    (*4)ストレス(作業時の緊張感)は、低ければいいというものではなく、適度なレベルのストレスはヒューマンエラーの発生防止に役立つ。
     ・ストレスが非常に低い場合:上表の2倍となる
     ・ストレスが非常に高い場合:上表の2~5倍となる

    事務ミスは注意力では防げない

    下表は、人間工学に基づいた注意力・集中力の度合いによるヒューマンエラーの発生確率のデータである。この数値をみると、注意力・集中力、すなわち人の意識状態によってエラー発生率は変動する中、それでもエラー発生防止には一定程度の限界があることがわかる。この考え方は、事務ミスにも当てはまるといえよう。

    意識状態による影響:意識レベルの5段階
    レベル 意識の状態 注意の作用 生理的状態 エラー発生率
    0 無意識・失神 ゼロ 睡眠 1
    1 意識ボケ 不注意 過労・眠気(*5) 0.1以上
    2 ノーマル・リラックス 心の内方へ 休息・定時作業時 0.01~0.00001
    3(*6) クリアー・明晰 前向き 積極活動時 0.0000001
    4 過緊張・興奮 1点に固執 感情パニック 0.1以上

    脚注
    (*5)注意力・集中力・パフォーマンスは6時間未満の睡眠を2週間継続すると48時間の徹夜と同じ意識状態になるとされている。
    (*6)レベルによってヒューマンエラーの発生率は異なる。レベル3を保てばヒューマンエラーの発生率を低く抑制できる。ただし、レベル3は短時間しか続かず、直ちにレベル1やレベル4に移行してしまう虞れがある。

    事務ミスは教育・研修では防げない

    事務ミスが発生した場合、改善策の一環として、教育・研修の徹底が取り上げられるケースがあるが、下図のように、必ずしも実効性があるとは言えず、注意力・集中力の発揮同様、教育・研修による対策においても、事務ミスの発生防止には一定程度の限界があることがわかる。

    最後の砦:事務ミス予防策 「チェック」態勢の落とし穴

    IT化が及んでいない事務領域における事務ミスの予防策としては、注意力・集中力や教育・研修の限界を踏まえると、残すは第三者による確認・点検・検証等、いわゆる「チェック」の態勢強化が挙げられよう。ここでいう「チェック」とは、金融機関において一般的に「再鑑」「再査」等といわれる牽制作業である。多くの金融機関においては、このチェック態勢の強化に取り組んでいるものの、事務ミスの発生のたびに更なるチェック態勢の強化を掲げ、屋上屋を重ねるなど、その実効性を検証せずに過剰統制ともいえる状況になっているケースが少なくない。かかる実態を踏まえ、学術的な観点からの効果的な「チェック」手法のあり方について解説する。

    下図は、「チェック」の回数(多重度)によって、どの程度ヒューマンエラーを識別できるのかを識別率として理論値と実際値に分けてグラフ化した実験データ(*7)である。このグラフによると、「チェック」というものは、理論値上は二重~三重~四重チェックというようにチェック回数(多重度)を増やせば増やすほどエラーの識別に効果的になっていくが、実際値では、チェック回数(多重度)の増加がむしろ逆効果になっていることがわかる。しかしながら、事務部門の実態としては、事務ミスが発生するたびに、その改善策の一環として「チェック」態勢の更なる強化を挙げ、二重チェックがダメなら三重チェック・・・・というケースが少なくないのである。実際に、2020年に発生した米銀の9億ドル(当時換算で約939億円)の誤送金事故は、「シックスアイズ」というトリプルチェック態勢(三重チェック態勢)下での人為的ミスが原因とされている。最後の砦ともいえる「チェック」手法は、どのパターンが最も効果的なのか参考にしていただきたい。

    脚注
    (*8)実験では、複数人が間仕切りのある机に一列に並び、封筒に印刷された宛名などを順に確認する作業を課した。封筒にはわざと印刷ミスのあるものを混ぜておく。確認作業は、封筒に印刷された郵便番号、住所、氏名の3項目を、あらかじめ配布されている住所録と照らし合わせて、正しいかどうかをチェックするもの。被験者は多重度(1人のチェック)から、多重度5(5人のチェック)までの5段階のグループに分かれ、各グループ20組で実験をしたものである。当然、これは1つの実験例であり、2重が一番良いと結論付けることはできない。重要なことは、状況によっては3重、4重にすることが逆効果になるという可能性もあるということに留意していただきたい。

    効果的な「チェック」手法

    以下、エラーの識別に効果が高い順に手法を紹介する。

    左から順にチェック効果が高いものである。独立したダブルチェックとクロスチェックが最も効果が高く、トリプルチェック以上は最も効果が低い。トリプルチェック以上の効果が低くなるのは、「社会的手抜き(*8)」の影響によるものである。
    【独立したダブルチェック=クロスチェック>独立していないダブルチェック>シングルチェック>トリプルチェック】

    (参考)
    チェック手法 定  義
    独立したダブルチェック 2人目の作業者が、1人目の作業者の作業結果など、事前知識を持つことなく確認を行うもの
    クロスチェック 異なる種類のエラー検出を別々に担当するもの
    独立していないダブルチェック 1回目の確認結果のチェック欄と2回目の確認結果のチェック欄が隣に並んでいる場合など
    シングルチェック 1人が1回しか確認を行わないもの
    トリプルチェック(以上) 2人目の作業者が1人目の作業者の作業結果を確認し、3人目の作業者が2人目の作業者の作業結果(2人目の作業者が1人目の作業者の作業結果を確認したこと)を確認するもの

    脚注
    (*8)個々に作業した場合よりも、集団で作業した場合に、努力をしなくなる傾向

    【参考文献】
    林喜男「人間信頼工学:人間エラーの防止技術」(海文堂出版)
    橋本邦衛「安全人間工学」(中央労働災害防止協会)
    中條武志「人間信頼性工学:エラー防止への工学的アプローチ」(中央大学理工学部)
    島倉大輔・田中健次「人間による防護の多重性の有効性」(日本品質管理学会)
    松村由美「ダブルチェックの有効性を再考する」(京都大学医学部附属病院医療安全管理部)
    「独立したダブルチェックのヒューマンエラー防止効果」(立教大学心理学研究 Vol.60 29-39)
    「独立したダブルチェックの手抜き抑制効果」(公益社団法人鉄道総合研究所 日心第82回大会)

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    藤田 直哉 氏
    寄稿
    株式会社Ballista
    執行役員ディレクター
    藤田 直哉 氏
    大手監査法人、監査法人系コンサルティング会社及び大手保険会社での勤務経験を有する。金融機関におけるガバナンス、リスクマネジメント、コンプライアンス、内部監査、内部統制、不正防止、金融監督検査行政に精通。特に内部監査については30年以上の経験を有する。
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