イランの正式名称、国土、人口、大統領
イランの正式名称は「イラン・イスラム共和国」であり、その名のとおり、イスラム教を国教とする国である。
面積は日本の約4.4倍、人口は約8000万人で、中東・北アフリカ地域においては、エジプトに次ぐ人口を有している。
現在、イランは中東における新たな市場としてのみならず、その勤勉な国民性から生産拠点としての可能性も秘めているとして注目されている。
イランビジネスを検討するに際しては、その国内の政治的動向にも留意する必要があるが、直近では、2017年5月19日に大統領選挙が実施され、穏健派のロウハニ氏が再選した。
同氏は、2013年から大統領の地位にあるが、日系企業を含めた外資企業によるイランビジネスという観点からすると、引き続き外国との対話、外国投資の促進政策を継続することが期待される。
日本貿易振興機構 (JETRO) による詳細なデータ
イランビジネスガイドブック
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対イラン米国経済制裁
2015年7月、イラン、国連常任理事国+ドイツの間で、イランが核開発の規模を一定程度以下に低減させた場合に、対イラン経済制裁の緩和がなされる旨が合意された(包括共同作業計画、”JCPOA”)。
そして、2016年1月にイランがJCPOAに従って核開発の規模を低減させたことが確認され(履行日の到来)、対イラン経済制裁が緩和された。
しかしながら、依然として、米国による、複雑かつ不明確な経済制裁が残存している状況であるため、イラン進出に際しては、米国の経済制裁内容を検討することは避けて通れない。
米国の経済制裁
米国の経済制裁の主たるものとして、米国の連邦法および大統領令によって構成される連邦レベルでの経済制裁が挙げられる。これに違反した場合に、罰金や資産凍結等の対象となる。
特に、SDNリスト(Specially Designated Nationals List)と呼ばれるブラックリストに掲載されてしまうと、基本的には米ドル取引が一切できなくなるため、海外展開をする企業にとっては致命傷になりかねない。
したがって、イランビジネスを検討する企業は、仮に米国内に拠点や資産を有していない場合にも、米国の経済制裁に留意する必要がある。
この他に州レベルでの経済制裁も存在するが、以下では連邦レベルでの経済制裁について触れる。
一次制裁
対イランの米国による経済制裁は、一次制裁と二次制裁に分類される。
一次制裁とは、米国籍を有する個人や、米国法に基づき設立された法人などが含まれる「US-Persons」に適用される制裁である。一次制裁に関して日系企業として留意すべき点として、以下2点が挙げられる。
- 取引主体はもちろん、取引担当者も「US-Persons」に該当しないことを確認すること
- 決済に関して米国金融機関の関与する取引内容となっていないことを確認すること
また、米国企業(US-Persons)の日本子会社の場合、日本子会社自体はUS-Personsには該当しないが、イラン関連取引を実施するに際しては、当局の許可が必要とされている点にも留意すべきである。
二次制裁
これに対し、二次制裁とは、「US-Persons」以外の「Non US-Persons」に対して適用される制裁である。二次制裁に関して留意すべき点として、以下2点が挙げられる。
- SDNリスト掲載者並びに革命防衛隊、指定代理人および関係者等を支援する活動、取引が禁止されること
- 米国から輸出された物品、技術、サービスなどのイラン向け、またはイラン政府向けの再輸出規制
①については、上述の者と知りながらまたは知りうべき状態であった場合に、二次制裁の対象となるため、イランビジネスをするに際しては、取引相手方について調査を実施する必要がある。
特に、ある法主体の株式/持分の50%以上をSDNリスト掲載者が保有している場合、当該法主体との取引も二次制裁の対象となるため、株主/持分権者に関する調査も必要となる場合がある。
②については、米国から輸出された物品等の再輸出に際して、イラン向けまたはイラン政府に向けられたものであると知りながらまたは知りうべき状態であった場合に、二次制裁の対象となるため、具体的な商流や物品の出所についての確認を実施すべきであると考えられる。
なお、米国から輸出された物品が、米国外で外国製品に変換された場合、または、米国外で外国製品に組み込まれた場合で米国から輸出された物品の価値が全体の価値の10%に満たない場合には、上記制裁の対象とはならない。
スナップバック
その他の留意点として、イラン、米国を含むJCPOA当事者の不履行が発覚した場合、一定の手続を経て、従前の制裁が復活することとされている(スナップバック)ことが挙げられる。
スナップバック発動の場合でも遡及効はなく、経済制裁緩和後の取引が直ちに制裁の対象となることはないが、180日の猶予期間の後には、イランビジネスより撤退することが求められ、さもなくば経済制裁の対象となりうる。
これをふまえ、イランビジネスに際しては、イラン側との契約においてスナップバック発動を不可抗力事由として規定することや、代金の支払サイトについて上記猶予期間をふまえた規定とすることが望ましいと考えられる。
イラン進出方法、外資規制
① 輸出取引
イランへの輸出取引に際しては、日本およびイランにおける輸出入規制に留意する必要がある。
Ⅰ.外国為替および外国貿易法(外為法)上の規制
まず、日本においては、外国為替および外国貿易法(外為法)上の規制に留意する必要がある。通常兵器やその技術、軍事用途にも転用し得る高度技術汎用品を輸出する場合には、輸出先に関わらず、経済産業大臣の輸出許可が必要である(リスト規制)。
また、リスト規制対象品ではないが、大量破壊兵器、普通兵器等の開発等に使用されるおそれのある物品についても、その物品の需要者や用途によっては、許可が必要となる。
輸出先がイランである場合には、少額特例が認められず、また、包括的な許可申請ではなく、個別の許可申請をすることが必要となる。
Ⅱ.輸出入法および消費者保護法への留意
次に、イランの法律としては、輸出入法および消費者保護法に留意する必要がある。
輸出入法によれば、海外からイラン国内への輸入は、当局に登録された輸入業者しか認められていないため、そのような輸入業者と取引をする必要がある。また、特定の物品については、輸出入許可を管轄当局より取得することが必要である。
消費者保護法によれば、イラン国内へ商品を輸出する場合、Letter of Commitment (LOC) を当局に提出する必要があるとされている。LOCには、商品の保証責任や、輸入業者の再指定義務等が定型的に記載されている。
また、米国から輸出された物品の再輸出に関する米国の経済制裁に留意すべきことについては上述のとおりである。
② 外資規制
石油ガスの採取等の特定の業種を除き、外資規制は存在しない。したがって、多くの分野において、外資が100%の株式/持分を保有することが可能である。
③ 拠点の設置
Ⅰ.駐在員事務所(Representative Office)
駐在員事務所とは、本社と代理人が代理契約を締結し、本社とは異なる代理人が対外的な責任を負う形態である。
代理人には、国籍や法人自然人を問わずに就任することができるが、実務的にはイラン人またはイラン法人がなるのが通常である。当該代理人の権限は、代理契約の内容如何による。
Ⅱ.支店(Branch)
支店とは、本社の支配下で、本社の業務を直接実施する拠点のことをいう。
なお、駐在員事務所、支店のいずれの場合にも、市場調査等のみを実施する場合には、イランにおける法人税が非課税とされる。イランにおける税務当局の活動は積極的であり、実態として営業活動等を行っていれば、代理契約や当局に提出する書類に記載する活動内容に関わらず、法人税の課税対象となる。
Ⅲ.子会社
外資企業の利用する現地子会社としては、LLC (Limited Liability Company) またはPJSC (Private Joint Stock Company) の形態が一般的である。いずれの場合にも原則として外資による100%保有が可能である。
主たる差異としては、LLCが2名以上の出資者が必要であるのに対し、PJSCは3名以上必要である点、LLCの出資持分の譲渡には資本金の4分の3以上の持分を有する出資者の事前承諾が必要であり、かつ、譲渡書類については公証を受ける必要があるのに対し、PJSCの場合にはかかる制限がない点が挙げられる。
Ⅳ.登録
駐在員事務所、支店、子会社いずれの場合にも、その登録をCRGO (Company Registration General Office) と呼ばれる当局にて行うことが求められる。
この点、CRGOのウェブサイトには登録に際して提出が必要な書類が記載されているが、実際には担当官によってその取り扱いが異なることがあり、ウェブサイトに記載のない書類の提出を求められることもあり、登録には相応の時間を要するのが実情のようである。
したがって、拠点の設立には余裕をもったスケジューリングが必要となろう。
イランビジネスと決済の問題
イランビジネスを検討するに際して代金決済が問題となることが多く、当該取引における利用通貨、決済方法、利用金融機関については事前に調整をしておくことが望ましい。
具合的には、米国の経済制裁の影響により、米ドル決済は実務上困難であるとされている。日系メガバンクはイランの主要な銀行とコルレス契約を締結しており、円決済には対応している。
ただし、日系メガバンクも米国の経済制裁対象となる取引についての決済はできないことから、その利用に際してはイラン取引に関する詳細な申告が必要である上、イラン側が円による決済に難色を示すケースも多いと言われている。
日系メガバンク以外の欧州の主要な銀行は、現状イランビジネスにおける決済の取扱いをしていない。このように、決済手段が非常に限定されるのが現状であるため、事前の調整が望ましいと言える。
まとめ
冒頭でも触れたように、イランは市場としてだけでなく生産拠点としての可能性も有している国であり、ビジネスチャンスは大いにあると思われる。
他方、米国の経済制裁を含め種々のハードルが存在することも否定できないので、イランビジネスを検討するに際しては、最低限本稿で触れた事柄については検討することが肝要であると考える。
▼筆者:赤崎雄作氏の関連著書
取締役会の法と実務
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弁護士法人中央総合法律事務所赤崎 雄作 氏
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