「ビッグデータ×RPAによる松井証券の取り組み」
- 特別講演
【講演者】
- 松井証券株式会社
IT推進部 部長
小室 理 氏
<当社の紹介>
当社は創業が大正7年と、100年以上の歴史を持つインターネット専門の証券会社だ。顧客数は約140万口座、社員数は180人程の規模となっている。元々は対面の証券会社であったが、90年代のデジタル化によりインターネット専業へとビジネスモデルを転換して以降、継続的にDXを推進している。当社のミッションは「お客様の豊かな人生をサポートする」で、お客様のニーズを満たすため株式・FX・先物等のサービスを展開している。
情報提供によるお客様の資産形成の支援のため、多様なコンテンツを提供している。最近特に注力しているのは、若年層の認知度向上のための動画サイトの解説やYouTubeコンテンツの提供だ。また当社はお客様のサポートを強みとしており、相談窓口等コールセンターによるサポートを充実させている。
<RPA導入の背景>
RPA導入の背景は主に2点あり、1つ目は提供するサービスが増加したことによる影響だ。昨今金融業界ではお客様のニーズが多様化しているため、取り扱うアセットが増加している。当社でも米国株等サービスの追加を積極的に実施してきた。サービスの増加に比例して管理するデータも増加し、ビッグデータに繋がる。社員が実施する業務が増大し、運営のための業務に追われるような状況が発生してしまう。
背景の2つ目は業務の増加に社員のリソースが追い付かないことだ。数年前は株式にサービスを絞っていたので余裕もあったが、現在はサービス増加で余裕が無い。運用管理業務に追われてクリエイティブな業務に時間を割くことが難しい状況だ。
<状況改善のための3つの取り組み>
1つ目はRPAの導入によりキャパシティの増加を目指すことで、RPAが発展していた2019年頃から検討していた。RPA導入により社員の余裕を生み出すことで、サービス企画/改善等のクリエイティブな業務に時間を割けるような状況にすることを目指した。
2つ目はデータ抽出業務を徹底的に自動化したことだ。業務の自動化を推進するにあたり、業務分析を実施した。一般的な業務の流れを4つの工程に分解し、ロボット化の適正を評価した。データ抽出は業務の起点となることが多く、後続を人が実施することでリスク低減が可能だ。またデータ抽出にも多大な時間を費やしており、RPAによる対応を優先する方針とした。
3つ目の取り組みは新たな取り組みにもRPAを活用したことだ。既存の業務自動化など「守り」の取り組みだけでなく、「攻め」として新たな取り組みにもRPAを活用する。単なる業務効率化だけでなく、サービス品質の向上にも寄与することを目指した。
<データ分析基盤の取り組みの背景/課題>
お客様へ品質の高いサービスを提供するには提供後の改善活動が重要だが、PDCAを回す際に評価のプロセスが十分に実施できていなかった。評価のプロセスはデータ収集、加工/計算、共有、分析だがそれぞれ課題があった。まずデータが分散しているため取得するだけで時間がかかっていた。次にデータ形式が整っていないことによりデータ分析の負担が重かった。さらに分析結果の共有がメールであることにより閲覧されておらず、十分な評価がされていなかった。
この課題を解決するため、統一されたデータ分析基盤を構築し、評価に関する課題を解決しサービス品質の向上に寄与することを目指した。データ分析基盤の理想像は、様々な場所からデータを取得してデータベースに投入できる環境であること、1つのデータベースにまとめて分析しやすい形式になっていること、分析した結果を共有できる仕組みにすることだ。
データ収集に課題があり、様々な場所に点在するデータを1つのDBに入れたいが、人力では非常に大変困難だった。そこでRPA活用により、低コストでデスクトップアプリやWEBアプリなどあらゆるデータの取得、整形、投入実行までできるようになった。またデータ共有に関してはチャットツールを活用した共有方法とし、TeamsでBIツールなどを連携することでインタラクティブなコミュニケーションを目指した。
<RPAの導入実績と推進の体制/プロセス>
まず導入実績について、2019年12月から約2年半で年間約9,500時間の削減を実現した。1人あたりの年間稼働時間が2,000時間ほどのため、およそ年間5人分の工数を削減できたことになる計算だ。現在は月間4~5本の業務自動化(ロボット開発)を継続して行っている。当社ではロボットについて「自動」と「手動」に分類しているが、稼働状況は90%以上を自動ロボットが占める。
自動ロボットはIT推進部が中央集約型によって開発と運用を実施している。現在の運用体制は5名で、全体を取りまとめるリーダーが1名、業務要件の整理担当と開発/テスト担当が2名ずつだ。当社は全社でロボット普及推進をするために社内でプロジェクトチームを発足させている。各部署からメンバーを出してもらい、ロボット推進を手伝ってもらう。
RPAの推進プロセスは「業務選定」「要件定義/設計」「開発」「テスト」「運用」で、専用のドキュメントを定義していて運営している。一般的なシステム開発よりも粒度を粗くしており、スピード感と品質のバランスを取っている。対応期間は、要件定義から運用までおおよそ1.5カ月だ。
<運用後に発生した課題と対処>
課題の1点目は、思ったより失敗が多いことだ。ロボットが失敗する主な要因は実行する環境がサーバーなど安定した環境ではないことであり、処理を行う端末の状況や利用するアプリケーションにより不安定な状況が発生することで失敗する。重要な対処方法は、ロボットは失敗することが多いという前提で、役割分担と責任分界点を明確にすることだ。
課題の2点目は、運用を開始したら想定より負担が軽減しなかったことだ。開発を行ったものの、実際は月に1回など実行回数が少ないケースもあった。事前に業務の内容だけでなく実行頻度を確認し、自動化する目的を定めることが必要だ。
課題の3点目は業務担当部署での開発が進まないことだ。業務担当部署でも開発できるようルールを整備しているものの「開発する時間がない」「開発の仕方が分からない」等の要因で普及が進まないため、普及を推進するにはそれなりの支援が必要だ。当社では集合型の研修を実施しており、研修を機に興味やモチベーションを持ってもらえることが多い。ヘルプデスク、開発規約の整備、ナレッジの蓄積等を行い、レベルの向上+モチベーションの向上にもつなげる
<継続して推進するためのポイント>
RPAで統制を取るために参考になるのはFISCが作成した「RPA導入にあたっての解説書」で、金融機関でRPAを導入/運用するうえでの注意点等がまとめられている。ポイントの1つ目はRPAを推進する組織/体制を整備することで、誰が開発し、誰が利用し、誰が業務の責任を持つか等を明確にすることだ。
ポイントの2つ目はドキュメントの整備で、継続して運用するために必要だ。RPAの位置づけによってどこまで整備するかを決定する。かっちりしたシステムとみなすのであれば相応の整備が必要となり、VBA等のツールと同じと捉えるなら必要最低限に留めるのも考えられる。
ポイントの3つ目は業務の重要度の評価で、継続して推進するための重要な要素だ。ロボット開発では自動化によるリスクを適切に把握する必要がある。処理内容や取り扱う情報、影響を及ぼす対象範囲などを観点として評価することになる。
<おわりに>
RPAの導入により既存業務の効率化だけでなく新たな取り組みにも活用可能だ。RPAを安定して継続運用していくためには体制や責任の明確化等、業務担当部署とのコミュニケーションが重要となる。