- SMBC日興証券のDX・デジタル人材戦略について
SMBC日興証券株式会社 佐々木 有香 氏 - AIで差をつける
~目的特化型AIソリューションの重要性と証券業界における事例~
伊藤忠テクノソリューションズ株式会社 福永 圭佑 氏 / 中村 薫平 氏 - 株式会社SBI証券におけるデータ活用の取組み
株式会社SBI証券 喜志 武弘 氏
SMBC日興証券のDX・デジタル人材戦略について
- 基調講演
【講演者】
- SMBC日興証券株式会社
デジタル戦略部 部長
佐々木 有香 氏
<SMBC日興証券におけるDXの定義>
SMBC日興証券は、既存の業務プロセスのやり方をベースとしたデジタライゼーションにとどまってはいけないという思いから、2021年にDXの定義を改めて明確化。現在は「お客さまの発想で、デジタルテクノロジーとデータを活用し、ビジネスモデル変革に挑み、文化、風土の変革を実現し、新たな企業価値を創出すること」と定義づけている。まだ課題は多く、変革に挑む余力は創出しづらい現状はあるが、目線としては変革に挑んでこそのDXだと考えている。
<DXを促進するために、DXを支える人材育成に注力>
変革に挑むためには、DXを担える人材が必要だ。それを強く感じるからこそ、デジタル戦略部が中心となって、DXを担う人材の育成に注力している。
初級から上級までの幅広いコンテンツを含んだデジタル人材育成プログラムを開発し、デザインシンキングやRPAなどのデジタルスキルに関する基礎知識を習得する他、各部門から受け付けた相談の解決策を考えるという流れも研修に組み込んでいる。実施されているトレーニングは実務に即したものなので、そこから創出されたアイデアそのものがDXの種として活かせる仕組みだ。
デジタル人材育成プログラムの特徴的な取り組みの一つとして、副部長や課長層などの中間管理職はデザインシンキング研修の受講を必須化。上長が率先してデジタル人材への理解を深めることで、お客さま視点でのニーズ探索、DX案件の創出を図りやすくするためだ。
また、SMBC日興証券では、部門や案件など使う用途を特定しない「DX特別枠」という、自由度の高い予算枠を保有。必要に応じてどの部門、どの案件でも予算の申請が可能なので、新たな企業価値を創出するための変革に挑みやすくなっている。
<デジタル人材とデジタルスキルを有する人材>
SMBC日興証券で育成しようとしている「デジタル人材」は、厳密には2種類に分かれる。ビジネス部門で特に必要としているのは狭義の「デジタル人材」で、プロジェクトマネージャー、ビジネスシステムアナリスト、アプリケーションSE、データサイエンティストのいずれかの職種について案件を担える人材を指す。これに対して、プログラミングスキルがあるなど、部門内の業務効率化や高度化にデジタルの面から寄与できる人材は「デジタルスキルを有する人材」と定義づけられている。
デジタル人材育成プログラムは、そのどちらのデジタル人材も育成できる総合的なプログラムとして構成されているため、研修内容は多岐に渡り、デジタルリテラシーの向上から、DX推進のコアとなる人材育成、デジタルスキルの習得まで、どの方向へでも進めるようになっている。
<デジタル人材育成の取り組みにおける3つのポイント>
この育成プログラムで重視しているポイントは「コンテンツのこだわり」「座学で終わりにしない伴走支援」「KPIは受講者数よりも活用率」の3つだ。それぞれ詳しく見る。
「コンテンツに含まれるこだわり」の一つが、経験から得た学びの共有だ。育成プログラムのコンテンツは、デジタル戦略部の社員が案件を通じて得た失敗や成功の経験が元になっている。その経験を学びと捉え、社内で広く共有していくために、マテリアルコンテンツの中に反映している。さらに、研修の講師は社内の専門人材から選任。内製化することで、社内事情を鑑みた実践的な講義が実現している。SMBC日興証券が求めている「デジタル人材」の守備範囲は幅広いので、総合的に基礎力を強化できるように充実したコンテンツが用意されているのだ。
研修は初級編から始まり、まずは座学で知識やスキルを身に付けるところから始まるが、そこで終わってしまっては実務に応用するには及ばない。伴走支援という名の元に、デジタル戦略部のデータサイエンティストが一気通貫してサポートしながら実践演習を続けることで、実務の中でも活かせるように経験値を上げている。
目標を達成するためのKPIは、受講者数よりも活用率を重視。当初は、研修受講生の数や研修満足度、認定者数などの増減をKPI指標として見ており、研修で得たスキルは今後活用できそうだと見なされていたが、いざ現場に戻ってみると思ったよりも活用機会がない。いくら満足度が高い研修を提供していても活用率が低くては意味がないと認識を改め、今は活用率を重視したKPIを追っている。
さらに、2023年度からは各部の上長とコミュニケーションをとりながら誰を育てていくのか、どのような業務で生かしていくのかを打診。研修受講によるボトムアップだけではなく、誰をどの業務で生かすのかというトップダウンの目線にも入り込んでデジタル人材育成を進めている。
<自社向けのツール開発を通じたDX推進>
SMBC日興証券が独自に開発した「Nikko Bravi!」は、他の社員に対して称賛を送るツールだ。自分の行動に称賛が送られれば励みになり、モチベーションがあがる。その行動を周囲に伝播することで、称賛される行動とはどのようなものかを理解し、自分も模範となる行動を意識するようになる。やがて、社員同士の協働・助け合い、自己啓発、社会貢献等々、経営が期待する行動が自然と行われるような社内カルチャーが醸成されていくだろうことが狙いだ。
「Nikko Bravi!」開発という挑戦の中にも、SMBC日興証券のDX推進におけるポイントが実践的なデジタル人材育成の事例になったといえる。そこには3つのポイントが含まれている。
まずはメンバーとの共創だ。デザインシンキングのアプローチを用いて、アイデアの種を検討し、湧き上がったアイデアを整理・マッピングしながらツールとしての使いやすさを追求。どのような機能を取り込んでいくのが望ましいか、多くの社員の意見を聞き、ブラッシュアップするという流れでUX/UIにこだわりを持たせた。
中間管理職以上にはデザインシンキングの研修を必須化していたことで、課題を含むペインポイントを洗い出し、あると望ましいことを盛り込むなど、自然とユーザー起点で認識を合わせながら開発が進められた。
業務上必須のツールではないからこそ、使われなくなるリスクを鑑みて、楽しんで使ってもらえるゲーム的な要素も追加し、定期的なアンケートやヒアリング経て、リリース後も進化をさせ続けている。
<生成AIの活用によるDX推進>
生成AIへの取り組みを開始し、経営層向けの勉強会や生成AI活用のワークショップなどの実施を経て、Teams版のNIKKO-AIをリリース。環境構築やルール整備のガバナンス設定、人材育成に関しては、デジタル戦略部だけでなくシステム企画部やシステムセキュリティ統括部などのシステム部門も下支えして、活用の土台を整備している。
NIKKO-AIはTeamsに埋め込むことで、対話形式で生成AIと社員がやり取りできる仕組みになっている。各部門主体でアイデアやイメージを膨らませながら、全社で計3200のユースケース案をボトムアップで創出した。これらをデジタル戦略部の方で類型化。将来的には社内データベースやシステムと連携してLangChainと呼ばれるオープンソースフレームワークへと進化できるように試行しながら、PoC(概念実証)を並行して進めている。
PoCを進めている一例は、各ビジネス部署で受ける問い合わせに関する回答作成を生成AIで行うことだ。現在は9つの部署からマニュアルや参照データをデジタル戦略部が保有している基盤にセットし、生成AIが適切に答えられるかのテストを重ねている。
ただ新技術ゆえにまだ手探りで進めている点も多く、現時点では、テスト用の初期モデルへの評価や期待感も部署によって異なるのが実情だ。今後少しずつモデルをブラッシュアップし、各部署の特徴や生成アウトプットの状況をナレッジとして蓄積していくことで、今後新たにPoCへ参加する部署への横展開を図っている。
<今後の課題>
生成AIの活用には、まだ多くの課題を感じている。まず、さまざまな案件を並行して進めるだけにアジャイルな即応性さが求められる一方で、人材を確保し、チューニングを繰り返しながら粘り強く育てていくことが必要だ。「アジャイルに粘り強く」という両側面のバランスを見計らいながら進めていくことが必要だ。
そして、プロンプトエンジニアやデータを管理する人材も必要になる。新たなデジタル人材を育てるためのコンテンツを機動的かつ柔軟に拡充していくことも重要だと感じている。元々は人手でやっていた業務を生成AIへと転換し、人間と生成AIとの協働を当たり前にしていくには、「使うことを前提としたワークスタイル・マインド変革」が欠かせない。完璧な精度を求めて評価を下して利用をためらうよりも、利用価値を認めて積極的に使っていくマインドになるのは、全社レベルでの課題になるだろう。
SMBC日興証券では、デジタルに精通した人材を育成しながら、案件を担うという具合に、二つの仕組みを巧妙にリンクさせながら進めている。テクノロジーの進化が早いデジタル領域では、デジタル人材戦略を実行するにも変化に応じたスピーディーな対応が求められる。ビジネスを熟知した社員がデジタル人材となり、ナレッジを効率的に組織に伝播させていくことで、DXの加速・進化の実現を目指していく。