近時の外為法関連規制の動向と経済制裁措置への対応ポイント

近時の外為法関連規制の動向と経済制裁措置への対応ポイント

印刷用ページ

経済制裁措置への金融機関等における対応については、2019年に実施されたFATF(Financial Action Task Force)(*1)による第4次対日相互審査の結果等を踏まえ、近時において外国為替及び外国貿易法(以下「外為法」という。)や関連省令・告示・ガイドラインが相次いで改正され、2024年3月には拡散金融リスク評価書が公表された。本稿では、これらの改正等を概観した上で、銀行を始めとする預金取扱金融機関や資金移動業者、ステーブルコイン取引業者、暗号資産交換業者などに今後求められる経済制裁措置への対応のポイントについて述べる。

  1. FATF勧告対応法による外為法改正とリスクベース・アプローチの明確化
  2. 新たなガイドラインの公表
    (1)ガイドラインの位置づけ
    (2)リスクの特定・評価等
    (3)リスク低減措置
  3. 拡散金融リスク評価書
  4. 危険度の高い取引類型と対応のポイント

脚注
(*1) FATF(Financial Action Task Force)

FATF勧告対応法による外為法改正とリスクベース・アプローチの明確化

FATF第4次対日相互審査において資産凍結措置の強化や暗号資産への対応強化等が指摘されていたところ、かかる指摘などを踏まえて2022年12月に成立したFATF勧告対応法(国際的な不正資金等の移動等に対処するための国際連合安全保障理事会決議第千二百六十七号等を踏まえ我が国が実施する国際テロリストの財産の凍結等に関する特別措置法等の一部を改正する法律)による外為法改正は、一定の金融機関等に、経済制裁措置に係るリスクベースでの対応や態勢整備を外為法上の明示的な義務として求めるものであった。
すなわち、当該改正により新設された外為法55条の9の2第1項は、銀行を始めとする預金取扱金融機関、資金移動業者、暗号資産交換業者及びステーブルコイン取引業者など(以下「外国為替取引等取扱業者」という。)が外国為替取引等(暗号資産やステーブルコインの移転を含む。以下同じ。)を行うにあたり遵守すべき基準(以下「外国為替取引等取扱業者遵守基準」という。)として、概要、以下の事項を規定している(外国為替取引等取扱業者遵守基準を定める省令1条各号)。これらの改正は2024年4月1日に施行される。

  • 経済制裁措置に違反する若しくは違反するおそれのある又は規制に該当することを免れるために偽装された取引等を行うリスク(以下「制裁違反リスク」という。)を特定及び評価し、「外国為替取引等取扱業者作成書面等」を作成すること等
  • 外国為替取引等取扱業者作成書面等の内容を勘案したリスク低減のための対応方法を記載した手順書を作成し、当該手順書に従って外国為替取引等を行うこと
  • 研修の実施
  • 適切な記録の保存
  • 統括責任者を選任し、当該統括責任者が対応方法や手順書の承認等を行い、講じた措置について役員会に報告等すること
  • 独立した監査部門による監査・助言等

上記のほか、支払告示及び資本取引告示の改正や「令和5年6月1日施行の支払告示・資本取引告示のFAQ」(以下「支払告示・資本取引告示FAQ」という。)の公表等の各種対応がなされている。なお、FATF勧告対応法及びこれに先立つ2022年4月成立の外為法改正により、資産凍結措置に係る確認義務等を負う事業者の範囲が暗号資産交換業者及びステーブルコイン取引業者(電子決済手段等取引業者や電子決済等取扱業者等)にも拡大された。

新たなガイドラインの公表

(1)ガイドラインの位置づけ

財務省は、2023年11月に、「外国為替取引等取扱業者のための外為法令等の遵守に関するガイドライン」(以下「新ガイドライン」という。)を公表した。新ガイドラインも2024年4月1日から適用される。
新ガイドラインは、上記のとおり、外国為替取引等取扱業者遵守基準により経済制裁措置に係るリスクベースでの対応等が明示的に求められることとなったのを受けて、従来の外国為替検査ガイドラインについて、外為法令等の遵守に関する考え方や解釈を示すとともに、外為検査を行う検査官の検査指針を示すものとして再整理したものである(新ガイドライン1頁)。新ガイドラインで示された遵守すべき事項を実施するための具体的な方法については、別途「外国為替取引等取扱業者のための外為法令等の遵守に関するガイドラインQ&A」(以下「新ガイドラインQ&A」という。)も公表された。
新ガイドラインは、上記の外為法改正や外国為替取引等取扱業者遵守基準を踏まえ、リスクベース・アプローチによる対応として、制裁違反リスクの評価、リスクの低減方針の作成、リスク低減措置の策定・見直し・強化及び手順書の作成・見直しなどについて、その考え方や解釈を示している。
ただし、新ガイドラインの適用対象である外国為替取引等取扱業者の多くは、新ガイドラインと同様にリスクベース・アプローチを基本原則とする金融庁「マネー・ローンダリング及びテロ資金供与対策に関するガイドライン」(以下「マネロン・テロ資金供与対策ガイドライン」という。)の適用対象(同6頁)でもあり、同ガイドラインは制裁違反リスクについての態勢整備も金融機関等に求めてきた。したがって、外国為替取引等取扱業者が新ガイドラインに基づく対応を検討する際は、従来進めてきた態勢整備に不足があるかどうか、あるとすればどのような追加的対応が必要かといった観点から検討を行うことが考えられる。

(2)リスクの特定・評価等

新ガイドラインに基づき外国為替取引等取扱業者が制裁違反リスクの特定・評価(同II-3)を実施する際にも、犯罪による収益の移転防止に関する法律(以下「犯収法」という。)やマネロン・テロ資金供与対策ガイドラインに基づき実施済みのリスクの特定・評価(同ガイドラインII-2(1)及び(2))の結果を内容とするリスク評価書(特定事業者作成書面等)を見直して、制裁違反リスクを適切に踏まえているかどうか、またどのような追加的な対応をおこなうかどうか等を検討することが考えられる。
新ガイドラインや外国為替取引等取扱業者遵守基準に基づくリスク評価の結果は「外国為替取引等取扱業者作成書面等」に記載する必要があるものの(外国為替取引等取扱業者遵守基準を定める省令1条1号)、新たな書面を作成することを求める趣旨ではなく、例えば、犯収法に基づき作成していたリスク評価書(「特定事業者作成書面等」)に制裁違反リスクに関する内容が適切に含まれていればそれで足りる(2023年6月9日付け「「外国為替令等の一部を改正する政令案」等に対する意見募集の結果について」No.33及びNo.34)。
同様に、新ガイドラインが求める内部管理態勢の整備等(同II-1及びII-2)についても、マネロン・テロ資金供与対策ガイドラインに基づいて既に整備していた社内規程やマニュアル等に制裁違反リスクに関する内容が含まれているかを確認し、不足があればその部分について内容の追加を検討することになるものと考えられる。

(3)リスク低減措置

外国為替取引等取扱業者は、顧客の支払等が外為法令に基づく規制対象のものではないかどうかを確認した後でなければ為替取引等を行ってはならない(外為法17条。いわゆる確認義務)。当該確認義務の履行は制裁違反リスクの低減措置の一つであるところ、新ガイドラインにおいては資産凍結等の措置との関係で以下の対応が求められる。

  • 制裁対象者のフィルタリング:為替取引等の実行前に送金人・受取人・相手方金融機関等の情報についてフィルタリング(特定の者の氏名・名称等の情報を制裁対象者の氏名・名称・別称等の情報と照合し、一致又は類似するものを検知すること)を実施する。暗号資産やステーブルコインについてはその移転前に、ブロックチェーン分析ツールにより、移転先がブラックリストアドレスに該当するかを確認する。
  • 制裁対象者リストの整備:制裁対象者に変更があった場合に、直ちに制裁対象者リストを更新する。財務省から配信される電子メール等の情報によりこうした対応の準備を開始する。
  • 制裁対象者リストの追加的登録等:特定の者等に関する一部取引に係る支払等の規制が課されている場合に制裁対象者リストへ登録する。告示により個別に指定されていないが資産凍結等の措置の対象とされている者等については、例えば、顧客からの申告などにより確認する。
  • 外部からリストの提供を受ける場合におけるリストの正確性の確保:外部事業者から提供される制裁対象者リストについてはその更新の都度あるいは契約及びリスクに応じた頻度で検証して正確性を確保する。
  • フィルタリングシステムの設定・管理:システムの設定の調整や適切性を検証する。システムによらない場合でも、制裁対象者の情報と完全一致するもののみならず、名義を単語毎に検索する等の対応をする。

新ガイドラインは、上記の資産凍結等の措置に関する事項のほか、特定国(地域)、特定の目的又は特定の取引等に係る支払等の規制に関する確認義務について求められる対応も規定している(新ガイドラインII-4-(2))。これらの規定は、マネロン・テロ資金供与対策ガイドラインにおける取引フィルタリングと比較しても詳細なものであることから、外国為替取引等取扱業者においては、従来のフィルタリングの規定(II-2-(3)(ii)④及び(iii)②等)に係る対応が新ガイドラインの規定に対応するものであるか改めて見直す必要がある。

拡散金融リスク評価書

外国為替取引等取扱業者が制裁違反リスクの評価を実施するに際しては、その業務の内容、顧客の属性及び犯罪収益移転危険度調査書その他の情報を総合的に勘案することが求められる(外国為替取引等取扱業者遵守基準を定める省令1条1号)。
この点に関連し、2024年3月には、日本における拡散金融リスクを特定・分析等した「拡散金融リスク評価書」が公表された。「マネロン・テロ資金供与・拡散金融対策政策会議」が2022年5月に公表した「マネロン・テロ資金供与・拡散金融対策の推進に関する基本方針」において、「マネロン等に係るリスク評価と並行して、新たに拡散金融のリスク評価を実施し、資産凍結措置の実効性向上を図る」とされていたことから、拡散金融リスク評価書はこれを具体化したものと考えられる。
拡散金融リスク評価書は、外国為替等取扱業者が制裁違反リスクの評価を実施するに際して勘案することが求められる「その他の情報」(外国為替等取引等取扱業者遵守基準を定める省令1条1号)に含まれることから、外国為替取引等取扱業者においては、制裁違反リスクの特定・評価において、拡散金融リスク評価書の内容を十分に検討することが必要である(拡散金融リスク評価書6頁脚注6)。なお、制裁違反リスクは、外為法に基づく金融制裁を中心とした経済制裁措置全般に係るリスクを指し、①対北朝鮮制裁及び対イラン制裁のほか、②テロリスト等に対する資産凍結等の措置、③対ロシア制裁など、他の制裁措置もその対象となるが、拡散金融リスク評価書は、上記のうち①の拡散金融に係るものとして、北朝鮮及びイランについて言及している(「「拡散金融リスク評価書」(案)への意見募集に対して寄せられた御意見及び御意見に対する考え方・回答」(以下「拡散金融リスク評価書パブコメ」という。)No.3)。したがって、制裁違反リスクの特定・評価に際しては、拡散金融リスク評価書以外の情報(新ガイドラインQ&A問4参照)も勘案すべき点に留意が必要である。

危険度の高い取引類型と対応のポイント

拡散金融リスク評価書は、拡散金融の文脈において、以下の取引を特に注意を要する危険度の高い取引であると評価している(同35頁以下)。

  • 暗号資産取引
  • 非対面取引
  • 海外送金
  • デュアルユース品に係る輸出取引
  • 大量破壊兵器等の開発に資するような技術移転に係る取引

また、サイバー攻撃を上記取引の危険度を高める要因と評価している。

外国為替取引等取扱業者においては、これまで実施していたリスク評価において上記の危険度の高い取引の類型等を適切に評価しているか見直す必要があるものと考えられる。加えて、これらの取引類型に関連し、顧客の実態や商流、資金の流れ等を確認して顧客リスク評価を見直すことや、取引の制限・謝絶等に必要な手続の有無や要否を確認するなどといった取組みが有用である(拡散金融リスク評価書35頁及び36頁参照)。
また、外国為替取引等取扱業者が確認義務を果たすためには、実質的に為替取引等の便益を受ける者(いわゆる「真の送金人」や「真の受取人」など)を特定することが重要であるが、顧客に対する質問や資料徴求によっても背後者の特定は一般に困難であることが多いとされている(拡散金融リスク評価書37頁)。外国為替取引等取扱業者の態勢整備の第一ステップとしては、制裁違反リスクの高い海外送金について、重点的に「真の送金人」や「真の受取人」の正確な把握等を行うことが考えられる(拡散金融リスク評価書38頁)。「真の送金人」や「真の受取人」を特定する方法等については、新ガイドライン第Ⅱ章4-(5)-②(慎重な確認の実施)や、新ガイドラインQ&Aの問15及び支払告示・資本取引告示FAQの問6が参考になる(拡散金融リスク評価書パブコメNo.18)。

著者写真
寄稿
牛島総合法律事務所
パートナー弁護士
大澤 貴史 氏
2011年12月弁護士登録、2017年5月米国カリフォルニア州立大学ロサンゼルス校修了(LL.M.)、2017年から2019年まで金融庁(マネロン・テロ資金供与対策企画室、法令遵守等モニタリングチーム等)での勤務を経て、2020年1月より牛島総合法律事務所にて実務再開。AML/CFTや経済制裁対応を始めとした各種コンプライアンス、M&A、支配権争奪、不祥事対応等を取り扱う。The Legal 500 Asia Pacific 2024のCorporate and M&A部門(independent local firms)において紹介(2024年1月)
この記事へのご意見をお聞かせください
この記事はいかがでしたか?
上記の理由やご要望、お気づきの点がありましたら、ご記入ください。