経済安全保障推進法とは?4つの柱と金融を含む基幹インフラ14業種の対応事項を解説


世界情勢が不安定化、社会経済構造が変化している近年、経済的な観点から国家安全保障上の課題に対応し、国家間の平和と安定、国益を確保することを目的とした法律が成立しました。それが「経済安全保障推進法」です。本稿では、2022年5月に成立し、同年8月から一部が施行開始されている「経済安全保障推進法」をわかりやすく解説します。

  1. 経済安全保障推進法とは?
    (1)成立に至った背景
  2. 経済安全保障推進法の「4つの柱」
    (1)サプライチェーンの強靭化
    (2)基幹インフラの安全性・信頼性の確保
      ・インフラ事業者に求められる対応
    (3)重要最先端技術の開発支援
    (4)特許の非公開化
  3. 経済安全保障を巡る世界の動き
    (1)アメリカ
    (2)中国
    (3)EU
  4. 施行までのスケジュール
  5. まとめ
目次

経済安全保障推進法とは?

経済安全保障推進法とは、「日本の経済安全保障の包括的な強化」を目的とし、2022年5月に成立した法律です。公布から2年以内に段階的に施行される予定となっており、同年8月から一部が施行されています。
そもそも経済安全保障とは、経済的な観点から国家安全保障上の課題に対応し、国家間の平和と安定、国益を確保する動きのことです。経済安全保障推進法では、これらを達成するために「サプライチェーン(供給網)の強化」「官民重要技術の支援」「基幹インフラの安全性確保」「特許出願の非公開化」の4つの柱を掲げているのが特徴です。

(1)成立に至った背景

経済安全保障推進法が成立した背景には、世界情勢が不安定化、社会経済構造が変化している中で、世界各国で「経済安全保障」という概念が注目されていることが挙げられます。
また、現在のサプライチェーンは世界中に広がっているため、世界中のどこの場所でも非常事態が起きてしまうと、ひとたびモノが手に入らないリスクを抱えているのが現状です。たとえば近年では、新型コロナウイルス感染症拡大によるマスク不足、半導体不足による自動車生産の停止、ロシアのウクライナ侵攻によるガス供給の停止などが挙げられます。
これらは世界のサプライチェーンがつながっているため、起きた危機であると言えます。こうした背景から、平和と安全、経済的な繁栄等の国益を経済上の措置を通じて確保することを目的に経済安全保障推進法は成立しました。

経済安全保障推進法の「4つの柱」

(1)サプライチェーンの強靭化

前章で解説したサプライチェーンに関するリスクに対応し、国民が安定した社会生活を行うために「サプライチェーンの強靱化」が掲げられています。強靭化とは「強くしなやかな」という意味で、国家観では災害や事故などによって致命的な被害を負わない強さと、速やかに復旧できるしなやかさと表現されています。
サプライチェーンも同様にリスクに対応できる強さや速やかに復旧できる強さが必要です。

サプライチェーンの強靱化では、政府が国民生活を滞らせないように、国民生活に必要不可欠な物資を指定することから始まります。指定された物資は「特定重要物資」とされ、対象の物資の安定供給を行う民間事業者に対して、支援措置を実施します。
支援措置を受けるためは、事業者が「特定重要物資等の安定供給確保のための取組に関する計画」を策定し、物資所管大臣からの認定を受ける必要があります。認定後、取組の実施に必要な金融支援などを受けることが可能です。

支援措置を受ける選定基準は、「特定重要物資の安定的な供給の確保に関する基本指針」によって、以下の4点が基本的な考え方として定義されています。

  1. 国民の生存に必要不可欠な又は広く国民生活若しくは経済活動が依拠している重要な物資であること(重要性)
  2. 外部に過度に依存し、又は依存するおそれがあること(外部依存性)
  3. 外部から行われる行為により国家及び国民の安全を損なう事態を未然に防止する必要があること(外部から行われる行為による供給途絶等の蓋然性)
  4. 安定供給確保を図ることが特に必要と認められること(本制度により安定供給確保のための措置を講ずる必要性)

本章で挙げている「特定重要物資」については、「経済安全保障推進法概要」にて、以下のように定義されています。

国⺠の⽣存に必要不可⽋⼜は広く国⺠⽣活・経済活動が依拠している重要な物資で、当該物資⼜はその原材料等を外部に過度に依存し、⼜は依存するおそれがある場合において、外部の⾏為により国家及び国⺠の安全を損なう事態を未然に防⽌するため、安定供給の確保を図ることが特に必要と認められる物資。
参照:経済安全保障推進法概要

現在定められている特定重要物資と所管省庁は以下の表の通りです。

所管省庁 特定重要物資
厚生労働省 抗菌性物質製剤
農林水産省 肥料
経済産業省 永久磁石
工作機械・産業用ロボット
航空機部品
半導体
蓄電池
クラウドプログラム
可燃性天然ガス
重要鉱物
国土交通省 船舶の部品

(2)基幹インフラの安全性・信頼性の確保

電気・ガス・水道・金融・鉄道等の「基幹インフラ」に対して、安全性・信頼性を確保し、国民に対して安定的な提供確保を目指すものです。基幹インフラとは、社会生活の維持のために必要不可欠なものです。

基幹インフラの安定的な供給の確保は安全保障上重要であり、提供している重要設備は、役務の安定的な提供を妨害する手段として使用されるおそれがあるとされています。こうした妨害行為を防止するため、事前に該当の所管省庁によって、基幹インフラに関する重要設備の導入・維持管理等の委託などを審査されます。
現在、対象とされるインフラと審査対象は以下の通りです。

<対象インフラ14分野>
電気 ガス 石油      水道 鉄道
貨物自動車運送  外航貨物    航空 空港 電気通信   
放送 郵便 金融 クレジットカード
<審査対象>※経済安全保障推進法概要から引用
審査対象 事前届出・審査 勧告・命令
  • 対象事業:法律で対象事業の外縁(例:電気事業)を⽰した上で、政令で絞り込み
  • 対象事業者:対象事業を⾏う者のうち、主務省令で定める基準に該当する者を指定
  • 重要設備の導入・維持管理等の委託に関する計画書の事前提出
  • 事前審査期間:原則30日(場合により、短縮・延長が可能)
  • 審査結果に基づき、妨害行為を防止するため必要な措置(重要設備の導入・維持管理等の内容の変更・中止等)を勧告・命令

インフラ事業者に求められる対応

インフラ事業者は、本制度に対応するために以下の3点が必要であると考えられます。

  1. 自社のサプライチェーンの洗い出し
  2. 代替調達先確保の検討
  3. 維持管理業務のリスク管理

まずは「自社のサプライチェーンの洗い出し」です。自社製品やサービスのサプライチェーンを正確に把握し、調達経路や運営体制について適切に対応することが求められます。また、審査結果によっては体制の変更も求められるため、指定基準の確認や社内管理体制の整備も必要です。

「代替調達先確保の検討」では、サプライチェーンが海外の一定の国や企業に依存している場合、サプライチェーンが脆弱であると判断され、設備導入が認可されないケースも考えられます。そのため代替調達先の検討・確保が必要です。

特定重要設備の維持管理等を委託している場合は、原則的に再委託先もすべて導入等計画書の届出が必要になります。「維持管理業務のリスク管理」では、基本指針に対応するための委託先との契約条項や情報管理方法を適切に見直すことが大切です。場合によっては、委託から内製化に舵を切ることが必要なケースもあるでしょう。

基幹インフラ市場では全体を通して、外国製品の活用は審査に通らないリスクも高くなる可能性もあるため、今後は国産製品への回帰が進むことも考えられます。

(3)重要最先端技術の開発支援

宇宙・海洋・量⼦・AI等の分野は、政府インフラ、テロ・サイバー攻撃対策など、国家の安全保障の観点から重要技術分野とされています。重要技術分野に関しては、日本が中長期的に国際社会で存在感を発揮し続けるために、研究開発の促進や適切な活用が必要と定義されています。
政府は先端的な重要技術に対して、特定重要技術研究開発基本指針を策定し、研究開発に必要な情報提供および資⾦⽀援等を実施する予定です。

また、研究開発大臣は基本指針に基づいて、個別のプロジェクトごとに研究代表者の同意を得て官民パートナーシップ(協議会)の設置を行います。協議会では、研究開発の推進のニーズの共有や開発したモノが社会において、スムーズに運用されるための制度面での協力など、政府が積極的な伴走支援を行うのが特徴です。

(4)特許の非公開化

公にすることによって、国家および国⺠の安全が損なわれる事態が⽣ずるおそれの⼤きい発明が記載されている特許出願については、非公開化することで機微な技術公開や情報流出を防止することが目的です。
特許庁によって技術分野が選定され、内閣府に対して特許出願を提出します。その後、その発明情報は保全することが適当と認められるかの審査を行い、保全指定を行います。

以下の表は、特許技術分野で対象となった25分野になります。
<我が国の安全保障の在り方に多大な影響を与え得る先端技術が含まれ得る分野>
※10~19は「付加要件対象分野」。付加要件対象分野とは、保全指定をした場合に産業の発達に及ぼす影響が大きいと認められる技術分野のこと。

1 航空機等の偽装・隠ぺい技術
2 武器等に関係する無人航空機・自律制御等の技術
3 誘導武器等に関する技術
4 発射体・飛翔体の弾道に関する技術
5 電磁気式ランチャを用いた武器に関する技術
6 例えばレーザ兵器、電磁パルス(EMP)弾のような新たな攻撃又は防御技術
7 航空機・誘導ミサイルに対する防御技術
8 潜水船に配置される攻撃・防護装置に関する技術
9 音波を用いた位置測定等の技術であって武器に関するもの
10 スクラムジェットエンジン等に関する技術
11 固体燃料ロケットエンジンに関する技術
12 潜水船に関する技術
13 無人水中航走体等に関する技術
14 音波を用いた位置測定等の技術であって潜水船等に関するもの
15 宇宙航行体の熱保護、再突入、結合・分離、隕石検知に関する技術
16 宇宙航行体の観測・追跡技術
17 量子ドット・超格子構造を有する半導体受光装置等に関する技術
18 耐タンパ性ハウジングにより計算機の部品等を保護する技術
19 通信妨害等に関する技術

<我が国の国民生活や経済活動に甚大な被害を生じさせる手段となり得る技術が含まれ得る分野>

20 ウラン・プルトニウムの同位体分離技術
21 使用済み核燃料の分解・再処理等に関する技術
22 重水に関する技術
23 核爆発装置に関する技術
24 ガス弾用組成物に関する技術
25 ガス、粉末等を散布する弾薬等に関する技術
寄稿
株式会社セミナーインフォ
TheFinance編集部
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