不正リスク管理の高度化とカルチャー監査のトリガーに役立つ属人風土チェック ~企業文化・組織風土に内在する不正リスクの根本原因を解き明かす~


平成の末期から令和における企業不祥事(例えば、監督当局による行政処分や第三者委員会調査報告書公表の対象となる不祥事など)では、悪しき企業文化・組織風土に起因している組織的不正によるケースが増えている。しかしながら、その根本原因を追究していくと、その企業文化・組織風土に内在している「属人風土」という社会心理学上の概念によるものが多いことがわかる。
本稿では、この悪しき企業文化・組織風土よりも、たちが悪く組織的不正リスクが高いとされる「属人風土」を理解し、評価・測定することが、いかに不正リスク管理の高度化やカルチャー監査のトリガーに有用か、ひいては企業不祥事への発展化の予防に資するかを解説する。

尚、不正リスク管理の理論である「不正のトライアングル」については筆者寄稿「不正リスク管理のための「不正のトライアングル」理論の進化と有効活用」も合わせて参照されたい。

  1. 近時の企業不祥事の特徴
  2. 「属人風土」の基本的考え方(企業文化と組織風土との違い)
  3. 属人思考と属人風土の具体的な行動傾向
  4. あなたの職場の属人風土化を測る
  5. 属人風土化による企業不祥事の未然防止に向けて
目次

近時の企業不祥事の特徴

昨今の企業不祥事は、かつてみられていた、生活が困窮している社員や忠誠心の高い社員が、自分自身の個人的利益を企図して起こす刑法犯的なムシ型といわれる個人的不正から、属人思考をもった社員や属人風土化した組織が一体となって顧客を騙すことにより、ステークホルダーに対する信用を毀損する、カビ型といわれる企業(組織)風土型の組織的不正が大企業において増えてきている。特に、企業の上層部の意思決定の主要な部分が会議外で行われ、かつ組織的隠蔽がなされており、非公式なチームワークを伴う組織的違反行為・不正行為の結果、企業不祥事として惹起しているケースが少なくない。また、かつては企業不祥事といえば株主代表訴訟等によって役員個人の善管注意義務違反が問われることに会社法上の関心が集まっていた。しかしながら、近時は個々の企業不祥事に関する役員の法的責任よりも、むしろ不正を発生させるような企業文化・組織風土を放置してきた役員への経営責任に関心が向けられるようになってきているのが実情である。

[参考1]不祥事等の概念

[参考2]不祥事等の個人・組織の別

個人的不正 組織的不正
意図的 個人的で意図的な企業不祥事
(例:着服・横領など)
組織的で意図的な企業不祥事
(例:隠蔽・改竄など)
【本稿で取り上げるエリア】
非意図的 個人的で意図せざる企業不祥事
(例:作業ミスなどによる
局所的事故など)
組織的で意図せざる企業不祥事
(例:大規模な組織事故など)

なぜ内部統制が整備されているはずの大企業で不祥事が起きるのか。それは、ソフトコントロールがハードコントロールを支配するという、企業風土・組織風土の影響が大きいからである。その特徴として、以下の点が挙げられる。

  • 正式な内部管理制度や内部統制があっても、それを整備・運用するのは所詮、人の行動である
  • 「企業風土・組織風土」が人の行動に強く影響して、事実上、ガバナンスや内部統制の出来栄えや実効性を左右する
  • 指示・命令系統の整備や規程類の明確化は、「個人的不正」には有効であるが「組織的不正」には全く効果がない(個人的不正と組織的不正に相関はない)
  • 企業風土・組織風土の改善には、AI・DX・RPAは効力がない
  • 「組織的不正」には、具体的な個別原因とは別に、「属人風土(属人思考)」という企業風土・組織風土の問題があることが社会心理学で実証されている
  • 企業の多くのコンプライアンス部門は、コンプライアンス違反は一元的なものであるということを前提としており、個人的コンプライアンス違反と組織的コンプライアンス違反を区別にせずにコンプライアンス施策を講じている
  • 個人的不正が減少する措置を講じれば、組織的不正も減少するという認識が、特段裏付けもなく、ムード的に前提となっている

[参考3]属人風土と組織的不正の相関図

(注)線の太さは、影響や因果関係の大きさの度合いを表す
(出所:「組織風土による違反防止『属人思考』の概念の有効性と活用」(社会技術研究論文集 Vol.1)より筆者作成)

「属人風土」の基本的考え方(企業文化と組織風土との違い)

ここで概念的に混同しやすい「企業文化」「組織風土」「属人風土」のそれぞれの定義と基本的考え方の相違点を整理しておく。

[企業文化:Corporate Culture]

●概念
企業価値向上運動

●定義
時代を反映する創造的で自由な価値観(意図的に確立すべきもの)

●特徴

  • 明示的な、社名、ブランド、ロゴ
  • 各種社内プロセス(ルールや仕組みなど)
  • 経営理念、Vision、行動規範、経営戦略、目標
  • 日々の業務原則の中に取り込まれていく価値観
    ・変化を厭わない組織
    ・お互いを称えあう組織
    ・リスクを取って挑戦する組織

[参考4]保険監督者国際機構(IAIS)による企業文化の定義
『保険会社が自社の活動を行う方法を特徴付ける保険会社の規範(norms)、価値観(values)、態度(attitudes)、行動(behaviours)の一式である』

[参考5]G30による企業文化の定義
『銀行カルチャーは、行動を形作る価値観と行動を提供し、銀行への信頼と、内外の主要な利害関係者との間での銀行の評判の向上に貢献するメカニズムである』

[企業風土・組織風土:Organizational Climate]

●概念
企業体質・組織体質

●定義
長い間、企業独自に根付いた明文化されていない価値観(無意図的に醸成されたもの)

●特徴

  • 同じ価値観・理念が明示されている
  • 経営陣や管理者が異口同音で同じことが言える
  • 組織内において立場を超えて「共有する」場がある
  • 制度や行動ルールに落とし込まれている
  • 日常活動のPDCAサイクルに組み込まれている
  • 個々人の日々の行動へ浸透・定着している

[属人風土:Person-Oriented Thinking Styles]

●概念
属人的思考

●定義
提案や発言の正邪・当否の判断が、発言者が誰かということによって大きく変わる風土(「事柄」よりも「人」の認知処理比重が高い)

●特徴

  • 仕事にかかわる判断や意思決定の過程で「その提案が自社にとってプラスとなるか否か」といった「事柄」の是非よりも、「誰が提案者か」「支持者は誰か」などと「人」の要素を重く扱う
  • 「〇〇君(さん)が提案者なら大丈夫だろう」「部長(常務や専務などの役員)のご意見には全面的に従います」などという曖昧な根拠で自身の意見を決める
  • 対人関係が不適切に濃密になる
  • 組織ナルシズムが強く権威主義的、懲罰的である
  • 属人思考が強い組織ほど、「法令違反の放置」「不正のかばいあい」「不祥事隠蔽の指示」「上司の不正容認」「規定手続の省略・無視」などの組織的違反が多い
  • 管理職クラスは職位が高くなるほど属人風土に気づきにくい
  • 組織風土に「属人思考」が深く浸透しているほど、組織的違反・不正が起こるポテンシャルが高い
  • 「属人風土」には「潜在的目上迎合性」も影響する。多くの人が関わる組織的違反・不正には、階層の上位者から違反の命令や隠蔽の指示が行われる可能性が高い。したがって、目上迎合性が高いほど上位者による違反・不正への加担命令に従いやすい(潜在的目上迎合性は違反・不正に関する意思決定と関連することが実証されている)

属人思考と属人風土の具体的な行動傾向

それでは、属人思考と属人風土の具体的な行動傾向を挙げてみる。これらの思考パターンや行動傾向に当てはまるものが多ければ多いほど、属人思考度・属人風土化が進行しており、組織的不正のリスクが高くなっているといえる。

属人思考化の行動傾向

  • 忠誠心を重く見る
    ・仕事の出来や内容より、職場や上司への忠誠心、所属への帰属感が人事評価において重視される傾向がある
    ・「誰それは忠誠心がある」などという言葉がおおっぴらに出てくるようになる
  • オーバーワークが忠誠心の表れと評価される
    ・オーバーワークを厭わぬ人物を称揚する傾向がある
    ・「誰それは仕事の虫で週末も職場に出ているのです」「誰それはたくさん残業しているのに半分も時間をつけていないのです」などという言葉が誉め言葉として用いられている
  • 上下関係において公私のけじめが甘い
    ・週末、上司の引っ越しの手伝いに駆り出される
    ・上司のつきあいを極端に断りにくい
    ・上司の趣味活動を強要される
  • 「鶴の一声」で物事が決まったり、ひっくり返ったりする
    ・事柄の良し悪しより上席者の判断が優先される
    ・「社長の意見が聞けないのか!」などという罵声が飛ぶ
  • 些細なことにも細かい報告を求め過ぎる(木を見て森を見ず落ち葉の下の小石を拾う)
  • 偉業が強調される
    ・朝礼や会議の場で数十年前の創業者の偉業や訓話、今の専務の若い頃の苦労話・武勇伝などが出てくる頻度が高い
  • トップダウンをよしとする傾向が強い
  • 犯人探しをする傾向が強い
    ・いくつもの要因が絡まって仕事がうまくいかなかったとき、そのことを認識しようとせず、むしろ少人数の個人に責任を帰属・転嫁させようという傾向の議論をする
  • 中央集権的となり、現場の声が弱くなる傾向がある
  • リーダーが属人的思考に傾いているため現場の風土も自ずと属人思考に染まっている
  • 役員クラスが組織の属人度に疎い

属人風土化した職場のコミュニケーション傾向

  • 属人度の高い組織ほど「上司」に目が向いている
  • 属人風土には上司に相談しづらい空気がある
  • 相談しづらい=異議を唱えにくい
    ・違反を犯した当事者の口から『反社会的なことだとは認識していたが、上司の決定に異議を挟むことなどできなかった』という発言がしばしばなされている
  • 言葉使いが権威主義的である/加罰的要素が多い
    ・『一丸となって努力する』『一致団結して取り組む』『誠心誠意、対応させていただく』『石にかじりついてでも間に合わせろ』『厳重に注意する』『徹底的に調べろ』『こいつはいい根性をしている』『死ぬ気で取り組め』『みんな遺憾に思っている』などという言葉がよく使われる
  • 人間関係に家族関係の言葉を適用する
    ・「誰それは俺の弟分だ!」などという家族関係に例えた言葉が使われる
  • トップが下位者の人間関係を気にしすぎる
    ・下位者の誰と誰が仲がいい、誰と誰が家族ぐるみでキャンプに行った、そんな人間関係をトップが知ろうとする、知りたがる
    ・そのような情報を知っていることが会議の円滑な運営に必要な知識となっている
  • 極めて現状肯定的である/きわめて現状否定的である
  • イエスマンが跋扈している
    ・上職の提案に警鐘を鳴らす人は「非協力的」「忠誠心がない」というネガティブな人格評価を受ける
    ・イエスマンの部下で周囲を固めた人間が職場を牛耳っている
  • 意見の「貸し借り」が起こる
  • 反対意見が躊躇される度合いが高い
    ・積極的に正論を発言する人が「問題児」などとレッテルを貼られる
    ・会議において主流派の構成員に対する反対意見が言いにくい
    ・某半導体製造装置メーカーの不適切な会計処理に係る不祥事では、内部監査室長から二度にわたって内部告発がなされたが、経営陣から「あいつは精神的に不安定だ」「あいつは和を乱している」と扱われ左遷異動させられた事例がある

あなたの職場の属人風土化を測る

組織の属人風土化を検証・評価することによって、組織内での組織的不正行為のリスク要因や予兆を把握することが可能である。組織的不正の防止を目指すためには、まずは、自己の所属する組織がどのくらい属人風土化しているか、また、自分自身がどのくらい属人思考化しているかを知ることが、第一歩になると考える。下表にて、職場の属人風土化を測る簡易評価の方法を紹介する。

【設問】
以下の文が、あなたの職場の風土や雰囲気にどれくらいあてはまりますか?
「あてはまる」から「あてはまらない」のうち、もっとも適当な数字を選択してください。
あまり深く考えずに、最初に頭に浮かんだとおりにお答えください。

【回答】

私の職場では・・・・・・











































[Q1]相手の体面を重んじて、会議やミーティングなどで反対意見が表明されないことがある 5 4 3 2 1
[Q2]会議やミーティングでは、同じ案でも、誰が提案者かによって、その案の通り方が異なることがある 5 4 3 2 1
[Q3]トラブルが生じた場合、「原因が何か」よりも「誰の責任か」を優先する雰囲気がある 5 4 3 2 1
[Q4]仕事振りよりも、好き嫌いで人を評価する傾向がある 5 4 3 2 1
[Q5]誰が頼んだかによって、仕事の優先順位が決まることが多い 5 4 3 2 1
[判定]
合計点数の範囲は5~25点
■ 16点超=危険な状態、重篤な組織的不正・違反が1件あることが推定される
■ 13.8~16点=やや危険
■ 13.8点未満=とりあえず安心

(出所:「属人思考の心理学」(新曜社)より筆者作成)

属人風土化による企業不祥事の未然防止に向けて

個人的不正に比して内部統制的な手法や対策が効きにくい、組織の属人思考化・属人風土化による組織的違反を未然防止することは極めて困難であるといえる。しかしながら、組織的違反を社会的影響が極めて大きい組織的不正としての企業不祥事化に発展させないための方策としては、以下のような取り組みが考えられる。

  • 昇格・昇進時の適性検査
    ・候補者の特性や行動傾向を分析する人格診断・パーソナリティ評価・職業適性評価など
  • 内部監査部門による実効性あるカルチャー監査と内部通報制度監査
  • 外部の専門家による企業文化・組織風土・属人風土の外部評価やカルチャーサーベイ
    ・人事部門モラルサーベイやエンゲージメント調査、コンプライアンス部門によるコンプライアンスアンケートでは真の効果が期待できない
  • 倫理コンプライアンス研修の導入
    ・コンプライアンス研修に倫理的要素を加味する
  • 意外と認知されていない「不祥事予防のプリンシプル」(日本取引所自主規制法人 2018/3)の経営陣に対する啓蒙・啓発
  • 専門資格を有する外部専門家による、管理職向けのアンガーマネジメント教育・パワーハラスメント防止研修を導入する
  • 実効的な内部通報制度
    ・通報件数の多寡や通報者保護規定の存在ではなく、そもそも現制度の信頼性が確保されているのかの実態調査「あなたは安心して通報できますか?」
    ・2018年のスルガ銀行の不適切な契約勧誘・販売・融資に係る不祥事の第三者委員会報告書では、「通報すれば改善されるのではないか」という期待が従業員にはまったくなかったとの指摘がなされている
    ・2019年の日本郵政グループの不適切な保険販売に係る不祥事では、通報しても調査が開始されないばかりか、通報者探しや恫喝などの事実も報道されている
  • 異を唱えることができる「水を差す、空気が読めない」社員の中途採用によるDiversity
    ・属人風土を壊す人の存在/「そのような『空気』ではなかった」会議に一石を投じられる人の存在が必要
    ・企業不祥事に関与した従業員の中には「なぜ、こうした不正に手を染めたのか」と尋ねられると「そうせざるをえなかった、そういう空気だった」と答える者が少なくない

【参考文献】
・「Management by intimidation / Fraud from the factor of fear」(Slemo D.Warigou, Betsy Bowers)
・「組織健全化のための社会心理学」「属人思考の心理学」(新曜社)
・「社会的スキルと対人関係」(誠信書房)
・「企業不祥事とビジネス倫理」(文眞堂)
・「企業不正の調査報告書を読む」(日経BP)
・「不正・不祥事対応における再発防止策」「企業不祥事インデックス」(商事法務)
・「事例でわかる不正・不祥事防止のための内部監査」「組織内不正の心理的メカニズム」「不正が発生しやすい組織の測定方法と改善策」「犯罪学理論にみる従業員不正の心理」(中央経済社)
・「組織不正の心理学」(慶應義塾大学出版会)
・「職業倫理と組織の心理学」「脅しによる管理/上司に対する恐怖心に起因する行為」(ACFE JAPAN)
・「カビ型不正と企業のコンプライアンス」(郷原総合コンプライアンス法律事務所)
・「サイコパスの真実」「入門 犯罪心理学」(ちくま新書)
・「不正の心理」(ビジネス法務 2018/5月号)
・「企業不祥事を防ぐ」(日本経済新聞出版社)
・「組織風土による違反防止」(社会技術研究論文集 2003年)
・「組織風土尺度作成の試み」(豊橋創造大学 2001年)
・「組織における不正行為と組織風土」(日心第79回大会 2015年)
・「属人風土尺度の信頼性の検討」(日心第70回大会 2006年)
・「組織風土と不祥事に関する実証分析」(一橋経済学 2008年)
・「安全を脅かす企業不正についての考察」(安全工学 2015年)
・「報告行動に影響を与える組織風土の分類」(Works Review 2010年)

著者写真
寄稿
株式会社Ballista
GRCコンサルティング 執行役員ディレクター
藤田 直哉 氏
大手監査法人、監査法人系コンサルティング会社及び保険会社での勤務経験を有する。金融機関におけるガバナンス、リスクマネジメント、コンプライアンス、内部監査、内部統制、不正防止、金融監督検査行政に精通。30年以上の内部監査実務経験を有する。
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