水素社会とは
ここ数年、「水素社会」というキーワードのもと、水素を電気やガソリン、都市ガスと並ぶ二次エネルギーの一つとして利用しようとする動きが勃興しつつある。
日本政府は、2014年に定めた「エネルギー基本計画」の中で、新たな二次エネルギー源として水素を活用する方針を定めた。
これまで水素は工業プロセスの中で産業ガスとしてしか利用されなかったが、水素を一般消費者の身近なシーンで利用することによって、低炭素社会の実現、エネルギーセキュリティの改善、エネルギー効率の向上など様々なメリットを享受することを目指すとしている。
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燃料電池自動車のインパクト
FCEV(燃料電池自動車)への水素利用
水素利用の大きな目玉として期待されているのは、FCEV(燃料電池自動車)と、バスやトラック、フォークリフトなどの産業車輌に代表されるモビリティ用途である。
トヨタ自動車から「Mirai」や本田技研から「クラリティFuel Cell」が発売されるなど、近年注目を集めており、今後も2020年に向けて、Daimler、GM、Fordなど様々な自動車メーカから燃料電池自動車が市販される予定である。
モビリティに水素を活用することの意義は、理想的なZEV(ゼロ・エミッション・ビークル)の普及である。FCEVは、走行中に排ガスやCO2を一切排出しないクリーンさに特徴がある。
EV(電気自動車)もZEVに該当する技術であるが、FCEVは充填時間と走行距離の観点でEVに対し優位性がある。
ZEV(ゼロ・エミッション・ビークル)とは
ZEV(Zero Emission Vehicle)とは、排出ガスを一切出さない電気自動車や燃料電池車を指す。
– 一般社団法人次世代自動車振興センター
ZEV規制
FCEVを普及させる上での課題
FCEVを普及させる上では非常に多くの課題が山積している。まず水素ステーションの整備・運営に係るコストが従来のガソリンスタンドやEV充電スタンドと比べて非常に高額であることが挙げられる。
また水素ステーションを一般居住地に設置するためには各種規制緩和を推進するとともに、周辺住民の理解促進が必要であることが挙げられる。これに関しては、世界各地で政府主導の規制改革・普及啓蒙活動が行われているとともに、国際的な産学官の連携を通じた課題解決が模索されている。
このような課題を踏まえ、FCEVの普及は2025年までは非常に限定的になる。自動車メーカの中でFCEVの普及に積極的なトヨタ自動車でさえも、2020年の目標は年産3万台程度である。他自動車メーカの動向も踏まえても、2025年ごろまではFCEVはニッチマーケットの商品であると言わざるをえない。
FCEVの普及によるインパクト
ただし、FCEVの普及は、自動車部品業界の業界構造へのインパクトをもたらしうる。例えば燃料電池(特にPEM技術)や高圧水素タンク、センサー等の材料/部材メーカにとって、自動車部品業界への参入の門戸を開くことになる。
これらの領域は、高度な技術が要求されるため参入障壁が非常に高く、自動車メーカにとってもサプライヤーのスイッチングコストが掛かる。このため普及黎明期のうちに自動車メーカとの取引関係を持ったサプライヤーが中長期的に優位性を持ちうると想定される。
燃料電池技術を起点に自動車業界への参入を考えているメーカは、中長期的な先行投資になるということを念頭に置きながら、早期にアプローチを掛けることが重要だ。
分散電源用途の可能性
過去数年来、分散電源用途では着実に水素利用の拡大が進んでいる。単純に水素から電気エネルギーを取り出すだけではなく、CHP(コンバインド・ヒートアンドパワー)として熱と電気の両方を取り出す取り組みも行われている。
日本では「エネファーム」という名称で、0.7kWクラスの家庭用CHPが既に市販化されており、欧州においても同クラスの製品が今後数年以内に普及し始めるとみられる。
一方、米国や韓国では、数百kw~数MWクラスの業務/産業用CHPが普及し始めており、各国のエネルギー消費パターンによって普及アイテムに濃淡がある。
分散電源に水素を利用することの意義は、エネルギー総合効率の改善と排ガス規制の対応などが挙げられる。
また従来のCHPと比べて熱電比(熱と電気のエネルギー出力比)が高く電気を豊富に取り出せることから、従来のCHPではアプローチできなかった総合エネルギー消費量に占める電気エネルギーの比率が高い建物(例:オフィスビル、データセンター、コンビニエンスストア等)において、活用の可能性がある。
現状、燃料電池は、ディーゼル/ガスエンジンなどの他の分散電源システムと比べて非常に高コストであるため、燃料電池に対して補助金が支給されるニッチマーケットでしか普及していない。普及拡大には、コスト競争力の強化が鍵とある。
注目を集めるグリーン電力ストレージ
近年、新たな水素利用の用途として期待されるのがエネルギー・ストレージ用途、特に再生可能エネルギー由来のグリーン電力のストレージとしての用途である。
水を電気分解すると酸素と水素が発生する。発生した水素を長期間貯蔵し、必要な時に燃料電池技術を使って電気や熱、水を取り出す。非常に単純なコンセプトであるが、実用に耐えうる効率性や信頼性を担保することが非常に難しい。
近年、水電解装置や燃料電池技術の改善によって実用に耐えうるレベルにまで達してきており、欧州(特にドイツ)を中心に実証研究が盛んになっている。
ドイツでは、FIT制度のもと再生可能エネルギーを大量導入したことに起因して、系統への負荷が増し調整余力のため大量の蓄電池の投資が必要となった。ドイツには天然ガスパイプラインが国内中に張り巡らされているため、余剰電力を水素に転換し天然ガスパイプラインに混入することで、既存のガスインフラを電力貯蔵インフラとして活用できる。膨大な蓄電池の投資による電力小売価格の高騰を少しでも和らげることができる解決策として期待されている。
日本でも、小水力発電や小規模な太陽光発電設備と組み合わせた実証実験がNEDO中心に取り組まれ始めている。東日本大震災後の電源ミックスの方針転換により、今後再生可能エネルギーの利用加速が見込まれるなか、グリーン電力ストレージとしての水素利用の市場拡大が見込まれる。
まとめ
社会全体として、再生可能エネルギーの普及やCO2排出量の削減といった大きなパラダイムシフトが起こっている中で、水素・燃料電池技術の利用価値は今後ますます重要度が増してくると考えられる。
また、燃料電池自動車(FCEV)やエネファームの技術開発で先行する日本を中心に、ドイツ・イギリスなどの欧州各国、アメリカ・カナダなどの環境先進国のほか、韓国・中国などのアジア各国でも普及に向けた検討が進んでおり、今後も業界動向から目が離せない領域である。
- 寄稿
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野村総合研究所小川 幸裕 氏
グローバル製造業コンサルティング部
副主任コンサルタント