フェムテック(Femtech)とは
フェムテック(Femtech)は、Female(女性)とTechnology(技術)をかけ合わせた造語で、女性の健康課題をテクノロジーの力でサポートや解決するための技術や製品、サービスを指す。
月経・避妊、不妊治療や妊娠、更年期症状、女性ヘルスケア、婦人科系疾患など、女性特有のライフサイクルや健康管理を対象としている。
たとえば、月経周期を追跡して予測するためのアプリケーションや、遠隔医療を通じた産前・産後ケア、更年期症状について相談するオンライン診療などが含まれる。
フェムテックという言葉は、2012年頃、ドイツの月経周期管理アプリを開発したIda Tin(イダ・ティン)氏が、投資家の資金集めのために作った造語である。イダ・ティン氏は投資家から「月経周期を管理してお金になるのか」と聞かれ、当時流行していた「フィンテック(Fintech)」や「エドテック(Edtech)」と同様に、フェムテックという市場があるように見せかけ、フェムテックという新しい市場が魅力的だと提唱したのが、フェムテックのはじまりである。
なぜ、ここまでフェムテックの注目度が高まっているのだろうか。
フェムテックの背景とトレンド
フェムテックが注目される要因には、女性特有の健康課題やニーズへの高まりがあるが、それを取り巻く背景として「ジェンダーギャップ解消」の動きがある。共働き世帯の増加、女性の社会進出など社会全体の動きはもちろん、企業にとっては、ESG投資の増加や人材獲得競争が激化し、「ダイバーシティ&インクルージョン経営」は必須となっている。
海外では、米ナスダックで、取締役会に少なくとも1人の女性と、人種的マイノリティまたはLGBTQのいずれか1人を義務付ける方針を発表している。
米ゴールドマン・サックスも、新規株式公開(IPO)サービスで、取締役会に女性がいない場合、業務を引き受けないと宣言した。上場企業のうち、女性取締役が1人以上いる企業の株価は、ゼロの企業より上昇していることが、数値として表れているからである。
日本でも、経営に求められる多様性と情報開示が、大企業の観点だけでなく、男性・中小企業・地方など、日本の全レベルで対応が求められている。
2022年4月施行「改正育児・介護休業法」では、男性の育児休業取得促進が強化され、2023年4月には「育児休業の取得状況の公表義務付け」が施行された。常時雇用する労働者が1,000人を超える事業主は、育児休業の取得状況を年1回公表することが義務付けられている。「義務付け」がポイントであり、「努力義務」ではなく「義務付け」することで、企業の取り組む姿勢が格段に違ってくる。
さらに、2024年には300人超の企業へ、男性育児休業の取得率公表義務が広がる予定となっている。従業員300人超の企業は、日本国内で約18,000社となっており、現行の4倍以上の企業が対象となる。
また、2022年4月全面施行「改正女性活躍推進法の義務化」では、女性活躍推進に関する情報開示の範囲が拡大し、大手企業(常時雇用の労働者数301人以上)が中心だった取り組みから、中小企業(常時雇用の労働者数101人以上)まで対象範囲が広がっている。
日本は、世界からみても、女性管理職の割合が低いこともあり、女性活躍に関する現状把握や課題分析、数値目標の設定や公表などを、国が義務付けることで、企業の職場環境を整える体制を作ろうとする動きが活発になっている。
日本政府の「女性版骨太の方針2023」
2023年6月、日本政府は「女性活躍・男女共同参画の重点方針(女性版骨太の方針2023)」を発表した。この方針はフェムテックの推進と密接に関係している。
女性の就業率が上昇する中、女性の健康課題(月経関連、妊娠・出産、更年期症状など)が注目されている。経済産業省の調査結果では、月経に伴う症状により、6,828億円のネガティブな経済的インパクトがあると計測され、さらに妊娠・出産、不妊治療、更年期、女性特有疾患を含めると、毎年6兆3,700億円にも上る。
日本政府は、働く女性の月経、妊娠・出産、更年期など、女性特有のライフイベントに起因する健康課題を防ぐため、事業主健診に関わる問診に、月経困難症、更年期症状等の女性の健康に関連する項目を追加し、産業保健体制の充実を図る。
さらに、フェムテックを利活用することで、企業、医療機関、自治体等が連携して行う実証事業への支援を、経済産業省が2021年から実施している。女性の健康管理やライフスタイルの改善を支援し、女性が社会的・経済的に自立するための環境整備を進めることを目指している。
2023年4月には、厚生労働省で「女性の健康ナショナルセンター」が創設された。更年期障害など女性に多い病気や不妊症の研究、治療法の開発などの司令塔を担う組織で、女性に関する病気の治療や疾患予防を巡る先端医療を担う。
婦人科系疾患・更年期障害など、女性に多い病気は個別の大学で研究していたが、今後はデータ共有を進め、女性のライフサイクルに応じた健康状態や疾患に関する知見も深めることで、仕事と病気の治療両立支援を後押しする。
フェムテックの国内外保険会社事例
海外の保険会社では、大学などと連携し、フェムテック専門のアクセラレータープログラム実施や、フェムテックの福利厚生プログラムのバックエンド分析などに取り組んでいる。アクセラレータープログラムとは、大企業や自治体が主催者となり、スタートアップ企業やベンチャー企業の成長を加速させるための支援プログラムである。
スイスの大手保険会社Groupe Mutuel(グループミューチュアル)は、ローザンヌ工科大学と合同で、フェムテックのアクセラレータープログラム「Tech4Eva(テックフォーエバ)」を2021年から実施している。
フランスの大手保険会社AXA(アクサ)も、テクノロジー業界の女性たちの地位を向上させるコミュニティである50InTechと合同で、フェムテックのアクセラレータープログラム「AXA&50inTech Female Technology Femtech Accelerator Program」を実施しており、保険会社がフェムテックのスタートアップ支援に力を入れている。
アメリカの大手保険会社United Healthcare(ユナイテッドヘルスケア)は、福利厚生の投資収益率を測るサービスを展開している。大手IT企業に不妊治療の福利厚生サービスを展開しているProgyny(プロジニー)や、女性従業員とその家族のための福利厚生を展開するMaven Clinic(メイブンクリニック)などとパートナーシップを結び、福利厚生の費用対効果をよりよく理解するためのバックエンド分析の一部を提供している。企業はこの種の福利厚生を提供することで、従業員の定着率が向上し、優秀な人材を獲得することができると言われている。
日本では、2022年4月からの不妊治療の保険適用が追い風となり、働きながら不妊治療を行う環境を整備したいと考える企業が増加した。生命保険会社・損害保険会社ともに不妊治療の福利厚生に関する商品・サービスを展開しはじめている。
また、コロナ禍における「産後うつ」の増加により、少額短期保険分野で産後うつの保険が販売されている。
テクノロジーの進化により、ヘルスデータやアクティビティデータのトラッキングが、スマートフォンやウェアラブル端末を通じて、消費者が簡単に確認できるようになった。日本の保険会社でも、ユーザーにFitbit(フィットビット)やGarmin(ガーミン)などのウェアラブルデバイスを割引価格で提供し、さまざまなヘルスデータを蓄積・取得している。取得したヘルスデータを活用し、保険リスクの軽減やリスク管理の精度向上、パーソナライズされたサービス提供に利用するなど、保険業界にとってテクノロジーの進化やフェムテックの発展は、大きなビジネスチャンスとなっている。
ジェンダード・イノベーションと保険業界の関わり
フェムテックは女性の健康領域だが、女性だけでなく、男女の違いを踏まえることを重要視した、新しい研究領域「Gendered Innovations(ジェンダード・イノベーション)」がある。スタンフォード大学のロンダ教授が提唱した研究領域で、2022年にお茶の水女子大学でも「ジェンダード・イノベーション研究所」が立ち上がった。性差の視点や分析を取り入れた新しい研究開発が、フェムテックとともに注目されている。
日本の損害保険会社で、多くの売上を占める自動車保険だが、自動車事故においてジェンダード・イノベーションが関わっている。
自動車に乗る際に、必ずシートベルトをするが、女性の方が重症を負う確率が47%高い。また、従来の3点式シートベルトは胎児の死亡率を上昇させており、胎児の死亡原因の第1位である。そのため、女性や妊婦を考慮した衝突実験とシミュレーションによる安全性の確立が求められている。
女性の方が、重症率や死亡率が高い要因として、工学設計では、男性がしばしば標準とみなされることが多いことがあげられる。
特に日本は、理工学人材が男性に偏り、高等教育におけるSTEM(科学・技術・工学・数学)の分野の卒業生のうち、女性比率が17%である。OECD平均は32%、ポーランドやイギリスは40%以上に達しているため、工学系は特に女性比率が低いのが現状である。
一方、生命保険業界では、日本を含めた世界の多くの国で、女性の方が男性よりも平均寿命が長いため、生命保険の保険料が、男性よりも女性の方が安い。
しかし、2012年EUで男女の保険料を一緒にしなければならない動きがあった。その背景には、2005年ヨーロッパで、すべての保険商品の性別による差別を違法にしたが、イギリスのアクチュアリー会は不公平が生じるとの疑問を述べていたことがある。
「公平」というのは難しい課題であり、国における文化的・社会的背景が基準になっている場合も多い。日本では、男女の生命保険料に差がついたままであり、それぞれの人や国により考え方が異なっている。
ジェンダード・イノベーションの視点は、保険業界にも大きな疑問を投げかけている。シートベルトの女性の重症率の高さや、生命保険の性別による保険料の違いは、ジェンダーに配慮した設計やサービスが急務であると同時に、何を公平とみなすかは人によって異なっており、難易度の高い課題である。
まとめ
日本には、約60社のフェムテック企業があるが、上記の通り、まだまだ対象領域に偏りがあり、DeepTech(ディープテック)と呼ばれる専門性の高い領域は伸びしろがある。
女性の健康課題の解決策が増えることで、女性の活躍を後押しする社会環境の構築が進み、さらにニーズに対応できる技術も増える。
そのためには、スタートアップ、大学、研究機関、大企業などが、このフェムテック領域に参入し、1社だけでなく複数社で協力しあうことが、社会全体で期待されている。
例えば、フェムテック企業数が世界第3位のイスラエルでは、国全体でR&Dを支える仕組みが構築されている。イスラエル最大の病院シェバ内にあるARCイノベーションセンターの後援のもと、フェムテック特化型イノベーションセンターが2020年に設立された。それぞれのセクターが協力しあいながら、イスラエルのフェムテックを支えている。
日本でも、ビジネス推進、プロダクト・サービスの拡大を通じて、幅広い知識や選択肢を、市場やエンドユーザーへ届けられるよう、国内・海外をつなぐ事業者で、エコシステムを形成することが必要である。
フェムテックは保険業界にとって、新たなビジネスチャンスを創出しているが、1社のみならず複数のフェムテック企業や研究機関と連携することで、ビジネスチャンスがより広がるのではないだろうか。
トップ画像・本章画像出典:Femtech Community Japan
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一般社団法人Femtech Community Japan
理事
木村 恵 氏18年間保険業界の最前線で活躍し、生命保険会社で健康増進型保険の企画、損害保険会社で大規模システム開発のプロジェクト管理を行った実績を持つ。2021年から一般社団法人Femtech Community Japanに参画し、保険・福利厚生・フェムテックを組み合わせたイベント企画や、社会的課題に対する洞察をNewsPicksトピックス(https://newspicks.com/topics/femtech)で発信。グロービス経営大学院修了(MBA)。