【連載】XVAの基礎と実践③ 計算高速化技術のXVA管理高度化への活用

【連載】XVAの基礎と実践③ 計算高速化技術のXVA管理高度化への活用

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XVA計測においては日々のマーケット変動から生じる損益が発生する為、適切な計測のためには最低限でも日次でそれを行うことが必要となる。一方、後述する特性上、これを実現するには様々な計算高速化技術が必要になる。本稿では、まずXVA計測上の課題を説明し、これを解決するための計算高速化技術として、今後MUFGでも取り入れる予定の技術も含めて、分散処理・クラウド、自動微分、量子計算をそれぞれ紹介したい。

  1. XVA計測上の課題
  2. XVA計測上の課題解決のための計算高速化技術
    (1)分散処理・クラウド
    (2)自動微分
    (3)量子計算
  3. まとめ

XVA計測上の課題

通常XVAは全デリバティブ取引に対して計算が必要であり、かつその計算にはモンテカルロシミュレーションを用いることが一般的である。更にポジション管理・リスク量計測のためには多くのリスクファクターに対しての感応度計算が必要になる。
マーケットは日々変化しXVAから損益が発生する。そのため、適切なXVA計測のためには最低限でも日次頻度で上記計算を実行しなければならないが、上記特性のためにこれには膨大な計算量が必要になる。各営業日のカットオフ時間から翌日の業務開始までの数時間の間に計測を完了させるという目標であったとしても、計算高速化技術の活用なくしては困難である。
更には、算出されたデータを用いた分析にも困難が生じる。例えば顧客数1万社、取引通貨10種、各通貨でのリスクファクターが100グリッドとすれば、感応度データだけでも日次で1000万行のデータが出力されることになる。このデータを用いた最適化計算を実行するのも、典型的な業務用端末のスペックでは容易ではない。

【図1: XVA計測システムのイメージ】

XVA計測上の課題解決のための計算高速化技術

上記XVA計測上の課題を解決するための技術として、分散処理・クラウド、自動微分、量子計算を以下紹介する。

(1)分散処理・クラウド

XVA計算は基本的に顧客単位、より正確にはネッティング契約単位での計算になるが、逆にいえば各単位での計算を独立に行ったとしても結果は変わらないことになる。従って、計算の高速化アイデアとして、たくさんのマシンに計算を分担させ同時並行で計算させるというものが考えられる。
このように独立に行える計算を複数の処理に分散し、各処理が終了したらそれぞれの処理結果を集約する、といった手法を分散処理と呼ぶ。

分散処理を実現するには、当然ながら大量の計算リソースを用意する必要がある。仮に自社環境内にインフラを構築する形(オンプレミスと呼ぶ)で実現するためには、単純に、計算用のマシンを大量に購入(+これらを制御するためのマシン・アーキテクチャ構成・ネットワーク機器等関連設備)が必要になるため、初期投資費用が大きくなる。
この対策として、クラウドサービスを利用する手段も考えられる。クラウドサービスではマシンそのものはクラウド側で全て管理し、ユーザーはそれを自社で必要な形で組み合わせ利用できるサービスを提供している。そのため、自社でマシン及び関連設備を購入することなく必要なインフラを構築することができる。
実際MUFGでは、XVA計測システムをクラウド上に構築している。これにより、インフラ投資費用をオンプレミスでの構築前提から約45%削減、システム性能改善によるクラウド利用コスト削減約60%削減等、様々な効果を得ている。

上記のようにクラウド利用にはメリットが存在するが、技術面だけでなく業務面の特性がクラウドとオンプレミスでは大きく異なる点が複数あり、それにより生じるデメリット・リスクも存在する。

【表1: オンプレミスとクラウドの特徴】

大きなポイントの一つとして、コストとシステムの安定性のトレードオフが挙げられる。
クラウドサービスは「利用した分だけ費用請求する」といった形での運用になるため、経費の管理スタイルとしてオンプレミス時の業務とは大きく異なったものが求められることが想定される。オンプレミスは一度セットアップができれば追加の利用コストを抑えられるが、クラウドは継続的に利用コスト=経費が生じる(当然ながら、インフラの高度化やメンテナンスコスト自体はオンプレミスの場合も継続的に発生する)。
XVA計測システムにおいてもシステムにおいても日々計算を行うからにはシステムの安定性が求められるため、コストと安定性のバランスという観点を含め、クラウドを利用したシステム構築、あるいは日々のシステム運用を定めることが重要である。

(2)自動微分

XVAは一般的に多くのリスクファクターを持ち、ポジション操作やリスク量計測には各リスクファクターに対しての感応度を計算する必要がある。単純な方法として、差分法と呼ばれるものがある。これは各リスクファクターを微小量変化させたときのXVA額と元の水準でのXVA額との差分として感応度を計算する方法であるが、これには少なくともリスクファクターの数だけXVA額を再計算することが必要になってしまう。XVA計算は対象となる明細数も多く、かつそれぞれの計算にモンテカルロシミュレーションが必要になるため、何の工夫もなしに実装すると日次での計算を翌日の業務開始に完了させることすら叶わなくなってしまう。
その対応の1つが分散処理でもあるが、別のアイデアとして数学でいうところの導関数をまとめて計算してしまう、というものを考えることができる。よくある高校数学の問題で、与えられた関数に対しての導関数を計算せよ、という微積分の問題があるが、XVA計算に対して実現したい、というわけである。

これを実現する方法として自動微分と呼ばれる手法がある。
自動微分とは、プログラム上で与えられた数学的な関数に対し、その導関数(あるいは微分係数)をアルゴリズムによって機械的に(=”自動”で)計算するという技術である。大雑把には、我々の利用したい関数は様々な関数の組み合わせ(合成関数)であり、合成関数の微分はいわゆる”chain rule”により組み合わせにより計算できるため、微分の計算にもこの組み合わせを応用する、というアルゴリズムになっている。
この組み合わせを図にしたものを計算グラフと呼ぶが、このグラフに従ってchain ruleを繰り返し用いることで、最終的にインプットに対するアウトプットの関数の微分を計算する。
自動微分を活用することで、モンテカルロシミュレーションの中で将来時点の感応度を計算することも可能になるため、例えばこれを、感応度から計算されるような自己資本等のシミュレーション、あるいはSACVAに対するKVAの計算や証拠金規制IMに対するMVAの計算に応用することも考えられる。MUFGでの応用実例として、感応度の計算に自動微分を用いるといった例もある。

【図2: 計算グラフの例】

自動微分を既存のシステムに組み込むにはすべての計算処理にアルゴリズムが適用できるようシステム全般の設計を見直す必要がある。XVAの計算処理は非常に複雑で膨大であるため、その開発コストは相応に高い。しかしながら、一度導入ができれば計算コストの削減や、より高次の感応度計算、新たなXVAの計算、と様々なメリットも享受できる。

(3)量子計算

XVAのデータを用いてポートフォリオの最適化計算等を行う際に、マーケットリスクファクターの多さや(CVAにおける)クレジットカーブの銘柄数の多さに由来し計算時間が膨大になってしまうことがある。これを解決する手段の一つとして量子計算の活用が考案され始めている。
量子計算とは、ミクロな世界で成立している量子力学という物理法則を利用して計算を行う手法のことをいう。
いわゆる古典計算あるいは通常のコンピュータで行われる計算は「0」と「1」のどちらかの値になっているデータ(ビットと呼ぶ)を組み合わせ、これに対する演算を行うことで実現している。一方、量子力学の世界ではこの「0」と「1」のどちらでもありうる、という「重ね合わせ状態」が利用できるため、これを応用して様々なケースをまとめて扱ってしまおう、というのが量子計算の原理になっている。この「0」と「1」のどちらでもありうる、というデータのことを量子ビットと呼ぶ。

量子計算には現状主に量子アニーリング方式、量子ゲート方式の2種類が研究・開発されている。
量子アニーリング方式は最適化問題をイジング模型と呼ばれる物理系に変換し、この物理系を基底状態という安定な状態に向かって各量子ビットでの値が確定的に決まるよう時間発展させ、最終的に安定した状態での結果を最適解とする手法である。
この模型への変換が離散的な変換である、安定した状態を結果とする、という特性から、この手法は離散的な組み合わせ最適化に特化したものになっている。
量子ゲート方式は量子ゲートと呼ばれる基本的なパーツを組み合わせ、量子回路として計算アルゴリズムを実装、このアルゴリズムに従い物理系を1ステップずつ変化させ、最終的な物理系の状態から計算結果を得る、という手法である。アルゴリズムにより物理系を変化させていく、という特性から、この手法は汎用的な問題に対応できる手法になっている。

【表2: 古典計算と量子計算の違い】

XVAコントロールにおいても、ポートフォリオ最適化問題として定式化できる問題も多い。シンプルにはヘッジポジションの最適化、という問題も考えうる。
MUFGでの実例として、CVAポートフォリオの量子計算を用いたヘッジポジション最適化問題に取り組み、古典計算対比約100倍の計算速度を達成した。
また、他の実例として、量子アニーリング方式のXVAリバースストレステストへの応用や、量子ゲート方式によるXVA計算アルゴリズムの考案等が報告されている。

XVAでの上記実例を含め様々な領域での量子計算の応用が数多く議論されているが、実用においては利用可能な量子ビッド数や表現できる問題の範囲等、技術上の制約も多い。特に、量子ゲート方式において安定的な計算を行うためには「誤り訂正符号」と呼ばれる処理が必須になり、これを量子計算の中で実現するためには大量の量子ビットが必要になると考えられているが、現存のデバイスではこれに全く足りていないというのが現状にもなっている。
こういった観点からは現状では量子計算はまだ発達段階にあるともいえるが、直近でのgoogleからの報告や本邦における新実機の開発等、量子計算の技術は着実に進歩している。将来の発展に期待するところである。

まとめ

XVAの高度な管理を実現するためには、本稿で紹介したようなものを含め、多くの技術を駆使したインフラの構築が必要となる。本稿がその実現並びに高度化に向けての一助となれば幸いである。

著者写真
寄稿
株式会社三菱UFJ銀行
金融市場部 CPM室 ポートフォリオマネジメントGr
榎本 拓実 氏
XVAデスクにてデスククオンツ業務に従事。XVA計測モデル・システム開発、XVA業務への先進技術導入を推進。
(京都大学大学院理学研究科修了)
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