新しい資本主義をわかりやすく解説【初心者向け】


新しい資本主義が日本の経済政策に与える影響は大きく、その背景や方針は多岐にわたります。岸田政権が掲げるこの新たなアプローチは、成長と分配の好循環をもたらすことを目指しています。本稿では、岸田政権の経済政策である資本主義の概要から課題まで分かりやすく解説します。

  1. 新しい資本主義とは
  2. 岸田政権の4つの経済政策
    (1)主要政策1:新しい資本主義
    (2)主要政策2:こども・子育て政策
    (3)主要政策3:外交・安全保障
    (4)主要政策4:国民生活の安心・安全
  3. 新しい資本主義の3つの内容
    (1)構造的賃上げの実現 分厚い中間層の形成
    (2)国内投資の活性化
    (3)デジタル社会への移行
  4. 新しい資本主義のグランドデザイン・実行計画
    (1)人への投資・構造的賃上げ・労働市場改革
    (2)投資促進
    (3)スタートアップ育成と企業の参入退出の円滑化
  5. 新しい資本主義の課題・問題点
  6. まとめ
目次

新しい資本主義とは

新しい資本主義とは、「人への投資」「科学技術分野への投資」「スタートアップ企業への投資」「グリーントラストフォーメーション(GX)への投資」などを重点施策とした、岸田政権の経済政策のことです。

背景には、市場や競争を重視する「新自由主義」による弊害とその脱却とが挙げられます。政府広報オンラインによれば、「市場に依存しすぎたことで、公平な分配が行われず生じた、格差や貧困の拡大」や「中長期的投資の不足、持続可能性の喪失、都市と地方の格差、気候変動問題」などが、昨今の大きな課題として挙げられています。

こうした課題の解消を目指していくのが「新しい資本主義」の目的です。具体的には官民が連携してデジタルなどの分野に積極的に投資することによる「成長戦略」と、成長によって原資を稼ぎ出すことで賃金の引き上げなどを目指す「分配戦略」の両面から、経済の好循環を生み出すことになります。

岸田政権の4つの経済政策

(1)主要政策1:新しい資本主義

新しい資本主義では、「人への投資」「国内投資の活性化」「デジタル社会への移行」が主なキーワードです。
たとえば「人への投資」では、3年間で4,000億円規模の施策パッケージを新たに創設するなど、リスキリングによる能力向上支援、個々の企業の実態に応じた職務給の導入、成長分野への労働移動の円滑化を進めています。
さらにこうした投資によって成長した人材に対して、所得向上につながる「賃上げ」によって分配するとしています。成長の事実を従業員への賃上げによって実感させることで、さらなる原動力を生み出し、成長につなげるなどの好循環を目指す狙いです。
分厚い中間層が格差の拡大などによって衰退してしまった現在、新たに分厚い中間層の形成し、経済の好循環につなげる施策です。

(2)主要政策2:こども・子育て政策

こども・子育て政策では「加速化プラン」を掲げています。具体的には、児童手当の拡充や高等教育費の負担軽減などを盛り込んだ「子育ての経済的支援」、親の働き方やライフスタイルに左右されない、全てのこども・子育て世帯を対象とした「包括的な支援制度の構築」、2025年度から育休手当の給付率を手取り10割などとすることを盛り込んだ「共働き・共育ての推進」などです。
このままでは2030年代から、若年人口が倍速で減少することが予想されており、今後、3年間をこども・子育て政策の集中取組機関として、できる限りの前倒し実施を実現させるとしています。

(3)主要政策3:外交・安全保障

ロシアによるウクライナ侵攻、拉致問題や核軍縮など「新しい戦前」とも呼ばれている現代において、外交・安全保障では法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序の維持・強化を目指すとしています。
日本の領土・領海・領空の安全環境を脅かされており、近隣諸国との外交では、国益に基づいた地域の平和と安定を目指していくとしています。

(4)主要政策4:国民生活の安心・安全

毎年のように起こる豪雨等の気象災害や予想される大規模地震への対応など、中長期的、継続的かつ安定的に防災・減災、国土強靭化に取り組むとしています。
15兆円規模の「防災・減災、国土強靱化のための5か年加速化対策」を掲げており、インフラの整備などを着実に行う予定です。また自然災害のみならず、良好な治安を確保するために、特殊詐欺への対策など、国民生活の安心・安全を守り抜くことへの取り組みを推進しています。

新しい資本主義の3つの内容

(1)構造的賃上げの実現 分厚い中間層の形成

内容 詳細
リスキリングによる能力向上支援 企業経由の学び直しを個人経由での直接支援へ拡充。
人への投資施策パッケージのフォローアップと施策の見直し。
休業よりも教育訓練による雇用調整の選択がしやすい助成率の見直し。
個々の企業の実態に応じた職務給の導入 職務給の日本企業の人材確保上の目的、人材の配置・育成・評価方法等の事例集の取りまとめ。
成長分野への労働移動の円滑化 成長分野への労働移動円滑化のため、自己都合退職でもすみやかな失業給付の実施。
モデル就業規則、退職所得課税制度の見直し。
家計所得の増大 中小企業が賃上げできる環境整備。
最低賃金の引き上げおよび、同一労働・同一賃金制の施行の徹底。
非正規雇用労働者の処遇改善。国全体の賃金底上げ。
資産所得倍増プランの推進 家計での貯蓄から投資へのシフトを促進。
中間層の安定的な資産形成の実現。
口座開設期間の恒久化、非課税の年間投資枠の引き上げ、非課税保有期間の無期限化など。
新NISAの詳しい解説はこちらの記事を参照
多様な働き方の促進 多様な働き方を支える雇用のセーフティーネットの構築。
副業・兼業の推進、選択週休3日制度の普及。

(2)国内投資の活性化

内容 詳細
GX(グリーン・トランスフォーメーション)の投資拡大 2030年度の温室効果ガス46%削減(2013年度比)、2050年カーボンニュートラルの実現に向け、今後10年間で、150兆円規模の官民GX投資を目指す。
エネルギー安定供給と脱炭素分野で新たな需要・市場を創出。
2035年までに電気自動車等の100%目標達成など、クリーンエネルギー自動車の集中的な導入。
2050年カーボンニュートラルの実現に向けて、3,500兆円にもなる内外の環境投資資金の呼び込み。
スタートアップの育成及び公益活動の推進 2022年11月策定「スタートアップ育成5か年計画」に基づいた、スタートアップ企業が成長できる環境整備。
スタートアップ創出に向けた人材・ネットワークの構築、スタートアップのための資金供給の強化と出口戦略の多様化、オープンイノベーションの推進。
科学技術・イノベーションの推進 AI、量子技術、健康・医療、フュージョンエネルギー、バイオものづくり分野への投資を拡充し、科学技術立国の再興を目指す。
インバウンドの拡大 「新時代のインバウンド拡大アクションプラン」に基づき、ビジネスから教育・研究、文化芸術、スポーツ等の取組を深化。

(3)デジタル社会への移行

内容 詳細
行政のデジタル化 経済の持続的かつ健全な発展と国民の幸福な生活の実現を目的とした、行政のデジタル化の推進。
マイナンバー制度の利活用 国民全体にきめ細かいサービスを実施するため、様々な領域でのマイナンバー利活用の拡大、利便性の向上などを目指す。
デジタル田園都市国家構想の実現 「デジタル田園都市国家構想」とは、デジタル技術を活用し、地域の個性を活かしながら地方活性化を促し、持続可能な経済社会を目指すもの。
デジタルとリアルが融合した地域生活圏の形成や交通とデジタルによるネットワーク強化の推進。
AIへの取組 利用の促進・リスクへの対応・開発力の強化の3本柱に沿って取組を推進。G7議長として創設した広島AIプロセスの下、人間中心の信頼できるAIに向けた議論と活用を目指す。

新しい資本主義のグランドデザイン・実行計画

2023年6月16日、「新しい資本主義のグランドデザイン・実行計画2023改訂版」が発表されました。この改訂版は2022年に発表された「新しい資本主義のグランドデザイン・実行計画」に基づいて行われたスタートアップ育成5か年計画、資産所得倍増プラン、三位一体の労働市場改革の指針が着実に進展してきたことを受けてのものです。

「新しい資本主義のグランドデザイン・実行計画」は、成長と分配の好循環を目指す政府の複数年度にわたる計画とされています。この計画を着実に実行することで成長と分配の好循環を成し遂げ、分厚い中間層を復活させることが狙いです。

「新しい資本主義のグランドデザイン・実行計画」は、以下の3つの視点から考えられています。

  1. 人への投資・構造的賃上げ・労働市場改革
  2. 投資促進
  3. スタートアップ育成と企業の参入退出の円滑化

(1)人への投資・構造的賃上げ・労働市場改革

キャリアは会社から与えられるものから、一人ひとりが自らキャリアを選択する時代になってきたことから、「リ・スキリングによる能力向上支援を促し、それを的確に評価し、賃上げにもつなげていくために、職務給、ジョブ型の人事の導入を進める」とした方針を示しています。
これにより個人が雇用形態や年齢、性別などを問わず、自らの意思で企業外への転職やスタートアップ等への労働移動の確保できる社会を作るとしています。
加えて中小企業等に対しては賃上げの原資を確保し、賃金上昇のための価格転嫁対策を徹底する方針も示しています。

新しい資本主義のグランドデザイン・実行計画の中では、以下のように言及されています。
「リ・スキリングによる能力向上支援、個々の企業の実態に応じた職務給の導入、成長分野への労働移動の円滑化、の三位一体の労働市場改革を行い、客観性、透明性、公平性が確保される雇用システムへの転換を図ることが急務である。これにより、構造的に賃金が上昇する仕組みを作っていく」。
引用:「新しい資本主義のグランドデザイン・実行計画」(P5)

(2)投資促進

市場では過少投資となりやすい分野では官民連携による公的支出を推進し、民間投資の拡大を目指しています。半導体・蓄電池・データセンター・バイオなどの戦略分野では、ランニングコストも巨額となるため、世界と遜色のない水準の税制や予算面の支援を行うとしています。

他にもAI開発力の強化。DX実現に向けたWeb3.0推進に向けた環境整備、量子技術等の科学技術、イノベーションの促進などに取り組むとしています。

(3)スタートアップ育成と企業の参入退出の円滑化

企業の参入率・退出率の平均が高い国ほど、一人当たりの経済成長率が高いという調査結果が出ています。このことから、「スタートアップ育成5か年計画」に定めた人材育成、資金供給、オープンイノベーションを確実に推進するとともに、企業経営者に退出希望がある場合のM&A・事業承継・廃業の円滑化に向けた早期相談体制の構築等に取り組むとしています。

日本では「スタートアップ育成5か年計画」において、2027年度に10兆円規模規模の投資額の実現を目標にしています。実現に向けてスタートアップ・エコシステムの育成に不可欠な法律・税制等の制度やストックオプションに関する制度を、早急に整えるとしています。

新しい資本主義の課題・問題点

新しい資本主義には、一部で批判の声や課題を指摘する声も上がっています。
たとえば以下のようなものです。

  • アベノミクスが掲げた成長戦略の踏襲にすぎず、期待された格差是正に向けた分配政策がない
  • 半導体への投資促進は、欧米や台湾を中心とした友好国との連携で、中国への対抗を念頭に置いた経済安全保障の一環で「新しい資本主義」とは異なる
  • AIを国家戦略に据えることは、諸外国では10年以上前から取り組まれており、目新しさはない

「新しい」と言いながら、これまで放置していた課題を解決するために掲げた政策としてなっている。今回掲げている政策のどれもが、アメリカや中国が何年も前に済ませていることとなるため、世界の潮流からかなりの遅れをとっているという声も少なくありません。

これまで放置していた課題に対して、予算を付けて取り組むことは悪いことではないが、これまでの政策とどのように異なるのか、どのようなプロセスで進んでいくのかを注視していく必要はあると言えます。

まとめ

新しい資本主義を実行することで、これまで日本が抱えていた課題を解決する方向に導く可能性もあるでしょう。他方で、新しい資本主義と言いながら、これまでの政策の踏襲という面を拭えないという声があることも確かです。
これまでの課題を解決し、「成長」と「分配」の好循環が適切に起こっているのかを、注視していくことが大切です。

寄稿
株式会社セミナーインフォ
TheFinance編集部
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