SME向けEmbedded Finance

生活者向けサービスの文脈で語られることの多いEmbedded Financeだが、エンドユーザーを個人に限定する必要はない。むしろEmbedded FinanceはSME向けビジネスアプリにおいて力を発揮する可能性があると筆者は考える。実際、上で触れたAmazonとWalmartのEmbedded Finance型サービスはネットマーケット出品者への事業性融資、Uberのそれはドライバーへの報酬送金というビジネスサービスだ。

特に筆者が注目するのは、特定業種の事業者に共通な課題へのソリューションを提供する、業種特化アプリにおけるEmbedded Financeの可能性だ。当該領域の事業者に不可欠なツールとの位置づけを獲得したビジネスアプリにおいては、決済や送金、ビジネス融資といった金融機能の組み込みで、アプリの利便性と収益力がさらに向上する向上させる可能性がある。ここでは米国から2つの事例を紹介する。

最初に紹介する「Wrapbook」はCMやTV、映画などコンテンツ産業向けのビジネスアプリ。この業界は俳優など演技者だけでなくメイクやヘアスタイルなど専門性を持った多様な人材によって成り立っているが、短期間の「プロジェクト型」の雇用である点が大きな特徴である。年に数回、下手をすれば数十回も契約行為をする従事者もいるが、雇用者の側も契約管理や給与支払い、必要な保険への加入など煩雑な作業に追われている。IT化が浸透していなかったこの業界をターゲットに2018年に創業したのがWrapbookで、雇用者と従事者を繋げるビジネスマッチング機能が支持されてリピート利用者が増大しているという。ビジネスマッチングというコア機能は非金融だが、ひとたび契約関係となったユーザー間では給与の支払いや保険の処理などで金融ニーズが生じる。WrapbookアプリはEmbedded Financeでそうした金融ニーズにも対応することで、コンテンツ産業向けビジネスアプリとしての価値向上を実現している。

次の事例は、ヨガスタジオ運営者向けビジネスアプリの「Mindbody」。ヨガスタジオは、インストラクタに対してレッスン用の部屋を貸し出し、当該レッスンへの参加者を募る。部屋・インスタクター・参加者の3者をマッチングし、3者それぞれのスケジュールを管理するのがコア業務となる。そして、参加者から受講料を徴収するための決済機能、そして売上の一部をインスタクターに報酬として支払う資金移動機能が、アプリの価値向上をもたらす金融機能となる。Mindbodyに出資している米ベンチャーキャピタルのアンドリーセン・ホロウィッツによると、同アプリは各ユーザー企業から月に約250ドルの売上を得ているが、そのうちサービス月額利用料は150ドルで、残り100ドルは決済機能の手数料等だという。決済機能の提供が収益性を大きく向上させていることになる。

日本国内でも、業種特化型アプリにおけるEmbedded Financeが既にある。注目したいのは、「建設現場で働くすべての人を支えるアプリ」と自らを位置付けている「助太刀」だ。2017年のサービス提供から急速にユーザー数を伸ばしており、既に16万を超える事業者が利用しているという。建設現場は70を超える職種の人材が適切な順序とタイミングで作業することで成り立っているが、現場が必要とする人材の確保は主に人脈と電話連絡に依存しており、業界としての大きなボトルネックとなっていた。助太刀は、建設現場と職人の間のビジネスマッチングをコア機能として提供し、作業報酬の円滑な支払いを支える金融機能として「助太刀あんしん払い」を提供している。また、個人で活動する「一人親方」が300万人以上、その多くが労災保険未加入という業界の改善を目指し、2019年にはアプリで申込が完結する「助太刀労災」も開始している。助太刀自身も、金融機能がアプリの価値を高めていることを明確に認識しており、「Fintech事業」を同社の柱の一つとして位置付けている。助太刀自身はEmbedded Financeという用語は用いていないようだが、これは国内におけるSME向けEmbedded Financeの代表事例と言えるだろう。

オープンAPIを駆使し、金融と異業種の新たな協業のかたちを実現しようとしているEmbedded Finance。個人向けの生活サービス分野だけでなく、SMEビジネスアプリにおいてもその変革力を発揮していくことを期待したい。

寄稿
株式会社インフキュリオン コンサルティング
マネジャー
森岡 剛 氏
株式会社日立製作所研究開発本部を経て2014年より現職。決済とフィンテックの豊富な海外事例情報を踏まえた分析に定評。社内外の各種メディアへの寄稿や社外講演など情報発信にも取り組む。博士(コンピューターサイエンス、トロント大学)。
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