本稿は、清水聡氏「日本のインフラ輸出推進戦略の現状と課題」(株)日本総合研究所、アジア・マンスリー2016年7月号の内容等を一部変更し、清水聡氏の許可のもと掲載したものである。
インフラ輸出推進戦略とは
インフラ輸出推進戦略とは、日本政府による成長戦略のひとつである。2010年6月に発表された「新成長戦略」において民間企業による「パッケージ型インフラ」の海外展開を推進する方針が打ち出され、2013年3月には内閣官房に「経協インフラ戦略会議」が設けられた。
戦略の内容としては、トップ・セールスの強化を含む官民一体の対応、国際協力機構(JICA)・国際協力銀行(JBIC)・日本貿易保険(NEXI)等の政府関係機関の支援機能の拡充などが主なものである。
2016年5月には「質の高いインフラ輸出拡大イニシアティブ」が発表され、今後5年間にインフラ分野に対して約2,000億ドルの資金等を供給することが目標となっている。質の高さには、設備の信頼性、現地経済への波及効果、社会・環境面の影響への配慮などが含まれる。
▼筆者:清水聡氏の関連著書
アジアの域内金融協力―金融「地産地消」モデルの模索
激流アジアマネー
アジアにおけるインフラ整備の現状
アジアでは、経済成長に伴って生活の高度化や都市化が加速しており、運輸・エネルギー・通信など、多様なインフラに対する需要が高まっている。
また、域内経済統合の進展とともに、域内の連結性(connectivity)の改善をもたらすインフラ整備の役割が重視されるようになっている。さらに、地球温暖化や自然災害などへの対策の必要性も、インフラ需要を増加させている。
アジアのインフラの水準には各国ごとに差があり、一部の国は世界水準に達しているものの、平均すればその水準が高いとはいえない。
インフラ全体の質に関する順位をみると、シンガポール・日本・マレーシア・韓国は20位以内となっているが、それ以外のASEAN諸国やインドはいずれも70位以下であり、インフラ整備の余地が大きいと考えられる。
例えば電気にアクセスできる人口の割合をみると、インドネシア・フィリピン・カンボジア・ラオス・ミャンマー・インドは80%未満であり、相当程度の人口がアクセスできていない。カンボジアとミャンマーは30%台と特に低い。インフラ全体の質に関しても、ミャンマーは目立って劣っている。
日本のインフラ輸出推進戦略の進展状況
新成長戦略とパッケージ型インフラの海外展開
日本政府は、2010年6月に発表された「新成長戦略」において、民間企業による「パッケージ型インフラ」の海外展開を推進する方針を打ち出した。
2013年3月には、内閣官房に「経協インフラ戦略会議」が設けられ、日本企業の海外展開を推進するために官民一体の戦略的対応やインフラ輸出に直結する公的支援ツールの強化などが検討・実施されている。
2020年にインフラ受注額を約30兆円とする目標が設定されており、実績も2010年の約10兆円から2013年に約16兆円、2014年に約19兆円と伸びてきている。
「質の高いインフラパートナーシップ~アジアの未来への投資」4本の柱
2015年5月、政府は「質の高いインフラパートナーシップ~アジアの未来への投資~」と呼ばれる基本戦略を発表した。
- 日本の経済協力ツールを総動員した支援量の拡大・迅速化
- 日本とアジア開発銀行(ADB)のコラボレーション
- JBICの機能強化等によるリスクマネーの供給倍増
- 「質の高いインフラ投資」の国際スタンダードとしての定着
ADBと連携して今後5年間で従来の約30%増となる約1,100億ドルのインフラ投資資金をアジア地域に提供するとした。これらの政策を展開し、かつ、民間の資金やノウハウも動員することで、質だけではなく量的にも十分なインフラ投資を実現していくとしている。
同年11月には「質の高いインフラパートナーシップ」のフォローアップが発表され、5月に発表された4本柱を推進するための具体策が盛り込まれた。
「質の高いインフラ輸出拡大イニシアティブ」
2016年に入ってもこうした戦略は着実に進展しており、5月23日には「質の高いインフラ輸出拡大イニシアティブ」が発表された。
その内容は従来の取り組みを一段と強化しようとするものであり、3つの柱の中心に「世界全体に対するインフラ案件向けリスクマネーの供給拡大」を掲げ、今後5年間の目標として、インフラ分野に対して約2,000億ドルの資金等を供給するとした。
従来の戦略と比較すれば、その対象はアジアから全世界に、また狭義のインフラから資源エネルギー等も含む広義のインフラに拡大され、さらに関係機関として従来のJICA、JBICにNEXI(貿易保険)、JOIN(交通・都市開発)、JICT(通信・放送・郵便)、JOGMEC(石油ガス・金属鉱物資源)が加えられることになった。
なお、他の2つの柱は「質の高いインフラ輸出のためのさらなる制度改善」(円借款の迅速化や民間企業の投融資奨励など)、「関係機関の体制強化と財務基盤確保」となっている。
G7伊勢志摩サミットで挙げられた5つの原則
2016年5月26~27日に開催されたG7伊勢志摩サミットでも、「質の高いインフラ投資」の基本的要素について国際社会で認識を共有することが重要であるとの観点から、「質の高いインフラ投資の推進のためのG7伊勢志摩原則」にG7として合意した。このなかでは、今後、質の高いインフラ投資を行う際に従うべき原則として5つの原則が挙げられた。
- 効果的なガバナンス、信頼性のある運行・運転、ライフサイクルコストからみた経済性および安全性、自然災害・テロ・サイバー攻撃のリスクに対する強靭性の確保
- 現地コミュニティーでの雇用創出・能力構築および技術・ノウハウ移転の確保
- 社会・環境面での影響への対応
- 国家および地域レベルにおける、気候変動と環境の側面を含んだ経済・開発戦略との整合性の確保
- PPP等を通じた効果的な資金動員の促進
アジア地域に対するインフラ輸出推進戦略の3つの課題
新興国参入による競争激化に対応
中国・インド・ブラジルなどの新興国の参入もあってインフラ輸出競争が激化しているため、インフラ設備の質の高さを強調する一方で、価格面での対応も図らなければならない。品質と価格のバランスを新興国のニーズに合致させることが受注のポイントになる。また、日本の得意分野といえる防災・環境などのプロジェクトに注力していくことも必要である。
民間資金の導入拡大が不可欠
アジアでは、官民連携(PPP)の法的枠組みや制度が整備の途上にあること、様々なリスクが高く投資家を見出すのが容易でないこと、国内の金融システムが十分に発展していないために国内資金の利用が難しいことなど多くの障害が存在しており、その克服のために多様な取り組みが求められる。
日本政府としては、ADBとも協力し、アジア諸国に対してPPPに関する法規制や制度の整備を支援するとともに、公的部門による資金援助に加えて日本の民間部門からの投資拡大を促す方策を検討する必要がある。また、域内金融協力の強化などにより、各国の長期資金調達手段の拡充を図ることも重要である。
途上国の政策を支援
真に途上国の経済成長や貧困削減に資する政策を支援していくべきであることはいうまでもない。その意味でも、個別案件ごとにインフラ整備の効果を精査する姿勢が必要である。また、より有効な支援を行うためには相手国の経済発展戦略などの政策立案に関与できることが望ましく、相手国との信頼関係の構築や発言力の強化にも注力すべきであろう。
加えて、その国の経済発展が日本にとってどのような意味を持つかを考えることも、当然重要となる。
▼筆者:清水聡氏の関連著書
アジアの域内金融協力―金融「地産地消」モデルの模索
激流アジアマネー
転載元:アジアマンスリー 2016年7月号(株式会社日本総合研究所)
- 寄稿
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株式会社日本総合研究所清水 聡 氏
調査部
主任研究員