政府・自民党のデジタル市場戦略~プラットフォーマーの取引実態の把握と経済成長に資する金融ビジネスを後押し


FinTechなど新しいビジネス領域は担当省庁がまたがり、政府がルールづくりで迅速に対処するのは難しい。安倍晋三政権を支える自民党では、新産業は党の政務調査会の委員会などでカバーし、経済社会の変化に応じた政策を立案する。同党IT戦略特別委員会委員長で参議院議員の林芳正氏に、プラットフォーマー規制や金融デジタル市場の行方を聞いた。

  1. 事2020年の通常国会に「取引透明化法」を提出
  2. 与信や資金調達、保証など「信用創造」分野のサービスに注目
目次

2020年の通常国会に「取引透明化法」を提出

─2018年10月に自民党のIT戦略特別委員会の委員長に就任した。

 現在は、主に2つの政策づくりに注力している。まず、国および地方自治体などの情報システムやデータを集約・標準化・共同化し、原則オープンな形で誰もが利用できる公共財となるよう設計する「デジタル・ガバメント」。そして、日本企業とグローバルなデジタル・プラットフォーム企業がせめぎ合う市場のイノベーション促進と独占禁止法など関係法令の枠組みを再編する「デジタル市場のルール整備」だ。

─2019年6月閣議決定の「経済財政運営と改革の基本方針2019(骨太の方針)」には、内閣官房にデジタル市場の競争状況の評価などを行う専門組織の設置が盛り込まれている。

 国際的データ流通の枠組み構築には、その前提として、国内におけるデータの収集・保管・管理・流通などについて強固かつ明確な枠組みを構築する必要がある。我々も産業競争力強化の観点から、データの種類や構造に応じた戦略的管理について議論を重ねてきた。そこから生まれたアイデアの一つが、省庁横断的に多様かつ高度な知見を有する専門家で構成される、国内外のデータ・デジタル市場に関する専門組織「デジタル市場競争本部(仮称)」の早期創設だ。同組織には、データポータビリティやオープンAPI(データ連携の接続仕様公開)に代表されるデータ利活用とイノベーション促進の権限とともに、独占禁止法をはじめとした関係法令に基づく調査結果といった報告を聴取する権限などを付与する。

─「骨太の方針」では、2020年の通常国会に「デジタル・プラットフォーマー取引透明化法(仮称)」の提出を図るとしている。

 グーグルやフェイスブック、アマゾンなどのプラットフォーマーは、中小企業・ベンチャー、フリーランスにとって国際市場を含む市場へのアクセスの可能性を飛躍的に高める。その一方、プラットフォーマーと利用者間の取引で契約条件やルールの一方的な押し付けなどの問題が生じる恐れもある。このようなデジタル市場特有の取引慣行などの透明性および公正性確保のための法制やガイドラインが必要と考え、同法の提出を目指すに至った。例えば、契約条件や取引拒絶事由の明確化・開示、商品検索結果の表示順の明示、プラットフォーマーが自身の商品・役務提供を優遇する場合の開示、取引先の中で最も有利な取引条件を求める最恵国待遇条項、苦情処理システムの整備義務などの項目を検討していく。

─法案名称を「取引透明化」とした狙いは。

 リアルな店舗を通じた取引とは異なり、デジタル市場の取引では、契約条件やサービスの押し付け、過剰なコスト負担、取引拒絶などの理由が分かりづらいケースが少なくない。プラットフォーマーの取引先や利用者が、不当な不利益を被らないルールづくりが必要だ。ただし、ルール整備がデジタルイノベーションを阻害しては元も子もない。外国企業が国外で行った反競争行為について日本の法律が適用できるかという「域外適用」の問題もすぐには解決できないハードルといえるだろう。当初はcomply or explain(従うか、または、従わない理由を説明する)といった自主性を尊重したルールを検討する。法制度をベースに、政府や省庁が中心となり、まずは取引実態をしっかり確認・把握するところから始めたい。

─グローバル規模のプラットフォーマーは、ほぼ米中の2カ国に限られている。「日本発のプラットフォーマー」が出る可能性は。

 可能性は十分あると思う。米中発の大手プラットフォーマーは、「決済」「SNS(交流サイト)」「検索」のいずれかからスタートし、他のビジネスに進出している。したがって、この3分野から日本発のプラットフォーマーが誕生するのは、なかなか難しいのではないだろうか。日本には、世界トップクラスの品質と実績を誇る医療、公的介護、就業管理、レジャーなどの社会インフラがある。これらの分野を足掛かりに、金融など他分野に事業範囲を拡大する日本発のプラットフォーマーの出現を望んでいるし、見込みはある。AI(人工知能)を駆使したプラットフォーマー同士の競争で勝負を分けるのは、回帰分析に使うデータ量だ。日本だけでは足りない分は、インドやEU(欧州連合)などと組む選択肢も考えられるだろう。

与信や資金調達、保証など「信用創造」分野のサービスに注目

─日本の金融デジタル市場では、機能別・横断的な規制体系の確立が課題といわれる。

 金融デジタル市場のキーワードの一つは「アンバンドリング(個別機能特化)」と見ている。IT(情報技術)の進展などにより、例えば決済分野ではキャッシュレス特化型企業の存在感が高まっている。スマートフォン経由でサービスを提供するなど店舗を持たない“身軽な”異業種参入組もさらに増えるだろう。各「機能」の中で、個々の業務内容やリスクの差異をどう認識・測定し、規制・ルールに差異を設けていくかを含めた制度設計が必要だ。

─足元では、キャッシュレスなどの「決済」分野の注目度が高い。

 2019年10月の消費税率引き上げ対策として、政府はキャッシュレス決済をした買い物客にポイント還元する。この消費者還元事業は9カ月の期間限定政策のため、2020年7月以降は商店街などで買い物をしたときに得られる「自治体ポイント」の仕組みを活用して、マイナンバーカードを使った買い物にポイントを加算する予定だ。このように決済分野は、景気対策や送金コスト削減などに効果が見込めることから今後も普及・進展が望まれる。

─地方自治体のデジタル化の推進は、FinTech企業のビジネス機会の拡大にもつながるのでは。

 確かにそのような効果も考えられる。政府は、地方自治体におけるデジタル・ガバメントを実現するため、デジタル手続法に基づく取り組みについて地方自治体への展開を促す。地方自治体が保有するデータは、個人情報の保護を徹底しつつ、その活用策の考え方を2019年度内に整理し、推進する。「骨太の方針」にも明記されているが、政府情報システムの調達においても、機動的かつ効率的、効果的なシステム整備に資するよう、契約締結前に複数事業者と提案内容の技術的対話を可能にする調達・契約方法を2020年度から試行的に開始する。

─これからの金融デジタル市場で注目している分野は。

 与信や資金調達、保証など信用創造に関する分野で新しいサービスや仕組みがもっと増えてほしい。日本経済のさらなる成長には、有望企業に資金が向かい、それを元手に研究開発や設備投資が盛り上がり、結果として賃金上昇と消費が活発化するプラスの循環の勢いが増すことが不可欠だ。その起点となる与信や資金調達、保証の分野の新しいデジタルサービスが広く浸透すれば、経済成長の恩恵は地方にも及ぶようになるだろう。

─「信用創造」分野は、対面型の銀行や証券会社といった伝統的な金融機関の強みである長年の実績や顧客との距離の近さが存分に発揮できるといえそうだ。

 その通りだ。もちろん、インターネット専業金融機関にとっても、投資先企業の成長に伴って新たなビジネスチャンスが生まれるなど、事業機会の継続的発生が期待できる。それぞれの金融機関や企業が、自社の強みを踏まえ、金融デジタル市場で自らが活躍できるフィールドを見出してほしい。我々は「大手プラットフォーマー=悪」といった単純な先入観は持っていない。利用者ニーズに応じた商品・サービスを提供する妨げにならないよう、代理・媒介プロセスについてはルールをできるだけ共通化していくことが大切だ。

林 芳正 氏
寄稿
自民党
ホールディングス
IT戦略特別委員会
委員長
衆議院議員
林 芳正 氏
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