【連載】金融機関の新しい人材育成―セルフコーチング③ セルフコーチングの理論と実践

【連載】金融機関の新しい人材育成―セルフコーチング③ セルフコーチングの理論と実践

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セルフコーチングとは、文字通り自分で自分をコーチするものだ。セルフコーチングを身に着けることで、問題にぶつかった時、悩んだ時、落ち込んだ時、進むべき方向が明らかになり、安心して行動することができる。
本稿では、セルフコーチングの理論と実践について解説する。

  1. セルフコーチング
  2. 認知行動療法の理論
  3. 認知の自覚
  4. セルフコーチングの実践
  5. まとめ

セルフコーチング

セルフコーチングは、心理学の認知行動療法を基にしている。認知行動療法とは、人の認知、行動、気分、身体に関する問題を解決する精神疾患の治療方法だ。昨今、精神疾患だけにとどまらず、日常のストレス対処法としても実証され、あらゆる問題に対応しうる心理療法と言われている。認知行動療法のゴールは、自分で問題や課題を解決できるセルフカウンセラーになることだ。セルフコーチングは、このセルフカウンセリングを仕事のパフォーマンス向上に応用したものだ。

認知行動療法の理論

認知行動療法を形成する理論の一つにABC理論がある。(以下の図を参照)結果は出来事によって引き起こされるのではなく、出来事をどのように解釈するかによって変わると言われ、ABC理論と呼ばれる。Aは、Activating eventsで出来事、BはBeliefで認知、CはConsequenceで結果だ。Cは、Aだけでは決まらず、むしろBの認知が、大きく影響しているとされる。

認知行動療法では、人間の行動を司るシステムの構成要素として、「認知」、「感情」、「身体」、「行為」を認知行動モデルとして表す。(以下の図を参照)このモデルを基に、問題の成り立ちの仮説を立案する。
例えば、「担当している仕事が複数になる」という出来事が発生したとする。これを受け、「これ以上、仕事を受けることはできない」といった認知が生じ、イライラして仕事を断る。この結果、評価が下がり、さらに否定的な認知になっていく。人間の反応は、出来事に対する認知が感情や行動を決め、結果を導き、さらに認知に作用する循環となっている。

認知の自覚

認知を自覚するとはどういうことなのか、紙面上で実践してみたいと思う。まず、次の資料を30秒見ていただきたい。

さて、どのような感情が湧いてきただろうか。以下の0%から100%までのスケール上に、各感情の度合いをマークしてみてほしい。

資料を見てどのように思い、どんな行動を取りたくなっただろうか。以下は、認知、感情、行動の例である。「①あぁ、これは自分の姿だ。この先厳しいな。」と思われた方は、不安、辛い、苦しい感情が大きかったのではないだろうか。転職活動を始めようと考えたかもしれない。一方、「③会社にいても安泰じゃなければ、自分のやりたいことをやろう。」と思われた方は、ワクワク感が大きくなったかもしれない。目標に向い計画を立てようと考えたかもしれない。感情から見てきたが、実際には、物事に対し最初に思い浮かぶ認知が感情を決めている。この認知と感情が、行動を決める。

セルフコーチングの実践

セルフコーチングの実践方法に入る前に、ポイントを以下に整理したい。セルフコーチングのポイントは、「見える化」、「気づき」、「失敗しても良い」の3点である。

ポイント 説明
見える化 見える化することで問題を客観的に見ることができ、解決のアイディアが出やすくなる。
気づき 認知に歪みがある場合、気づきを与え認知を変えていく。
失敗しても良い 実験のつもりで失敗してもよいと思うと、勇気を出して行動し易くなる。

次に、認知の歪みについて説明したい。認知の歪みとは、極端に非合理的な考え方だ。人は誰しも少なからず認知の歪みがあると言われる。認知の歪みの代表的なものを以下に記す。セルフコーチングでは、この認知歪みの修正を目指す。

認知の歪み 説明
一般化のしすぎ 1つか2つの失敗や嫌な出来事だけを根拠に「いつも~だ」「すべて~ない」のように一事が万事式に考える。
自分への関連づけ 良くないことが起こったとき、自分の関係ないことまで自分に原因があるかのように考える。
根拠がない推論 はっきりした根拠がないまま結論を急ぎ、否定的にあれこれ考える。
感情による決めつけ 客観的事実ではなく、自分はどう考えているかを手がかりにして、状況を判断する。
全か無か思考 白か黒かをはっきりさせないと気が済まない。YesかNoか、善か悪か、敵か味方かなど、極端な判断をする。
すべき思考 「~すべきだ」「~しなければならない」といった言葉で表現される考え方に固執する。
過大評価と過小評価 自分の短所や失敗を実際よりも過大に考え、長所や成功を過小に考える。逆に、他人の長所や成功を過大評価し、短所や失敗を見逃すこともある。

それでは、セルフコーチングを実践する際の流れについて説明する。慣れてくると、白紙の手帳で実施できるが、ここでは表を利用する。(以下の図を参照)
まず、落ち込んだり不安になったりと感情が大きく動いた出来事を対象に、その出来事がいつ、どこで、だれが、何が、どのように発生したかを記載する。次に、出来事に対する認知を、私は、〇〇〇と思う、といった形式で記載する。最初は認知がわからない方もいるかもしれない。その場合は、先に感情を記載してほしい。感情は、最大100%とした場合のパーセンテージで表示する。ここで、思いついた認知と感情が論理的につながっているかを確認してほしい。例えば、「上司から追加の仕事を依頼された」に対し、「忙しい」といった認知では、感情の「寂しい」「焦り」「辛い」にうまくつながっていない。この場合、感情の手前に何らかの認知が存在しているはずだ。最後に、この認知が正しいと判断する根拠を記載する。

今度は、先ほどの認知が正しくないと仮定する。(以下の図を参照)
このケースでは「まだ仕事を受けることができる」とした場合の、根拠を反証欄に記載する。反証の根拠を考えるヒントとして、経済産業省の社会人基礎力を活用する。社会人基礎力は、「前に踏み出す力」、「考え抜く力」、「チームで働く力」の3つの能力と、12の能力要素からなる仕事能力のベストプラクティスである。反証は、自分の自然な認知を否定することになるため、なかなか慣れないかもしれない。気持ちが安定し落ち着いている時に実施することをお勧めする。次に、適応的思考を考える。認知から、思考が変わっていることに気づくはずだ。さらに、この時の感情の変化を、改めて表示する。ネガティブな気持ちが低下しているはずだ。最後に、今日から始められる小さな行動を書く。この一連の手順を踏むことで、気持ちが、できないから、小さなことでもまずはやってみように変わる。

まとめ

本連載では、「金融機関の新しい人材育成―セルフコーチング」について解説してきた。働き手を取り巻く環境は、ここ数年で大きく変わった。働き盛り人口の減少、低い労働生産性、低いエンゲージメントと、多くの課題が存在している。金融業界に入職する人材は減少傾向にあり、貴重な人材の育成の要となる管理職は多忙である。管理職の部下マネジメントを補完する仕組みが求められ、解決策の一つとして、セルフコーチングを紹介した。
変化の激しい環境において、金融機関が生き残っていくためには、人材が要であることは自明だ。多くの金融機関が、貴重な人材を活かす取り組みを、積極的に推進することを願う。

寄稿
ピープルエナジー株式会社
代表取締役
伊集院 正 氏
保険会社を経て、1999年KPMGコンサルティングに入社。ITリスクマネジメントおよび金融機関のコンサルティングに従事する。2017年より金融セクター担当の執行役員パートナーとして、金融ビジネスの拡大に寄与。2022年、ピープルエナジー株式会社を設立し、従業員セルフコーチングプログラム「Change」の提供をスタート。