- FinTechが描く未来
- FinTechが拓くAPIエコノミーの魅力
- ペイメント(決済)にかかる最先端のエコシステム
- 二年連続の銀行法改正と実務界での検討状況
- 住信SBIネット銀行のFinTechに関する取組み
FinTechが描く未来
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基調講演
【講演者】
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日本銀行
決済機構局 FinTechセンター長河合 祐子 氏
FinTechという言葉の定義は、これまでもあたりまえに行われてきた、単なる「ITを活用した金融サービス」というものに留まらない。現在ITの世界では、技術の発展による情報処理コストの低下やデータ蓄積の高度化等、これまでとは異なるレベルでの変革が起きている。
一方金融の世界はどうだろうか。スマートフォンの普及により、個人の情報発信やつながる能力は格段に向上した。連絡、購買、決済までの全てをスマートフォンで完結できる今の時代の顧客にとっての金融サービスは、同様に便利な存在へと進化しているだろうか。金融を特別扱いせず、他のサービスと同様に、Techを使いこなして新しい形を構築する、これがFinTechの本質だ。
発想としては、「FinTechで何かをやる」というものではなく、課題を明確にしたうえで、それを解決し得る最適なTechを活用するという考え方が重要だ。発展途上の技術も多いが、課題の定義が適切にできれば、利用できる技術は増えている。
銀行口座を持たない人が送金できない、偽札や盗難が多く安全な決済ができない等、アフリカや新興国で見られるこれらの課題は、日本ではあてはまらない。日本では、現金利用にまつわる面倒や、経理処理の手間などが課題として考えられ、これらの観点から顧客満足度向上を図るアプローチが有効だ。
中国の都市部では既に、現金やクレジットカードが日常生活でほとんど利用されていない。少額支払や個人送金、割り勘までもがQRコードで行われ、融資や資産運用の申し込みもスマートフォンで可能だ。
そして、大半の個人取引は銀行を経由しておらず、デジタルウォレット間での決済で完結する範囲が急拡大している。さらに、そこで滞留した資金の運用や、情報を活用した信用格付による個人や企業融資等のサービスを、既存の金融機関以外の事業者が行うというDisruptionも起きている。
銀行口座やATMの普及率等、前提条件が異なる日本でこれと同じことが起こるとは一概には言えないが、FinTechによる解決が期待される場面は多くある。
モバイル端末接続でクレジットカード決済を可能にする小規模店向け小型POSレジの普及は、決済の簡素化や低コスト化を後押しするだろう。クラウド会計は経理処理を自動化し、ロボアドバイザーやテレマティクス保険は、個々に合った金融サービスの普及に貢献する。金融機関においても、スキャニング、ロボティクスの活用による事務効率化や店舗待ち時間の削減、システム経費や人件費の引き下げが期待できる。API活用は他社アプリ等との連携を可能にし、顧客が使いやすいインターフェースの構築も加速するだろう。
取り組みにあたっては、マス・マーケティングではなくカスタマイズの重視、中央集権的で閉鎖的な要素を排除したオープンな発想、素早くスタートして実験と改良を繰り返すアジャイル的な姿勢が求められており、これら重要な要素をいかに関係者へ浸透させられるかが成功の鍵となる。同時に、中抜きや分散化によるコストダウンや、情報セキュリティ対策も不可欠な要素だ。
人口減少や小規模事業者の経営リソース不足等、日本経済の課題の解決に向けても、FinTechが何かしらの役割を果たせるのではないかと期待している。機能分化やシェアリングの加速は、情報流通や他者との連携を促進し、これまで不利な立場にあった小規模事業ほど、スピーディーな意思決定を武器に、より優位に立てる可能性も十分にある。ブロックチェーン、DLT、ディープラーニングによるAI等、便利な世界の実現を可能にする新技術の分野には、我々としても特に注目している。
FinTechが拓くAPIエコノミーの魅力
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【講演者】
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日本アイ・ビー・エム株式会社
エグゼクティブ・アーキテクト早川 ゆき 氏
FinTechの中でも、特にPFM系サービスが急速に普及しているが、ひとつのアプリで複数の銀行口座の管理が行える便利さがある反面、金融機関のサービスで利用するIDやパスワードをFinTechアプリに預けてやりとりする現状の仕組みにはセキュリティ面で不安を感じる声があることも事実だ。
これは、金融機関がAPI公開を進めることで解決できる。IDやパスワード等の個人情報の代わりに、認証認可プロトコルに基づくアクセストークンを利用すれば、非常に安全なアクセスが可能となる。さらに、APIの魅力はこれだけに留まらない。
先行する欧米では、FinTechアプリが金融以外の事業者と連携して、個人属性や行動データを分析し、例えば飲食店や旅行等、個人レベルでターゲットを絞ったプロモーションを行っている。
アメリカで人気の中古車販売サイトは、自らは製品在庫やサービスを持たず、メーカー、小売店、銀行、保険会社などが公開しているAPIを利用してユーザーと各事業者をつなぎ、自社サイト上で全ての取引を完結できる便利な仕組みを構築した。より自分に合った有益な情報が得られ、各社のサイトや店舗を別々に訪れる必要が無くなる等、APIの普及はユーザー目線で便利なエコノミーの広がりを実現している。
APIオーナーにとってもメリットは大きく、例えば、直接自社の営業担当者がアプローチしなくとも新規顧客からの申し込みが増える等、ビジネスチャンス拡大効果がある。
また、API公開は、モバイルアプリ開発の実質的な外部アウトソースを可能にする。外部の力を借りることで、頻繁な改良に伴う開発負担の回避だけでなく、金融機関が思いつかないような面白いアプリにより新しい顧客体験が創造され、間接的な金融サービスの利用増加が期待できることも、APIエコノミーの重要なポイントだ。
API公開の早期実現を支えるべく、IBMはAPI ConnectというAPI開発・管理プラットフォームを提供している。既に300以上の導入実績があるこのプラットフォームは、セキュリティ、パフォーマンス、アナリティクス、API標準への準拠、APIライフサイクル管理等、API公開にあたって重要となるポイントをカバーしており、特に金融機関から高い評価を得てきた。
数か月程度の期間でAPI公開ができるよう、プログラミングを極力不要とするツールを揃えており、プロトコルやフォーマットの変換、外部が求めるサービスと内部で管理するサービスの粒度差異の調整、APIアクセスの制限も簡単に操作可能だ。また、安定稼働のため、コンポーネントもスケーラブルに構成できるようにしている。
日本ではFinTechの世界でAPIが先行しているが、他にもRegTechやHealthTech等の様々な分野も含めてAPIの標準化が進めば、業界を跨いだ画期的なAPIエコノミーが、モバイルアプリ起点で誕生する。
スペインで誕生したQklyというアプリが良い例だ。これは特定のエリアで利用されたクレジットカードの取引データから、近隣観光地の混雑ピークを知らせる旅行アプリで、待ち時間を回避しながら効率的に観光したいユーザーから高く評価されている。
日本でも、医療機関の健診データを分析した結果をAPIで外部に提供する取り組みが始まっており、今後スポーツジムやウェアラブル端末メーカー等の様々な業種とのコラボレーションが進むことが期待されている。
FinTechだけに留まらない多くの可能性を秘めているこのAPIエコノミーの魅力を、多くの事業者が安全に手に入れられるよう、当社としてもAPI管理プラットフォームの提案に力を入れている。
ペイメント(決済)にかかる最先端のエコシステム
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【講演者】
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PayPal Pte., Ltd.
Director, Government Relations & Legal Counsel安念 宣子 氏
PayPal社は米国を本拠に、現在約200ヵ国100通貨に対応する決済サービスを提供している。銀行口座やクレジットカード情報を都度入力すること無く、ワンクリックで支払できる便利で安全な決済手段は、eコマースにおけるグローバルスタンダードとして認知され、設立以来順調な成長を遂げてきた。
我々の傘下で提供しているvenmoは、割り勘決済に利用できるスマートフォンアプリで、登録先の中から送金したい人を選んで、金額を入力するだけで、友人間の即時決済ができる。請求や受取に関するメッセージのやりとりのためのSNS機能を設けたこともあり、米国ではミレニアル世代を中心に人気を得ている。最近では、複数の米国大手銀行が共同で行う、Zelleという類似のサービスの開始予定も発表され、資金移動業者と既存の銀行との競争は今後一層激しくなると見られている。
このような利便性の高い決済が日本で浸透しないのはなぜか。他国で先行するサービスを日本に導入しようとする際、日本特有の厳格な本人確認手続が最大のネックとなる。対応するには、ビジネスモデルの変更や技術的な仕様変更に伴う追加コストを要し、また、利用者にとってもでも手間のかかる決済となってしまう。
さらに、資金移動業者登録に伴う供託金やインフラコストの負担も大きく、スタートアップ企業にとっての参入障壁は高い。決済分野でのガラパゴス化を回避すべく、日本が目指すべきグローバルスタンダードの形はどのようなものか。
先行する欧米各国では、リスクベースに基づく本人確認が採用されている。高額クロスボーダー取引等の高リスク決済と、明確な支払根拠がありクローズドな関係の中で発生する少額の低リスク決済とが切り離して考えられ、後者では利便性を優先すべく、都度の本人確認は簡易なものとなっている。
マネロン規制強化の流れに反する動きだと誤解されやすいが、この方式は単に入り口を緩和するだけでなく、事後モニタリング強化を同時に行うもので、疑わしい取引の検知精度は格段に向上しており、全体としては堅固な体制が実現している。
日本でも、実効的で合理的な手段を生み出していくことが非常に重要だ。
フィナンシャル・インクルージョンの観点からも、新たなサービスが次々に誕生している。米国やオーストラリアで急速に普及しているワーキングキャピタルというサービスは、中小事業者にリスクマネーを共有するトランザクションレンディングと呼ばれるもので、PayPal経由で行われる日常の決済データから、企業の売上や支払サイクルを詳細に把握し、最短1日の審査時間で融資審査が完了する。
日本でも、金融機関と連携してこの種のサービスを行うスタートアップは増えており、既存の枠組みを超えた連携で、新サービスを生み出しながらお互いに成長を目指すというこの形は、これからあるべきビジネスモデルの姿だと言える。
日本はFinTechの世界で当初遅れをとっていたが、最近は法改正もあり、他国へ急速に追いつき始めている。割賦販売法の改正では、決済代行業者の法的地位が確立され、加盟店調査にリスクベースの発想がある程度取り入れられた。銀行法改正でも電子決済等代行業者の定義が明確化され、政府としても銀行に対するAPI公開を促す等、新規ビジネス参入を加速させる流れが起きている。
新しく面白い世界になると同時に、法令の複雑化等、コンプライアンス面からは多難な時代へ突入する。FinTechのエコシステム構築を推進すべく、あるべき規制や実証環境実現への前向きな提言を、我々事業者としても積極的に行っていかなければならない。
二年連続の銀行法改正と実務界での検討状況
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【講演者】
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森・濱田松本法律事務所
パートナー 弁護士堀 天子 氏
グローバルレベルでの情報革新技術の進展の動きに合わせ、日本でも非金融機関による決済サービスへの参入が増えてきたことを背景に、2014年頃から金融庁でもこの分野の検討が開始された。翌年には各種ワーキング・グループが発足し、金融とITの融合、CMS高度化、電子記録債権の利便性向上、全銀システムを含む既存インフラの見直し、仮想通貨対応等の決済業務高度化に関するテーマ、また、金融グループの経営形態や共通業務集約等、制度のあり方に関するテーマが議論された。
これらの流れが、銀行と非金融機関との協業を推進する法改正や、仮想通貨法制の整備等、2016年に行われた第一の銀行法改正へとつながっている。この改正においては、銀行業高度化等会社と認可された企業に対して、銀行による直接出資が認められた点が注目すべきポイントだ。
この認可には規制当局も柔軟な検討姿勢を示しており、異業種連携の加速に重要な役割を果たしている。合わせて同改正では、デビットカードを活用した第三者によるキャッシュアウトサービスも解禁され、一定の条件を満たした小売店舗の店頭で、銀行預金からの現金払出が可能となった。ただし、委託先の選定要件が厳しく監督も必要であり、またATM普及率が高い状況下、どれほどのニーズがあるかという観点から、今後検討されていくものと考えられる。
EUでは決済サービス指令(PSD2)において、FinTechのキープレーヤーである中間的業者に対する制度の枠組みが整備され、決済指図伝達サービス提供者(PISP)は免許制、口座情報サービス提供者(AISP)は登録制となった。そして、これら業者からの接続要請がある場合、それに応じる義務が銀行に課される点は画期的で、これは実質的に銀行等にオープンAPIを義務付ける施策となっている。
日本でも積み残し事項の議論は続き、特に金融機関とFinTech企業とのオープン・イノベーションを進めるための制度的枠組みの検討が行われてきた。そして、EUの動きも踏まえて2017年に行われた第二の銀行法改正では、日本においてPISP、AISPはともに登録制が導入されることとなった。
当該業者は、人的構成や財務要件、情報の取扱いや安全管理に関する体制整備が義務付けられ、連携する全ての金融機関と契約を締結し、それを公表する必要がある。金融機関側には、電子決済等代行業者等との連携・協働に係る方針と、契約締結に際して当該業者に求める基準の作成および公表が義務付けられた。
また、当該事業者が顧客から識別符号等を受けることなくサービスを提供できるよう、金融機関は体制整備の努力義務を負うものとされ、API公開を含めた対応の検討が急務となっている。
実務界では、全銀協において、セキュリティ対策や利用者保護等を含めたオープンAPIのあり方に関する検討会報告書がとりまとめられ、また、FISCはワーキング・グループを設置し、API接続先チェックリストの公表を行った。今後、各金融機関においては、FinTech企業との連携・協働にかかる方針や基準等の作成と公表、FinTech企業においては、登録に向けた体制整備と各金融機関との契約締結等、あらゆる項目を早急に進めていかなければならない。
銀行のオープンAPIがもたらすインパクトは非常に大きい。サービス事業者にとってはバンキング業務を自社サービスに取り込み、画期的なサービスを生み出すチャンスになるだろう。金融機関にとっては、店舗、ATM、インターネットバンキングに続く第4のチャネルとなるこのAPIを積極活用し、エンドユーザー起点で魅力的なエコシステムを作り出していくことが重要課題となるのではないか。
住信SBIネット銀行のFinTechに関する取組み
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特別講演
【講演者】
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住信SBIネット銀行株式会社
FinTech事業企画部長吉本 憲文 氏
2007年に開業した住信SBIネット銀行は、特に住宅ローンの取扱いに強みを持つインターネット専業銀行で、FinTechの分野については、2015年に行ったマネーフォワードとの業務提携をきっかけに専門部署を立ち上げる等、金融機関としては早い段階から本格的に取り組んできた。
FinTechといえば、金融業界にイノベーションを巻き起こすものと期待されているが、そもそもイノベーションを定義したと言われるシュンペーターによれば「new combination(新結合)」と書かれており、組み合わせによってイノベーションが起きる、ということが分かる。また、FinTechは、今まで規制によって守られていた金融業界においては、アンバンドリング→リバンドリングの流れが進むとも言われている。これからは銀行API等を活用した無限の組み合わせが登場していく。そのときに、当社は、銀行にしか行えない固有業務は主軸に置きつつ、銀行APIを通じてあらゆる外部企業と連携することで、自分達だけでは実現し得ない面白いサービスを、無限に生み出す、FinTechのインフラになることを目指している。
「おつり」をテーマにしたイノベーションは様々誕生しているが、2005年にバンク・オブ・アメリカが開始した「キープ・ザ・チェンジ」はその先駆けだと言える。現金支払時のおつりに相当する小さな金額を、デビットカード決済の都度、自動的に貯金できるようにしたこのインターネットサービスは、セント単位のコインを貯める習慣があった、多くの米国ユーザーに受け入れられた。
当社でも、おつりを投資に回す少額自動投資サービス「マメタス」を運営するウェルスナビや、目標に向けた楽しい貯金を可能にする「finbee」を運営するネストエッグと、おつりに関する連携サービスを提供している。「finbee」で利用している更新系APIでは、アプリの目的である楽しい貯金を実現しようとすると、例えば銀行のデビットカードを使って決済するなど銀行サービスも利用されるため、「finbee」を利用していると銀行のポイントが貯まるほか、利用頻度に応じてATMや振込手数料の優遇も受けられる。
当社では、残高・入出金明細照会、本人確認済情報、振込連携機能、目的別口座に関するAPIなど、さまざまな種類のAPIを公開している。これらAPIの素早い公開を可能としているのが、汎用的なAPI基盤だ。
インターネットバンキングシステム上に構築した方が、安価に短期間で構築できるところを、あえて勘定系システム上に構築することで、構築時の費用や期間は増加するものの、その後の用途では非常に汎用的になる。例えば、社内活用にもこのAPI基盤は利用でき、その際、従来ならば勘定系システム側の対応にコストも時間も掛かるところが、API基盤を活用することで、大幅に期間を短縮して実現することができる。
この汎用的なAPI基盤が当社にとって重要な競争力の源泉となっている。APIをめぐっては、特に更新系APIの活用本格化や、銀行以外の業種でのAPI開放等が、今後注目すべき部分となるだろう。
新技術への挑戦においては、SBIグループ全体でR3という国際的なコンソーシアムへの参加や、分散台帳技術(DLT)分野において、Interledger Protcolを持つrippleが中心となって展開している内外為替一元化コンソーシアムへ参加している。今後もFinTechを活用し、銀行が顧客のニーズを予測してサービスを提供する「Bank3.0」の世界の実現に向けて、自らがFinTechのインフラになることを目指し、取り組みを進めていきたい。