「第一生命におけるデータ活用とリアルビジネスへの生かし方」

板谷 健司 氏
特別講演
【講演者】
第一生命保険株式会社
ITビジネスプロセス企画部 フェロー
板谷 健司 氏

<第一生命のDX戦略

近年、顧客との接点に変化が起きつつある。特にコロナ禍においてその傾向は加速し、顧客が求める接点や接し方、顧客ニーズにも変化が現れている。

こうした状況を受けて、我々自身も従来のアナログの営業・サービスから、デジタルを中心としたものに切り替えていく必要があるのではと考えている。アナログからデジタルへといっても、アナログを単にデジタル化すればいいというようには考えていない。どちらかというとデジタルにアナログを埋め込んでいくというイメージが正しい。このような試みにしっかり取り組むことで、顧客の継続的な体験、CXを高め、顧客に選ばれる会社になってほしいと考えている。

たとえばデータ利活用という観点からいえば、OMO、つまりオンラインの活動(データ)とオフラインの活動(データ)をマージするということだ。これまで蓄積されてきたオフラインの営業に基づくアナログのデータにデジタルのデータを組み合わせて競争に勝つ。このようなイメージを抱いている。

オンラインで顧客との日常とずっと接続しているところに、リアルなオフラインのチャネルが入っていき、オフラインとオンラインがシームレスにつながる形で顧客のフォローができる。このような構想(CXデザインシステム)のもとに、現在弊社でもDX戦略を進めているところだ。

<リアルビジネスにおけるAI・BIの本質

DXを推進するにあたり、AIやBIは欠かせない存在だ。AIによるデータ活用、BIを活用した業務効率化といったキーワードを聞いたことがある方も多いだろうと思う。しかし、AIやBIの本質に目を向けている人はどれくらいいるだろうか。AIは人間の知的活動をすべて代替できるものではないし、BIは自動で簡単に業務改善を行うためのツールではない。実際にこれらのツールを適切に使いこなすためには、まずAIやBIの本質を理解する必要がある。

<リアルビジネスにおけるAIの本質

AIは、認識、識別、分析、実行など人間の知的活動の一部を代替する機能が期待できるツールである。しかし、それはすべての作業を1つのAIができるということを意味しない。あくまでも、活動の一部を人間に代わって行ってくれるだけであって、1つのAIで「1人の人間が物事を理解して実行に移すまでのプロセス」をすべて行えるわけではないということだ。

AIが扱うデータには、大きく分けて非構造化データと構造化データがある。ビジネス領域で主に使われるのは解釈がしやすく、機械学習も容易な構造化データであるが、必要に応じて動画、画像などの非構造化データも合わせて活用していく必要があるであろうと考えている。

<リアルビジネスにおけるBIの本質>

数十年前からBIという言葉自体は存在していた。しかし、その本質を理解している人はAI以上に少ないのではないだろうか。私自身、上司や役員から「BIを導入するように」という命を受けた際に、ベンダーからいろいろな説明を受けても腑に落ちなかったような記憶がある。

BIについては、データが可視化できる、ビジネス工程の一部を自動化できる、分析結果を簡単に共有できるといった、わかるようでわからない説明をされることが珍しくない。しかし、上記のようなBIの活用術はむしろ亜流というべきものである。むしろBIの本質は「組織がデータに基づいて、経営上の意思決定を行うのを助ける」点にある。

BIはデータを可視化することを通して、新しい知見を得るための手助けをする。いわば分析において補聴器やめがねの役割を果たすものだ。可視化されたデータを実際に解釈するためには、人間の経験や知識が必要になる。したがって、BIやダッシュボードを入れたからといってデータ活用の民主化が起きるというわけではないということに留意する必要がある。

また、BIの本質という意味では、BIに入れるデータの選定力も重要になってくるであろうと思う。成果を出すためには場面ごとに適切なデータを選ぶ必要があるが、これは個人の経験や知識によるところが大きい。

さらに、BI活用が現場の担当レベルで止まっていると、どうしても自分の業務を効率化できればいいという視点しか得られなくなってしまう。部単位、部門単位、さらには全社レベルで活用するとどうなのかというところまでBI活用を進めることで、BIによって可視化できる範囲が広がり、会社の経営判断を助ける、あるいは新たな知見を得ると入ったBIのあるべき活用ができるのはないかと考えている。だからこそ実際にBIを導入する上では一段高い視点で、ユーザー部門とデータ活用部門が協力して取り組みを進めることが大切であろう。

データ活用をする上で、データの民主化は突破口の1つとして語られることが多いというように認識している。ビジネスをデータ活用によって動かしていく上では、上記のような視点を忘れないでいてほしいと思う。

<データ活用のガバナンス

データを活用する上では、ガバナンスも重要である。たとえばAIに意思決定を任せた場合、意思決定のプロセスがブラックボックス化し、アカウンタビリティに支障が出る、といった事態が起こり得る。これが一般企業で起きた場合、重大なトラブルにつながりかねない。ビジネスはどうしてもアクセルを踏む方に特化していきがちだ。だからこそブレーキを踏む大切さを理解し、実践する必要がある。

AIの例でいえば、欧米ではすでに意思決定そのものにAIを使うことは法律で禁止しようという動きが生まれている。あくまでAIは意思決定を行うための示唆をするものであって、最後は人間が決めるのだということだ。

つまり、データ分析結果の解釈は人間にゆだねられることになる。このとき、統計的な解釈ができるのは当然として、コンプライアンス的に正しく解釈をできるのかというのもAIを活用してビジネスの決断をする上では重要になってくるのではないかと思う。

<ビジネスで成果を生み出し続ける次世代型データ活用人材とは

DXはビジネスにおける変革、イノベーションを起こすために活用されるべきものである。デジタライゼーションを通じて顧客や従業員が体験価値を感じ、それをデータの形で得て、さらに得たデータの分析や理解を通じて新たな価値を生み出していく。データ活用に資金や人材を投じる価値もそこにあるのではないか。

業務をAIなどで自動化するにしても、AIを使いこなすために人の力が必要となる。さらに、ビジネスで成果を出し続けるためには、データを扱うデータサイエンティストの役割も重要だ。データサイエンティストというと、データの分析を行う人というイメージをもたれる方も多いかもしれない。

しかしBIダッシュボードのようにノンプログラミングでデータの分析や可視化できるツールが登場してきた今、データサイエンティストの担うべき役割はデータの分析ではなく、「リアルなビジネスにおいてデータを活用できるようにすること」に重点が置かれるべきだ。

従来のようにユーザー部門から依頼を受けてデータの分析をするだけでなく、自身のデータサイエンス力を使ってビジネス全体、会社全体を変革・改善していけるような人材が求められているのだ。

さらに、適切なオペレーションやモニタリングを通じてAIのマネジメントを行うことも今後のデータサイエンティストに求められる役割といえるだろう。弊社でもこのような点を意識して人材育成に取り組んでいるところである。