5G時代における金融機関のクラウド活用の最前線~事例① ソニー銀行~


昨今のFinTechやクラウドサービスの普及を受け、金融機関の中でもクラウド活用を検討する動きが広がっている。その動きを後押しするように、金融業界のガイドラインともいえる金融情報システムセンター(FISC)の安全対策基準にもクラウドサービスの利用に関する基準が盛り込まれた。この連載では3回にわたって、クラウドを利用する際の金融機関が注意すべき点と、クラウドの導入事例を紹介していく。今回は、「低コスト・高品質・短期調達」を基本方針に掲げ、勘定系システムのクラウド移行の検討をスタートしたソニー銀行の事例を紹介する。

  1. AWS導入の決め手は安全性・技術・低コスト
  2. 経済産業省のDXレポートは企業のシステム刷新を迫る
  3. クラウド活用の推進が金融機関の競争力を高める
目次

AWS導入の決め手は安全性・技術・低コスト

─クラウド導入の経緯を教えてください。

福嶋 当社ではITの基本コンセプトを定めており、その中で「低コスト・高品質・短期調達」を基本方針に掲げている(図表2)。クラウド導入は、この基本方針に基づく情報収集、調査の結果、たどり着いたものである。

ITの調達に関して言えば、すべてを自社で構築するより、世の中にある優れた製品やサービスを組み合わせて使うことが適切だと考えた。

技術に関しては、金融機関では安全性の観点から特定のシステムベンダーが提供する製品を使用するケースも多く見られるが、前述の基本方針に照らしオープン技術を積極的に活用することとした。

また、システムの構成については保守性などの観点から密結合ではなく疎結合を志向した。こうしたコンセプトに基づきクラウドの検討を進めた。

─アマゾンが提供するパブリッククラウドサービス「アマゾン・ウェブ・サービス(AWS)」に決めた理由は?

福嶋 これまで、当社はIT技術の動向について、常に情報収集・調査をしつつ、自社に採用すべき技術を見定めてきた。パブリッククラウドサービスもその1つである。

2011年頃から、実績や信頼性、技術力、費用対効果、セキュリティなど、あらゆる観点から自社に合ったクラウドサービスの比較検討を進めた。その結果、2013年末に銀行業務の周辺系システムと一般社内業務システムにおいてAWSの導入を決めた。

選定理由としては、AWSは、「ISO/IEC27001」、「PCIDSS」、「SOC1」「SOC2」など、グローバル基準の情報セキュリティ認証を取得しているほか、金融情報システムセンター(FISC)が定めるセキュリティ要件を満たしているなど、総じて高い安全性や優れた技術、低コストなどが決め手となった。

AWS導入にあたっては、当社の既存のリスク評価スキームに基づくアセスメントの実施や、導入コンサルタントとして野村総合研究所より助言を受けるなど、慎重かつ多面的に検討を進めた。

当社が評価を実施した2013年時点では、金融機関におけるクラウド利用の事例は少なく、とりわけ IaaS(インフラストラクチャー・アズ・ア・サービス:イアース)的な利用が本格化していなかったという事情もあり、当社としては慎重に評価する必要があった。

─クラウド導入の効果は?

福嶋 AWSへの移行は、2013年末頃から段階的に進めてきた。例えば、これまでにキャンペーンサイトをはじめ、Webコンテンツ管理(ワークフローシステム)、電子ファイリングシステム、オペレーションログ保管、顧客照会メール受信システム、管理会計システム、DB 監査システム、ファイルサーバなどの移行を進めてきた。

実際に、高いコスト削減効果を実感している(図表3)。オンプレミス(自社保有)環境に比べてインフラコストは40~60%程度削減できている。

オンプレミスサーバーでは構築後のリソース増強が容易ではないことから、ピーク時に求められる性能をもとにサーバーを選定することとなる。そのため、平時においては過剰なリソースを抱えるケースが多く見られる。

一方、AWSの場合はシステム負荷に合わせてメモリ容量や処理能力の柔軟な調整や、利用状況に応じたサービスの停止が可能であるため、過剰なリソースを常時確保する必要はなく、インフラコストは適正化される。また、新たなシステム構成・方式の実機検証においては、オンプレミスの場合は機器の購入や借用、環境設定などに多くの時間とコストを費やす必要があったが、AWSではこういった実機検証も低コストかつスピーディーに対応可能である。

そのほか、リードタイムが大幅に短縮されるメリットが挙げられる。仮に、新しくオンプレミスサーバーを構築することになれば、メーカーとのスペックの調整や価格の交渉に始まり、サーバーの注文・受注生産、設置場所の確保など、導入には数カ月程度の時間を要することも多い。

一方、AWSでは数日もかからず構築が完了するケースも存在する。また、個別のシステム開発案件において、急きょ新規サーバーが必要となった場合も、柔軟に対応可能である。


経済産業省のDXレポートは企業のシステム刷新を迫る

─富⼠通とクラウド勘定系ソリューション「FUJITSU Banking as a Service(FBaaS)」の検討を進めている。

福嶋 「低コスト・高品質・短期調達」の基本方針に立ち返れば、周辺システムや一般社内業務システムのクラウド移行が概ね完了する中、勘定系システムのクラウド移行も検討対象となる。周辺システムなどをクラウドへ移行するだけでも効果は実感できているが、今後、新商品やサービスを迅速に投入できる体制を構築するためには勘定系のプログラムも刷新する必要があると考えた。

他方、産業界全体においても、システム刷新の必要性が高まっている。2018年9月、経済産業省が発表した「デジタルトランスフォーメーション(DX)レポート」を見ると、日本企業の問題点としてブラックボックス化した既存システムの維持・保守に資金や人材が割かれ、新ビジネスの創出のための投資が不充分になっている点が指摘されているほか、「2025年までにシステム刷新を集中的に推進する必要がある」と明記されている。

こうした中で、当社は富士通とFBaaSの検討に着手した。現時点では検討段階にあり、未確定であるが、プラットフォームとしてAWSを採用し、その上に富士通のマイクロサービス化のコンセプトに基づき、勘定系のアプリを全面的に再構築する方向で検討を進めている。

クラウド勘定系システムの実現により、自社のビジネススピードを加速させ、競争力の強化につなげていきたい。

クラウド活用の推進が金融機関の競争力を高める

─金融機関のクラウド移行には、大きなハードルがあると言われている。

福嶋 日本銀行の公表資料によると、金融情報システムセンター(FISC)の安全対策基準の改訂などの後押しもあり、金融機関におけるクラウド導入は増加傾向にあるものの、基幹業務系システムへの導入はそれほど進んでいないように見える(図表4)。

その理由として、金融機関の基幹業務系システムは非常に高い安全性・信頼性が求められるため、実績が豊富で安定したテクノロジーを採用する傾向にあることが想定される。

一方、IT黎明期においては、金融機関が先進的なテクノロジーを積極的に採用し、ITを牽引してきた面もある。高い安全性・信頼性の確保と、新たなテクノロジー活用の両立は容易に達成できるものではないが、できない理由よりも、まずはどうすれば実現できるかを考え抜き、行動することが重要である。

金融機関のビジネスは、ITなくして成り立たない情報装置産業と言われており、金融とITの親和性は高い。クラウドの活用推進が、金融機関の競争力を高めることにつながると信じている。

福嶋 達也 氏
寄稿
ソニー銀行
執行役員
システム企画部 システム開発部
システム管理部 担当
福嶋 達也 氏
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