洋上風力発電事業の最新動向とプロジェクトファイナンス


2020年の秋田港・能代港洋上風力発電事業へのプロジェクトファイナンス組成を皮切りに、洋上風力発電事業に対する融資が大きな注目を集めている。本稿では、洋上風力発電事業を巡る最新動向を概観した上で、その資金調達で用いられるプロジェクトファイナンスという手法について基本的な考え方を紹介し、洋上風力発電事業における特有の留意点について解説する。

目次

洋上風力発電事業に対する融資に特有の留意点

日本では先行する欧州の知見も活用して最初期の案件からプロジェクトファイナンスによる資金調達が行われているが、洋上風力発電は世界的にみても比較的新しい事業類型で、先行する欧州でもプロジェクトファイナンスによる資金調達が本格化したのは2010年代以降であり、案件の蓄積が必ずしも多いわけではない。これに加えて、日本と欧州では法制度や気象条件等が異なることから欧州の知見をそのまま活用できる場面は限定的であり、日本における洋上風力発電事業に対するプロジェクトファイナンスの組成にあたって新たに検討すべき課題は多い。以下ではその中で代表的なものをいくつか取り上げたい。

(1)洋上工事の完工リスク

洋上の工事は陸上の工事に比べて難易度が高く、コストも高くなるため、陸上風力発電の工事に比べて洋上風力発電の工事では完工リスクに対する慎重な手当てが必要となる。
さらに、洋上風力発電に関する工事は洋上風車関連、海底基礎関連、海底ケーブル関連、陸上電気設備関連、港湾施設関連など洋上から陸上、土木から電気設備まで多岐にわたる工事が必要とされるため、プロジェクトファイナンスで一般的な単独のコントラクターとの間のフルラップのEPC契約の締結は実務上困難であり、複数のコントラクターとの間で複数のEPC契約を締結することが必要となる。一般にコントラクターの数が増えるほど契約管理や施工管理の難易度は増し、コントラクター間のインターフェイスリスク(業務範囲や責任範囲の溝)も増大するため、建設JVの組成や元請・下請関係の構築等によって適切なコントラクター体制を構築することが重要となる。このような契約管理・施工管理の観点から、洋上風力発電事業に経験を有するスポンサーが建設管理企業(EPCマネージャー)として工事に関与する例も見られる。
特にインターフェイスリスクについては、(1)施行前の段階では各工事の業務範囲の分担に抜け漏れがないか、(2)工事段階では関連工事間の連携が十分か、後続工事への悪影響に適切な手当てがなされているか、(3)完工後の段階では工事の遅延や事後的に発覚した瑕疵(契約不適合)に対する責任の所在が明確かといった視点から、それぞれEPC契約において適切な手当てを検討する必要がある。

(2)洋上風力発電所の操業・保守リスク

風力発電では風車1本の操業停止による発電所全体の発電量に対する影響が大きく、また、風車タービン等の主要機器について海外製品を利用することが多く代替部品の調達にかかる時間とコストが大きくなりがちなため、適切なメンテナンス体制を構築して発電所の稼働率を確保することが重要となる。さらに洋上風力発電の場合には、発電所が洋上に存在することからメンテナンス作業のためにCTV船のような特殊な資機材や洋上工事技術者等の確保が必要となるため、メンテナンス体制の構築、評価には特に慎重な検討が必要となる。
この点、プロジェクトファイナンスによる資金調達を行う場合、一般にレンダーの立場からは、十分な経験と信用力のあるタービンメーカーやO&M企業に対するメンテナンス業務の委託を通じた外部業者によるリスク負担が好まれる。他方で、スポンサーの立場からは、対象案件に特化したメンテナンス体制を構築してより効果的に稼働率を確保しつつメンテナンスコストの低減を達成するため、スポンサーやSPCによる操業保守業務の内製化が希望されることも多く、この点が融資条件の交渉における重要な論点となることがある。かかる内製化の要望については、スポンサーの同種業務の実績・経験やSPCに対する人材派遣等を通じたメンテナンス体制の実態等について、技術コンサルタントによる評価も踏まえて検討することが必要となる。

(3)洋上風力発電における自然災害・悪天候のリスク

洋上風力発電に関する工事や操業保守作業については、作業現場が洋上であることから船舶を用いた作業が必要となるため、陸上の作業に比べて自然災害や悪天候の影響を受けやすいという特徴がある。特に日本近海は欧州に比べて、地震、津波、落雷、夏季の台風や冬季の荒天といった厳しい風況、これを受けた波浪のうねりといった風力発電に悪影響を及ぼす事象が多いといわれており、これらの対策について慎重な検討が必要となる。
地震や台風等の自然災害については、契約上はいわゆる「不可抗力」として扱われコントラクターにリスクを転嫁することが難しいため、保険によるリスクカバーが基本となる。なお、複数のコントラクターやサブコントラクターが並行して作業することが想定される洋上工事では、保険の重複を避け、また、過失責任の原則に基づく立証の困難や裁判等の手続に要する時間を回避するため、契約上関連当事者が原因・過失に関係なく自己及びそのグループの財物や人員への損害リスクを負う旨を規定し(いわゆるKnock for Knock条項)、自ら負担したリスクについて保険を手配することがある。日本でもこのような保険アレンジメントが採用される例が増えてきたが、リスクを負担する「グループ」の範囲等の契約交渉については、保険コンサルタントとも協力して慎重な検討を行う必要がある。
また、自然災害/不可抗力に至らない強風等の悪天候であっても、船舶の航行に危険を生じさせるなど洋上工事への悪影響を生じることがある。洋上工事に関するEPC契約では、このような悪天候リスクへの対応が重要な論点の一つとなる。例えば、洋上作業が困難となる悪天候の条件を詳細に合意し、工事期間においてかかる悪天候が生じることが想定される日数をP-50等の一定の条件で算出し、これを予め工期の猶予期間として組み込んでおくといった対応がとられることがある。

最後に

以上みてきたように、洋上風力発電事業にはこれまでプロジェクトファイナンスの対象となってきたプロジェクトでは問題とならなかったような新しい課題が多数存在する。他方、カーボンニュートラル達成に向けて再生可能エネルギーの導入を進めるにあたって洋上風力発電事業の果たす役割の大きさは論を待たない。金融機関としても、先進的な案件に取り組むスポンサーに寄り添い、創造的なスタンスで融資組成の可能性を追求し、洋上風力発電事業という新規性の高い事業の実現、拡大の助けとなることが期待されており、本稿がそのような金融機関の一助となれば幸いである。

▼著者登壇のセミナー
金融機関からみた洋上風力発電事業を巡る最新実務
~プロジェクトファイナンスの視点から~

開催日時:2023-01-24(火) 10:00~12:00
     (会場受講またはオンライン受講/アーカイブ配信付き)
野間 裕亘 氏
寄稿
森・濱田松本法律事務所
弁護士
野間 裕亘 氏
2010年森・濱田松本法律事務所入所。プロジェクトファイナンスを主要な業務分野とし、みずほ銀行プロジェクトファイナンス営業部への出向やAshurst LLP勤務を通じて国内外の多数のプロジェクトファイナンス案件に従事。秋田港・能代港案件を含む多数の洋上風力発電事業に事業者・金融機関のアドバイザーとして関与。
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