金融機関に求められるSDGs経営

金融機関に求められるSDGs経営

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2019年9月にPRB(責任銀行原則)が策定されたことで、金融分野においてESG(環境・社会・ガバナンス)を考慮した事業活動を後押しする国際的な枠組みが揃った。持続可能な発展の実現に向けて、従来の発想や経験に捉われない本質的な転換が求められる今、金融機関のSDGs(持続可能な開発目標)経営の在り方を探る。

  1. 固有の国際協定が銀行の在り方を規定する
  2. 金融の審査文化に革新的転換 TCFDとカーボンプライシング
  3. 事業で培ったノウハウ活かし社会課題解決に取り組む
  4. インパクトを定量評価 企業コンサルティングにも着手

固有の国際協定が銀行の在り方を規定する

2019年9月に国連本部においてPRB(責任銀行原則)が策定された。これで、先の「PR(I 責任投資原則)」および「PSI(持続可能な保険原則)」とともに金融三原則が出揃った(図表1)

これら三原則は、いずれも「UNEP FI(国連環境計画・金融イニシアティブ)」の主導のもとに実現した。UNEP FIは1992年のリオ地球サミットを機に設立され、UNEPと世界の金融機関とのパートナーシップとして、その後の世界のサステナブルファイナンスの推進のリード役を果たしてきている。

UNEP FIの特別顧問を務める末吉竹二郎氏曰く、「FIの歴史を振り返ると、2006年にPRI、2012年にPSIがそれぞれ策定されているが、サステナブルファイナンスの道を拓いたPRIの果たした役割は非常に大きい。それまでの、お金にお金を生ませることが最優先された投資において、お金以外のお金と同じように重要なESGを投資判断のプロセスに取り込んだのは画期的な出来事であった」。

PRIとPSIが世界に広がる中にあって、世界の金融の3分の2を占めるとされる銀行の責任原則の登場が遅れていたが、ようやく実現したのが「UN Climate Action Summit 2019 NYC」においてであった。

「PRBは6つの原則からなるが、最大の特徴は、原則1にある通り、SDGsとパリ協定という2つの固有の国際協定を指針としている点である(図表2)。PRIとPSIはともにESGという抽象的概念を指針としているのに対して、PRBは21世紀地球社会が目指す持続可能な社会に向けての2つの具体的な国際協定を銀行業務の指針とした点において銀行の歴史上、画期的な出来事であった。これからは、持続可能な社会の実現に向けてお金の流れを変えていくための社会インフラとしての審査機能を果たしていくことが銀行に求められる」と末吉氏は語る。

世界は持続可能な社会へのシフトをはじめており、このシフトこそがこれからの経済成長の源となる。そのシフトを銀行が支えていくことで持続可能な社会の実現が近づくと同時に、銀行にとっても新たなビジネスチャンスが展開されることになる。

「このことは、持続可能な社会へのシフトに同調できない銀行がビジネスチャンスを失うだけではなく、場合によっては、社会からExit(退場)を求められることにもなりかねない。PRBは銀行の憲法として広く世界に浸透していくことになるだろう」と末吉氏はPRBに大きな期待を寄せている。

金融の審査文化に革新的転換 TCFDとカーボンプライシング

2015年にFSB(金融安定理事会)が設置したTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)は、2年の議論の結果として、2017年に最終報告書を提出した。「TCFDの狙いは、これまで企業と金融のビジネス対話に登場してこなかった気候変動に関するリスクと機会を正式の議題として取り上げることで、企業行動の是正見直しにある。忘れてはならないのは、TCFDが、気候変動関連のリスクと機会を財務データとして把握、評価、報告することを求めていることだ。この要請を実現するには、気候関連のリスクと機会をお金で表現、すなわち、カーボンプライシング(炭素価格化)は避けて通れないという点である」と末吉氏。

もう一つの特徴が、いわゆるシナリオ分析だという。科学的データにもとづく複数の温度上昇シナリオに応じて、企業業績の将来予想が求められる。

「TCFDの登場は、①気候変動関連のリスクが正式に企業リスクとして認知されたこと、②伝統的な金融の審査文化に革新的な転換が求められること、③その結果として企業がビジネスの在り方の見直しを迫られることを意味する」(末吉氏)。

一方、SASB(米国サステナブル会計基準審議会)による新たな会計基準の試行がはじまっている。末吉氏はSASBの狙いについて、「投資家の視点からESG関連情報の把握と開示の在り方を見直す点にある。長年、企業の会計原則は、伝統的な財務諸表にもとづく情報開示一本やりでやってきたが、米国で持続可能性を基軸とする新たな会計基準が誕生した。例えば、銀行に関する新たな指針を見ると、貸出審査のプロセスに、これまで全く考慮されてこなかった気候変動、自然資源の枯渇、人権問題、倫理問題などの新たな項目が含まれている」と指摘する。

昨今の動向を踏まえて末吉氏は、「この10年近くを準備に費やしてきたSASBはいまだ民間による試行だが、将来的に現行のFASB(財務会計基準審議会)同様、米国資本市場を監督管理しているSEC(米証券取引員会)が正式に承認することになれば、米国上場企業はもとより、世界の企業会計の在り方に多大な義務的転換を迫ることになるだろう。持続可能性を求めて、金融と企業のサバイバルゲームが始まった」と警鐘を鳴らす。

事業で培ったノウハウ活かし社会課題解決に取り組む

事業会社のビジネスや経済活動を持続可能なものにするうえで欠かせない金融機能が保険だ。仮に損害保険が付かなければ、経営者は新規事業への投融資を進めようとしないだろう。だが、損害保険業界では、安定的な事業運営が今まで以上に問われている。原因は気候変動だ。

気候変動により自然災害が激化し、その結果保険金の支払い総額も増加して、保険会社が保険料率を引き上げざるを得なくなる。そうした負のサイクルがグローバルで起こっている。国内の大手損害保険会社が、2019年10月に火災保険の料率を引き上げたのは記憶に新しい。海外の保険会社では資産運用先から特定業種の企業を排除するダイベストメント(投資撤退)のほか、石炭関連事業の損害保険引き受けを拒否する動きも起こり始めた。

しかし、保険会社が保険の引き受けを止めたり、ダイベストメントを行ったりするだけでは、市場は縮小するばかりで、環境や社会に好循環をもたらすのは難しいだろう。自社だけの取り組みには限界があり、効果も限定的になりがちだ。

「持続可能な発展のためには、SDGsの達成と経済・産業の活性化の両立が欠かせないうえ、地域で暮らす生活者の行動も変わる必要がある。金融機関、事業会社などあらゆる主体とパートナーとなり、地域社会も巻き込んで、保険事業で培った様々なノウハウを提供し社会課題の解決に取り組むことが重要だろう」(東京海上ホールディングス事業戦略部参与の長村政明氏)

SDGsの17の目標に対して、東京海上ホールディングスでは保険商品・サービスに限らず、自社がどのように関われるかを整理したマテリアリティマップを作成し、自社の課題や対応を検討している。もちろん、SDGsのすべての目標に対してアクションを起こさなければいけないわけではないが、「海上貿易のリスクヘッジをはじめ、元来保険は社会的な課題に対応してきたため、自ずとSDGsの17の目標に何らかの関わりがある」と長村氏は明かす(図表3)。

インパクトを定量評価 企業コンサルティングにも着手

東京海上ホールディングスがサステナブルな社会を目指して行っている活動の一つが、「マングローブ植林プロジェクト」だ。1999年からスタートし、今年で20周年を迎える。同プロジェクトではCO2の固定化(吸収)能力が高いマングローブをインドネシア、タイ、フィリピンなどアジア太平洋9カ国に植林してきた。これまで約125万トンのCO2排出を抑制(土壌に蓄積)し、約1185億円の経済価値を生み出してきたという。

長村氏は、「プロジェクトが社会に与えたインパクトを定量的に評価し続けている点が特徴だ。植林地域とその周辺に雇用を生み、魚介類などの生物多様性も向上するなど社会・環境に変化を生んだだけでなく、植林によって海岸線の浸食も防止し地震による津波の被害を防ぐなど、自然災害から人々の暮らしを守っている」と言う。

また、事業のコアとなる保険商品の提供においても、SDGsを意識したサービス拡充を進める。「3 すべての人に健康と福祉を」の達成のため、オリジナルのドライブレコーダーとともに「自動事故連絡&対応サービス」や「安全運転診断レポート」を提供する。「11 住み続けられるまちづくりを」の達成に向けては、「人工衛星画像のAI解析」や「ドローンによる被害状況確認」、「遠隔地とのリアルタイムコミュニケーション」などを活用して保険金支払いの迅速化を目指す。

他方でグリーンファイナンスを広めるべく、グループ会社の東京海上日動リスクコンサルティングは事業会社の情報開示のコンサルティングにも着手し始めた。環境問題の解決に資する技術開発などを目的に資金を調達するグリーンファイナンスは、TCFDへの対応という面でも注目されている。

「当社は保険会社という業態柄、2000年代初頭から自然災害に直結する気候変動に関する情報収集・調査やシナリオ別のシミュレーションなどを続けている。グリーンファイナンス推進とTCFDでは、ステークホルダーに響く効果的な情報開示が重要だ。物理的リスクや環境影響評価のノウハウや知見を活かしたアドバイスを行うことで、日本の産業界ひいては地域社会をサポートすることも保険会社の使命だと考える」(長村氏)

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