※本記事は2020年8月に寄稿したものである。
トランプ氏の敵失が支えか
2020年11月の米国大統領選挙まで残り約2カ月となった。世論調査を見ると、6月半ば以降、民主党の大統領候補であるバイデン氏の支持率は、共和党の大統領候補である現職のトランプ氏に対して、10%前後リードしている。
世論調査結果に対する解釈は依然として分かれる。バイデン氏の優勢を主張する人々は、2016年のヒラリー・クリントン氏との違いに注目する。2016年と2020年を比較すると、2016年は投票参加に積極的な高齢層はクリントン氏よりもトランプ氏を支持する傾向があったが、2020年はトランプ氏よりもバイデン氏への支持が増えた。とりわけ、高齢層がバイデン氏支持を強めたのは2020年以降だ。その理由は、新型コロナウイルスの蔓延に対するトランプ政権の政策運営の拙さがあると考えられる。高齢者は新型コロナウイルスに感染すると重症化するリスクが高く、老人ホームなどでの死者が相次いだ。実際に、死亡者数の多い地域では、トランプ氏の支持率が急落しているとの指摘もある※。
Christopher Warshaw, Lynn Vavreck, Ryan Baxter-King, “The Effect of Local COVID-19 Fatalities on Americans’ Political Preferences,” July 28 2020を参照。
他方で、トランプ氏に勝利の芽は残っていると考える人は、その支持基盤の頑健さを指摘する。2016年の勝利の原動力となった、「ラストベルト」と呼ばれる地帯の白人を中心とした中低所得者層がトランプ氏の支持基盤だ。白人の中低所得者層は相対的に低学歴の傾向があるが、2020年の世論調査の結果を見ても白人(高卒以下)のトランプ氏支持の傾向は変わらない。バイデン氏を強く支持する若年層や黒人・ヒスパニックの投票参加意欲は相対的に低く、世論調査の結果ほどバイデン氏を勢いづかせないと見る向きもある。
世論調査の結果をどう捉えればよいかを探るため、バイデン氏の支持率が上昇した2020年6月半ば以降の動向に焦点を当ててみたが、6月半ばまでバイデン氏はメディアなどへの露出を増やしておらず、Googleの検索トレンドでバイデン氏に関連した検索数が増えた形跡もない。
一方のトランプ氏は、6月半ばにはジョージ・フロイド氏の死を契機とした人種差別抗議デモを極左勢力やテロリストに先導されたと指摘し、新型コロナウイルスの感染が再拡大してもリオープンを優先するなど、人々の神経を逆なでする発言・行動が目立った。バイデン氏の支持率の上昇は、トランプ氏の敵失によるとも考えられる。
9月末の討論会に注目
8月半ばの民主党全国大会で、バイデン氏が民主党の大統領候補として正式に指名された後は、9月末の第一回討論会に向けて投票者へのアピールを積極化する必要がある。7月以降、バイデン氏のメディア露出が増えつつあり、7月9日には国内産業基盤の強化を推し進める“Buy American”政策を表明。7月14日には、環境インフラなどの開発支援策(4年間で2兆ドルの投資)も公表した。
しかし、バイデン氏に関連した検索数は7月以降も大きく変動せず、注目度はさほど高まってはいない。また、7月以降に積極的に公表しているのは、政府支出の増加といった、投票者にとって耳当たりの良い内容だが、政府支出を増やすためには、政府収入増でその原資を賄わなければならない。実際に、バイデン氏は富裕層や企業への増税を公言しているが、Tax Foundationによれば、バイデン氏の増税策によって幅広い世帯で可処分所得が減少することが試算されている。減税を主張するトランプ大統領にとって、こうした投票者の懐が痛む増税策は、バイデン氏を攻撃する好材料となるだろう。
増税策に対する批判は、バイデン氏が大統領になる上で乗り越えるべき壁といえる。2016年にトランプ氏が躍進するきっかけとなったラストベルトにおける白人中低所得者層の支持も、オバマ政権時代も含めたこれまでの経済・社会的な不平等に対する不満が背景の一つだろう。2020年6月以降の“Black Lives Matter(黒人の命も大切だ)”運動のように、人種間の不平等に対する社会的不満が高まっている。こうした不満を解決するために、増税策の必要性も含めて、自身の政策案の必要性を投票者に訴えかけていくことができるか、バイデン氏の「大統領力」が試されていると言えよう。
- 寄稿
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大和総研
ニューヨークリサーチセンター
研究員
矢作 大祐 氏2012年大和総研入社。
金融・資本市場調査を担当。財務省への出向。
中国社会科学院金融研究所訪問研究員を経て、
2019年より現職。