バイデン政権誕生で注目される気候変動リスクの開示とSEC委員長にゲンスラー氏を指名

バイデン政権誕生で注目される気候変動リスクの開示とSEC委員長にゲンスラー氏を指名

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本稿では、バイデン政権誕生により注目されている、企業に対する非財務情報の開示の中でも、特に気候変動リスクに関する情報開示について、証券取引委員会(SEC)のトップに指名されたゲイリー・ゲンスラー氏がどのように考えているかを中心に考察する。

  1. バイデン政権誕生と気候変動リスクを含む非財務情報の開示
  2. SEC委員長にゲンスラー氏を指名
  3. 情報開示による原則主義からルール主義にシフト
  4. 今後の米国SECの規制動向に注目

バイデン政権誕生と気候変動リスクを含む非財務情報の開示

昨年11月の大統領選に勝利したバイデン氏は、政権が正式に発足する前から、優先課題としてコロナ、経済復興、人種問題、気候変動の4つを挙げた。当面の優先課題という訳だが、コロナを除いてはバイデン政権の1期目全てを費やしても完全には解決されない課題だろう。

その中でも特に気候変動対応は、政策の結果がすぐに見えない問題である一方、民主党左派を中心に喫緊な課題との認識が強い。こうした中で、結果がいつどのように表れるか不確定だが、出来ることはすぐに手を打つことを、バイデン政権は求められている。既にこれまで、実行が比較的容易であったパリ合意復帰から始まり、省庁横断の環境タスクフォース組成、政府調達における環境配慮重視の方針など、矢継ぎ早に政策が発表されている。

その中でも、本稿では企業に対する非財務情報の開示、特に気候変動リスクに関する情報開示(Climate risk disclosure)について、新たに証券取引委員会(SEC)のトップに指名されたゲイリー・ゲンスラー(Gary Gensler)氏がどのように考えているかを中心に考察したい。

非財務情報の開示に注目する理由は、①基本的に追加予算や立法を要しない政策であり、比較的容易に実行できる、②米上場企業全般に対する規定のため影響が大きい、③日本を始めとする諸外国の証券市場の規定にも影響を与えうるという理由がある。

実際にバイデン氏は選挙前に、現在自主開示となっている気候変動リスクを含む非財務情報の開示強化を公約の1つとしていた。またSECでも既に、諮問委員会が環境・社会・ガバナンス(ESG)に関する項目の法定開示を勧告している。

SEC委員長にゲンスラー氏が就任

バイデン大統領は政権発足直前の1月18日、SEC委員長にオバマ政権で商品先物取引委員会(CFTC)委員長を務めたゲンスラー氏を指名すると発表。

一部米紙は、「金融街の敵」または「金の警察官」が戻ってきたと警告を発した。ユダヤ系米国人の同氏は名門ペンシルバニア大学ウォートン校で経済学と経営学修士を修めた後、ゴールドマンサックスに18年間勤務。その間、東京に2年間駐在し、当時としては最年少でパートナーに昇格している。

その後、クリントン政権下で財務長官となるロバート・ルービン氏の引き抜きにより財務省次官補、次官を歴任。その間はウォール・ストリート出身として金融規制緩和に尽力している。ただリーマンショック後のオバマ政権下でCFTC委員長に就任後は、金融規制改革法(所謂ドッド・フランク法)成立に尽力し、金融危機の一因といわれている金融派生商品(デリバティブ)に対する規制強化で辣腕をふるった。

2012年末から発覚したロンドン銀行間取引金利(LIBOR)の不正操作事件や、当時最大の罰金となった香港上海銀行(HSBC)の反マネーロンダリング法違反の捜査でも、中心的役割を果たしている。ウォール・ストリートに精通している同氏だからこそ、金融機関や大企業がどこにリスクを抱えているかも知り尽くしており、金融機関にとっては、手の内を知られている「敵」に映っているのだろう。ゲンスラー氏はクリントン政権時代に、クレジット・デフォルト・スワップを規制対象から除外する法案作成に関与した経緯があり、「(自分のように)1990年代に金融規制緩和に関与した高官は、もっとやるべきことがあった」と、自省をこめたコメントを表明している。

つまりリーマンショックを受けて、規制緩和から規制強化にシフトした「転向者」であり、往々にして転向者はその後従来の方針に対して厳しい姿勢を取ることが多い。その厳しい姿勢により敵を作ることも多く、そうでなければオバマ政権下の時点でSEC委員長にまでなっていただろうと言われていた。今般、その金融業界に対する厳しい姿勢がウォーレン上院議員など民主党左派から評価され、民主党左派への配慮が必要なバイデン政権により、遅ればせながらゲンスラー氏はSEC委員長に指名された。

情報開示による原則主義からルール主義にシフト

3月2日に上院銀行住宅都市委員会で行われた指名承認公聴会でゲンスラー氏は、「重要性(materiality:企業業績に対するサステナビリティ要因の関連性を指す)は当局ではなく投資家が決めるものだが、今般、多くの投資家が気候変動リスクの情報を求めており、そうした要望に対し、SECは一貫的かつ比較可能なガイドラインを示すべき」と明言。

また共和党保守系のパット・トゥーミー議員からの、「僅かな電気使用についても再エネかどうかの開示が必要なのか、また売り上げに対し僅かな比率である政府渉外費用の情報を法定開示とするのか」という質問に対し、重要性と合理的な投資家(Reasonable investor)の要望次第だ、と回答。

指名承認公聴会は、できるだけ超党派での承認を得るため、往々にして過激な発言は控えられる。ゲンスラー氏の場合も、トゥーミー議員に対しの回答は抑制されたものと捉えられるべきであろう。それでも、トゥーミー議員が撤回を促している、SECが直近で行ったルール改定(投資助言会社に対する透明度向上や、株主提言のハードル引き下げ)に対し、撤回することは明言せず、すでに現在のリー委員長代行のもとで進められている規制強化を継続する意向を示した。

また公聴会を通して、重要性のある気候変動リスクを公表することは、株式発行企業の利益にもなると繰り返し述べ、全体的には気候変動リスク開示の強化を印象付ける公聴会となった。気候変動以外にも、企業の政治的関与や人種・ジェンダーに関する情報開示についても同様に、開示強化していく方針だ。近年、こうした情報が注目されつつあるなかで、各企業がそれぞれの基準で公表するため、投資家にとっては比較しにくいという問題が指摘されつつある。

ゲンスラー氏が承認されれば、委員長を含む5名のSEC委員のうち3名は民主党となり多数派となる。そうなれば、トランプ前政権下で進められてきた情報開示による原則主義(企業側が重要性を判断して開示情報を決定する)からルール主義にシフトするだろう。そして多くの米企業が既に導入を始めている非営利組織のサステナビリティ会計基準審議会(SASB)が定めるガイドラインや、気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)、及び世界経済フォーラム(WEF)などが発表している開示基準を参考にした法的なガイドラインの制定、さらには一部法定開示とする可能性も考えられる。3月10日、ゲンスラー氏のSEC委員長指名は上院委員会で承認され、現在本会議での承認待ちとなっている。

今後の米国SECの規制動向に注目

これまでの説明だけでは、ゲンスラー氏が厳しい規制当局者という印象を与えてしまうかもしれないが、周りの評価は温和な人柄で、自虐ネタで人を笑わせるというものだ。早くに妻を癌で亡くし、男手一つで3人の子供を育てたという家庭的な一面もある。

また同氏は意外にも暗号通貨に対しては寛容的という評価があり、上院委員会で指名が承認された後、ビットコインなどの暗号通貨は大きく上昇している。

非財務情報開示の法定化は、上場企業にとってもガイドラインの明確化という点で、メリットとも考えられる。米国SECの規制動向は、米国で上場している外国企業はもちろん、今後各国の規制当局にも影響を与える。

SEC委員長として再度、米金融規制当局のトップとなる見通しのゲンスラー氏が、規制強化を求める民主党左派と中道的な政権、規制に反対する共和党議員の狭間で、どのような施策を打ち出してくるか、今後注目だ。

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