東証新上場区分が株主優待に与える示唆

東証新上場区分が株主優待に与える示唆

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2021年2月、東証プライム市場の上場基準が発表された。旧東証1部と大きく異なる部分として、株主数基準が挙げられる。本稿では、東証プライム市場上場基準の注目点から株主優待制度に焦点をあて解説する。

  1. 東証プライム市場上場基準の注目点
  2. 長期保有株主への優遇のあり方
  3. 本来的な株主還元とは

東証プライム市場上場基準の注目点

今年2月、東証プライム市場の上場基準が発表されたが、旧東証1部と大きく異なる部分として、株主数基準が挙げられる。株主数については2,200人以上より800人以上と大幅に緩和され、このことが株主優待にどのような影響を与えるかが注目されている。

株主優待とは、企業が株主に配当とは別に自社のサービスの割引券や無料券・自社製品などを配布するものである。例えば航空会社が株主に対し航空チケットの割引券である株主優待券を配布するのが代表的な事例だ。

株主優待については会社法109条に定める株主平等原則に反するのではないか、現物配当に該当するのではないか、との議論があるが、株式数に応じて合理的に配布される限り有効というのが現在の通説のようだ。ただし、たとえばカタログギフトは、個人にはメリットがあるが機関投資家の利用は事実上困難であり、換金を余儀なくされるケースもある。現在の株主優待はあくまで個人投資家目線であり、機関投資家も平等にメリットを享受できないことをふまえると、本来の株式還元のあり方とは異なるように思われる。なお現在一般的に行われている株主優待だが、法的にはグレーゾーンであることにも留意が必要だ。

海外では日本の株主優待のような対応は僅少であり、かつ、自社サービスに係る割引券など本業に係るもののみのようだ。QUOカードやカタログギフトが人気となっている日本とは状況が異なっている。

上記事情をふまえると、新上場区分の影響として、株主数の規制緩和により株主優待が廃止となるケースが出てきそうだ。株主優待制度は上場基準クリアのための個人株主対策との側面がある。大幅な規制緩和により、株主優待を実施せずとも、東証プライム市場の状況基準である800人を充たす企業は多いのではないか。昨年9月末時点での株主優待制度の導入企業は1,513社と、10年ぶりに前年(1,521社)対比減少している。コロナ禍における企業のコスト節減ニーズや、昨今のエンゲージ強化との流れの中で、機関投資家が株主還元制度を廃止して配当や自社株買いを求めていることなどが原因と考えられる。今回の上場区分変更による規制緩和は、企業にとって、株主優待制度廃止のきっかけとなる可能性がある。

このような事実を個人投資家は認識しているのだろうか? 株主平等原則や機関投資家対応、市場のグローバル化をふまえれば、株主優待制度を廃止し、配当や自社株買いに株主還元を集約するのがあるべき対応かと思われるが、株主優待が重視されてきた日本特有の過去の経緯をふまえ、企業は株主優待を廃しする場合には、慎重かつ丁寧な説明が求められよう。

長期保有株主への優遇のあり方

株主優待制度の対象は個人投資家のみではない。金融危機後、四半期開示に代表されるいわゆるショート・ターニミズム批判との立場から、高頻度取引等株価の変動に応じた短期売買を廃し、株式の中長期保有を促す動きが出てきている。その一つの帰結として、日本では長期保有株式へ株式優待制度を導入する動きがある。

長期保有株主の優遇は、2012年7月に英国で発表されたいわゆる「ケイ・レビュー」で提唱された考え方だ。ケイ・レビューとは、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスのジョン・ケイ教授がイギリス政府から委託を受けて行った研究の報告書であり、本件のみならず、昨今のコーポレート・ガバナンス高度化に大きな影響を与えている。

同レビューの中で、ケイ教授は株式市場がショート・ターミズムに偏重し、市場が資金調達の場としての役割を果たさなくなっていることを指摘しており、その対応策として、長期投資家の育成と長期投資へのインセンティブの付与との観点から、長期保有株主への複数議決権株式の導入に向けた法整備を提言している。

海外ではこのような場合、“tenure voting”というスキームが用いられるケースが多い。“tenure voting”は長期保有の株主に対し,より多くの議決権が付与される制度だ。なお、保有期間に応じて議決権が漸次増加するスキームも存在する。IT企業を中心に、創業者などに複数議決権株式を発行し、創業者等によるガバナンスの継続性を確保するケースはあるが、“tenure voting”では長期保有の株主であれば誰でも追加的な議決権が取得可能であるため、株主平等原則の問題は生じない。日産とルノーの対立で注目されフランスのフロランジュ法は“tenure voting”の典型例であり、2年以上保有されている株式に2倍の議決権を与えるものである。“tenure voting”には、一定期間株式を保有すると新株予約権が付与されるものや、追加的な配当が受け取り可能となるスキームなども存在する。追加的な配当については株主平等原則の例外的な取扱いとして、株主総会の特別決議を要することが一般的なようだ。

一方日本では、株式を長期保有した投資家をより優遇する株主優待制度を導入するケースが一般的だ。たとえばオリックスは、3年以上100株以上保有した場合、株主優待用のカタログギフトの内容をより充実したものとしている。また、イオンは3年以上1,000株以上保有した場合、通常の優待に加え、ギフトカートが配布される。海外ではあくまでも議決権や配当といった株式制度の枠内で長期保有に報いる形となっているが、日本では本来の株式制度の枠外である株主優待制度での対応となっていることが特徴的だ。

本来的な株主還元とは

株主になるということは、ごく一部であったとしても会社の所有者になるということであり、企業のガバナンスに関与することが求められる。長期保有の見返りとして議決権などを追加する欧米のやり方と、より手厚い優待を行う日本とでは、前者の方が本来的なあり方なのではないだろうか? 株主優待策の拡充を図る日本のやり方は、個人投資家の維持が主眼であり、コーポレート・ガバナンスの観点や東証プライム市場の趣旨と合致していない。

東証プライム市場の株主数規制緩和により、個人投資家の維持拡充に意を用いる必要が薄れることは、日本における長期保有株主への優遇のあり方にも一石を投じるものだ。本件を契機に株主還元のあり方に関し、市場関係者の議論が深まることに期待したい。

なお、本稿では株主優待制度について採り上げたが、プライム市場移行に伴う対応は、本件に留まらない。たとえば、プライム市場の要件、「時価総額250億円以上」を満たさない1部上場企業は多数存在する。6月27日の日本経済新聞では、プライム市場の要件を満たさない1部上場企業が3割弱の500社におよび、「流通する株式の比率が30%以上、かつ流通株ベースの時価総額が100億円以上」との要件を満たすため、自己株式の消却を行うケースなども増えていると報道されている。本来であれば成長分野でのM&Aなどに利用可能な自己株式が、プライム市場維持のために消却されて本当に良いのか、との疑問を禁じ得ない。株主優待制度に限らず、今回の市場再編が日本企業のガバナンスにどのような影響を与えるか、注視していきたい。

本稿中、意見に係る部分は筆者個人の見解であり、所属する組織の見解を示すものではない。

寄稿
みずほフィナンシャルグループ
村松 健 氏
1996年、慶應義塾大学法学部法律学科卒業後、
株式会社日本興業銀行(現みずほ銀行)入行し、現在に至る。
著書に『銀行実務詳説 証券』、『NISAではじめる
「負けない投資」の教科書』、『中国債券取引の実務』
(全て共著)、論文寄稿多数。日本財務管理学会所属。