金融庁研究会論点整理を読む
金融所得課税一体化とは、金融商品の課税について他の所得と区分し、相対的に低い税率を適用したうえで、課税所得の計算上、所得と損失とを合算(損益通算)することを認めるものである。低い税率を適用することで、「足が速い」(海外市場などへ逃避しやすい)金融所得を国内に留めると共に、損益通算を認めることで、投資家がリスクを取り易くすることがポイントだ。このような考え方は、税率の違いから、二元的所得税とも言われている。
日本では、平成20年度税制改正以降段階的に金融所得課税一体化への取り組みが進んでいる。平成25年度税制改正からは、株式に債券、公社債投信が加わり、以降、ヘッジ取引で用いられるデリバティブへの範囲拡大に向けた議論が行なわれている。本研究会の検討内容は、当然年末の金融庁の税制改正要望に影響を与えるものと考えられる。
本研究会の背景として2019年に東京商品取引所が日本取引所グループ入りし、持株会社傘下との形態ではあるが、日本において総合取引所が実現したことが挙げられる。総合取引所態勢においては、大阪証券取引所が日本におけるデリバティブ取引市場としての役割期待を担っている。日本のデリバティブ市場は諸外国に比し小規模に留まっており、健全なヘッジや分散効果実現の手段としてのデリバティブ取引の活用が、金融・資本市場活性化の課題の一つとなっている。大阪証券取引所にかかる期待は大きい。
本研究会論点整理においては、デリバティブが現物投資に対しヘッジや分散効果を図る有用な手段であることを確認したうえで、デリバティブを損益通算へ加えることにより、公平・中立・簡素な金融所得課税を実現することが、個人投資家の投資環境整備や資産形成に有意であることを示している。そのうえで、主に①有価証券市場デリバティブ取引(いわゆる取引所デリバティブ取引)を対象とすることや、②租税回避行為(いわゆるストラドル取引)を防遏するための時価評価課税の導入検討、および、③特定口座の活用、との方向性が示されている。
上記方向性に課題がないわけではない。①については、取引所デリバティブ取引以外の店頭デリバティブ取引をどのように考えるかが問題だ。そもそも、研究会資料で金融庁が示すように、取引所デリバティブ市場は店頭デリバティブ市場の10分の1以下であり、金融所得課税一体化の範囲拡大の対象として適正かどうかは疑問が残る。また本件はあくまで金融所得課税のあるべき課税についての検討の場であり、日本におけるデリバティブ市場振興はあくまで副次的効果として認識すべきであろう。
また②については、デリバティブの時価評価により益金が認定された場合、投資家にキャッシュアウトが生じることが弊害として指摘されよう。投資家は現物のポジションに損を、ヘッジとしてのデリバティブのポジションに益を有する場合、現物のみ解約することで、節税を図ることが合理的となる(いわゆるストラドル取引)。よって、デリバティブのポジションについても時価会計による課税を義務付けることで、そのような租税回避を防遏するとの構えである。
しかし、デリバティブ取引の清算で得られるキャッシュフローは実現益とは異なることが予想され、個人投資家などキャッシュ保有に限界のある投資家の場合評価益への課税に足るキャッシュを有していない懸念がぬぐえない。
結論として、本件論点整理はあくまでも論点整理として方向性を示すに留まっており。今年度の税制改正要望に向け、更なる検討が不可欠な状況だ。
金融所得課税一体化の今日的意義は?
上記の通りいろいろ課題はあるものの、投資家のリスクテイクを促す金融所得課税一体化の推進、および、ヘッジ手段としてのデリバティブの活用と、デリバティブ市場の活用との流れに違和感はない。ただし、すでに触れた課題に加え、足元の世界的な動向をふまえ、今日的な意義については、立ち止まって考えるべき点がいくつかあるように思われる。
第一の点は、金融所得課税一体化の恩恵を受ける個人投資家のニーズである。なお加えて言うならば、個人投資家はあくまで資産のインカムゲイン、キャピタルゲインの獲得を投資の目的としており、ヘッジニーズがどこまであるかは疑わしい。また、相場急変時においても、機関投資家のように機動的にヘッジを行うといった対応まで手が回るかは疑問である。むしろ個人投資家のデリバティブ取引へのニーズは、相場の上下動に伴う投機的な取引、例えばオプションの売りによるプレミアム獲得での収益嵩上げ、などにあるのではないか。今回の範囲拡大措置が、個人投資家の投機的な取引を助長し、過度なリスクを負うことが懸念される。
また第二の点として、世界的な租税論との平仄についても、よく検証する必要があるだろう。世界的に貧富の差の拡大が問題となる中、税制による富の再分配機能の強化が課題となっている。特にリーマンショック以降、今日のコロナ対応に至る世界的な金融緩和の帰結として、株価が高騰し世界的に「持つ者と持たざる者」の所得格差が更に拡大していることはご存じの通りだ。
トマ・ピケティはベストセラーとなった「21世紀の資本論」において資本収益率が経済成長を上回る状況(r>g)を証明した。このことは、金融所得課税一体化の基盤となっている二元的所得税との考え方が再配分機能を損ねているのではないかと疑念と整合する。二元的所得税は、金融所得(≒資本収益)に勤労所得より低い税率を適用するため、r>gとの状況を助長する方向に作用することが予想される。実際、ピケティは税による富の再配分機能を重視し、累進税率を適用した総合課税を志向しており、この中では金融所得に低い税率を適用するとの金融所得課税一体化の考え方は一切斟酌されてはいない。
長期間に亘り進められてきた金融所得課税一体化と二元的所得税が日本の状況や現在の社会情勢にマッチしているかについては、改めて検証を要するのではなかろうか。
金融所得課税の将来像
金融所得課税一体化のメリットは、足の速い金融所得を国内にとどめると共に、損益通算を認めることで、投資家のリスクテイクを促すところにある。一方デメリットとしては、税の大きな役割である富の再配分機能を損なう面が指摘される。
税制改革における金融所得課税一体化の推進においても、昨今の情勢を踏まえると、デメリットをより注視せざるを得ないのではないかと感じる。今後の議論においては、一体化ありきではなく、より本質的な議論がおこなわれることを期待したい。
本稿中、意見に係る部分は筆者個人の見解であり、所属する組織の見解を示すものではない。
- 寄稿
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みずほフィナンシャルグループ
村松 健 氏1996年、慶應義塾大学法学部法律学科卒業後、
株式会社日本興業銀行(現みずほ銀行)入行し、現在に至る。
著書に『銀行実務詳説 証券』、『NISAではじめる
「負けない投資」の教科書』、『中国債券取引の実務』
(全て共著)、論文寄稿多数。日本財務管理学会所属。