バイデン政権の施策
報告書を作成するだけではサプライチェーン問題は解決しない。バイデン政権は100日の報告を受ける形で、省庁横断型のタスクフォース(Supply Chain Disruption Task Force:SCDTF)を設立。商務省、運輸省、農務省がSCDTFをリードする形をとり、短期的に半導体、港湾施設、食品のサプライチェーン是正に乗り出した。
特に港湾での貨物滞留が深刻化しているなか、ポルカリ元運輸副長官を港湾特使として起用し、輸入貨物の輸送混乱の是正を図った。SCDTFは西海岸の主要港で港湾ターミナルに滞留しているコンテナに対し、1日ごとに$100ずつ増えていくペナルティ導入を10月末に発表。(同措置は当初11月中旬にも実施される予定だったが、実は現時点でも徴収開始が延期されている)。この他に港湾を24時間操業体制にするなど、様々な施策が打ち出された。結果としては西海岸主要港での滞船数がピークを迎えて減少するのは22年1月まで待たなければならなかったが、バイデン大統領は、港湾でのコンテナ滞留数が約2カ月で半減するなどの実績をもとに、「(年末商戦において)商品棚は空ではなかった」と進捗を評価している。
またバイデン政権が粘り強く超党派で交渉した結果、総額5,500億のインフラ投資を含む超党派インフラ法(Bipartisan Infrastructure Law:BIL)が21年11月に成立したことを受け、ホワイトハウス内にインフラ調整官のポストを新設し、同法によるインフラ建設が着実に行われるよう推進しようとしている。
これら国内向け施策と並行し、バイデン政権はサプライチェーン強化策の一環として、友好国との関係強化にも注力している。欧州連合との通商技術協議会は、10のワーキンググループの1つはサプライチェーン安全を取り上げている他、インド太平洋経済フレームワークでも、サプライチェーンは4つのピラーのうちの1つとなっている。サプライチェーンを自国全てに回帰(オンショアリング)させることは不可能であるが、可能な限り敵対国から自国ないし同盟国や友好国にシフト(フレンド・ショアリング)させることを目指している。さらには主要国とサプライチェーンサミットも開催。バイデン政権の「サプライハーネス」構築は万全を期して進んでいるように見える。
では具体的にバイデン政権は何をして、何をしようとしているのか。1年報告書などをみてみると、バイデン政権は様々な制約を抱えていることが見えてくる。それらは行政権限の制限であり、バイデン政権が掲げる他の政策との矛盾であったりする。
例えば1年報告書などで挙げられている政権1年目の実績や今後の取り組みとして、国内の生産基盤強化や人材育成、研究開発資金の提供など、全省庁を挙げての施策が事細かに挙げられている(図表2)。行政権限である程度影響力を行使できる施策として、政府購買における国内産品の定義の厳格化や優遇(所謂バイ・アメリカンルール)や、国内でのレアアースなどの採掘を促進するために、鉱業法改正のワーキンググループ設立などがある。
バイ・アメリカンルール強化については、22年3月には国内調達比率の漸次引き上げや、重点製品に対するさらなる国産品優先ルールを定めた新たな規則を制定。しかしバイ・アメリカンの強化は、同盟国などとの関係強化や世界貿易機関(WTO)などの多国間組織におけるリーダーシップ回復といった方針と矛盾する。また連邦政府の年間購買額は6,000億㌦と言われているが、そのうち外国産品が占める割合は僅か約3%を占めるに過ぎず、バイ・アメリカン強化がどれほど国内産業の活性化に貢献するかは懐疑的にならざるを得ない。
また電気自動車(EV)やリチウム電池の国内生産促進のために、リチウムやレアアース採掘を促進する姿勢を見せている。しかしそもそも米国でのリチウム埋蔵量は世界の0.3%に過ぎず、ほとんどがチリ、豪州、アルゼンチンに集中している。かつ米国で計画されているリチウム採掘プロジェクトのうち、ネバダ州のThacker Passプロジェクトは、環境破壊を懸念する先住民団体から反対されており法的闘争に直面している。他方、国内でのレアアース採掘促進のために、バイデン政権はカリフォルニア州のMountain Passプロジェクトを国防総省やエネルギー省の支援プロジェクトとして認定し、数度にわたって資金を供給している。同プロジェクトはこれまで原鉱を中国に販売していたが、独自の選鉱プラントを建設することで、General MotorsにEVモーター製造のための原料を供給することになっている。こうした動き自体は米国内のEVサプライチェーンの強化につながるだろうが、同プロジェクトを推進するMP Materialsには中国資本が参画しており、今後安全保障に関わる問題が生じる事は排除できない(※1)。このように、サプライチェーンの課題解決において、国内生産能力強化、サプライチェーンの安全保障確保、クリーンエネルギー推進、環境正義(※2)など、バイデン政権の他の優先課題と矛盾を引き起こす事態がすでに起きている。
また各省庁の実績や提言の内容は、往々にして既に成立した米国救済計画の一部や、BILの財源を利用した施策であったり、もしくは現在議会で上下院間の協議が行われている、半導体産業への支援策を含む対中法案に拠る所という内容が多い。また既に行われている省庁内での取り組みとしては人材育成プログラムの新設、サプライチェーン担当の部署新設などが挙げられている。これらはいずれも重要な取り組みではあるものの、サプライチェーン問題を解決する主要な取り組みとは言い難い。つまり米国において、サプライチェーンの問題は議会がどれほどの立法や予算を実現させるかに因るところが大きく、行政権限で出来る範囲は限定される。もちろん議会で必要な法案を可決させることをふくめバイデン政権の采配が問われるわけだが、Build Back Better法案が身内の民主党の反対にあい葬り去られたことを勘案すると、今後立法を通じた効果的な「サプライハーネス」構築も多くは期待できないだろう。
バイデン政権が打ち出す政策の根底にあるのは、失われつつある中間層の復活だということは、ワシントンにおいて広く認知されている。これが経済政策だけではなく、外交や通商政策にも強く影響を及ぼしている事が、バイデン政権の特徴の1つと言えるだろう。バイデン政権発足前に、現在の安全保障担当大統領補佐官であるサリバン氏などが執筆した「中間層のための外交」レポートでは、近年の米政権が成し遂げられていない、中間層にも目に見えるベネフィットを生む、バランスが取れた外交・通商政策の必要性を訴えている。こうした考えがバイデン政権の政策立案者の多くで共有され、それは時には政策立案の大方針となるものの、時には中間層への訴求を重視するあまりに、本末転倒な政策であったり枝葉末節な施策に終始している場合が多いというのが、筆者の印象だ。
サプライチェーンの問題においても、それに付随した通商政策をみてもこうした印象は拭えない。パンデミックやロシアのウクライナ侵攻など、サプライチェーンを寸断する大きなイベントが連続で発生している環境下、中国の安全保障上の脅威を最小化しつつ、国内経済へのダメージを抑えた「サプライハーネス」の構築はもちろん容易ではない。こうした問題だからこそ、問題の本質を捉え、他の優先事項とは切り離して扱う必要があるのだが、中間層に対し目に見える形でのベネフィットを提供することを前提に政策立案を考えると、どうしてもちぐはぐな施策が多くなってしまう。
一方でトランプ大統領を誕生させた米国社会が望んでいるのは、まさに中間層の復活(≒アメリカンドリームを見られる、よりよい米国の復活)であり、それ自体がバイデン政権にとっての大きな制約と言える。選挙の勝敗も然ることながら、バイデン政権がこうした米国社会の要求に応えながら、米国が抱える問題の解決策を見いだせるか、「サプライハーネス」の構築は、そうしたバイデン政権の挑戦の1つと言えるだろう。
脚注
※1)同社には中国の資源会社、盛和資源が7.7%出資。最近になりマーカウスキー上院議員(アラスカ州・共和党)などが懸念を示している。またMP Materialsは盛和資源との不当な取引による株価操作を行ったとして、米国で集団訴訟が準備されている。
※2)Environmental Justice:環境面で不均衡な負担をマイノリティに強いている制度を是正するなど、バイデン政権が重視する方針。
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- 寄稿
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丸紅米国会社ワシントン事務所阿部 賢介 氏
政策経済調査マネージャー