情報利用者の観点から見たシナリオ分析の課題

まず、情報利用者の観点から見たシナリオ分析の課題は、TCFDにおけるシナリオ選択と気候変動シナリオの使い方である。TCFD提言が推奨しているシナリオ分析の開示では、気候変動シナリオは情報作成者の任意に選択することができる。

結果、開示されているシナリオ分析の多くは、シナリオの内容やデータは企業によって様々であり、例えば、物理リスクと移行リスクでコンセプトが異なるシナリオを用いることも少なくない (※4) 。このようにTCFDでは、シナリオの選択やその利用法を明確に定めていない。しかし、情報利用者である金融機関が、シナリオ分析の内容そのものを理解しようとすれば、開示の可能性のあるシナリオを全て網羅することが求められる。

しかし、現実問題として、IPCC(Intergovernmental Panel on Climate Change:気候変動に関する政府間パネル)やIEA(International Energy Agency:国際エネルギー機関)といった気候変動に関する代表的なシナリオは、膨大なデータと複雑な前提条件の上策定されており、気象学の専門家でなければその意味を正確に理解することは困難であろう。

また、情報作成者側も複雑な気候シナリオを十分に理解した上で分析をおこなっているかどうかについては、開示資料を見るだけでは判断することはできない。したがって企業と金融機関のシナリオに対する理解が曖昧な状況で気候変動シナリオ分析内容に焦点を置いた対話をおこなっても、結果として形式的エンゲージメントとなってしまう可能性がある。

このような状況を緩和するためのシナリオはあくまでも共通の前提条件であり戦略についての対話の一要素として考えるのが適切である。日本においてTCFDコンソーシアムが、2019年から公表している「グリーン投資ガイダンス」は、TCFD開示情報を活用して企業と金融機関との対話の促進を目的に策定されたものである(※5)。

ガイダンスの特徴の1つとしてIIRCのフレームワークや価値共創ガイダンスの中で目指してきた従来のエンゲージメントの延長線上に気候変動の問題があるものとして位置付けている点である。そこでは、シナリオ分析に対する視点についても実例を交えながら実質的な対話の方法が示されている。

このようなガイダンスを活用しながら企業と金融機関の対話を積み重ねることでシナリオ分析に対する正しい理解もすすんでいくと思われる。

脚注 ※
※4 物理リスクに関してはIEAのNZ2050シナリオを参照し、移行リスクに関しては、IPCC6次報告書のRCP6.0シナリオを参照するなど。
※5 2019年にバージョン1.0、2021年に改定版としてバージョン2.0が公表されている。