金融機関のリスク管理の観点から見たシナリオ分析の課題

次に、金融機関のリスク管理の観点から見たシナリオ分析の課題は、シナリオ分析に対する視点である。TCFD開示におけるシナリオ分析の視点は、例えば2050年などのゴールから現在を振り返り、企業の気候変動によるリスクの回避やビジネス機会を分析し戦略に反映した開示を求めるよう定めている 。

分析にあたってはゴール時点における客観性を担保するために社会や経済環境についての想定やデータをシナリオが必要とされるが、そこに至るまでのデータや経路シナリオについての開示までは求めていない。

一方、NGFSの公表しているシナリオは、2050年のゴールに至るまでの経路の違いによって社会や経済に及ぼす影響やその要因について詳しい想定を置いている (※6) 。NGFSシナリオもTCFDのシナリオ分析に利用されるIPCCやIEAシナリオも同じ気候変動シナリオとして分類され、2050年などの将来時点でのゴールを設定している点は共通している。

しかし、NGFSでは、ゴールに至るまでの経路の変化をリスクとして分析し、TCFDでは、ゴール時点における想定やデータを踏まえて現在との差異とそれに対応するための戦略をリスクと機会に分けて分析をおこなうことを求めている。

つまり、経営戦略のツールとしてのシナリオ分析とリスク管理ためのシナリオ分析とは、同じ気候変動についての将来の気候変動リスクについて分析をおこなう場合でも分析の視点が異なっている。企業が情報を開示し、それらを金融機関がその内容を理解して評価し、結果として投資や融資の判断がおこなわれ、最終的に金融行動が実現されている。投資や融資といった金融行動の観点から見た場合、企業と金融機関は、同じ開示情報で繋がっていることから目的が異なったシナリオ分析であったとしても両者が整合しているほうが望ましい。

しかし、このような状況を緩和させるような具体的な解決策が生まれるまでには、もう少し時間がかかるかもしれない。例えば、欧州の規制当局が求めるような開示のできている金融機関が皆無である状況や、一部の中央銀行でおこなわれている気候変動に関するストレステストもまだ試行的な位置付けであることからも明らかであろう(※7)。

FSBの公表資料によると、2022年度も気候変動に関するガイドラインや報告の公表が予定されており、またISSBによるIFRSSXについても基準化がすすめられている (※8) 。現在、指摘されているような様々な制度や規制上の不整合については、徐々に改善されていくであろう。

2つの観点から提起した課題に限らず、気候変動に関する情報開示と情報利用の関する様々な課題は、その緩和や解決までには時間がかかる。

気候変動問題が待ったなしの状況であるとは、有識者からも様々な局面で指摘されているが、企業の活動や企業開示といった地道な活動が前提となっている。そこから、気候変動問題に関する企業と投資家の対話が促進し、環境と成長の好循環が起こることによって脱炭素社会への実現に近づくのである。今後の変化に正しく対応しながら企業と金融機関が協働していく体制が続くことを期待したい。

脚注 ※
※6 例えば、NGFSシナリオの代表的なOrderlyとDisorderlyの2つのシナリオを比較した場合、ともに2050年のゴールは脱炭素社会である点では同じシナリオである。しかし、Disorderlyシナリオは、2030年から急速に脱炭素化が進んだ場合に社会や経済に及ぼすインパクトを重視している点で2つは異なるリスクシナリオ上は区分されている。
※7 ECBによる金融機関の気候変動開示状況について評価したもの。“Supervisory assessment of institutions’ climate related and environmental risks disclosures”(2022)
BOEの公表したディスカッションペーパーにおいてストレステストの気候変動シナリオについてその目的が明確に記載されている。“The 2021 biennial exploratory scenario on the financial risks from climate change”(2019)
※8 FSBの今後の公表スケジュールは、“FSB Work Programme for 2022”のP5に“Indicative timeline of key FSB publications planned for 2022”として記載されている。

参考文献 ※
松山将之(2022)「気候変動シナリオデータの整合性分析—NGFSシナリオとSSPシナリオデータを対象として—」『国際マネジメント研究』 第11巻 青山学院大学大学院国際マネジメント学会
松山将之(2021)「NGFSシナリオとTCFDにおけるシナリオ分析」『視点・論点』日本政策投資銀行 設備投資研究所

※本コラムは、作成者個人の責任で作成したものであり、内容は意見については、株式会社日本政策投資銀行の公式な見解をしめすものではありません。

寄稿
株式会社日本政策投資銀行
設備投資研究所
主任研究員
(博士(経営管理))
松山 将之 氏
大学卒業後,住友信託銀行(現 三井住友信託銀行)に入社、2008年より現勤務先の財務部門においてALM企画を担当。2013年より現職。現在、企業開示の研究並びに、気候変動開示シナリオ分析・気候変動リスク管理についての調査を担当。