- トランジション・ファイナンスとは
(1)定義
(2)4つの要素
(3)グリーン・ファイナンスとの違い
(4)日本におけるガイドライン・基本指針
(5)ロードマップ - トランジション・ファイナンスの国内のモデル事例12選
事例1:日本郵船株式会社
事例2:株式会社商船三井
事例3:川崎汽船株式会社
事例4:JFEホールディングス株式会社
事例5:日本航空株式会社 (JAL)
事例6:住友化学株式会社
事例7:東京ガス株式会社
事例8:株式会社JERA
事例9:株式会社IHI
事例10:大阪ガス株式会社
事例11:三菱重工業株式会社
事例12:出光興産株式会社 - トランジション・ファイナンスの海外の事例13選
- まとめ
トランジション・ファイナンスとは
(1)定義
トランジション・ファイナンスとは、「脱炭素社会の実現に向けて長期的な戦略に則り、着実なGHG削減の取組を行う企業に対し、その取組を支援することを目的とした新しいファイナンス手法」であると経済産業省によって定義されています。
参照:トランジション・ファイナンス(経済産業省)
トランジションとは日本語訳すると「移行」、ファイナンスは「資金調達」を意味しています。
トランジション・ファイナンスにおける「トランジション」は、現在の短期的な利益を追求する産業構造から脱炭素社会の実現に向けた移行を指しています。また、脱炭素社会を実現するためには、長期的な戦略と資金が必要です。そのトランジションに対する取り組みに対して、資金の供給を行うのが「ファイナンス」という位置付けになっています。
(2)4つの要素
トランジション・ファイナンスでは、基本指針として「資金充当の対象のみに着目するのではなく、脱炭素に向けた企業のトランジション戦略やその戦略を実践する信頼性・透明性を総合的に判断するもの」であるとしています。
企業は脱炭素社会の実現に向けた取り組みとして、ロードマップや科学的根拠に基づいた戦略を開示し、資金を調達する資格があるかどうかを判断されます。これらの開示にあたって必要な要素として、以下の4つの要素が挙げられます。
- 戦略とガバナンス
- マテリアリティ
- 科学的根拠
- 透明性
(3)グリーン・ファイナンスとの違い
脱炭素社会実現に向けた資金調達としては、「グリーン・ファイナンス」も担ってきました。グリーン・ファイナンスとは、温室効果ガス(GHG)の排出をしない、もしくは少ない「グリーン」な企業やプロジェクトに対して行う資金提供を行うことです。
しかし、グリーン・ファイナンスは再生可能エネルギーに関する事業や省エネルギーに関する事業など、「グリーンプロジェクト」と呼ばれる環境改善効果をもたらす事業に限定されています。
トランジション・ファイナンスでは、こうしたグリーンプロジェクトであるかどうかは関係がなく、あくまでも脱炭素社会実現に向けたものとして、4つの要素を満たしているものが対象となります。
産業の中には温室効果ガスの排出量が多いものもあり、将来的な脱炭素社会の実現に向けて革新的なプロジェクトなどの支援が必要なのが現状です。このように、現在ではグリーンには至っていないものの、グリーンに移行するまでの資金提供を行うものがトランジション・ファイナンスと呼ばれます。
(4)日本におけるガイドライン・基本指針
金融庁・経済産業省・環境省によって策定された「クライメート・トランジション・ファイナンスに関する基本指針」によれば、以下のように示されています。
「本基本指針は、黎明期にあるクライメート・トランジション・ファイナンスを普及させ、トランジション・ファイナンスと名付けて資金調達を行う際の信頼性を確保することで、特に排出削減困難なセクターにおけるトランジションへの資金調達手段として、その地位を確立し、より多くの資金の導入による我が国の2050年カーボンニュートラルの実現とパリ協定の実現への貢献を目的としています。」
参照:クライメート・トランジション・ファイナンスに関する基本指針
2015年に採択された「パリ協定」によって、世界的な平均気温の上昇を産業革命前と比較して1.5℃に抑える努力をすることが世界共通の目標となり、この目標を達成するためには2050年前後に温室効果ガスの排出量を実質ゼロにすることが必要であるとされています。
さらに2020年10月には当時の菅首相の所信表明演説では「2050年カーボンニュートラル、脱炭素社会の実現を目指す」ことが宣言されました。これらの目標を達成するためには、産業構造や社会経済に変革をもたらす程の大胆な投資が必要であるとしています。
そのため目標達成に向けて、国内ではトランジション・ファイナンスのガイドラインや基本指針が策定されました。この基本指針は「国際資本市場協会(ICMA)」が発表した「クライメート・トランジション・ファイナンス・ハンドブック」にある国際原則に基づいて策定されています。
(5)ロードマップ
企業がトランジション・ファイナンスを活用した気候変動対策を検討する際や、金融機関等では企業が資金調達を行う際に、脱炭素に向けた企業の戦略・取組がトランジション・ファイナンスとして適格かどうかを判断する際の一助になるとして、経済産業省は「トランジション・ファイナンス推進のためのロードマップ」を公表しています。
ロードマップはCO2多排出産業向けの分野別ロードマップとなっており、2050年のカーボンニュートラル実現を前提に現時点で実用可能な技術から将来の技術までを、日本の政策、国際的な動向、パリ協定との整合性を踏まえた上で策定されました。
現在では、鉄鋼、化学、電力、ガス、石油、紙パルプ、セメント、自動車の8分野でロードマップが示されており、この他の産業に関しても脱炭素に向けた方向性を示しているロードマップが取り纏められています。
トランジション・ファイナンスの国内のモデル事例12選
本章では実際にトランジション・ファイナンスを行っている国内モデルについて紹介していきます。
なお、本章で挙げるモデル以外にも取り組んでいる企業はあるので、以下の事例を参考にしてみてください。
参照:トランジション・ファイナンスの事例
事例1:日本郵船株式会社
世界最大手の海運会社でもある日本郵船株式会社では、先進的かつ野心的な取組として、トランジション・ファイナンスの第三者委員会のモデル事例として選出されています。
日本郵船が属するNYKグループでは、G F G削減目標として2030年度に現在の30%減、2050年度には50%減を掲げています。この目標を達成するために、燃料の添加員や船舶(ハード)の改善、運航(ソフト)の改善を行い、効率化と最適化を追求するとしています。
さらに船舶ポートフォリオにおいては、L N Gは重油のリプレイスであり、排出絶対量が削減される、運航時に温室効果ガスを排出させないゼロエミッション船へ将来的に移行することなどの計画を示しています。
これらの計画は科学的根拠に基づいて示されており、4要素を適切に満たしているものだと評価されています。
参照:トランジション・ファイナンス|事例①:日本郵船株式会社
参照:トランジション・ポンド
事例2:株式会社商船三井
総合海運会社として世界初の2050年カーボンニュートラルを宣言した株式会社商船三井では、「ドライバルク船事業」「エネルギー輸送事業」「製品輸送事業」「関連事業」の4事業を事業基盤としています。
同社では気候変動対策を重要課題として捉え、長期トランジション戦略である「環境ビジョン2.1」を策定しました。その中では「クリーン代替燃料の導入(資金使途対象)」「さらなる省エネ技術の導入」「効率運航の深度化」「ネットゼロを可能にするビジネスモデル構築」「グループ総力を挙げた低・脱炭素事業拡大」の5つの戦略を掲げ、2035年にはCO2排出原単位効率を、2019年比45%削減を目指しています。
トランジション・ファイナンスで活用される資金用途は、同社が運航している船舶フェリーとなっており、LNG燃料船として竣工されています。将来的にはカーボンニュートラルメタンや水素へのシフトが想定されており、LNG燃料船はトランジション段階として、承認されています。
参照:トランジション・ファイナンス|事例②:株式会社商船三井
参照:LNG燃料フェリー2隻向けにトランジション・ローンによる資金調達を決定 – 経済産業省のクライメート・トランジション・ファイナンスモデル事業に採択された、本邦初のトランジション・ローン –
事例3:川崎汽船株式会社
日本郵船、商船三井に並ぶ大手海運会社である川崎汽船株式会社では、2030年にCO2排出効率50%改善(2008年比)、2050年にCO2排出効率70%改善(2008年比)、CO2排出量50%削減を目標に掲げています。
同社では、2015年に「”K”LINE環境ビジョン2050」を策定しており、このビジョン目標を2019年に前倒して達成しています。この成果を受けて2020年に環境ビジョン2050の見直しを実行し、戦略的な取り組みを進めています。
目標に対するK P IをGHG総排出量、トンマイルあたりCO2排出量、CDP評価という3つに設定しているのが特徴で、それぞれにSPTsの設定も行っています。さらにSPTsの進捗状況は毎年第三者検証を受ける予定になっており、客観性が担保されている取り組みになっています。
テーマ別に専門グループや委員会も設置しており、強固なガバナンス体制も構築できているとして、モデル事例に挙げられています。
参照:トランジション・ファイナンス|事例③:川崎汽船株式会社
参照:サステナブル・ファイナンス
事例4:JFEホールディングス株式会社
国内大手の鉄鋼グループであるJFEホールディングス株式会社では、2021年5月に「環境経営ビジョン2050」を策定し、2050年カーボンニュートラル実現を目指すと宣言しています。
同社ではトランジション・ファイナンスの資金用途を、「超革新的製鉄プロセスの開発」「省エネ・高効率化」「エコプロダクトの製造」「再生可能エネルギーに関する取り組み」の4つのカテゴリーに分けています。
2050年のカーボンニュートラル実現に向けて、2030年にはCO2排出量30%以上削減(13年度比)の中間目標を掲げており、目標達成のための戦略を明確に掲げているのも特徴です。さらに戦略は鉄鋼ロードマップとも整合されていることに加え、第7次中期経営計画において、グリーントランスフォーメーションおよびカーボンニュートラルに向けた投資計画(GX投資3,400億円)を公表しており、実現に向けた動きを加速させています。
参照:トランジション・ファイナンス|事例④:JFEホールディングス株式会社
事例5:日本航空株式会社 (JAL)
旅客事業等を行っている日本航空株式会社(JAL)では、2050年度までにネット・ゼロエミッションの達成を目指したトランジション戦略を掲げており、その実現に向け省燃費機材への更新、SAFの活用、運航の工夫を計画しています。
資金使途である「省燃費機材の更新」では、最新機材のエアバスA350等に導入にされるもので、CO2削減効果を15~25%見込めるとしています。2030年には、総排出量を2019年度の90%レベルに抑制(SAFの割合:10%)するとしており、将来的には水素などの新技術を使った航空機を導入することで、カーボンニュートラルを達成したい考えです。
航空分野ではグリーンとなる明確な脱炭素技術が現状ないとされているため、トランジションのモデル事業として注目を集めています。
参照:トランジション・ファイナンス|事例⑤:日本航空株式会社(JAL)
参照:第1回トランジション・ボンド
事例6:住友化学株式会社
国内化学メーカー業界大手の住友化学株式会社では、グループの製造過程から排出されるGHG排出量をゼロに近づけることを「責務」とし、2030年までに2013年度比で50%削減(Scope1,2)、2050年ネットゼロを削減目標として掲げています。
資金使途としてはLNG火力発電設備の建設となっており、2030年度の中間目標達成に向けた重要施策と位置付けられています。こうした目標選定や戦略は、化学分野のロードマップと整合されているという評価を受けています。
また、2030年までにカーボンニュートラル達成に向けた投資を2,000億円以上行うことを計画として開示しており、現在の国内に向けた脱炭素化取組を将来的には海外にも広げることが期待されています。
参照:トランジション・ファイナンス|事例⑤:住友化学株式会社
参照:経済産業省のモデル事例として化学分野で初選定 ~GHG排出削減に向けたトランジション・ローン~
事例7:東京ガス株式会社
国内最大規模のガス会社である東京ガス株式会社では、2050年CO2ネットゼロの実現に向けた移行ロードマップを策定しています。資金使途としては、天然ガスによる低炭素化とガス・電力の脱炭素化に取り組むとしており、これらの取り組みは、経済産業省によるガス分野のロードマップとも整合しています。
さらに2030年までに脱炭素を含む成長領域に約2兆円規模の投資を予定しており、2020-2022年度の中期経営計画でも、脱炭素等の成長領域を含めて1兆円の投資を予定しています。
まずは「新居浜LNGプロジェクト」「スマートエネルギーネットワーク」「晴海水素事業」の3つのプロジェクトを軸に、2030年までに毎年約31万t-CO2の削減に貢献するとしています。
参照:トランジション・ファイナンス|事例⑦:東京ガス株式会社
参照:第1回 トランジション・ボンド
事例8:株式会社JERA
国内火力発電量の半分を占め、世界最大級の火力発電会社である株式会社JERAでは、2020年10月に「JERAゼロミッション2050」を策定しています。2030年の達成に向けた中期目標と2050年のCO2ゼロエミッションの実現に向けたロードマップとなっています。
トランジション戦略は火力発電業務への取り組みであり、化石燃料とアンモニア/水素の混焼実証に関する支出や高効率火力発電所への建て替えを目的とした、既存の非効率火力発電所の廃止に関する支出に当てられています。特にアンモニアや水書の混焼に関する実証は国内産業全体に波及するものとされており、注目を集めています。
参照:トランジション・ファイナンス|事例⑧:株式会社JERA
参照:第1回トランジション・ボンド
事例9:株式会社IHI
資源・エネルギー分野から宇宙・防衛など国内の主要重工場を担っている株式会社IHIでは、2021年11月、バリューチェーン全体で2050年カーボンニュートラルの実現を長期目標として掲げ、中期目標としてScope 1,2(直接排出の温室効果ガスの排出量・間接排出の温室効果ガスの排出量)を2030年に46%削減、2035年にScope3(資源・エネルギー・環境事業領域)の50%削減を設定し、公表しています。
資金使途としては、航空機エンジン電動化システム開発や石炭ボイラにおけるアンモニア混焼技術開発などのカーボンソリューション、事業所の燃料転換や省エネ設備への更新など幅広いものになっています。
同社では中期経営計画の達成に向けて、2020年度から3ヵ年で約3,800億円の投資を行い、その内の3割以上を水素・アンモニア関連技術等の成長事業の創出に充てるとしています。同社はこうした取組に対して、可能な範囲での開示を示していく予定です。
参照:トランジション・ファイナンス|事例⑨:株式会社IHI
参照:トランジション・ボンド
事例10:大阪ガス株式会社
国内外のエネルギー事業を展開している大阪ガス株式会社では、メタネーションによるガス体エネルギーの脱炭素化や天然ガスによる低炭素化を通じて、2050年のカーボンニュートラル実現を目指しています。
資金使途としては、水素利用などのガス体エネルギーの脱炭素化、再生可能エネルギー電源を活用した電源脱炭素化などに予定しており、トランジション戦略実行を含む品質向上投資及び成長投資・M&Aとして2017~2030年度に累計2兆円の投資を計画しています。
同社ではScope 1,2,3の削減目標を設定していることに加え、再エネ普及目標として2030年に500万kW、国内電力事業の再エネ比率50%程度の目標を設定しています。
ガス会社から総合エネルギー会社へのビジネスモデル転換を目指す戦略になっており、削減目標をガス分野ロードマップとも整合性が取れているものになっています。
参照:トランジション・ファイナンス|事例⑩:大阪ガス株式会社
参照:トランジション・ファイナンス
事例11:三菱重工業株式会社
物流から原子力、宇宙セグメントなど、日本が誇る重工業企業である三菱重工業株式会社では、2040年Net Zero実現に向けた、エネルギー供給側/需要側双方のカーボンニュートラルへの貢献を企図する取組みが含まれているトランジション・ロードマップを計画しています。
同社のロードマップは経済産業省や国土交通省の分野別ロードマップ(電⼒、ガス、鉄鋼、化学、海運等)と整合が取れており、既存インフラの脱炭素化や水素エコシステムの実現などのプロジェクトを進行していく予定です。
同社では、2023 年までに脱炭素含む成⻑領域に1,800 億円規模の投資を計画しており、投資対象のプロジェクト額や充当予定額などは可能な範囲での開示を行う予定としています。
日本の2050年カーボンニュートラル実現に向けて、日本最先端の技術を有する企業の脱炭素化への取組として注目を集めています。
参照:トランジション・ファイナンス|事例⑪:三菱重工業株式会社
参照:トランジション・ボンド
事例12:出光興産株式会社
日本の石油分野の代表企業である出光興産株式会社では、「2030年に向けた基本方針」で事業ポートフォリオの転換を掲げ、その実現に向けたトランジションプランを描いています。
同社のトランジションプランは、経済産業省の石油分野や化学分野などと整合しており、同社の理念である「⼈間尊重」及び「真に働く」の下で行われている「スマートよろずや」構想など、雇用へのネガティブインパクトについても配慮された内容になっています。
資金使途としては、電力・再生可能エネルギーやCNXセンター化、低炭素ソリューションなどさまざまなもので、将来の事業ポートフォリオ転換に向けて2020~22年度において2,700億円の設備投資を計画しています。
2050年のネットゼロ目標達成のために、まずは2030年の中期目標が設定されており、製油所、化学工場の排出、省エネ・高率化、再エネ活⽤によって2017年度比-400万tのCO2削減を目指しています。
参照:トランジション・ファイナンス|事例⑫:出光興産株式会社
参照:グリーン/トランジションポンド・フレームワーク
- 寄稿
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株式会社セミナーインフォTheFinance編集部