課徴金勧告事案が増加
2013年の金融商品取引法(以下、「金商法」という)改正で導入された情報伝達・取引推奨規制(以下、「本規制」という)違反による課徴金勧告は、2019年10月末までに21件出されている。
証券取引等監視委員会が2019年6月に公表した課徴金事例集によると、2018年度には初めて取引推奨行為のみを違反事由とする事案が3件勧告され、その後も上場企業の役員による取引推奨行為が10月末までに2件勧告されるなど、取引推奨行為に対する勧告事案が増加している。
本規制は、未公表の重要事実または公開買付け等事実(金商法166条2項、167条2項。以下、総称して「重要事実等」という)を職務により知った会社関係者・公開買付者等関係者が、他人に対して、公表前に取引させることにより利益を得させるか損失を回避させる目的をもって、情報の伝達または取引の推奨を行うことを禁止するものである(金商法167条の2、175条の2)。情報伝達・取引推奨を受けた者が公表前に取引を行った場合、情報伝達・取引推奨を行った者も刑事罰・課徴金の対象とされる(金商法197条の2)。
また、退職等により会社関係者に該当しなくなった者もその後1年間、公開買付者等関係者に該当しなくなった者もその後6か月間は、それぞれ規制の対象となる(金商法166条1項柱書後段、167条1項柱書後段)。情報伝達行為は、従来のインサイダー取引規制における情報受領者に対する重要事実等の伝達行為と同義と考えられている。
一方、取引推奨行為は、職務などに関し知った重要事実等の公表前に売買などを勧めるのみであり、重要事実等の伝達を要しない点で、従来のインサイダー取引規制における規制行為とは異なっている。
上場企業の対応上の課題
2018年度の勧告事案のうち上場企業の役職員が関係したインサイダー取引や情報伝達・取引推奨が行われた上場企業について、証券取引等監視委員会が実施したインサイダー取引管理態勢に関する検証結果から、本規制への対応に関して、次のような問題点が見られる。
まず、検証対象となった全社がインサイダー取引管理規程(以下、「管理規程」という)を定めており、職務上不要な重要事実等の伝達の禁止については規程上に記載があるものの、取引推奨規制についての記載がない会社が多数に上るとされる。
重要事実等の伝達に関しては、本規制の導入以前から、情報受領者によるインサイダー取引を防止する観点や機密性の高い情報の管理、社外への流出防止といった観点からも、重要事実等の伝達を規制する規定が設けられていたものと考えられる。
これに対して、取引推奨規制については、上記のとおり取引の推奨のみを行う行為を規制する点で、従来のインサイダー取引規制とは異なる特徴があるが、2013年金商法改正前の管理規程の実務においては、情報管理と売買管理に関する規定が中心を占め、取引推奨行為に関する規定は一般的ではなかったと考えられる。そのため、2013年金商法改正に際して見直しが十分になされなかった場合、管理規程上、未対応のままとなっている可能性が高い。
管理規程見直しと周知がカギ
この点、日本取引所自主規制法人などが行った上場会社へのアンケート調査(2016年10月、日本取引所自主規制法人など「第4回全国上場会社インサイダー取引管理アンケート調査報告書」)においても、取引推奨規制に対応した管理規程を制定している会社が30%弱にとどまるなど、情報伝達規制に比して取引推奨規制に対する対応が不十分な結果が示されている。
また、インサイダー取引の防止には、管理規程の整備のほか、社内研修などにより役職員のインサイダー取引規制への理解と意識を高めることが重要である。しかし、上記アンケート調査では、取引推奨行為が違法となりうることの注意喚起を行った会社は30%弱にとどまっており、取引推奨行為について社内研修などによる役職員に対する周知が行われていない会社が少なくないことがうかがわれる。
このような状況を踏まえ、上場企業においては、取引推奨規制について、改めて管理規程の見直しと役職員に対する周知の徹底が重要である。
- 寄稿
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PwC弁護士法人
弁護士
日比 慎 氏2005年弁護士登録。
金商法、銀行法、資金決済法などの金融規制のほか、
証券取引などの各種金融取引、
事業承継を含むウェルスマネジメント案件などを扱う。