「『なぜ HRTechか?』から考える~テクノロジーを活用した人と未来組織の連動~」

永島 寛之 氏
特別講演
【講演者】
株式会社ニトリホールディングス
理事/組織開発室 室長
永島 寛之 氏

<人事とテクノロジーの関係>

私はマーケティングも経験してきたことから、従業員も企業にとっての顧客であるという意識を持っている。人事のポリシーとして、我々は社員に対して価値を提供しなければならないと考えている。個人の成長が起点となって組織が成長し、社会課題の解決に繋がるからだ。企業や人事は、それをサポートするための舞台(ステージ)設営に徹するのが役割である。

テクノロジーと人事の関わりで苦労されている方も多いのではないだろうか。マーケティングでは手段としてのテクノロジー活用が順調に進み、2010年代からは顧客体験(CX)やナーチャリング(顧客育成)の発見があり、現在のDXにもつながっている。一方で人事のDXでは一気にテクノロジーが来てしまい、従業員(EX)やタレントマネジメントなど、目的としてのテクノロジー活用となっている。

<人材開発と組織開発は連動している>

組織開発とは、個人ではできないことを実現するための概念であり、人知である「分業」の方法論だ。ひとりひとりの力の総和をさらに上回る力を発揮する。組織開発では経営計画を「分業」で達成する未来組織を作り、人材開発では業務の「分業」を実現するマネージャーとワーカーを育成する。しかしこの2つはなかなか連動しない。ここで「分業」は「ジョブ型」とは違うということを意識する必要がある。「分業」は企業特有のコアコンピタンスや生産性の源泉である。ジョブ型を目的化すると、パズルのピースが散乱した状態で1枚の絵にならなくなってしまう。

<ニトリのビジネスモデルと組織文化>

当社は34期連続の増収増益で、右肩上がりの成長を続けている。ロマン(ミッション)は、住まいの豊かさを世界の人々に提供することである。ニトリといえば家具のイメージをお持ちの方も多いと思うが、売上の中で家具の割合は35%程度で、65%はその他の商品となっている。家具だけでなく、住まいの豊かさを追求するということだ。30年ビジョンとして2032年に売上高3兆円となり、世界の暮らしを提案する企業となることを目指している。

労働生産性が高いのも特徴で、小売業一般では1人当たり800万円ほどだが、当社は1人あたり2,260万円だ。小売としての付加価値を高め、労働生産性を上げるために生み出したのが独自ビジネスモデルである「インソース主義」で、製造・物流からITに至るまですべて1社で行う。最近ではWi-Fiエアコンやワークチェアなどを開発し、ベトナムではカーテン工場の本格稼働を開始した。物流施策としては、兵庫県神戸市に新物流センターを新設に取り組んでおり、2022年末頃に竣工予定だ。2022年2月期第2四半期の店舗数は、前期末比で30店舗増加し、台湾・中国にもそれぞれ40店舗弱を展開している。

次にこれらの新しい「乗り物」を運転していくための人材開発に取り組む。コアコンピタンスで事業領域を拡大してもそれほど大きなビジネスにはならない。グローバリゼーションとデジタルトランスフォーメーションに取り組まないと大きな成長は続かない。

将来大きく成長したいと志向する場合、現状の業務をこなせるようになる組織開発では不十分だ。「未来組織開発」を打ち出し、中期経営計画や未来の組織の姿を言語化して、具体的な課題や職務に落とし込んでいく必要がある。今は存在しない未来の組織開発と、現在の人材開発を繋ぐにはテクノロジーが必要だ。社員の自立、企業文化の浸透、ビジネスモデル・生産性向上は、どれも単品では手に入らない。

<連動を支えるタレントマネジメントシステムの活用>

タレントマネジメントではあらゆる情報を集め、データ集積と分析、スキル化と見える化に取り組んでいる。情報は定性的な軸から定量的な軸まであり、定性軸は選抜プロジェクト行動評価、30年キャリアデザインシート、ラーニング学習履歴などだ。定量軸はコンピテンシー、パルスサーベイ等である。軸をクロスさせ、どのような人材を育成するかを検討していく。

タレントマネジメントでは未来のことだけでなく、現在の事業で戦力となる人材も育成する必要がある。そのために見返りとして経験機会や報酬を提供する。同時に行うのが未来戦力(育成配置)であり、見返りとして用意するのは成長と学習機会だ。この2つを進めるためにデータをどう収集するか、有機的にどう繋げていくかが大事になってくる。

<軸1. 30年キャリアデザインシート>

当社で活用している軸の1つが30年キャリアデザインシートで、年に2回実施しており、キャリアとコミットメントの2つの面で回答してもらうものだ。まずキャリアに関して1問目は「最も関心がある社会課題は何か」であり、SDGsの17項目から選んでもらう。そのうえで解決したいと考える具体的な内容、それを実現するために仕事を通じて取り組みたいことを聞く流れだ。希望する職位については、1年後・3年後の短期から20年・30年後といった長期まで聞いている。コミットメントに関しては、自分が今後取り組みたいことを宣言してもらう。経験したい仕事の種類、海外勤務や新事業の希望と取り組み等だ。

最も関心のある社会課題について、当社の回答結果では「働きがいも経済成長も「住み続けられるまちづくりを」「人や国の不平等をなくそう」「つくる責任 つかう責任」などの割合が大きい。

<軸2. 定性データの定量化>

定性データをいかに定量化したデータとして残すのかが次の課題だ。普段の仕事には表れないがスキルとして持っているものや本人の性格、Eラーニングの学習履歴、人材発掘型コンテストへの取り組み姿勢、パルスサーベイの結果などが対象だ。これらのデータとテクノロジーを利用しながら、適正な部署の配置に活用する。たとえばアプリケーションを内製化するための人材をどのように育成するか、もし育成できないとしたら社外からどのような人材を採用するかといった課題があるとする。これらの課題もデータの集積によってロジカルに考えていくことが、タレントマネジメントでは非常に大切だ。

<これからの人事の役割>

未来の組織と現在の人材を繋げるため、当社の人事では未来ジョブに対応できる育成型人事に取り組んでいる。自律分散の組織形成、個人のエンプロイジャーニーのデザイン、育成型の組織づくりによる生産性向上だ。さらに人事関係者は自分の価値観と好奇心を言語化し、自身のパーパスを語れることが重要だ。

自律分散型のフラットな組織を作るため、当社は配置転換と経験教育を合わせた「配転教育」も行い、本人の希望に基づき、未経験の他部署で経験を積んでもらう。タスクフォースで若手を重要任務に起用し、選抜メンバーで重要課題解決にあたる取り組みも行っている。社員の自律ではファーストラインマネージャーのレベルが重要で、教育のためにビジョナリーリーダー研修を立ち上げ、1対1のコーチング手法で行っている。彼らがロマン・ビジョンを持って働きながら、周りもビジョナリーにしていくことが狙いだ。

人事は中期経営計画をミッション・ビジョンに落とし込む役割も担うため、中計の策定プロセスに参画することも重要だ。解像度の低い内容に対しては、従業員目線でクレームを言えるくらいの姿勢が求められる。「人事放送局」という番組を通じて、ミッション・ビジョンの裏にある経営課題等を伝えている。