「FFGにおけるリスクアペタイト・フレームワーク構築への取組み」
- 特別講演②
【講演者】 - 株式会社ふくおかフィナンシャルグループ リスク統括部部長
株式会社福岡銀行 リスク管理部長
石橋 雅史 氏
<はじめに>
金融機関毎にさまざまなRAFの形があり、1つだけの正解はないと考えている。FFGも2018年3月に本格運用を開始し、それ以降は外部環境の変化に応じた見直しや内容拡充を図ってきた。今回はFFGのRAFの概要に加え、近年拡充した内容等、経緯や背景も含めてご紹介する。
<FFGのRAF導入の経緯>
2015年5月に次期中計のリスクマネジメント戦略に着手し、同年10月にRAFを取り込んだリスク管理高度化への取組みを開始した。2016年にリスクアペタイト方針を新設し、ストレステストによる経営計画の妥当性検証、RORAを活用した採算管理強化等を開始した。2018年3月にリスクアペタイト・ステートメント(RAS)を制定し、一旦RAFの構築は完了した。その後も拡充により、当初5つの方針で開始したリスクアペタイトも現在は7つの方針となっている。
<FFGのRAFの全体像>
RAFのベースは健全性の確保と収益力向上であり、その上にリスクアペタイト運営が位置付けられている。基本となるのは経営計画とリスクアペタイト方針の有機的な関連付けで、経営企画部が中心となってリスクアペタイト方針に関する情報収集や見直し等を担う。ある程度計画が見えてきたら、リスク資本配賦やリスクリミットの設定を行う。戦略リスクの評価やストレステストによるリスク検証を同時並行で進めながら、経営計画とリスクアペタイト方針を固める流れだ。
<FFGのリスクアペタイト方針の概要>
市場・信用・流動性など7つのリスクアペタイト方針があり、リスクアペタイト基本方針とリスクアペタイト(定性・定量)で構成されている。基本方針はリスクテイクの基本的な考え方を示すもので、頻繁には見直さない。一方で定性・定量に関しては、経営計画の策定に伴い半期ごとに見直す。
<FFGの貸倒引当方針の概要>
FFGでは2020年3月期より「フォワードルッキングな引当」を実施している。景気予測に基づき引当金の算定を行い、将来の不確実性への備えを強化するものだ。より景気変動に左右されにくい貸出運営を可能とする。「フォワードルッキングな引当」の具体的な見積りには、まず引当におけるグルーピングの必要性について検討を行い、次に景気悪化の原因となりうるリスクイベントの発生可能性について分析を行って策定している。
<FFGのストレステストの概要>
FFGでは5種類のストレステストを実施しており、まず「自己資本の充実度評価」では、過去最大級の市場変動のストレスシナリオにより、規制資本と経済資本の両面の検証を実施する。「戦略的に活用可能な資本余力の評価」では、その名のとおり一定のストレス下での資本余力を検証する。「中計・業計のストレステスト」は過去最大級ではなく、起こりうる将来予測のリスクシナリオを用いて、計画の妥当性を評価する。「環境変化を踏まえたストレステスト」は外部環境の変化に応じて、臨機応変に仮想シナリオに基づいて分析する。最後の「リバース・ストレステスト」は深刻な経営状態を定義し、それを引き起こすシナリオを逆算的に導出するものだ。
<近年拡充した内容1.オペリスクアペタイト方針>
2021年9月に、サイバーリスク関連と、バーゼルⅢ最終化関連の2つの内容を拡充した。サイバーリスクについては、重要性の高さを理由にあえて「基本方針」に明記した。FFG情報セキュリティ部会(FFG-CSIRT)でシームレスな業務間連携を行っている。
バーゼルⅢ最終化に向けては、オペリスクアセット算出の新規制対応のため、内部損失額を適切に管理する内容を、定性項目に追加で記載した。定量項目においては、内部損失額の目安値を、過去実績を参考に設定している。
なお、オペリスクは収益獲得のためにリスクテイクするものではないことから、目安値はあくまでも極力下回るよう努力していく目安であって、その範囲内までの発生を許容するものではない。たとえば事務リスク発生件数の目安値を50件と設定した場合、50件までの発生を許容するものではなく、過去の発生実績と比較してペースが速い場合は、注意喚起やアクションを行うという使い方である。
<近年拡充した内容2. コンプライアンスリスクアペタイト方針>
2019年3月に新設した方針で3年が経過している。コンダクトリスクに関するさまざまな検討を行ったが、結果として変更を加えていない状態だ。具体的にはコンダクトリスクの定義や管理態勢について経営陣と協議したが、時期尚早であるとの結論に至り、コンプライアンス部門が引き続き見ていくことになった。
コンプライアンスリスクアペタイト基本方針は、銀行経営におけるコンプライアンスリスクを極小化することを明文化したものだ。定性項目では、リスク顕在化の未然防止の整備やマネロン・テロ資金供与への対策等を記載している。定量項目では、コンプライアンスに係る規程違反やADRの発生件数の目安値等の複数の定量指標を設定している。
<近年拡充した内容3.ESGリスクアペタイト方針>
2020年に新設し、2021年に気候関連リスク等の内容を拡充した。ESGリスクは、環境・社会・企業統治面の問題等によりビジネスモデルが持続不可能となるリスクと定義している。このようなESGリスクの極小化を目指すとともに、社会的責任や企業価値を考慮することを明文化した。
気候関連リスクのシナリオ分析については、大きく物理的リスクと移行リスクに分かれる。物理的リスクは台風・豪雨等の災害による担保物件の毀損や与信先の事業停止に伴う財務悪化を通じた信用コストへの影響だ。風水災モデルにより気温上昇に伴う災害規模・発生頻度の変化をシミュレーションし、与信先の担保物件や事業所等の所在地・構造等に応じた影響度を推計した。
移行リスクは脱炭素社会への移行に伴う売上高減少やコスト増加による、与信先の財務悪化を通じた信用コストへの影響を分析対象とする。NGFSによる「秩序ある移行シナリオ」をベースとした炭素コスト上昇や電源構成変化、化石燃料需要減少等のシナリオを作成のうえ、対象セクターについて将来の業績変化を予想し、格付や信用コストへの影響を推計した。
<RAFの実効性向上に向けた課題と今後の方向性>
第1にリスク対比の収益性向上に関してバーゼルⅢ最終化の適用に向けて、リスクアセット管理の重要性が高まっているため、総合採算RORA運営を継続しモニタリング・分析等を通じて内容拡充を図る必要がある。また、リスクアセット対比リターンの見える化を進めており、こちらも関係各部と連携した運営態勢を構築していく必要がある。
2点目の高度化・複雑化するリスクへの対応に関しては、従来の枠に捉われないチャレンジングな施策等に対して、内在するリスクを特定・評価し、適切にコントロールする態勢を強化しつつ、状況に応じて柔軟に対応していく必要がある。また、存在感を増す非財務リスクに対しては、レジリエンス強化を図っていく必要がある。
3点目のリスクカルチャーの浸透と人材育成では、経営陣から営業店行員まで、銀行を取り巻く重要なリスク及びその対応状況に関する認識を共有するとともに、必要なリスク情報が集まる仕組みを構築する必要がある。その実現のためには、リスクカルチャー浸透が必要不可欠であり、従業員一人ひとりのリスク感応度の向上を図ることが必要だ。